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ときめきファンタジー
章 ユイナの涙

その 第9の鍵

 もうもうと上がった白い煙が、風に吹き流されていく。
 そのむこうから、世界征服ゴーレムが、青い巨体を覗かせた。
 しかし、その胸の部分の装甲には幾つもの深い亀裂が入っていた。
 そして……

 ガシャァァン

 ガラスが砕けるような音と共に、胸の部分の装甲が砕け散った。

「……ダーニュ」
 スタッ
 茫然自失した様子のユイナが、地面に降り立った。そして、世界征服ゴーレムを見つめる。
「……莫迦……」
 その唇から漏れた呟きは、誰に対してのものだったのだろうか?
 と、世界征服ゴーレムがそのユイナの方を見る。そして、光線を放った。
「ユイナさん!!」
 コウが飛びついて、ユイナを押し倒す。その二人を掠めて、光線が地面に命中し、爆発した。
 爆風が二人を地面に押しつけた。
「だ、大丈夫? ユイナさん」
「え、ええ」
「よかった」
 コウはにこっと笑った。それから顔を引き締めて立ち上がる。
「早く逃げて。あいつは、俺が引きつけるから」
「何を言うの? 未来の世界の……」
 パァン
 軽い音がした。ユイナは頬を押さえた。
「コウ……?」
「ご、ごめん。でも、ユイナさんはこんなところで死んじゃいけないんだ」
 コウは言った。
「それが、ダーニュの、そして君のお父さんの願いじゃないのか?」
「……」
「ユイナさんは逃げて!」
 それだけ言い残し、コウは世界征服ゴーレムに駆け寄っていく。
 ユイナは頬を押さえたまま、呆然とそれを見送っていた。
「魔法が効かなくても、これなら!」
 コウは世界征服ゴーレムの前に飛び出すと、剣を構えた。そのまま気合いを込める。
「はぁぁぁっ!!」
 “気”を練り上げて、剣にまとわりつかせる。
「ユイナさんを、殺させはしない! 守ってみせるっ!」
 剣は、魔法をかけられたかのように光を放ちはじめた。
「コウくんの剣が!」
「あれは……闘気じゃん」
 少し離れたところから、サキ達はコウを見守っていた。無論、すぐにでもサポートできる体勢を取って、であるが。
 ユウコは両手を合わせてうるうるした。
「コウくん、あたしのために頑張ってくれてるんだぁ」
「……」
 サキとアヤコは、その後ろで肩をすくめて頷き合った。
 そして、サキはコウを見つめた。
「コウくん……」
「行くぞ!」
 コウは地面を蹴った。そして、剣を横なぎに振るった。
「気翔弾っ!!」
 白い三日月型の光が、剣の軌跡に沿って産まれ、世界征服ゴーレムの胸に直撃した。
 ドォン
 世界征服ゴーレムがよろめいた。
 コウは、がっくりと膝をついた。剣を地面に突き立てて身体を支えながら、見上げる。
「ど、どうだ?」
 胸から一筋の煙を上げ、世界征服ゴーレムは停止していた。
「……やった……のか?」
 呟くコウ。
 と。
 ヴィィィィン
 微かな音が聞こえ、辺りが振動しはじめた。
「な?」
 コウは顔を上げ、驚愕した。
 世界征服ゴーレムが再び動き出していた。先ほどまでに較べると、明らかに動きは鈍いが。
 額が輝きはじめた。しかし、コウにはもうそれをかわす余力はなかった。
「コウが! ユカリぃ!」
 ユウコは振り返ると、叫んだ。ユカリは頷くと、懐から黄金の埴輪を出し、唱える。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ」
 みるみる、黄金の埴輪が巨大化し、巨人の姿になる。世界征服ゴーレムと同じくらいの大きさだ。
 その姿を見た世界征服ゴーレムは、目標を変えて巨人に向かって光線を放つ。
 同時にユカリも叫んでいた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アミハッタヤナウン・ソワカ!」
 巨人も光線を放ち、両者の光線はお互いの間でぶつかりあった。
 ドォン
 辺りを揺るがす大爆発が起こり、そして爆風と衝撃波が皆を襲った。
「ううっ」
 コウはうめき声を上げながら立ち上がった。そして辺りを見回して仰天した。
 周囲の木はすべて同心円状になぎ倒されていた。そして、その円の中心に、世界征服ゴーレムが立ち尽くしていた。黄金の巨人の姿はない。
「こ、これは……」
 コウは思い出した。
 二つの光線がぶつかりあった、その衝撃波にコウの身体が吹き飛ばされたことを。
 良く生きてるな、と思い、苦笑する。
 不意に、足に激痛が走った。コウは思わずその場に崩れ落ちた。
「く……」
 右の足首が変な方向に曲がっている。どうやら骨が折れてしまったようだ。
 と、世界征服ゴーレムがゆっくりとこちらを向いた。
「ま、まだ動くのか!?」
 コウは立ち上がろうとしたが、足が言うことをきかない。
 世界征服ゴーレムが、光線を放った。
 彼は、思わず目を閉じた。

 バシュゥゥン

「何時まで、目を閉じているつもり?」
 その声に、コウは目を開けた。
「ユイナ……さん?」
 ユイナはいつもの冷徹な表情で、世界征服ゴーレムを見つめていた。ただ、その頬は、さっきコウが叩いたせいか、ほんのりと赤い。
「けりをつけるわ」
「……けり?」
「世界征服ゴーレムを……」
 彼女は一瞬、微かに躊躇った後、きっぱりと言った。
「破壊するわ。この私の手で」
「で、でも……あれは……」
「コウ」
 ユイナは、コウをじっと見つめた。そして、言った。
「不本意だけど、一つだけ認めなければならないことがあるようね」
「何?」
「私の中に、計算できない感情があることを……。あなたに恋している……というのかしら、こういう感情は」
 コウは気がついたのかどうか。ユイナは両方の頬を赤く染めていたことに。
 その瞬間、重々しい声が響きわたった。
『娘よ。汝が心のうちに秘めし勇者への想い、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“魔”の象徴を託す』
 その声と共に、ユイナの前に、黒い立方体が現れた。それは、ユウコが地底湖から取ってきたもの。
 ユイナはその黒い立方体を手に取り、眉をしかめた。
「“ライブラリ”ね」
「え?」
 思わず聞き返したコウには構わず、ユイナはふっと笑みを漏らした。
「今回は、貴方の力を借りてあげるわ。ありがたく思いなさい、メモリアルスポット」
 世界征服ゴーレムが、再び光線を放とうとする。
 ユイナは振り向きざまに叫んだ。
『古の魔人バビロンの弓よ、我が元に来たれ。我が意のままに、我が敵を討て!』
 ガガガガガッ
 すさまじい勢いで、ユイナの手から光弾が放たれた。そして、世界征服ゴーレムの胸の穴に吸い込まれる。
 一瞬置いて、世界征服ゴーレムが大爆発した。

「これが、メモリアルスポット……」
 コウは、ユイナの手の中でくるくると回る立方体を見つめていた。
 ユイナは言った。
「“ライブラリ”よ」
「“ライブラリ”?」
「ええ。古代の魔法の総てを納めた知識の宝庫。魔術書と言ってもいいわ」
「へぇ……」
 コウは感心して、その黒い立方体を見つめた。
 ユイナは、そのコウの顔をちらっと見て、頬を微かに赤らめ、呟いた。
「私の野望……か」
「え?」
「何でもないわ。何でも……」
 と。
「コウくーん」
「コ〜ウ!!」
 聞き慣れた声が聞こえ、二人は顔を上げた。
 ユウコ達が駆け寄ってくる。
「みんな無事だったんだ! おーい!」
 コウは手を振った。
「魔王四天王のダーニュ・ソリスは死んだ、か」
 アルキーシは、地面に突き刺さった剣の前で呟いた。そして、片膝を突くと、剣に向かって語りかけた。
「旦那は、幸せだよなぁ」
 夕陽が、彼等の影を長く伸ばしていた。

《第9章 終わり》

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