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ときめきファンタジー
第
章 ユイナの涙
その
Nervous

ザザーッ、ザザーッ
波の音だけが聞こえていた。
コウは、うっすらと目を開けた。
「こ、ここは……」
「やっと、気が付いたのね」
「え?」
その声に、コウは跳ね起きた。
「ユイナさん?」
ユイナが腕を組んで、彼の横に立っている。その視線は水平線に向けられていた。
「ここは? 俺達はどうして? なにがあったの?」
「質問は、簡潔明瞭にしてくれないかしら?」
彼女は面倒くさそうに言うと、すたすたと歩き始めた。慌ててそれを追いかけるコウ。
「ど、どこへ?」
「直射日光を直接浴びていたら、熱射病になるじゃないの」
そう言うと、彼女は波打ち際から離れたところに生えている潅木の木陰に入った。
「あ、待ってよ」
コウはその後を追った。
「まず最初の質問は?」
潅木の陰に座ると、ユイナはコウに訊ねた。
「ここはどこか、判ってる?」
「さぁ」
ユイナはあっさりと言った。
「サイス海に無数にある、海図にも載っていないような小さな無人島のうちの一つ、ということだけしか判らないわ」
「む、無人島?」
「ええ」
あっさりと頷くユイナ。
コウは、少し考えて、言った。
「俺が覚えてるのは、船が転覆したところまでなんだけど、その後何があったの?」
「さぁね。私も良く判らないわ」
あっさりと答えるユイナ。
「どうして?」
「……」
ユイナは黙ってコウに視線を向けた。それだけで、コウは追求を断念した。
「ま、いいかぁ。無事なんだし」
「今のところはね」
とユイナ。
その声音に不穏なものを感じ、コウは聞き返した。
「今のところ?」
「好むと好まざるとに関わらず、私たちはしばらくここで暮らさざるを得ない、ということよ」
「……はぁ?」
コウは首を傾げた。
「確かに、船はないけど、それこそユイナさんの魔法を使えば、パーッと戻れるんじゃ……」
「戻れないわ」
あっさりとユイナは言う。
「はぁ?」
「二度とは繰り返さないわよ」
ユイナはそう言うと、水平線の方に視線を向けた。
その姿勢のまま、つぶやく。
「ここでは、黒魔術が使えなくなるようなの」
「魔法が……使えない?」
「ええ。その原因も判っているわ」
彼女は背後を振りあおいだ。コウもそれに倣う。
今まで海の方ばっかり見ていたので気づかなかったが、彼等の背後には山がそびえていた。標高は500メートルといったところか。
「この山が、どうかしたの?」
「私の魔法すらも封じるとすれば、答えは一つしかないわ」
彼女の瞳が、怪しく光った。
「この山にこそ、私の探し求めてきた物があるのよ」
「……探し求めてきた……もの?」
「ええ」
彼女は、頷くと、呟いた。
「オリハルコンの鉱脈よ」
「オリハルコン?」
コウは聞き返した。ユイナは眉をしかめた。
「相変わらず物を知らないのね」
「ご、ごめん」
「まぁ、いいわ。教えてあげるから良く聞きなさいよ」
ユイナはそう言うと、説明を始めた。
オリハルコンは、この世界においては希少金属である。金属としてはかなりの強度を誇るが、その最大の特徴は、いかなる魔法をもはじき返すという破魔の力にある。
「へぇ、そんな金属があるんだぁ」
コウは感心した声を上げた。ユイナは呆れたように眉を釣り上げた。
「……こうなると、無知は罪ね」
「え?」
「あなた、何とかという小剣を持っていたわね。たしかユカリの父親にもらったとかいう」
「ああ、“白南風”のこと?」
コウは、ベルトに挟んでおいた“白南風”を抜いた。ユカリの父であるジュウザブロウ・コシキが、ユカリを連れて旅立つコウに託したその小剣は、コウと共に幾多の戦いをかいくぐってきたが、曇り一つ、刃こぼれ一つ無い。
鏡のような刀身が二人の顔を映し出す。
ユイナはあっさり言った。
「その剣が、オリハルコンの剣よ」
「え?」
思わず聞き返すコウ。
「これが?」
「ええ。価値を知っている人なら、その剣を手に入れるためになら、城だって売り飛ばすでしょうね」
「し、城!?」
目が点になるコウだった。
(ユカリちゃんの親父さん、この剣をあっさりくれたよなぁ、確か。価値を知らなかったとか……いや、そんなはず無いよなぁ。とすると、やっぱり俺が勇者だからってことなのかなぁ)
腕を組んで考え込むコウ。
ユイナはそれを無視して、山をじっと見つめていた。
しばらくして、コウはやっと我に返って、ユイナに尋ねた。
「で、ユイナさん。そのオリハルコンの鉱脈って、どれくらいのオリハルコンがあるのかなぁ?」
「多分、とてつもない量よ。そう、私の野望を達成するのに十分な量」
「野望?」
「もちろん、世界征服よ」
ユイナはふふふと笑った。思わず一歩引くコウ。
「そ、それで、具体的には?」
「世界征服ゴーレムに使うのよ」
「世界征服ゴーレム? ゴーレムって、あのゴーレム?」
コウは聞き返した。
ゴーレムとは、広義で言えば、魔法によって疑似生命を与えられたもの総てを言うが、普通にゴーレムと言った場合は、人型をし、人の命令通りに働く彫像を指す。通常自分の意志というものは持たない。
今、ノゾミが持っているメモリアルスポットの剣“スターク”を守っていたガーディアンが、普通で言うところのゴーレムにあたる。
コウの質問が余りにお間抜けだったせいか、彼女はそれを無視して言葉を継いだ。
「いかなる事があっても、私の世界征服ゴーレムを倒せる者はいない。世界、いえ、宇宙最強の冠を抱く究極の魔神、それが世界征服ゴーレムよ」
「は、はぁ……」
「その無敵の身体を覆うのには、やはりオリハルコン製の積層装甲がふさわしいわ。いかなる魔法の力をも無力化する無敵の鎧」
「あの……一つだけ聞いても良いですか?」
素朴な疑問を感じたコウは、ユイナに尋ねた。
「何? つまらない質問なら答えないわよ」
ユイナはじろりとコウをねめつけた。
「大した質問じゃないんだけど……、オリハルコンより強力な金属はないの?」
「あるわ」
ユイナはあっさり答えた。
「へぇ。どんなの?」
「思考金属メモリアルスポットよ」
「は?」
耳慣れない言葉に、よく聞く言葉がくっついてきたので、コウは思わず聞き返した。
ユイナは、それには答えずに歩き出した。
「じゃあ、行くわよ、コウくん」
「行くって?」
「決まってるじゃないの。オリハルコンの採掘よ」
そう言うと、すたすたと歩いていくユイナ。
コウは、仕方なく彼女を追いかけた。
「ちょっと、待ってくれよ! ユイナさんってば!!」
《続く》

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