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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その Come on Let's Dance

 ちょうど昇降口に着いたとき、下からサキがバスケットを持って上がってきたところに出くわした。
「コウくん、ちょうど良かったわ。今出来たばかりなの」
「そ、そう?」
「ねぇ、天気もいいし、甲板で食べない?」
「う、うん、そうだね」
「じゃあ、行きましょ」
 サキはにこっと笑った。

 甲板の縁に腰掛けて、サキはバスケットを広げた。
「はい。サンドイッチにしてみたの」
「へぇ」
 素直に感心するコウに、サキは少し顔を赤らめながら、言った。
「食べてみてくれる?」
「ああ。頂きます」
 コウはサンドイッチを一つ取ると、かぶりついた。
 サキが、期待半分不安半分といった面もちで、コウの顔を覗き込む。
「ど、どう?」
「う……」
 コウは顔をしかめた。サキは慌てて彼の腕に取りすがる。
「コウくん、どうしたの!? 大丈夫!?」
「うまい」
「え?」
 はっと気づいて、彼女はコウを睨んだ。
「もう。びっくりさせないでよぉ」
「ごめんごめん」
 謝りながら、コウはサンドイッチを食べ終わった。
「で、味はどう?」
「美味しいよ。サキは料理の天才だね」
 コウが笑いながら言うと、サキは微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいな」
「お世辞じゃないって」
 そう言いながら、コウはまたサンドイッチを摘んだ。
「ホントに美味しいよ。こんな美味しい料理毎日食べられるんなら、お嫁さんに来て欲しいくらいさ」
「え? あ、その、いっぱいあるからどんどん食べてね!!」
 サキは茹で蛸のように真っ赤になって、バスケットを差し出した。
 午後は、容赦なく照りつける太陽に耐えかねて、みなそれぞれに船室に引きこもってしまった。ちなみに、船室は皆個室である。
 夕暮れ時になり、涼しい風が吹き始めてから、皆は再び甲板に上がってきた。
「だけど、ユウコも結構歌がうまいのねぇ」
「あったりまえじゃん」
 アヤコの賛辞にユウコは胸を張った。
「このユウコさまにこなせないものなんて無いわよ」
「リアリー、ほんとにぃ? じゃあ、今度ちょっとお勉強でも教えてもらおうかなぁ」
 悪戯っぽく笑うアヤコに、ユウコは頭を下げた。
「あたしが悪うございました」
 辺りは笑いに包まれた。
 そんな一同とは少し離れ、ユイナは空を見上げていた。
 コウがそれに気づいて歩み寄る。
「ユイナさん、どうかしたの?」
「……厭な色だわ」
「え?」
 言われて、コウは空を見上げた。
 空は、怖いくらいに真っ赤になっていた。
「すごいなぁ……」
「嵐が来るわよ」
「うん。……って、ユイナさん!?」
 コウが慌てて視線を戻したとき、ユイナの姿はなかった。
「……冗談、だよなぁ。だって、こんなに晴れてるのに、嵐なんか来るわけ無いよな。うんうん」
 コウは一人頷いた。それでも、少し気になったので、通りかかった船員をつかまえた。
「あの、すいません。少し聞きたいんですが、この時期、嵐が来る事なんてあるんですか?」
「ん? そんなの聞いたこと無いなぁ。この辺りはそれでなくても嵐は年に1回来るか来ないかだし、この時期は嵐の時期でもないしな」
 その船員は気さくに答えてくれた。コウはほっと息をついた。
(やっぱり、冗談だよな)
 その夜。
 ドシィン
「いてえぇっ!」
 コウは、ベッドから床に落ちて目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドに戻ろうとしたとき、いきなり床が傾いた。
「わぁっ」
 ごろごろ転がって、壁にぶつかって止まる。今度こそ目が覚めた。
 船が不気味なきしみを上げている。
「な、なんだぁ?」
 コウは慌てて反射的に剣を掴みつつ、窓を見てはっとした。
 丸いガラス窓に、雨粒が激しく打ちつけられているのだ。
「本当に嵐が!? わぁっ」
 今度は逆方向に船が傾いた。コウは慌ててバランスを取りながら、立ち上がった。ちょっと考えてから、“白南風”を腰に挿し、愛用の袋を持ってから、部屋から飛び出す。
「あ、コウ! 大丈夫!?」
 ユウコがぐらぐらと揺れる廊下を危なげなく駆け寄ってくる。それだけ見てると、まるで普通の廊下を走っているのと変わりないようだ。
「ユウコさん! みんなは!?」
「きゃぁっ」
 言ってる側から、隣の船室から悲鳴が聞こえた。慌ててコウがドアを開ける。
「サキさん!」
「きゃぁっ! 見ちゃダメぇ!」
「わぁっ」
 ちょうど着替えていたらしいサキの下着姿が目に飛び込んできた。慌ててドアを閉めるコウ。
「ご、ごめんっ!」
「何やってんだか」
 ユウコが肩をすくめると、怒鳴った。
「サキ! 早く出てこないと、船ごと沈んじゃうかもよっ!」
「え? やだっ。待ってよぉ!」
 サキが飛び出してくる。さすがに下着姿ではないものの、薄手のシャツとキュロットっぽいパンツという姿だ。
 と、またいきなり船が傾いた。よろけるサキ。
「きゃっ」
「おっと!」
 とっさに、壁とサキの間にコウが割り込み、サキを抱き留めた。
 偶然だが、抱き合う形になる二人。
(わ、柔らかい……)
「ご、ごめんなさい」
 サキが慌てて離れながら謝る。その顔はまた赤く染まっていた。
 ユウコが割り込む。
「そんな事してる場合じゃないっしょ! とにかく、甲板に上がらないと!」
 正論だが、表情が思いきり不機嫌であった。
「甲板に上がる? でも、外は嵐じゃ……」
 言いかけるサキに、ユウコは肩をすくめた。
「船と一緒に沈んじゃっても、あたしは知らないわよ」
「それより、あとの3人は?」
「アヤコはさっき、『この嵐にあたしの歌を聴かせてみせるわ!』とか言って、リュート持って飛び出して行っちゃったけど」
「ユイナさんは?」
 コウが訊ねると、ユウコは肩をすくめた。
「あの人は、船ごと沈んでも平気な顔してそうだけどなぁ」
「そんなことを言ってる場合じゃ……」
 と言いかけて、コウはもっと危なそうな人物に思い当たった。
「ユカリさんは!?」
「あ……」
 ユウコも口に手を当てた。
「ユカリなら、まだぼーっと寝てるかも」
「まさか……」
 壁に手をついて身体を支えながら、サキが疑わしげに言う。
「こんなに揺れてるのに、寝てるなんて思えないけど」
「サキ、それはユカリを知らないから言えるんだよ」
 ユウコはそう言うと、駆け出した。相変わらず、床がぐらぐら揺れているのによろめきもしない。
「さすがねぇ」
「そうだね」
 思わず感嘆して見送ってしまう二人だった。
 バタン
 ユウコはユカリの部屋のドアを開けた。
「ユカリっ! 起きてる!?」
 部屋の中は暗かったが、忍者のユウコの目には、廊下から差し込む光で十分中の様子も見渡せた。
 ベッドには、誰もいない。
「ふぅ。いくらなんでも、この揺れで、まだ寝てるって事はないかぁ」
 ユウコは肩をすくめた。
 と、また船が傾き、何かの塊が床をゴロゴロと転がってきた。
「なになに、どーしたの?」
 とっさにユウコはジャンプしてそれをかわすと、振り返った。
 その塊は、廊下の壁に当たって止まる。
 揺れる廊下を壁づたいに歩いてきて、やっと追いついた二人も目を丸くした。
「毛布、よね?」
「多分。でも、中に何か入ってるみたいだけど……」
「二人とも下がって。もしかしたら……」
 ユウコは、“桜花”を抜いた。サキがはっと息をのむ。
「魔王の……?」
 と、塊から、何か微かに音が聞こえてきた。
「ん?」
 ユウコは耳を澄ませてみた。
 くー、くー、くー
「ま、まさかぁ!!」
 ユウコは毛布の端を左手で掴むと、一気に引っ張った。
 塊がくるくると解け、中から白い薄手の服を着たユカリの姿が現れる。
「ユカリちゃん!?」
「ん……、あらぁ?」
 ユカリは、細く目を開けて、彼女を見下ろす3人に気づいた。毛布の上に正座すると、丁寧に頭を下げる。
「みなさん、おはようございます」
「……」
 思わず、顔を見合わせため息をつく3人であった。

《続く》

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