喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ときめきファンタジー
第
章 ユイナの涙
その
Fly Fly

「それにしても、どうしてアルキーシさんがわたくし達を助けて下さったのでしょうかねぇ?」
ユカリは首を傾げた。
「わかんない」
あっさり答えるユウコ。
「イッツトラップ、何かの罠かしらね」
アヤコが“ファイヤーボンバー”をつま弾きながら呟いた。そして、はっとする。
「そうだ! メモリアルスポットは?」
「あ、そうだった」
ポンと手を打って、ユウコは島の中央にある小さなほこらに歩み寄った。あとの3人もついて来ようとするのを制する。
「離れてて。何があるか、わかんないっしょ?」
「気を付けてね」
サキが声を掛ける。ユウコはVサインしてそれに答えると、ほこらの前にかがみ込んだ。
まず、くない(忍者の使う投げナイフ)を出すと、観音開きの扉をつんつんとつつく。異常無し。
「よぉーし」
ユウコは呟くと、バンダナを出して汗止め代わりに額に巻いた。それから扉を調べ始める。
「……ここに……」
その頃、コウとユイナは洞窟の前に来ていた。不幸な男達は、ここまで案内させられてやっと解放され、今はもういない。
「じゃ、行くわよ」
ユイナはそう言うと、呪文を唱えて光の玉を作り出した。そして、それを掲げて洞窟の中に足を踏み入れる。
「あ、待ってよ!!」
コウはその後を追おうとした。
と、その2人の後ろから声が掛かった。
「待ちくたびれたぜ、お二人さん」
「!?」
コウは振り向いた。
「アルキーシ!?」
いつもの真紅の鎧に身を包んだアルキーシが、樹に寄り掛かっていた。
カチリ
微かな音がした。
「ふぅー」
ユウコはため息をつくと、扉をゆっくりと開けた。
「なにが、入っているのですか?」
「え? うわぁ! ユカリ、何時からそこにいたのよぉ!?」
いきなり後ろから声を掛けられて、ユウコは思わずびくっとして振り返った。
「はい。先ほどから見学させていただいておりました」
ユカリはにこにこしながら言った。
ため息混じりにユウコは肩をすくめた。
「あ、そう」
「それで、中には何が入っているのでしょうか? 楽しみですねぇ」
「あ、そうだった」
ユウコは向き直ると、扉の中に手を入れた。
「ん? と、とれないなぁ。えーい!」
「取れないのですか?」
「ちょっとね。えーいっ!!」
思いきり引っ張ったとたん、それはいきなり取れて、ユウコはその場にひっくり返った。
「あいたあ」
「大丈夫ですか?」
「もう、超ダサぁ。えっとぉ……」
ユウコは手を開いた。
その手の中には、小さな黒い立方体があった。
心配そうに見ていたサキとアヤコも近寄ってくる。
「これが、メモリアルスポット?」
「さぁ……」
「多分、間違いないと思いますよ」
ユカリが言った。
「それからは、わたくしたちの“鍵”と同じ波動を感じますから」
「じゃ、もどろっか。とりあえず、イクシスに行く?」
ユウコは、その立方体をポケットに入れると、言った。
アルキーシは、寄り掛かっていた樹から身を起こした。
「黙ってたら、全然気がついてくれないんだものなぁ。注意力散漫だぞ。俺みたいに親切な敵ばかりじゃ無いんだからな」
「……」
コウは無言で剣を構えた。アルキーシは肩をすくめた。
「そういきり立ちなさんな。すぐ、相手してやるから……よっ!」
ボウッ
アルキーシの片手から、炎の槍がコウめがけて伸びた。
『魔界の凍えし風よ。全てのものを凍てつかせよ』
キィン
微かな音と共に、炎の槍が空中で凍り付き、地面に落ちて粉々に砕ける。
アルキーシは視線を転じた。
「やれやれ。厄介な人がまた一緒だね。あんたはダーニュの旦那に任せようと思ってたんだがね」
ユイナはダーニュの名を聞いて、一瞬微かに眉をひそめた。そしてさらに凍波を放つ。
アルキーシは飛び退いてそれをかわした。
「さぁて、どうするかな?」
呟いて、剣を構える。ユウコに折られた剣ではないところをみると、何処からかまた調達してきたらしい。
「炎」
呟きとともに、その剣の刀身が炎をまとう。
ユイナは笑みを漏らした。
「その程度で私に勝とうなんて、1000年早いわよ」
「そうか、ね?」
その瞬間、アルキーシがダッシュした。
「呪文は詠唱に時間が掛かる。その時間さえ与えなければ!」
ヴン
微かな音がしたかと思うと、辺りが不意に翳った。アルキーシは咄嗟に脇に飛び退いた。
ドォン
次の瞬間、今までアルキーシがいたところに、青い巨人が立っていた。
彼はそれを見上げて口をあんぐりと開けた。
「なんじゃ、こりゃぁ!?」
「世界征服ゴーレム。500年前、たったの7日で一つの国を消滅させた悪魔の魔神だ」
静かな声がし、アルキーシは振り返った。
「ダーニュの旦那?」
「ユイナ」
魔王四天王の一人、ダーニュ・ソリスは、ユイナに歩み寄った。
「忘れたのか? 500年前のことを」
「……」
ユイナは、黙って立っていた。コウは彼女の顔を盗み見た。
「ユイナ……さん? 500年前って……」
「勇者コウよ、話してやろう。500年前、私が犯した過ちを……」
ダーニュは静かに話し始めた。
「500年前のことだ……」
『魔界の炎よ! 我に徒なす敵を焼き尽くせ!!』
ゴウッ
炎が上がり、うようよと群がっていたアメーバを焼き尽くした。
「大したものだな、ユイナ」
黒い色の長衣をまとった老人が、静かに言う。
ユイナは誉められても嬉しそうな色は見せず、むしろムッとしたように腕を組んだ。
「私にとっては児戯ね」
「修行を初めて2カ月で、炎の魔術を会得するとは。ダーニュ、おまえはどれくらい掛かった?」
「は。2年と4カ月でございます」
青い長衣をまとったダーニュは、かしこまって答えた。
こちらは彼のよりもさらに濃い紺色の長衣を身につけたユイナは、いらだたしげに腕を組んだ。
「さぁ、さっさと次の段階に進みなさいな、キリオ」
「ユイナ! 仮にも師を呼び捨てとは……」
とがめようとしたダーニュに、ユイナは刺すような視線を向けた。
「……」
そのまま、口の中で何か呟いたかと思うと、彼女の姿はかき消えた。
老人は、杖をとんとついた。
「転移の術か……、何時の間に覚えたというのだ……。ダーニュよ」
「は」
かしこまるダーニュに、老人は静かに言った。
「お主は、ユイナのことをどれほど知っている?」
およそ無いことだった。彼が、プライベートな事に言及することは。
ダーニュは答えた。
「さぁ、私は何も……」
「ユイナの父は、モリヤ・ヒモオだ」
「!!」
ダーニュは目を見開いた。
「そう。ユイナの本名は、ユイナ・ヒモオ。あの稀代の魔術師の一人娘だ」
老人は遠い目をして、呟いた。
「稀代の魔術師にして、キラメキ王国転覆計画を目論んだ犯罪人の、な」
「しかし、モリヤの係累はあの事件後、皆処刑されたと聞いておりますが」
「そうとも。正確に言えば、ユイナは人間ではないからな」
「!?」
「モリヤ・ヒモオはまた稀代の錬金術師でもあった。そんな彼が熱中していたのがホムンクルスだった」
ホムンクルスとは、早い話が神ではなく人が作った人造生命体のことだ。神の領域を犯すものとして研究は公には禁止されていた。
「彼は、ホムンクルスによる無敵の軍団を作ろうとしていた。そして、永遠に世界を支配し続ける神になろうとしていたのだ。そんな彼が作り出した最高のホムンクルス、それが……」
「彼女だというのですか? 馬鹿な。彼女は、そりゃ少しは常人とは違う所もあるでしょうけど、れっきとした人間じゃないですか!」
「それほどに、モリヤの技術は完璧だったということだ。しかし、ユイナの誕生後、彼は何故かホムンクルスの研究を打ち切った。あの事件の時も、彼が使ったのが思考能力のないゴーレムだったから、我らは勝つことができた。もし、ユイナのようなホムンクルスが数多く攻めてきたら……」
老人は首を振ると、ダーニュに視線を向けた。
「確かに彼女はホムンクルスだ。しかし、その魔力、破壊してしまうには惜しい。そう思ったから私は彼女を引き取った。だが、やはり彼女は……」
「私が……」
ダーニュは言った。
「彼女は私が見守ります」
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く