喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ときめきファンタジー
第
章 ユイナの涙
その
Byond the Time

「あらぁ」
不意にユカリがふらついた。慌ててコウが支える。
「おっと、どうしたの?」
「はぁ、申しわけありません。なんだか力が抜けたようでして……はぁ」
「これは……」
アルキーシが呟いた。
「魔力が、薄くなってきてやがる。あの魔法陣に吸い込まれてるんだ」
「魔法陣に?」
コウは、ユカリの肩を支えながら、ここからでもはっきり判る魔法陣を見つめた。
ユカリは、ちらりとコウの顔を見ると、その胸に頭をあずけてにっこりと微笑んだ。
その後ろにいたユウコは小声で呟いた。
「ずるいぞぉ、ユカリぃ」
「ぬああああぁぁぁぁぁ」
炎の立体魔法陣に囲まれたダーニュは叫び声をあげていた。
「無駄よ。その程度の障壁で、この熱を防げるはずはないわ」
ユイナは、冷めた口調で呟いた。と、彼女は不意に眉をひそめた。
「それにしては、威力が低いわね」
彼女はくるりと辺りを見回して、はっとした。
「魔法陣から、魔力が漏れている?」
「漏れていますねぇ」
ユカリは呟いた。
「漏れている?」
「はい」
聞き返したコウに向かって頷くと、ユカリは腕を伸ばした。
「あちらに向かって」
「あっち?」
コウははっとした。
「まさか、世界征服ゴーレム!?」
「ホワット? なに、それは?」
アヤコが聞き返した。説明するコウ。
「ユイナさんの作ったゴーレムだよ」
「何もいないようだけど……」
心理迷彩とユイナが呼んだそれは作動しているようで、コウにも世界征服ゴーレムがどこにいるのかはっきりとは判らなかった。
と、ユウコは不意に顔をしかめた。
「なんか、超やばって感じがする……」
「!」
コウとユカリは顔を見合わせた。
忍者のユウコには、危機を感じる第六感とでも言うべき感覚が備わっている。彼等は、過去にもたびたびそのおかげで危ういところを助かったことがあった。
ユウコは、目を閉じて気配を探っていた。そして、ばっと指さした。
「あっちに、なにかいる!」
それは、ユカリが指しているのと同じ方向だった。
「やっぱり、世界征服ゴーレム? でも、あれはユイナさんのだし……」
コウははっとした。さっきのダーニュの話を思い出したのだ。
「まさか、ユイナさんの命令を聞かなくなったとか?」
ユイナは、呟いた。
「まさか、世界征服ゴーレムが、魔力を吸収している!?」
彼女は、さっと右手を振った。それだけで、ダーニュの周りを取り囲んでいた立体魔法陣は消滅し、支えを失ったようにダーニュは墜落していった。
「ったく、世話の焼ける」
そう呟くと、ユイナは右手をダーニュに向けた。と、彼の落下速度ががくりと落ち、彼はそのまま鬱蒼と茂った森の中に消えた。
そちらには目もくれず、ユイナは小声で呪文を唱えた。と、いきなり公たちの目に、青い巨体が目に入ってきた。
「なによ、これ!?」
ユウコが目を丸くしながら、さりげなくコウにぴたりと張り付く。
コウは答えた。
「アレが世界征服ゴーレムなんだ……けど」
キィン
世界征服ゴーレムの目が光った。
次の瞬間、いきなり右手を振り下ろす。
「なっ!」
「神よ!」
サキが素早く聖印を掲げた。その聖印に埋め込まれた“星”が七色の光芒を放ち、世界征服ゴーレムの右手は、何かに当たったようにぴたりと止まる。
アルキーシは「ほう」というように頷いた。
「障壁か。あの娘もパワーアップしてるじゃないか」
「コウくん、今のうちに逃げて!」
聖印を掲げたまま、サキが叫ぶ。
「で、でも……」
「コウ、ハリアップ、早く!」
アヤコが叫んだ。
世界征服ゴーレムは、その重量をぐいぐいとかけてくる。サキの額に汗が浮かんだ。
「そ、そんなに……保たない……から……」
「判った!」
コウは頷くと、駆け出した。世界征服ゴーレムに向かって。
「え?」
「こっちだ! ゴーレム!!」
世界征服ゴーレムが、首を巡らせてコウを見る。
コウは剣を抜くと、叫んだ。
「こっちへ来い!」
そのまま、右の方に駆け出す。
世界征服ゴーレムは、ゆっくりと右手をあげた。解放されたサキが、そのまま地面にへたり込む。
そのサキを無視して、世界征服ゴーレムは、コウに向けて額の光線を放つ。
ヴン
「え?」
「コウっ!!」
ユウコが飛び出していた。その両手に握った“桜花・菊花”を交差させる。
そこに光線が命中した。
「ユウコ!」
「ユウコさん!」
アヤコとサキが声を上げた。
バリバリバリッ
「くぅぅーっ」
ユウコは、光線を振り払った。肩で息をしながらも叫ぶ。
「コウには手出しさせないかんねっ!」
世界征服ゴーレムは、そんなユウコに対して、なおも光線を放とうとする。
と、その顔の前に濃紺の長衣が姿を現した。
「未来の世界の支配者の言うことを聞かないとはね」
「ユイナさん!?」
コウは叫んだ。
世界征服ゴーレムは、ユイナに向けて光線を放った。ユイナは呪文を唱え、その光線を振り払うと、右手を向けた。
その手に赤い光が灯る。
ユイナは叫んだ。
「これでも、くらいなさい!」
「ダメだ、ユイナ!!」
ザッ
森から、ダーニュが飛び上がった。その勢いのまま、ユイナに体当たりする。
それより一瞬早く、ユイナの指輪から赤い光条が放たれた。世界征服ゴーレムの胸にそれが命中する。
「!!」
コウは息を呑んだ。光条が跳ね返されたのだ。
弾き返された光条は、そのままユイナのいた場所に跳ね返った。もしダーニュが体当たりしていなければ、ユイナの胸板を貫いていただろう。
ユイナは唇を噛んだ。
「オリハルコン、ね」
「そうだ」
荒い息をつきながら、ダーニュが言った。さっきのユイナの術で、服は黒く焦げ、身に纏った青い鎧にも、所々に穴が空いている。
「オリハルコンの装甲は、あらゆる魔力を跳ね返す。だがしかし、防ぐことが出来ない術がある」
「……魔王の力を源とする暗黒魔術……」
ユイナははっとした。
「ダーニュ、まさか、あなた……」
ダーニュは、微かに笑みを浮かべた。
「判っていたはずですよ、貴女には。でも、貴女は認めようとしなかった……」
「な、何のことかしら?」
「500年前もそう、そして、今もそう」
ダーニュは、ちらっと、こちらを見上げているコウに視線をやった。
「貴女は……」
「うるさいわね!」
ユイナは首を振った。
「そんなことは、あり得ないわ! あるはずがないでしょう!? 私はユイナ・ヒモオ。魔術に魂を売った女よ!」
「ユイナ」
ダーニュはその肩に自分の手を乗せた。そして静かに言う。
「私は、君を、愛していたよ」
「!!」
次の瞬間、ダーニュは世界征服ゴーレムに向かって突っ込んでいった。
ヴン
世界征服ゴーレムが光線を放つ。
「凍!」
凍気がその光線を散らす。
「ダーニュの旦那! 何をする気だ!?」
アルキーシは思わず叫んだ。
ダーニュは、世界征服ゴーレムの周りをぐるぐると回っている。彼の身に纏った凍気が白い尾を引き、そして世界征服ゴーレムは次第に白い靄に包まれていく。
と、サキが辺りを見回した。
「なに、これ?」
辺りの空気がキラキラと光り始めていた。
「前に見たことあるよ。超寒い日にこういうことあるんだ」
ユウコが答える。
空気中の水蒸気が昇華して凍り付く、ダイヤモンドダストと呼ばれる現象である。
「何を……する気なんだろう?」
コウは呟いた。
ダーニュは世界征服ゴーレムの正面で動きを止めた。荒い息をつきながら、剣を掲げる。
すでに、世界征服ゴーレムは全身にびっしりと霜が降りている。関節も凍り付いているのか、動きもやや鈍いようだ。
それでも、ダーニュを捉えようと緩慢に腕を伸ばす。
それをかいくぐって、ダーニュは剣を振り下ろした。
「凍刃覇王弾!!」
ヴン
凍気の塊が打ち出され、世界征服ゴーレムに炸裂した。
ピシッ
微かな音がした。
コウははっとした。
世界征服ゴーレムの胸の、凍気の塊が炸裂したところに、細いひびが入っていたのだ。
「ひびが入っている?」
さらに、ダーニュは凍気を打ち出した。次々と世界征服ゴーレムにそれが命中し、ひびをつくっていく。
「でも、あんなことしてたらいつまでも終わんないよ」
ユウコが言った。コウはユウコの顔を見た。
「終わらない? でも、ひびが入っているじゃないか」
「でも、見てよ」
彼女は最初に凍気が命中した胸を指した。コウもそこに視線を向けて、はっとした。
「ひびが無くなってる!?」
「うん。どんどん直ってるんだもん」
言われてみると、ひびがどんどんと直っている。
「無駄よ、ダーニュ」
ユイナは上空から呟いた。
「確かに、オリハルコンの唯一の弱点は、凍気によって脆くなること。普通の魔法で作り出した凍気は、その魔力が故にオリハルコンに直接の影響を及ぼす前に消滅してしまう。だから、魔王の力による暗黒魔術の凍気を使った……。でも、自己修復能力を持つオリハルコンは、いくらひびを入れたところですぐに元に戻ってしまうわ」
−そのようだな。
ダーニュの声が、頭の片隅に響いた。
視線を降ろすと、ダーニュがユイナを見上げていた。
−方法は一つだな。自己修復が追いつかないほどに粉々にすればいい。
「その通りね。でも、できるかしら?」
−やるさ。
その声音に、ユイナははっとした。
「ダーニュ!?」
−さらばだ、ユイナ。
キィン
ダーニュの身体を、闇が包んだ。かと思うと、その闇の塊がそのまま世界征服ゴーレムに向かって突っ込んでいく。
「だ、旦那ぁ!」
地面からアルキーシが絶叫する。
そして……。
「ダーニュ!!」
ユイナが叫んだ瞬間。
闇が、爆発した。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く