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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その Get Wild

 2時間ほど後。
「ユイナさん、大丈夫?」
「あたり、まえ、でしょう」
 荒い息を付きながら、ユイナは答えた。
 二人は山を登っていた。500メートルほどの山だが、無人島だけあって、道も何もないのだ。その上、そこに近づくまでに、誰一人入ったことのない様なジャングルがあった。
 仕方なく、コウは“白南風”で薮こぎをしながらそこを突破した。
(ユカリちゃんの親父さん、“白南風”でこんな事してるなんて知ったら、怒るだろうなぁ)
 コウはそう思ったが、長剣を振り回すわけにもいかなかったのも事実である。
 で、小さい無人島のこと、1時間ほどで山麓について、そこから山登りが始まったわけだ。
 登り始めて1時間ほどたって、コウは、後ろから荒い呼吸音が聞こえるようになったので、振り向いて、冒頭の会話になったのだ。
(あまり、大丈夫には見えないんだけどなぁ)
 コウは心の中で呟いた。
 ユイナの前髪から、汗が滴り落ちていた。顔色も悪い。
 ただ、目だけが、いつものように鋭い光を放っている。
「さっさと、進みなさい!」
 コウが黙っていると、ユイナは怒鳴った。それから、心臓の辺りを押さえている。
(やばいよ、これは。よーし)
「あのさ、ユイナさん。お願いがあるんだ。俺、ちょっと疲れちゃったからさ、この辺りで休憩したいんだけど、どうかな?」
「……仕方ないわね。あなたが、そういうなら、休んであげてもいいわ」
 そう言うと、ユイナはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。大きく肩で息を付く。
「大丈夫?」
 コウは心配になって、肩に手を掛けた。
「う、うるさいわね」
 ユイナは、そこにあった丸い岩に背中をもたれかけさせながら、コウの手を払った。
「私が大丈夫じゃないわけ無いじゃない」
「そ、そう?」
 と、
 グワッ、グワッ
 耳障りな声がした。二人は視線をそっちに向けた。
 大きな鳥が、こっちに向かって、一直線に飛んでくる。
「な、何だ、アレは!?」
「ロック鳥ね。肉食の凶暴な鳥で、主な武器は嘴と鉤爪、それから翼でおこす突風にも気をつけないといけないわ」
「なんでそんなのがいるんだよ!」
 剣を抜きながら、コウは叫んだ。
 ユイナはあっさり答えた。
「ここは、ロック鳥の巣みたいね」
「そ、そんなぁ」
「来るわよ」
 泣き言を言いかけたコウに、ユイナは鋭く言った。慌てて向き直るコウに、鋭い鉤爪が迫る。
「わぁっ!」
 咄嗟に、コウは剣を目の前に翳した。
 ガキィン
 すごい音がし、彼はそのまま吹っ飛ばされて転がった。ロック鳥はそのまま上昇すると、急降下していく。
 その先を見て、コウは叫んだ。
「ユイナさん!」
「ちっ」
 ユイナは呪文を唱えかけ、はっと気づいた。
「しまった、ここでは……」
「危ないっ!!」
 コウがユイナの身体に飛びついて、押し倒した。二人の上を鉤爪が掠めすぎていく。
「ふぅ」
 一息ついたコウに、ユイナが冷ややかに言う。
「一応、礼は言っておくわ。だから、早く退きなさい」
「あ、うん」
 コウは跳ね起きると、剣を構えた。
 ユイナは、起き上がりながら言った。
「反応速度が上がっているわね。反復練習の賜物かしら?」
 彼女の言葉を無視して、コウは上空でホバリングしながら、こちらを伺っているロック鳥を睨み付けた。
「……やるしかないか」
「何か方法でもあるの? あなたは魔法が使えるわけじゃないでしょう?」
 ユイナのあくまでも冷静な言葉に、コウは言った。
「奥義を使うよ」
「ノゾミの大海嘯みたいな技のこと?」
「ああ」
 コウは頷いた。
「ユカリさんとノゾミさんに教えてもらったよ。剣の心ってやつを」
「そうなの?」
 それ以上、コウは何も喋らなかった。ただ、深い呼吸を始めた。
『気を、練り上げてくださいね。体の中を回すようにして』
 ユカリの言葉を思い出しながら、コウは深呼吸を続ける。
 次第に、体の中が熱くなってきた。
 ノゾミの、恥ずかしげな笑みを思い出す。
『あたし、巧く教えられるか判らないけどさぁ』
(ノゾミさん、ありがと)
 コウは、かっと目を見開いた。
「くらえっ!」
 ヴン
 コウは、剣を振り下ろした。その軌跡に従って、衝撃波が走り、ロック鳥を襲う。
 バシィッ
 衝撃波は、ロック鳥の右翼に命中し、羽毛が散った。
 ギャーッ
 ロック鳥は叫び声をあげた。
「やったか!?」
「全然効いてないわ。怒らせただけね」
 冷静に、ユイナが言った。
「そ、そんな!」
 ロック鳥が、コウに襲い掛かる。
「うわぁっ」
 思わず、コウは剣を突き出していた。
 ザシュッ
 鈍い手応え。そして、コウの身体に、なま暖かい液体が吹き付けられる。
 長剣の一撃は、真っ直ぐ突っ込んできたロック鳥の嘴を掠め、右目に突き刺さっていた。
 ギャァーッ
 叫びをあげると、ロック鳥は翼を打ち振った。
「わぁっ」
 強風に煽られて、吹き飛ばされるコウ。
 ロック鳥は、右目に剣を突き刺したまま、空に舞い上がった。そのまま飛び去っていく。
 コウは、岩場に座り込んだまま、それを見送った。立ち上がろうとするが、腰を強く打ったせいで起きあがれない。
「畜生! 剣を返せっ!!」
 叫ぶが、ロック鳥は無視してそのまま飛び去っていった。
「……くそぉっ!!」
 コウは、よろよろと立ち上がった。
 ユイナが訊ねる。
「コウ、歩ける?」
「……」
 コウは無言で、もう点ほどの大きさになってしまったロック鳥を睨み付けていた。
 ユイナはいらだたしげに髪をかき上げた。
「私の質問を無視するとは、いい度胸ね」
 それでも黙ったままのコウ。
「……たかが剣を無くしたくらいで」
「たかが、だって?」
 ユイナの呟きに反応するコウ。
「たかが、よ」
「よくも、知りもしないでそんなこと言えるな! あの剣は、俺の親父が鍛えて、フジサキさんが使ってた剣なんだ! 俺がシオリを助けるために旅立ってから、ずっと俺と一緒に戦ってきた。その剣を、たかが剣だって!?」
 コウは、ユイナの胸ぐらを掴み上げた。
「誰にも、そんなことをいわれる筋合いはない!」
「無意味なこだわりだわ」
 あっさりと言うユイナ。
「それよりも、この手を離しなさい。不快だわ」
「……」
 コウは、手を離した。そして、そのままその場にうずくまる。
 ユイナは襟元を直すと、歩き出した。そのまま山を登っていく。

 コウがふと顔を上げたとき、既にユイナの姿は見えなくなっていた。
「……悪いことしちゃったな」
 彼は呟くと、立ち上がった。そして、山を登り始める。
(そうだよなぁ。剣を無くしたのは俺のせいなのに、ユイナさんにあたっちゃうなんて、ひどい事をしちゃったよなぁ)
 彼は上の方を見上げ、はっとした。
 斜面に濃紺のローブ姿が倒れていたのだ。
「ユイナさんっ!!」
 コウは叫ぶと駆け寄っていった。
「……!?」
 ユイナは、はっと目を開けた。そして、辺りを見回す。
 パチパチッ
 薪のはぜる音がし、火が勢い良く燃えていた。頭上には、星が幾つもきらめいている。
 ユイナは身を起こし、場所を確認した。山の中腹の、猫の額ほどの平らな岩棚のようだ。
「あ、目が覚めた?」
 声に振り向くと、コウが薪を抱えて立っていた。
 彼は焚き火の脇に薪を置くと、言った。
「いやぁ、こんな所にはなかなか薪も落ちてなくってさぁ」
「……」
 ユイナが無言でいると、コウは彼女に訊ねた。
「身体は、大丈夫? 保存食で良ければあるけど、食べる?」
「……いらないわ」
 彼女は、そう答えると、コウをじろりと見た。
「なぜ、助けたの?」
「へ?」
「合理的に考えて、今の私には利用する価値はないはずよ。むしろ、あなたが不利益を被る可能性の方が高いはず。そんな私を助けたのは、どうしてかしら?」
 彼女は、そう言うと、焚き火の方に視線を移した。
 コウは頭を掻いた。
「困っている人を助けるのは、当たり前じゃないか」
「……」
 ユイナは無言でコウを見つめた。
「……あの、なにか?」
「何でもないわ。私は疲れたから、寝るわよ」
 そう言うと、ユイナはマントを毛布代わりに身体に巻き付け、横になった。
「判ったよ。俺が見張り番してるから、ゆっくり休んで」
「当然ね」
 彼女は一言だけ言うと、目を閉じた。

《続く》

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