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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その Your Song

 それから数年後、ゾウマ高原で二人は再会する。
 後に“ゾウマの輝石”と呼ばれるようになる魔石を封印する事が出来る魔術師が、キラメキ魔術師団の中にいなかったために、卓越した魔力を持つ二人の力が必要になったからなのだ。
 二人は力を合わせて魔石を封印した。
 そして……。
「これで、お別れね」
 呪文を唱え終わると、ユイナは言った。
「この高原には結界を張り巡らしたわ。私の仕事はここで終わりよ」
「ユイナ。魔術師団に戻る気はないのか? 今回の働きで、向こうも復帰を許可すると言ってきているが……」
「戻るわけないわ」
 ユイナは笑みを浮かべた。
「あんなところ、いずれこちらから出ていってやろうと思っていたわよ」
「……」
 ダーニュは微かに躊躇ってから、言った。
「君に言わなければならないことがある。君のお父さんの研究は知っているね?」
「ええ。父はホムンクルスの研究に没頭していたわね」
「そう。偉大な魔術師だったよ。そして、ユイナ。君は……」
「判っているわ」
 ユイナはあっさりと答えた。
「私は人間じゃないわ。狂気に取り付かれた一人の魔術師が作り出した、神の手に寄らざる存在よ」
「……知っていたのか?」
 ダーニュは初めて絶句した。
 ユイナは平然として言った。
「私に人の感情はないわ。人ではないのだから」
 それから、空を見上げる。
「私は、ただ父の野望を遂行するのみよ。優れた者による世界支配をね」
「ユイナ、それは……!」
 ダーニュが叫んだとき、既にユイナの姿はなかった。
 ユイナは、静かに言った。
「世界征服ゴーレムは、私の父が設計したものよ。つまり、私にとっては弟とでも言うべきものね」
「ユイナさんの、お父さんが?」
 聞き返すコウには答えず、ユイナはダーニュに叫んだ。
「父が設計したものにミスがあるはずはないわ」
「ユイナ……。今から私の言うことを信じるわけがないことはわかっている。でも、聞いて欲しい」
 ダーニュは、あくまでも静かに告げた。
「君は、人間だ」
「なっ!!」
「私も誤解していた。君は君の父上によって作られたホムンクルスだと。なぜなら、君が産まれた直後、君の父上は、急にホムンクルスの研究をやめて、ゴーレムの研究に没頭し始めたからだ。私は、それは最高級のホムンクルスが完成し、研究が終わったからだと思っていた。しかし、それは違ったんだ……」
 ゾウマ高原でユイナと別れて数年後。ダーニュはついに、キラメキ王国の書庫の奥で、封印されていた書物を発見した。
 それは、ユイナの父親、モリヤ・ヒモオの日記だった。
 その一節に、ダーニュの探していた記述があったのだ。

−7月7日
 娘が産まれた。

 私は、今まで何を研究していたというのだろう?
 いかに人が足掻こうと、神にはなれない。
 私は間違っていた。

 この世界は正されなければならない。薄汚れたこの世界は、娘が生きていくにはふさわしくない。
 美しく、清らかな世界こそ、娘が生きていくにふさわしい世界なのだ。
 私は、その世界を作り上げなければならない。それが私の義務なのだ。

 ダーニュは静かに言った。
「君の父上は、とうとう人間と同じホムンクルスを作ることは出来なかった。それで、ゴーレムの作成を始めたんだ。人間と同じものを作るのではなく、あくまでも人間を助けるものを……」
「……」
 ユイナは沈黙していた。彼は言葉を続けた。
「私は、ゾウマ高原で君と別れた後で、それを知って悔やんだ。しかし、君は新しい世界征服ゴーレムを作るために潜伏してしまった後だった」
 彼はそこで言葉を切ると、ユイナを見つめた。
「君は、人間だよ。私や……そこのコウ君と同じ人間だよ」
「……もっともらしい嘘をつくようになったわね」
 腕を組んで言い放つユイナ。しかし、コウはその語尾が微かに震えているのに気づいた。
「ユイナさん……」
「いい加減に気づいたらどうだ?」
 ダーニュは言うと、剣を抜いた。
「そう言っても聞くような人ではありませんね、貴女は」
「判っているじゃないの」
 ユイナはふっと笑みを浮かべた。そして、叫ぶ。
『魔界の炎よ!!』
 ゴウッ
 ダーニュを炎が襲う。ダーニュは飛び退いてそれをかわしながら、口の中で呪文を唱える。
『総ては永遠に凍てつきし、氷雪の中に埋もれよ』
 ゴウッ
 凍気がユイナを襲う。そして、ダーニュは一気に間合いを詰めた。
「ユイナ!」
 カィン
 硬い音がし、ユイナを一刀両断にするはずのダーニュの一撃は、地面に突き刺さっていた。
「む?」
『光の矢よ!』
 シュンシュンシュン
 無数の光の矢が、瞬間移動でダーニュの背後に回ったユイナの手から、一斉に放たれる。
「なんの!」
 ダーニュは剣を青眼に構え、叫んだ。
「凍!」
 キィン
 光の矢すらも凍り付き、地面に落ちる。
「それは、魔王の!?」
「いかにも。闇の力だ」
 ダーニュはそう言いながら、剣をユイナに向けた。
「凍!」
「くっ!!」
 ユイナは飛びすさって、ダーニュの打ち出した凍気を避けた。そのまま、一気に空に舞い上がる。
 ダーニュもそれを追うように宙に飛んだ。
「こりゃすげーや」
 アルキーシは、二人の戦いを見ながら、口笛を吹いた。
「ユイナさん!」
「おっと」
 駆け寄ろうとしたコウの前に、アルキーシは剣を突き出した。
 刺すような視線を彼に向け、コウは叫んだ。
「邪魔するな!」
「そういうわけにもいかないんでな」
 アルキーシはそう言うと、コウを見つめた。
 その口から、微かに呟きが漏れる。
「……そろそろ、来る頃かな」
「え?」
 不意にアルキーシは後ろに飛びすさる。
 カカカッ
 次の瞬間、今まで彼がいたところに、くないが数本突き刺さった。
「これは!?」
「コウくん、大丈夫!?」
 ユウコが洞窟から飛び出してきた。続いてサキ、アヤコ、ユカリが姿を現す。
 思わず、コウは声を上げた。
「みんな! 無事だったんだね」
「イエス、オフコース。もちろん!」
「コウくんも……よかったぁ」
「さて、再会を喜んでいるところ悪いんだが……」
 アルキーシが剣に炎を纏わせる。
「揃ったところで、死んでもらおうか」
 アルキーシの言葉に、コウ達は一斉に身構えた。
 と、ユカリがいつものようにのんびりと言った。
「あのお二人は、何をなさっていらっしゃるのでしょうか?」
「え?」
 その声に、皆は思わず頭上を見上げた。
 そこには、互いに距離を取って、ダーニュとユイナが浮かんでいた。
「やはり、ちまちました呪文では、決着は付かないわね」
「そのようだな」
 二人は、距離を置いて見つめあっていた。
 ユイナは一瞬笑みを浮かべた。
「やはり、あなたは……」
 その言葉の後に、何を続けようとしたのか。
 それ以上はなにも言わずに、ユイナは呪文の詠唱を始めた。同時に、ダーニュも詠唱を始める。
「何をする気なんだ?」
「互いに自分の持つ最強呪文を使おうとしてるんだ」
 コウの呟きに、思わぬ声が答えた。
 皆が一斉に、その声の主に視線を向ける。
 アルキーシはいつの間にか剣を納めていた。腕を組んで、上空の二人をじっと見つめている。
「アルキーシ?」
「とりあえず、休戦だ。俺もちょっと興味あるしな」
「え? あ、ああ」
 コウは頷くと、剣を納めた。
「んもう、コウったら、素直なんだからぁ」
 そう言うと、ユウコはアルキーシを油断無く見ていたが、彼は全く攻撃の意志を見せなかった。
 そんな彼等は、世界征服ゴーレムが彼等の近くに佇んだままであることを忘れていた。
「これでも、食らいなさい!」
 先に詠唱の終わったユイナが、巨大な炎の塊をダーニュにぶつける。
 炎の塊は、ダーニュの前でいきなり弾けたかと思うと、無数の炎球に転じてあらゆる方向からダーニュに襲い掛かった。
 しかし、ダーニュの身体を中心に球状に展開された障壁に阻まれる。彼は、防御呪文を唱えていたのだ。
 障壁の中で、ダーニュは笑みを浮かべた。
「この程度ですか?」
「そう思う?」
 言われて、ダーニュは気がついた。障壁に弾かれた炎球が、ぐるぐると障壁の周囲を回っていることに。
 そして、その炎の軌跡がある模様を描いているという事に。
「こ、これはまさか!?」
「そう。炎の立体魔法陣よ」
 ユイナは笑みを浮かべた。

《続く》

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