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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その Give me Shock!

 ズゥン
 その巨体に似合わぬ静かな音をたて、ユイナの世界征服ゴーレムは砂浜に膝をつき、ゆっくりと右手をおろした。
 その右手から、コウが先に砂浜に飛び降りた。そして、振り返る。
「空まで飛べるなんて……」
「当然でしょう? この私が作ったのよ」
 そう言いながら、ユイナはマントを翻しながら砂浜に降り立つ。
 コウは、そろそろ夕焼けが辺りを包む砂浜を見回した。人家も見えず、ただ、だだっ広い砂浜だけが広がっている。
「ここがノウレニック島なの?」
「そうよ」
 ユイナは頷くと、すたすたと歩き出した。
「ど、何処に行くの?」
「とりあえず、人のいるところよ」
「え? でも、これは?」
 世界征服ゴーレムを指さそうとして、コウは戸惑った。確かにそこにある筈なのに、なんだか何もないような気がしてならない。
 そのコウの戸惑いを感じたのか、ユイナは肩越しに振り返った。
「世界征服ゴーレムの心理迷彩システムを稼働させたわ。だから、大丈夫よ。愚民達にはその存在すら気づかせることはないわ」
「は、はぁ」
 コウは彼女の言っていることの半分も理解できなかったのだが、とりあえず頷いた。
「じゃあ、行くわよ」
 ユイナはそう言い残し、歩いていく。
「あ、待ってよ、ユイナさん!」
 コウはその後を追いかけた。

 二人は、砂浜から少し奥に入ったところで道を見つけた。街道とまでは行かないまでも結構立派な道である。
 だんだん薄暗くなりつつあった。コウはユイナに訊ねる。
「どっちに行こうか?」
「しっ」
 ユイナはコウを制し、右の方を見る。
「誰か来るわ」
「ホントだ」
 いくつかの明かりがゆらゆらと揺れながら近づいてくるのが見える。
 コウはそちらの方に駆け寄っていった。
「おーい、おーい!」
「ちょっと、……まぁ、いいわ」
 一瞬彼を止めようと手を伸ばしかけ、ユイナは肩をすくめた。それから、ゆっくりと歩いてコウの後を追っていった。
「なんだ、おまえは?」
 コウの前に現れたのは、5人ほどの男達だった。赤銅色に日焼けした逞しい身体には潮の匂いが染み着いている。どうやら猟師らしい。
 コウは、ホッと一息ついて説明した。
「いや、実は乗っていた船が難破して、やっとこの島に着いたんだよ」
「難破? まさか、スライダから来たのか?」
「そうだけど」
「うわぁっ!」
 男達は慌ててくるりとUターンして逃げ出そうとした。
 と、コウの後ろから、朗々と声が響いた。
『魔法の縄よ、我が意志に従い、戒めとなれ』
 次の瞬間、男達は両手両足を目に見えない縄で拘束され、その場に転がった。
「わぁ、なんだ!?」
「う、動けねぇ!!」
「ユイナさん!」
 コウは振り返った。
「何を……」
「合理的な方法を採っただけよ。私の前から逃げられるなんて思わない事ね」
 ユイナはにこりともせずに言った。
 男達は震え上がった。
「また、魔法使いか!?」
「うわぁ、俺が悪かった! 命だけは……」
「また?」
 コウははっとして、男達に駆け寄った。
「またって事は、他にも魔法使いを見たんですか?」
「あいつらもお前達の仲間なのか!?」
「た、助けてくれぇ!! 俺には将来を誓った娘がいるんだぁ!」
「あ、てめぇそんな娘がいるのか!?」
「あー、うるさい」
 ユイナがぼそっと呟いた。ぴたっと静かになる男達。
 コウは改めて訊ねた。
「すいません。あなた達の見た魔法使いの事を聞かせていただきたいんですが」
 彼らは顔を見合わせた。それから、一人がおずおず答える。
「結構可愛い娘っこで、ピンクの三つ編みしてて、なんだがぼーっとしてて……」
「ユカリっていいませんでした?」
「ああ、確かそんな名前だったな」
 コウは勢い込んで男達に詰め寄った。
「その娘以外にも女の子はいませんでした?」
「ああ、全員で4人だったぜ」
 男達は頷きあった。
「青いショートカットの僧侶の娘と、赤いショートカットの娘と、藍色の髪を結った吟遊詩人の娘だったな」
「サキと、ユウコと、アヤコって言いませんでした?」
 コウの言葉に、男達が頷く。
「そうそう、そんな名前だった……」
「で、みんなは今何処にいるんですか!?」
 コウは彼等の胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いで訊ねた。
 地下湖の中にある島。
 数百年ぶりの来客が物言わぬ石像となり、再び静寂が訪れて、どれくらい時間がたったのか。
 不意に、その島に人影が現れた。
「やれやれ、お嬢さん達は手間を掛けさせてくれるぜ」
 そう言いながら、彼は腰に下げていた袋を取ると、中に入っていた液体を石像に注いだ。
「……ったく。人をたばかるくらい抜け目無いくせに、肝心なところで抜けてるんだからなぁ」
 ぶつぶつ言いながら待っていると、石像が煙を噴き始めた。
 みるみるうちに、彼女達を覆っていた石が溶けていく。
「ん……あ?」
 サキはうっすらと目を開けた。
「こ……こ……は?」
「御目覚めかい、お嬢さん」
「え?」
 声の方を見ると、そこにはくすんだ紫色の鎧を着た大男が彼女を覗き込んでいた。顔にはご丁寧にバタフライマスクをつけている。
 まだ意識が半分ぼうっとしているせいか、恐怖心は感じなかった。
 サキは訊ねた。
「あ、あなたは……?」
「俺か? まぁ、通りすがりのコナミマンとでも呼んでくれ」
 彼は笑うと、訊ねた。
「しかし、女の子が4人も何でこんなところに?」
「4人? あっ!」
 サキは慌てて辺りを見回し、自分の横に3人が眠っているのに気づいて安堵の表情を浮かべた。それから男を見る。
「助けてくれたんだ……。ありがとう、えっと……」
「コナミマン」
「そう、コナミマンさん」
「へへ。礼にはおよばねぇよ」
 コナミマンは立ち上がった。と、
『我が神聖なる島に足を踏み入れし愚か者よ。今すぐ立ち去るなら、命は助けてやろうぞ』
 声が響きわたった。サキは青くなった。
「メデューサ!!」
「なるほど、お嬢さん達が石になってたのは、そういうことか」
 ズルズルと蛇の身体が地面を擦る音がする。
「さがってな、お嬢さん」
「あ、はい」
 次の瞬間、コナミマンは走った。メデューサに向かって。
「コナミマンさん!」
『愚か者め』
 ピシィ
 微かな音がし、コナミマンの右手が石になった。しかし、彼はそのまま突っ込むと、その右手でパンチを繰り出した。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
 ボボボボボッ
 妙な音を立てながら、石の拳がメデューサの顔と言わず身体と言わずめり込む。
 最後に彼は思いきりバックスィングして、メデューサを殴り飛ばした。
「オラァッ!!」
 ボギャァァン
 その一撃で、メデューサの首は吹き飛び、湖に落ちて沈んでいった。
 それと同時に、彼の右手は元の通りに戻った。メデューサが死んだことで魔力が解けたのだ。
 サキは、唖然として呟いた。
「す、すごぉい……」
「コナミマンに任せな」
 彼はにっと笑って親指を立てた。
「……というわけで、このコナミマンさんが助けてくれたのよ」
 みんなが気づいたところで、サキは一通り今までのことを説明した。
「へぇー」
 ユウコは頷くと、コナミマンをじろじろ見た。
「な、なにかな? お嬢さん」
「べっつにぃ。ただね、こんなところで何やってんのかなぁって思ってね。魔王四天王のアルキーシさん」
「な、何を言うんだ? 俺はコナミマンだ! そんな奴じゃないぞ」
 コナミマンは慌てて両手を振った。
「ニードレストゥセイ、今さらだから言わないでおこうと思ったけどね。あなたの変装って最低よ」
 アヤコが肩をすくめた。
「いや、俺は……」
「今さらご身分をお隠しになられましても、もう既に判っておりますから、意味がないと思いますけれども」
 ユカリは頬に指を当て、思案しながら言った。
「ち、畜生。どうして俺様の華麗な変装が見破られたんだ!?」
 コナミマンはバタフライマスクを地面にたたきつけた。
 サキは、驚いて息を呑んだ。
「アルキーシ!? まさか、そんな!?」
 ユウコがサキの肩をとんとんと叩く。
「はいはい、もう演技はいいのよ、サキ」
「演技?」
「……まさかとは思うけど、本当にアルキーシだって判らなかったの?」
「……うん」
 こっくりと頷くサキ。
 ユウコはがっくりと肩を落とした。
「サキって、本当に純な娘ねぇ」
 一方、アルキーシはくるっと踵を返した。
「アルキーシ?」
「正体がばれてしまったからには、ここでお別れだな。あばよ」
「うん、また逢おうね……って、逃がすわけないっしょ!! あん時のお礼、させてもらうかんね!」
 ユウコは“桜花・菊花”を抜いて構えた。その後ろで、アヤコがリュートを奏でようと手を伸ばす。
 と、アルキーシは突然、叫んだ。
「布団がふっとんだ!!」
 ピシッ
 その場の空気が凍り付いた。
 皆が目を点にしている間に、アルキーシの姿はかき消えた。
 我に返ったユウコは呟いた。
「石化の術まで使うとは、アルキーシ、侮れないわね」
「うふふふふふ。面白い方ですねぇ」
 ユカリはコロコロと笑った。そのユカリに視線をやって、ユウコは額を押さえた。
「でも、こっちの方が強力かも……」

《続く》

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