喫茶店『Mute』へ
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その Old Friends
ダーニュはそこで一息入れると、ユイナをちらりと見た。ユイナは腕を組んだまま、むすっとした顔をしていた。
「それから数年後、私とユイナはキラメキ王国魔術師団の一員となった。私たちはいつしか魔術師団の双璧と呼ばれるようになった」
「ユイナさんが、魔術師団に!?」
コウは思わず声を上げた。ダーニュは軽く頷くと、ユイナに視線を向けた。
ユイナは黙ったままだった。
ダーニュは言葉を続けた。
「しかし、ある時我々がキラメキ王国に攻め込んできた東方の小国を討伐に行ったときのことだった……」
『我が魔力に従いて、魔界の炎よ、総てを焼きつくせ』
ゴウッ
激しい炎が、兵士達を飲み込んだ。断末魔の悲鳴が聞こえる。
ユイナは髪をかき上げた。
「こんなものかしらね」
「ユイナ」
不意に風が巻きおこり、一人の青年が姿を現した。ユイナはうっとおしげに振り返る。
「ダーニュ?」
「やりすぎだぞ、ユイナ」
「いいじゃないの。戦争はつまるところ、どれだけ効率よく敵の勢力を削ぐか、なのよ」
ユイナは、火傷を負ってのたうち回る兵士達を見やった。それから呟く。
「もう、ここは騎士達に任せても大丈夫ね。じゃあ、私は頭を叩くわ」
シュン
ユイナは姿を消した。ダーニュは口の中で小さく呟くと、その後を追った。
「こ、こんな莫迦な……」
その国の王は廊下を走りながら呟いていた。
負けるはずはなかったのだ。圧倒的な武力を長い時間かけて備え、外交に気を配って、ついに行動を起こした、それに過ちはなかったはずだった。
しかし、現に攻撃軍は一蹴され、逆に今や首都もキラメキ王国の軍が迫り、陥落寸前の有り様だった。
「こ、こうなったら、あれしか……」
「なにかしら?」
シュン
微かな音と共に、王の行く手にユイナが姿を現した。濃紺の長衣と漆黒のマント。蒼い髪をかき上げる姿は、このような場所には似つかわしくない艶やかさ。
「だ、誰だ?」
「そうね。その足りない脳に刻み込んでおくことね。キラメキ王国魔術師団、ユイナ・ヒモオの名を」
「ま、魔術師団だと!? 実在していたというのか?」
王は顔をひきつらせた。
キラメキ王国を影から支えている魔術師団の名は噂にはなっていたが、誰一人その実態を知る者はいなかった。中には、キラメキ王国がわざと流した偽情報だと言う者もいた。
しかし、今王の前に立つ女を見て、王は確信した。
間違いなく、その恐怖の軍団は実在したのだと。
「さぁ、死んでもらうわ」
ユイナは右手を彼に翳した。その指にはまっている指輪が妖しくきらめく。
「こ、こうなったら!!」
王は、いきなり右手を壁にたたきつけた。その指にはまっていた指輪が、その衝撃で砕け散る。
「何をしたの!?」
「ふふふ、あははは」
王は狂ったように哄笑した。
「これで、世界は終わりだ!」
ゴゴゴゴゴゴゴ
彼の叫びに呼応するように、辺りが揺れ始めた。
「こ、これは?」
ユイナは素早く呪文を唱え、自分の周りに障壁を張った。次の瞬間、廊下が崩れ、崩壊していく。
「わははは」
王の哄い声は、その中に消えていった。
ユイナは城の上空に転移していた。
彼女の眼下で城が崩れていく。
「こ、これは……」
そして、その下から巨大な何かが姿を現そうとしていた。
「ユイナ、無事か!?」
彼女の隣にダーニュが現れた。
「ダーニュ!」
「な、なんだ、あれは?」
彼は、城を見下ろして思わず呟いた。
「ゴーレム、かしらね」
「のようだな。ストーン・ゴーレムか」
「ええ」
不格好だが巨大な石像が姿を現そうとしていた。そして、上空の二人に気がつくと、傍らの岩を持ち上げ、投げつける。
「うわっ!」
「これでも、食らいなさい!」
その瞬間、ユイナの指輪がきらめき、雷を発した。岩が砕け散る。
ユイナは、ストーンゴーレムを睨み付けた。
「私に喧嘩を売るとはいい度胸ね」
その口調に、ダーニュははっとした。
「まさか!?」
「出でよ、世界征服ゴーレム!!」
ヴン
微かな音を立て、ストーンゴーレムの前に青い機体が出現した。もっとも、城の大きさほどありそうなストーンゴーレムの前では、大人と子供以上の差があった。
それはまさしく、ユイナの父、モリヤ・ユイナの反乱のとき、彼の使っていたゴーレム軍団。そのほとんどが破壊されたものの、一体だけ研究用に残され、キラメキ城に封印されていたはずだ。
「封印をといたのか、ユイナ! それは反逆罪に問われるぞ!」
「元々あれは父のものよ」
彼女は青いゴーレムに視線を注いだ。
「それに、私もいろいろと改造したしね。あの程度のもの、すぐに片づくわ」
ユイナは自信満々に言うと、叫んだ。
「やっておしまい!」
「やめろ!」
ダーニュが叫んだとき、既に世界征服ゴーレムは動き出していた。右腕を振り上げると、ストーンゴーレムに殴り掛かる。
ドォン
すさまじい音と共に、ストーンゴーレムの左腕が折れる。
「あっはっはっはっは」
ユイナは哄うと、叫んだ。
「服従ミサーイル!!」
ドォン
腹部に隠されたハッチが開き、流線型のミサイルが火を噴きながら飛んだ。そしてストーンゴーレムに炸裂する。
次の瞬間、ストーンゴーレムは粉々に吹き飛んだ。
「ふっふっふっふ」
ユイナは満足げに微笑んだ。そして言う。
「ダーニュ、どうかしら? 私の力は」
「ユイナ、いいから止めろ!」
「え?」
ユイナはダーニュの指す方を見て、眉をひそめた。
世界征服ゴーレムが、完全に崩れ落ちた城から、崩壊を免れた街の方に歩き始めたのだ。
「止まりなさい!」
ユイナが叫ぶが、世界征服ゴーレムはそのまま歩き続け、街に出た。
「そんな……、私の命令を聞かないというの!?」
人々が逃げまどう。
「うわぁー!」
「きゃーっ! 助けてぇぇ」
「や、やめろぉぉぉ」
世界征服ゴーレムは、右手を振り上げ、振り下ろした。
家が一撃で砕け散る。
「うわぁぁ」
人々の悲鳴が上がる。
「ちっ」
ユイナは舌打ちすると、一気に急降下した。
「ユイナ、危ない!」
ダーニュも後を追った。
逃げ遅れた一人の女性が赤ん坊を抱いて、物陰に隠れていた。
ガシャン、ガシャン。
世界征服ゴーレムが、金属音を響かせながら歩いている。
と、赤ん坊が泣きだした。
その声を聞きつけたのか、世界征服ゴーレムが歩みを止めた。そして、そっちの方を見る。
「ひいいっ!」
その女性は、あわてて通りに飛び出した。しかし、それは逆効果だった。
世界征服ゴーレムは、その額から光線を放った。
バシュン
一瞬で、その女性の脇を掠めた光線が、地面を焼き焦がした。思わずその場に座り込む女性。
世界征服ゴーレムは、微かに首を巡らせ、その女性に狙いを定めた。
額が光る。
「い、いやぁぁぁ!!」
『盾よ』
ギュン
微かな音がしたかと思うと、光線が散った。
女性は信じられない思いで、その光線を散らした主を見つめた。
「さっさと行きなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
そういうと、その女性は駆け出した。
「……ったく」
小さくため息をついたのは、その女性に対してか、それともその女性を助けた自分自身に対してか。
ユイナは世界征服ゴーレムを睨みあげた。
「世界征服ゴーレム! マスター・ユイナの名において命じる。その機能を停止せよ!」
ヴン
返答代わりに、光線をユイナに放つ世界征服ゴーレム。
それを予想していたように、ユイナの周りには既に障壁があり、光線を弾いた。
「失敗作が……。原子の塵に返してあげるわ!」
ユイナは叫ぶと、呪文の詠唱にはいる。
『魔界の炎よ、総てを焼き尽くせ!』
「やめろ!! そいつに魔法は……」
ダーニュが叫びながら舞い降りてきた。しかし、一瞬早く、ユイナは炎を放っていた。
呆然たる炎が、しかし世界征服ゴーレムの装甲に当たった途端跳ね返ってくる。
「しまっ……」
次の瞬間、ユイナは熱に包まれるのを感じ、意識を失った。
「……!!」
ユイナは跳ね起きた。途端に全身に激痛が走る。
唇を噛んで悲鳴をこらえると、ユイナは辺りを見回した。
どこかの病室のようだ。左右にもベッドが並んでおり、負傷兵が横になっていた。
ユイナの身体は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
彼女は呪文を唱えてとりあえず痛みを押さえると、身を起こした。
「ユイナ!」
「え?」
声に振り向くと、病室の入り口にダーニュが立っていた。彼自身もあちこちに包帯を巻き、腕を三角巾で吊っているという痛々しい姿だった。
「気がついたのか」
「あれは?」
彼女は訊ねた。それだけで、ダーニュには何のことか判った。
彼は沈痛な表情を浮かべた。
「魔法石の魔力が尽きるまで7日と7晩、あれは暴走を続け、昨日になってやっと停止した。そのために、大勢の人が死んだよ」
「……」
ユイナは沈黙した。
ダーニュは言葉を続けた。
「僕と君は、キラメキ魔術師団の座を剥奪された」
彼女は、それには関心を示さずに聞いた。
「あれはどうなったの?」
「破壊されたよ。徹底的にね」
「!!」
ユイナは思わず立ち上がった。
「破壊、ですって!?」
「ああ。……ユイナ?」
「……」
ユイナは、ダーニュに背を向けたまま、肩を震わせていた。
「……ユイナ」
ダーニュは呟いた。
《続く》