喫茶店『Mute』へ
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その 愛をそのままに
「勇者が来ると思ってたんだが、お嬢様達だけとはねぇ。俺の読みも外れたかな」
アルキーシは苦笑した。それから、男達に視線を向ける。
「しかし、なんでまたこんな連中をつれてんだ、お嬢様方」
「なりゆきでね」
アヤコが肩をすくめた。
「それにしても、ご飯をわざわざ作ってくれっから、あやしーと思ってサキに浄化呪文ををかけさせといたんだけど、当たりだったね」
ユウコは一瞬だけ男達に目を走らせて言った。びくっとする男達。
サキが後ろで頷く。
「お料理に薬を混ぜるなんて、許せないわ」
普段はまず怒ることがないサキが、怒っていた。
「お料理は、人が生きていく糧を神様から与えられたことに感謝して作る神聖なものなんだから。それがどんな粗末なものでも……。それを、事もあろうに薬を混ぜるなんて、天地が許したってこのあたしが許さないんだからっ!」
「まぁまぁ、サキ。とりあえずアルキーシの方が先でしょう?」
そう言いながら、アヤコはアルキーシに視線を向けた。
「ヘイ、ユー。ゾウマ高原以来ね」
「ああ、そうだな。だが、あの時の小娘は、ここにはいないようだな」
アルキーシは笑った。
魔王四天王の一人アルキーシは、過去に3回彼女達と戦っている。正確には、サキとは一度だけだが。
そして、そのうちの2回は、今はこの場にいないミハルによって撃退されていたのだ。彼はそのことを言った。
「ミハルがいなくても、あたし達は強いかんね」
ユウコがむっとして言い返す。
「ほほう、知らないとみえるな」
アルキーシはにっと笑った。彼女達は虚を突かれたように、「え?」という顔をする。
油断なく構えながら訊ね返すユウコ。
「なにがよぉ?」
「お前達の持ってるメモリアルスポットがその力を発揮するのは、勇者を守る戦いにおいてのみ、ってことをさ。それ以外の時は、単なる小剣やリュートにすぎんのさ」
「ふぅーん。でも、あたしは強いかんねっ!」
いいざまに、ユウコの身体が宙に躍った。両手に握った“桜花・菊花”が華麗に弧を描く。
ガキィン
何時抜いたのか、アルキーシの剣がそれを受けとめた。火花が滝のように流れ落ちる。
「さがってて!」
サキはそう言うと、うろたえている男達を後目に前に進み出た。そして言う。
「アヤちゃん」
「オッケイ! あたしの歌を、聞きなさぁーいっ!!」
ギュィーン
アヤコのリュート“ファイヤーボンバー”がうなり声をあげた。
「ち、呪歌か!」
アルキーシは呟くと、念を込めた。
「炎!」
ゴウッ
炎が燃え上がると、周りの木々に燃え移る。
たちまち辺りは炎に包まれた。パチパチと音を立てて木々が燃え盛る。
その音で、アヤコの曲が聞こえなくなった。
「へへ。これで呪歌は通じないぜ」
アルキーシは笑うと、炎をまとった剣をユウコに振り下ろした。
「熱いじゃないのさぁ!」
それを受け流しながら、ユウコは叫ぶ。
「じゃあ、大人しく降参するんだな」
「誰がぁっ!」
ユウコは一瞬剣を引くように見せかけた。いわゆるフェイントだ。
アルキーシはそれを追うように自分の剣を振り下ろす。
(かかった!!)
カキィン
澄んだ音がして、アルキーシの剣が、ユウコがいつの間にか持ち変えていた左手の短剣に折られていた。
「ソードブレイカーだと!?」
飛び退くアルキーシ。
「へへ。あたしだって、研究してるんだかんね」
してやったりと笑みを浮かべると、ユウコは左手の短剣を軽く振って見せた。
普通の短剣ではなく、ぎざぎざの歯がついた短剣である。その歯の間に長剣の刃を挟んでへし折る、それだけの用途で開発された短剣である。その名をソードブレイカー、“剣を折る者”という。
ソードブレイカーは、東方にはない種類の剣だ。なぜなら、東方の剣は何度も打ち鍛えた粘りのある鉄を使っていて簡単には折れないからだ。それに比較して、西方の剣は堅くて脆い鉄を使っているので、こういう武器も有効になる。
とすると、ユウコはキラメキ王国に来てからこの剣の使い方を修得したことになる。
「まさか、こんなモンまで使えるとはなぁ。甘く見てたぜ」
舌打ちしながら、アルキーシは鍔元で折れた剣を投げ捨てた。そして身構える。
アルキーシは素手でも炎を操る事が出来る。ユウコは油断なく“桜花・菊花”を構えた。
息をすうっと吸い込み、叫ぶ。
「いっくよぉぉーっ!!」
ザッ
大地を蹴り、アルキーシに向かって飛びかかる。
「炎!!」
ゴウッ
炎の槍がアルキーシの手から打ち出され、ユウコめがけて飛ぶ。
ユウコは“菊花”を一閃し、その槍を払いのける。
「もらったぁっ!」
「甘いわぁ!」
アルキーシは一喝するや、右手を振るった。
ザシュッ
彼の心臓を貫くはずの一撃は、その右腕に突き刺さっていた。
「!?」
「“肉を斬らせて骨を断つ”。たしか東方の言葉だったよな」
アルキーシはにっと笑った。慌てて“桜花”を引き抜こうとするユウコ。
「ぬ、抜けない!」
「炎!!」
次の瞬間、アルキーシとユウコの姿は炎に飲み込まれていた。
「きゃぁぁぁっ!」
悲鳴が、炎に打ち消されるようにかき消える。
「ユウコ!!」
アヤコとサキが声を上げる。
燃え上がる炎の中から、アルキーシがゆっくりと出てくる。そして、右腕に突き刺さった“桜花”を引き抜くと、二人の足下に放り出す。
カラン
軽い音がした。
彼は、静かに言った。
「友の形見だ。受け取るがいい」
「形見!?」
サキが息を呑んだ。
「なかなか、強敵だったぜ。今日の所はあいつに敬意を表して、ここで引き下がるとするさ」
アルキーシはそう言うと、パチンと指を鳴らした。と、あれだけ燃え上がっていた周囲の炎が一瞬にして消える。
「う、嘘……」
サキは膝を落とした。譫言のように呟く。
「嘘よ、そんなのって……」
「……じゃあな」
そう言うと、アルキーシは彼女らに背を向けた。その姿が暗闇の中に消えていく。
「これで、“鍵の担い手”が一人死んだ。もう聖剣の封印を解く者はいない。魔王の時代がくるのか……」
呟き声が、森の中に消えていった。
《続く》