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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その Passenger

 翌朝。
「クシュン」
 ユイナはくしゃみをして目を覚ました。
 焚き火は消えており、辺りは朝靄に覆われていた。
 彼女は辺りを見回し、岩にもたれてうつらうつらしているコウの姿を見つけると、ほっと息をついた。
(……私はどうしたというのだ? こんな男の存在を確認して安堵するなど……。おそらく、体調不良による従属安息願望のせいなのだろう……)
 自分でそう結論づけると、ユイナは立ち上がった。そして辺りを見回す。
 周囲は靄に覆われていて、10メートル先も良く見えない。反射的に遠見の呪文を唱えようとして、はっと気づく。
 この山のどこかに眠るオリハルコンのせいで、彼女の呪文は封じられていた。
「……」
 無言で肩をすくめ、ユイナは焚き火の燃えかすに近づいた。

「あちっ」
 悲鳴に、コウは目を覚ました。
「ん? 何時の間に寝ちゃったんだろう?」
 彼は目をこすりながら辺りを見回した。そして、ユイナが焚き火の燃えかすの傍らで手を押さえているのに気づいた。
「どうかしたの?」
「なんでもないわ」
「もしかして、火傷したの!?」
 彼は飛び起きた。
「何でも無いって言ってるで……」
「すぐに冷やさないと! こっちに!」
 コウはユイナの腕を掴んだ。
「ちょっと、離しなさいよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 早く!」
 そのままユイナを引っ張るコウ。
 ちょうど岩影になっている所から、清水が流れ落ちていた。コウはユイナの手をその中に突っ込んだ。
「つっ」
 冷たさに、眉をしかめるユイナ。
「我慢して」
「う、うるさいわね。これくらい……」
「それにしても、どうして火傷なんて……」
「どうでもいいでしょう、そんなこと」
 ユイナはそっぽを向いた。
(自分でも、わからないんだから。何故、あんなことをしようとしたのか……)
 焚き火が消えていたので、ユイナは火を起こそうと思ったのだ。しかし、いつもそんな作業は魔法でさっさとやっていた彼女は、火の起こし方を知らなかった。
 仕方なく、何も考えずに燃えカスに手を突っ込んだのだが、熾きはまだ熱かったのである。
(何故、火を起こそうとしたの?)
 ユイナは、冷たい清水に手をさらしながら考え込んだ。
(私は寒くは無かった)
 彼女のは視線を、コウに向けた。彼は、水にさらしているユイナの右手を真剣な目つきで見つめていた。
(この少年のため? まさか)
 一瞬で打ち消しながらも、
(でも、他に理由はない……)
「ユイナさん」
「なっ、何よ!?」
 不意に呼びかけられて、ユイナは慌てて返事をした。
「もう、大丈夫だと思うけど……」
「そ、そう? 一応、礼は言っておくわね」
 ユイナはそう言うと、手を水から引き抜いた。
 コウは訊ねた。
「で、オリハルコンって、簡単に見付かるの?」
「ええ。私の呪文が封じられているということは、鉱脈は地表に露出しているはずよ。見ればすぐにわかるわ」
「じゃ、行こうか」
「え?」
 思わずコウを見るユイナ。
 少なくとも、コウが自分から「行こう」と言い出すとは、およそ考えられなかった。
 先に歩きかけて、コウは振り返った。
「どうしたの?」
「何でもないわ。行くわよ」
 ユイナはそう言うと、コウの前に出た。
 歩いているうちに日は高く昇り、靄も晴れてきた。
 昼過ぎになって、ユイナは岩角を曲がって、足を止めた。
「これよ」
「へぇぇ」
 コウは思わず感嘆の声を上げた。
 その一帯は、まさに雪でも降ったかのように、キラキラと輝く白い鉱石に覆われていた。
「これが、全部オリハルコン?」
「そうよ」
 ユイナは頷いた。そして、目を輝かせながら辺りを見回した。
「量は十分なようね」
「でも、どうやってこれを掘り出すの?」
 一早く現実に戻ったコウが訊ねると、ユイナはフッと微笑んだ。
「掘り出すまでもないわよ。ここで、世界征服ゴーレムを完成させるわ」
「完成させるわって……、でも、ここじゃ魔法も使えないんでしょ? まさか、人力で?」
「莫迦ね。この私がそんなことをするわけが無いじゃない。この日のために用意はしてあったのよ」
 ユイナは腰にさげた袋をポンと叩いた。
 コウは手を打った。
「そういえば、最近一人で何かやってたのは……」
「こんな事もあろうかと思って、準備を急いだのは正解だったわね」
 彼女は笑みを浮かべながら、言った。
「ん?」
 コウは不意に何かが彼等の頭上を飛んだのに気づいて、顔を上げた。
 空には幾つもの黒い点が悠々と浮かんでいる。
「あれは……」
「ロック鳥ね。それも、多分家族」
「え?」
「コウ。あれ、昨日の奴じゃないの?」
 ユイナは一羽のロック鳥を指した。確かに、頭になにか棒のようなものが刺さっているように見える。
「俺の剣だ!」
「きっと、仕返しに来たのよ」
「くっ」
 コウは腰から“白南風”を抜きながら叫んだ。
「ユイナさん、逃げて! 俺が時間を稼ぐから」
「逃げる? 未来の世界の支配者に随分な言葉ね」
 ユイナはコウに言った。
「しばらく、時間を稼ぎなさい」
「……」
 コウは、じっとユイナを見つめると、頷いた。
「信じるよ、ユイナさん」
「当然ね」
 そう言うと、ユイナは腰の袋からいくつかの道具を出して並べ始めた。
 コウは、腰を落とし、頭上を飛ぶロック鳥を数えた。
「3、4、5……6。6羽か」
 と、一羽が急降下してくると、鉤爪を突き立てようとした。
 コウは飛び退き、切りつけようとしたが、次のロック鳥が滑空してくるのに気づいて、さらに脇に飛び退いた。
 ガガッ
 脇の岩をえぐって鉤爪が通り過ぎる。
 戦闘は始まった。
 ガツッ
 鉤爪が、間一髪かわしたコウの腕を掠め、岩肌を砕いた。飛び散る破片が彼の頬を掠める。
「ちっ」
 コウはその足に向かって斬りつけるが、一瞬速くロック鳥は飛び去っていた。
 既に、戦いが始まって10分以上たっていた。ロック鳥の攻撃を何とかかわし続けるコウだったが、彼もロック鳥に傷を負わせることが出来ないでいた。
「くそぉ」
 破片で傷ついたのか、頬を流れる血を拭い、コウはロック鳥を睨み付けた。
 と、一羽がまるで違う方向に向けて滑空を始める。
 コウはその方向を見て、思わず叫んだ。
「ユイナさん! 逃げて!」
 ユイナは、何か呪文を唱えているようだ。コウの声にも気づいた様子はない。
「くそっ」
 彼はダッシュしてユイナの前に回り込んだ。そして、“白南風”を振るう。
 ザシュッ
 オリハルコンの剣身は、ものの見事にロック鳥の鉤爪を切断した。
 ギャァーッ
 ロック鳥は悲鳴を上げると、羽ばたきした。その猛烈な風圧に吹き飛ばされるコウ。
「いてて……。うわぁっ!!」
 痛みをこらえつつ、顔を上げると、目の前にロック鳥の鋭い嘴が迫っていた。思わず目を閉じるコウ。
「やられる!」
 ガガガッ
 すごい音がし、辺りが揺れた。そして、ロック鳥の悲鳴。
 ギャーギャーッ
「な、なんだ?」
 コウは、恐る恐る目を開け、そして目を丸くした。
 コウの前の地面から、巨大な腕が突き出していた。そして、その手がロック鳥の首を握りしめていたのだ。
 ロック鳥はもがくが、その手はびくともしない。逆に、ジリジリとロック鳥の首を締め上げていく。
 ゴキッ
 不気味な音がし、ロック鳥は動かなくなった。
「ふふふふふ」
 自信に満ちた含み笑いに、コウは振り返った。
「ユイナさん?」
 ユイナは腕を組んだまま、笑みを浮かべていた。
「コウ。感謝する事ね。この世紀の瞬間に立ち会えることを」
「世紀の、瞬間?」
「そうよ。このユイナ・ヒモオが世界征服の第一歩を踏み出した、この瞬間にね」
 そう言うと、ユイナはさっと右手を挙げた。
「世界征服ゴーレム、起動!」
 ゴゴゴゴゴゴ
 辺りが揺れる。かと思うと、岩を突き破りながら、それが姿を現した。
 人の姿を持ちながら、人とは明らかに違う、青いメタリックな光沢を持った、直線を基調としたボディ。
 その身の高さは、15メートルはあろうか。
「こ、これが」
 コウは絶句した。
「そう。私の忠実なる下僕、世界征服ゴーレムよ」
 額の飾りが、太陽の光を反射してキラリと光った。
 ギャーッ
 残ったロック鳥達が、殺到してくる。
 ユイナは叫んだ。
「世界征服ビーム!!」
 世界征服ゴーレムが、ゆっくりと右手を挙げ、額に当てる。
 その瞬間、額から青白い光の束が空に向かって放たれた。
 一羽のロック鳥が、それに巻き込まれ消滅する。
「す、すげぇ……」
 口をあんぐりと開けるコウ。
 残ったロック鳥達は、かなわぬと見たか、逃げだそうとした。
 ユイナが叫ぶ。
「服従パーンチ!」
 その声に従って、世界征服ゴーレムが右腕をあげ、ロック鳥に狙いを付ける。
 ドォッ
 その右腕が、身体から外れ、炎をあげて飛んだ。
「な、なんだぁ?」
 思わずコウはあんぐりと口を開けた。
 外れた右腕が、一羽のロック鳥の首を掴んでそのまま戻ってくると、元のようにくっつく。
 ユイナは、コウに言った。
「あれ、あなたの剣でしょう?」
「え? あ、そうだ」
 既に首根っこを握りつぶされて死んでいるそのロック鳥の右目には、まだコウの剣が突き刺さったままだった。
 世界征服ゴーレムは、そのロック鳥を地面に置いた。コウは駆け寄ると、剣を引き抜いた。
「よかった」
 自分の剣であることを確かめて、ほっとため息を付くと、コウは剣をおさめてユイナに頭を下げた。
「ありがとう、ユイナさん」
「……ふ、ふん。大したことではないわ」
 ユイナはそっぽを向いて頬をポリポリと掻いた。
 二人とも、山の上から彼等を見下ろす視線があることには、気づいていなかった。
「ユイナ……。とうとう、あれを甦らせてしまったのか」
 魔王四天王の一人、ダーニュ・ソリスは、岩に手を掛けて立ち尽くしながら、青い巨人を見下ろしていた。
 その口から、呟きが漏れる。
「君は、やはり繰り返すのか。500年前に起こったことを、ここでもまた……」

《続く》

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