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ときめきファンタジー
第
章 ユイナの涙
その
Confession

さて、ユイナ達が無人島で世界征服ゴーレムを起動させた頃、サキ達はまだ海を漂流していた。
4人は、難破船の残骸をかき集めて作った即席の筏に乗っていた。
ちなみに、サキとユカリの作った泡は、空気の入れ換えが出来ないという致命的な欠陥に気づいたユウコが“桜花・菊花”で破壊してしまった。その際、またアヤコが溺れかけて一悶着あったのだが、長くなるのでここでは語らない。
「いい、お天気ですねぇ」
こんな時にも、ユカリはいつものペースで筏の上に正座してのんびりしている。
その手には、ユウコが作った即席の釣竿があった。
4人は釣りに没頭していた。というより、他にやることもないのだが。
ユウコは、ユカリの脇に積まれた魚を見て、首を振った。
「なんて言うかぁ、人生の不条理を感じちゃうなぁ」
他の3人の当たりがさっぱりなのに、ユカリだけは淡々と魚を釣り上げているのだ。
と、
「あらぁ? また、引っ張られていますねぇ」
ユカリはそう言うと、そのままぼーっとしていた。
「あ、来た来たぁ!」
同時にユウコの竿もぐぐっとしなった。ユウコは立ち上がると、勢い良く竿をあげようとした。
プツン
糸が切れ、半分くらい姿を見せかけていた魚は、空中に躍り上がって銀鱗をきらめかせてから海に沈んだ。
「あん、おっしぃ」
「あらぁ、また釣れましたねぇ」
その声にユウコが振り向くと、ユカリは大きな魚を釣り上げていた。
「あー、もう! 後はユカリに任せたっと!」
大声で叫ぶと、ユウコは筏の上にひっくり返った。
雲一つ無い青空から、太陽が燦々と照りつけている。
ユウコは手を翳して太陽を遮りながら、呟いた。
「コウ、元気にしてるかなぁ……?」
「大丈夫よ、きっと」
サキが答えた。
彼女は、真っ青な海面を見つめながら、もう一度自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫よ。だって、コウくんは、あの時だって戻ってきてくれたんだもの。今度だって、絶対に戻ってきてくれるわ」
「サキは、コウとずっと旅をしてたもんねぇ」
アヤコは、サキの肩を軽く叩いた。
「確か、コウを最初に旅に出ようって誘ったのが、サキだったんでしょ?」
「うん。でも、あたしは大神官様に言われて、コウくんを誘っただけだから……」
サキはそう答えると、肩をすくめた。
「でも、初めてコウくんに逢ったとき、判ったの。この人って、きっとすごく頑張る人なんだろなって。で、旅を続けてるうちに、そんなコウくんのひたむきなところに惹かれていって……、や、やだぁ。恥ずかしいなぁ、もう」
サキはふと我に返ると、真っ赤になって俯いてしまった。
ユウコは、寝ころんだまま言った。
「でも、何となく判るなぁ。コウってさぁ、いい奴じゃん」
「イエス、そうね」
“ファイヤーボンバー”をつま弾きながら、アヤコも頷いた。
「メイビー、多分、彼のいいところって、いつもひたむきなところじゃないかしらね」
「あのぉ」
不意にユカリが言った。
ユウコが空を見上げながら聞き返す。
「なにかあったの?」
「船が、近づいてきてますねぇ」
相変わらず、のーんびりした口調で、ユカリは言った。
「船!? 早く言ってよ!」
ユウコは跳ね起きた。
確かに、一隻の小さな漁船がこちらに向かってくるのが見える。
「超ラッキ〜!」
ユウコは叫ぶと、手をぐるぐる回した。
「おーい、おーい!!」
「お嬢さん達、運がいいよ。俺達みたいな良い奴に助けられるんだからなぁ」
「へへ。まったくだぜ」
男達は顔を見合わせてにやにやと笑った。
ユウコは肩をすくめた。
「コウがいないんじゃ、ぶりっ子しててもしょうがないっか」
そのユウコの肩に、男が手を掛ける。
「大人しく……」
次の瞬間、男の身体は半回転し、海に落ちていた。派手に水柱が上がる。
「て、てめぇ!」
「あたしの歌を、聞きなさーいっ!」
アヤコが叫ぶと、リュートを激しくかき鳴らした。彼女達に殺到しようとしていた男達の動きがぴたりと止まる。
「か、身体がうごかねえ!」
「さぁて、どうしてくれよっかなぁ」
ユウコが一人の船員のほっぺたを、“桜花”の刃でぴたぴたと叩きながら、にまぁっと笑った。
「た、助けてくれぇ」
船員が脂汗を流し、がたがた震えながら言う。
「ユウコ、あんまり苛めたらだめよ」
「サキは甘いんだからぁ。こういう女の弱みにつけ込もうなんていう男のクズはね、海に放り込んで鮫の餌にでもするのが世のため人の為ってもんでしょ」
「それはやりすぎよ」
サキはそう言うと、アヤコの肩をポンと叩いた。アヤコも頷いて呪歌を止める。
動けるようになった男達は大慌てでユウコから出来るだけ遠くに離れる。
ユウコは彼等にピシッと“桜花”の切っ先を向けた。
「船長は、誰?」
船員達は顔を見合わせ、一人がおずおず言う。
「さっきあんた……いえ、あなた様が海に落としたのが」
「あん?」
と、その時不意にユウコの足首が何かに掴まれた。不意を突かれてその場に倒れるユウコ。
「きゃっ」
「このアマ、なめた真似をしくさりやがって」
ユウコに海に落とされた男が、船に這いあがってきた。
と。
「ナウマクサンマンダ・バサラダンカン」
ゴウッ
いきなり男の上衣が燃え上がった。
「わっ、あちーっ!!」
ドボーン
哀れ男は、海に逆戻りとなった。
ユカリがにこにこ笑いながら言った。
「ユウコさん、大丈夫でしたか?」
「ちょっち、油断したかなぁ」
ぺろっと舌を出しながらユウコは起き上がった。
一方船員達は今度こそパニックになっていた。
「うわぁ! 何だ、今のは?」
「魔法じゃないか!?」
「お、俺、初めて見たぜ!!」
こうなると、目を細めてにこにこしているユカリはいっそ不気味に見えてしまうものだ。今度は船員達はユカリから離れようとして、結果船上はパニックになってしまった。
サキはその様子を見て、ため息を一つついた。
「仕方ないなぁ。神よ、我が祈りに答え、これなる者達の心に安らぎを与えたまえ……」
と、男達は我に返ったように辺りを見回した。
「あー、びっくりした」
「びっくりしたじゃないっしょ」
ユウコは呆れたようにため息を付いた。
やっとの事で船上に上がることが出来た船長と“交渉”して、サキ達はノウレニック島まで送ってもらうことになった。
聞けば、ここからノウレニック島まではそう距離はないそうだ。この漁船も実はノウレニック島の漁村から漁に出てきたのだ。
「というわけで、俺達の村に戻ることにしたいんですが。それとも、イクシスの港に付けましょうか?」
すっかり低姿勢になった船長が、4人に向かって訊ねた。ちなみに、イクシスというのは、ノウレニック島で一番大きな港である。
サキはアヤコに言った。
「やっぱり、大きな港に付けてもらった方がいいかな?」
「ノン」
アヤコは首を振った。
「大きな港は手続きがややこしいわ。定期船ならともかく、こんな小さな漁船だと、門前払いを食っちゃうかもね。イクシスにどうしても行くのなら、どこか適当なところに上陸して、陸路で行った方がいいわね。それに……」
少し小声になって、アヤコは言葉を続けた。
「メモリアルスポットはどこにあると思う? あたしは少なくとも、イクシスにあるとは思えないわ」
「どうして?」
つられてサキも小声になる。
アヤコは小さく肩をすくめた。
「あたしは吟遊詩人よ。それなりに世界の伝承なんかは詳しいわ。今までのメモリアルスポットには必ず伝承があったわ。1000年前に起こった出来事が、今に至るまで伝えられてきてる。で、ノウレニック島で1000年前の伝承は、っていうとね」
「言うと?」
いつの間にか話を聞いていたらしいユウコが割り込んできた。アヤコは頷いた。
「ノウレニック島の地下にある湖」
「?」
サキとユウコは顔を見合わせた。それからアヤコに聞き返す。
「地下にある湖?」
「そうよ」
アヤコは頷いた。
「ノウレニック島地下湖。1000年前に女神が水浴びをしたと伝えられているわ。それを見てしまった猟師は石に変えられたとか、いろいろと尾ひれが付いているようだけど」
「石に、ねぇ。それよかさぁ、その地下湖ってどこにあるわけ?」
ユウコが訊ねた。アヤコは答えた。
「ノウレニック島の中央。あたしもまだ行ったこと無いけど、結構知られているらしいわよ」
「ふぅーん。おっちゃんは知ってる?」
ユウコは船長に視線を向けた。
「地下湖は、近寄らない方が……。あそこには魔獣が巣くってるってもっぱらの噂ですぜ」
彼は答えた。
ユウコ達は顔を見合わせた。
「そこに行ってみる?」
「そうね。先にメモリアルスポットを見つけてからでも遅くないと思うわ」
アヤコが同意する。
サキも頷いた。
「……時間がないものね」
ユウコは、代表して船長に言った。
「そんなわけで、村に行っちゃっていいよ」
「へ、へい」
船長は頷いた。
彼女たちがノウレニック島に到着したのは、その日の夕方だった。その日は彼らの村に泊まり(ユウコ「あたし達を襲おうとしたことは、秘密にしてあげるから、一泊させてね」船員達「へへーっ」)翌日、地下湖に向かって出発した。案内は、船長が快く(笑)引き受けた。
村からその地下湖への入り口までは、歩いて1日ほどだと言う。
村を出発してからしばらくして、不意にユウコが振り返った。
「もう、隠れてないで出て来ればいーじゃん」
「え?」
その声に、サキ達は足を止めた。
「し、知ってたんですかい?」
後ろの木陰から、男達がぞろぞろと出てくる。漁船の船員達だ。
船長が驚く。
「お前ら、どうして……?」
「船長を見捨てるわけにはいきませんぜ」
「俺達の命は船長に預けたんだ。一緒に行かせていただきますぜ」
「……お前らぁ……」
「みんな、青春ね!」
サキが感動してぐっと拳を握り締める。
「うん、そうよ。やっぱりこうでなくっちゃ!」
「あたしゃ、ついて行けんわ」
ユウコが肩をすくめた。
その日は何事もなく、夜になった。
サキ達は一つのテントの中ですやすやと眠っていた。
そのテントに集まる人影。
囁き声が交わされる。
「おい、眠ったか?」
「ああ。飯に眠り薬を混ぜておいたからな」
「オッケイ。じゃあ、今のうちに縛り上げておくか。へへ」
「俺達をすっかり信用してるみたいだしな」
と。
「おいおい。そいつらはお前らの手に負えるような女の子じゃないんだぜ」
不意に呆れたような声がかかった。はっとして振り向く男達。
何時の間に現れたのか、男が一人、そこに立っていた。
月の光に、赤い鎧がキラリと光った。
「何だと、この!」
「どこから……」
男達が言いかけた瞬間、テントが内側から裂けた。その中には、“桜花・菊花”を構えたユウコが立っていた。
サキとアヤコもその後ろで身構えている。
ユウコの口から呟きが漏れた。
「アルキーシ……。こんな所で、魔王四天王とご対面とはねぇ……」
《続く》

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