喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
リフレイン

辺りは、無人の原野。見渡す限り、地平線まで開けたその荒野には、所々に低い潅木が茂っているだけで、あとには何もない。
いや、よく見ると、その荒野の真ん中に一本の「道」が通っているのがわかっただろう。
道、といっても、我々が想像するアスファルトやコンクリートで舗装されたようなものではない。文字通り、ただ土を堅く踏み固めただけの粗末な道。
とはいえ、このメモリアル大陸の道のほとんどはこのようなものである。石を敷き詰めたような立派な道は、大都市の、それも主要な道に限られているのが現状である。特に、このような街と街との間をつなぐような道では、これが当たり前だ。
その道の途中で、今、戦いが巻き起こっていた。
ガキィッ
漆黒の人ならざる異形の怪物が、その手を振り下ろす。その指先から伸びた鋭い鉤爪は、そこらの剣よりも鋭利に犠牲者を両断するだろう。
だが、その一撃を、一見華奢な長剣ががっしりと受け止める。
「へっ。このあたしをその程度で倒せるもんかい!」
すさまじい重さの一撃を受け止めた剣士の声は、ちょっとハスキーがかった女の子の声だった。
シャァァツ
その怪物は、うなり声をあげて飛びすさった。体勢を立て直し、さらに重い一撃を加えようとする。
だが、その間を彼女は与えなかった。怪物が後退する速度よりも早く、その怪物の懐に飛び込み、剣を斜めに振り上げる。その一撃は、硬い怪物の皮膚を易々と切り裂き、骨を断ち、呪われた心臓を永遠に停止させた。
ドサッ
その怪物が倒れると、彼女は振り返った。
「しかし、ひでぇ状況だね」
思わず唇からつぶやきが漏れる。
彼女は、同じような怪物に取り囲まれていたのだった。
休みを与えようともせずに、左右から2体の怪物が同時に飛びかかる。
「ちっ!」
その一撃をかわしたものの、さらに後ろから別の怪物が、音も立てずに鉤爪を振り下ろす。
「!?」
ザシュッ
鮮血が、怪物の爪を染めた。その剣士は、とっさに身をよじって致命傷は避けたものの、肩を深く切り裂かれていた。
どくどくと赤い血が、地面に吸い込まれていく。
「ちっ、ドジったぜ」
自嘲の呟きをもらし、激痛に片膝をつく剣士に、一斉に怪物が襲いかかろうとする。
「ノゾミさん!」
叫び声とともに、数枚の紙切れがひらひらと落ちてきた。
複雑な文字が書かれたそれは、地面に落ちた瞬間白煙を上げる。そしてその煙のなかから、白い大型の狼が現れる。
突然のことにうろたえた怪物達に、その狼達は一斉に飛びかかっていった。
「ミオか!?」
ノゾミと呼ばれたその剣士は、振り返った。
紙に特殊な魔力が籠もったサインを描き、様々な術を行使する呪符魔術。それを現在使える者は、メモリアル大陸広しといえども、ただ一人しかいない。
ノゾミの視線の先で、眼鏡をかけた緑の髪と瞳の理知的な少女が微笑んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。こいつらは?」
ノゾミは、肩を押さえて立ち上がりながら、怪物達に何度も飛びかかる白い狼達に視線を向けた。
ミオはそんなノゾミに駆け寄りながら言った。
「式神です」
「シキガミ?」
「はい。わかりやすく言えば……そうですね、紙でつくった兵隊っていうところでしょうか? はい、これを貼ってください」
説明しながら、ミオは懐から別の紙を出して、ノゾミに渡した。
「サンキュ」
彼女は頷いてその紙を傷口に貼った。見る間に血が止まる。
「よし!」
「でも、あくまでも血を止めて痛みを和らげただけですから、早くサキさんかミラさんにちゃんと治してもらったほうが……」
「ああ。でもその前にこいつらを片づけないとな」
ノゾミは剣を構え直した。
「まったく、それにしても、なんだってんだよ、この化け物の群は!」
「……やはり、あの人にはなにかありそうですね」
ミオは呟いた。
「あの人って、コウが助けたあの女かい?」
飛びかかってきた怪物を一刀のもとに切り捨てながら、ノゾミは聞き返した。
それには返事をせずに、ミオは口に手を当てた。
「ノゾミさん! アレを見てください!」
「ちっ!」
ノゾミもミオの見たものを見て、舌打ちした。
翼を持った怪物たちが、群を為して飛んでくるのだ。
と、二人の頭上が一瞬かげった。思わず振り仰いだ二人に、眩しく輝く黄金の鳥が映った。そして、その脇を悠然と腕を組んで飛ぶ黒マントの姿も。
「ユカリさん、ユイナさん!」
「あの二人に任せとけば大丈夫だな」
ノゾミはにっと笑った。
大空を飛翔する黄金の鳥の背中には、二人の少女が乗っていた。
「ユウコさんまで来ることはありませんのに」
桃色の髪を三つ編みにした少女が、風になぶられるその髪を押さえながら、隣に座っている少女に話しかける。
ユウコと呼ばれた、腰に細い小剣を二本たばさんだ赤毛の少女はにこっと笑った。
「だって、ユカリ一人この埴輪に乗せとくのは心配なんだもんね」
「まぁ、ご心配いただきまして、ありがとうございます」
ユカリは、目を細くしてにこっと笑い、丁寧に頭を下げた。
その黄金の鳥のすぐ脇を、黒いマントと青いローブに身をまとった少女が、彼女たちには無関心という風に、まっすぐ前を見ながら飛んでいた。
その唇には、笑みが浮かんでいる。
「これは、私に対する挑戦ね。いいわよ、受けてあげようじゃないの!」
前方からは、無数の魔物達が飛んでくる。その数の多さに、まるで彼女たちが雨雲に向かって飛んでいるかのように見える。
「このあたりでいいかしらね」
そう呟き、青いローブの少女は空中で制止する。
黄金の鳥は最初それに気がつかず行きすぎたが、ユウコが両手を振り回してユカリに何事か喚き、ようやく大きく旋回して戻ってくる。
「……まったく」
どうやらそれを待っていたらしく、青いローブの少女はため息を一つつき、そして表情を引き締めた。その右目は、前髪に隠されてよく見えない。
その唇から、朗々とした声が発せられる。普通の言葉ではなく、今は失われ、一部の者しか知らない言葉である。
『我はユイナ・ヒモオ。我が名において、雷よ、我が怒りとなりて、我に徒なす悪しきものどもを焼き尽くせ!!』
ピシャァァッ
一瞬、辺りが真っ白に染まった。
巨大な雷が、魔物達の群の中央を貫いたのだ。次々と黒い翼を焼かれ、燃えながら落ちていく魔物達。
だが、周辺部にいてその一撃を免れた魔物達は、目標を彼女に定め、一斉に向かってくる。
そのとき、滞空していた黄金の鳥の背で、ユカリがすっくと立ち上がった。
「それでは、参ります」
まるで、今から食事を始めますとでも言うかのような調子だった。
彼女は、両手を組み合わせて、呪を唱えた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・ヤナウサンダサンダ・ソワカ!」
ゴウッ
炎がほとばしり、近づいて来ようとした魔物を包む。
と。
バシュッ
何かがはじけるような音がしたかと思うと、炎が四散する。そして、その後には槍を持った黒い獣めいた巨人が、笑みを浮かべていた。
「愚か者め。その程度でこの俺様を焼き殺せると思ったか? 片腹痛いわぁ!!」
そのまま、そいつは一気に槍を構えて突き出す。
その一撃が、ユカリを貫いた、かに見えた。
ギャリィィィィ
耳障りな音を立てながら、槍があらぬ方向に弾かれる。
「なに!?」
「あたしがついてる限り、そう簡単にはやらせないっしょ」
ユウコが、いつの間に抜いたのか、二本の小剣を交差させて、槍を弾いたのだ。
次の瞬間、ユウコは宙に舞った。突き出されたままの槍の柄の上にすたっと着地し、そのまま巨人に向かって駆け上がっていく。恐ろしいまでの身軽さだ。
「いっくぞぉぉぉ!!」
「くぅっ!」
慌てて槍を引き戻そうとする巨人。
「遅いっ!」
ザシュッ
一気に頸動脈を切り裂かれ、青い血をまき散らしながら、落ちていく巨人。
「おっと」
その巨体をジャンプ台にして、ユウコはさらに飛ぶ。まるで飛び石を伝うように、魔物達の頭をどんどん踏みつけながら、黄金の鳥の背中に戻ってきた。
「あー。超疲れたぁ」
「お疲れさまでした」
深々とユウコに頭を下げるユカリの向こうでは、ユイナがまた魔法を放っていた。
「これでも、くらいなさい!!」
ズガァァァッ
空中に描き出された魔法陣に包まれて、また魔物の一団がまとめて消し飛ぶ。
「派手にやっていらっしゃいますこと」
紫のウェーブがかった長い髪を掻き上げ、その大柄な美女は頭上の戦いを評した。
「アイシンクソー。あたしもそう思うわ」
と、藍色の髪を結い上げ、リュートを背中に担いだ少女が同意して頷く。
一見、のんきに状況を評しているかのように見えた二人に、忍び寄ってきていた怪物の群が襲いかかろうとする。
シュン
一瞬、風を薙ぐような音がした。先頭に立っていた怪物が、ふと立ち止まる。
つうっとその首に線が走ったかと思うと、首がころりと落ちる。
「後ろから不意打ちとは、美しくなくってよ」
開いた扇を一振りして、美女はあでやかに微笑んだ。どうやら、その扇で怪物の頭を切り落としたらしい。
その鮮やかな技に、一瞬怪物達がたじろいだように立ち止まる。
髪を結い上げた少女が、その間にリュートを構えた。
「ヘイ、あたしの歌を聴きなさぁい!」
「……私は遠慮するわ」
美女は小声で呟いて耳をふさいだ。それに気づいてか気付かずか、少女はリュートをかき鳴らした。
ギュィーン
およそリュートが立てるとは思えない絶叫のような音を上げるそのリュート。
その音色に合わせて、少女はよく通る声で歌い出した。
「相変わらず、アヤコの歌はよく効きますこと」
美女は耳を塞いだまま呟いた。その周りでは、彼女の歌を聴いた怪物達がバタバタと倒れていく。
怪物達は、アヤコの歌によって眠らされているのだ。
無論、普通の歌ではこうはならない。曲に魔力を乗せ、相手に効かせることで主に精神的に術にかける、呪歌と呼ばれる魔法である。メモリアル大陸広しといえども、この魔法を使えるのはほんの数人といわれている。
アヤコはちらっと振り返った。
「ヘイ、ミラ、あとは任せたわ!」
「はいはい」
耳を塞いでいて聞こえないはずなのに、ミラと呼ばれたその美女は頷いた。手を下ろして、腰に挟んでおいた扇を取って広げる。
その縁が、太陽の光を反射してキラリと光る。どうやら、その縁に刃を埋め込んでいるようだ。
ノゾミとミオ、アヤコとミラに挟まれるように、男女の集団が道の真ん中にかたまっていた。
一人の青い髪の少女が、地面にかがみ込んでいる。どうやら、そこに誰か横たわっているようだ。
黒髪の少年が、少女に尋ねる。
「どう? サキ」
「うん。生命には別状ないみたいだけど……」
サキと呼ばれた少女は、顔を上げて答える。その胸には、彼女が聖職者であることを示す聖印(ホーリーシンボル)が揺れている。
「けど?」
脇からのぞき込んでいた、緑の髪を輪にしたような妙な髪型の少女がサキに訊ねた。
「うん……」
サキは少し言い淀む。
と、逆からのぞき込んでいた、柔らかな栗色の髪の少女が、呟いた。
「普通の人間じゃ……ないみたいです……」
彼女の栗色の髪の間から、尖った耳が飛び出している。彼女自身も、人間ではなく、エルフと呼ばれる種族なのである。
「普通の人間じゃないって……?」
聞き返す少年に、エルフの少女は初めて自分が口に出していたことに気がついたらしく、かぁっと頬を赤らめた。
「あ、あの、あのっ……、は、恥ずかしい」
別に恥ずかしがることでもないようだが、エルフの少女はうつむいてしまった。小声でぼそぼそと続ける。
「あ、あの、精霊さんが……」
エルフの一族は、自然界の万物に宿る精霊と言葉を交わすことが出来る。中には、言葉を交わすだけではなく、それらの精霊の助力を得たり、さらには精霊を行使できる者もおり、そうした者達は精霊使いと呼ばれる。
「精霊さんがどうしたの? メグミさん」
オレンジがかった茶色の髪を無造作にポニーテイルにくくった、小柄な少女がエルフの顔をのぞき込んだ。
「あ、うん。普通の人なら精霊さんが見えるんだけど……、この人には精霊さんが見えなかったの」
メグミ、と呼ばれたエルフの少女は頷いて答えた。
「どういうことなんだろ? ミハルちゃん、わかる?」
ポニーテイルの少女は、今度は変な髪型の少女の方に訊ねた。彼女も首を傾げる。
「わかんない」
「まぁ、美人に悪い人はいないって言うし」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
ドゲシィ
口を挟もうとした明るい茶色の髪の少年を、ポニーテイルの少女が問答無用で膝蹴りをくれて黙らせた。「お兄ちゃん」と彼女が言ったが、確かに二人はよく似ている。おそらくは兄妹だろう。
「くぉぉ。ユ、ユミ、おまえなぁ……」
膝がヒットした腹を押さえながら、少年がうめくが、彼女の方は意にも介さず、黒髪の少年の方に視線をむけた。
「コウさん、あやしいよ、その女の人」
「確かに、あの魔物達も、この人を追いかけてたんだものね」
頷くと、ミハルは背中のリュックサックから何かを引っぱり出した。灰色がかった茶色の、一見すると小さな熊のようにも見えるが、丸い耳と、なによりも動物にあるまじき三白眼を持つ、一言で言えば、変な動物である。
その変な動物をぎゅっと抱きしめて、ミハルは訊ねた。
「コアラちゃんはどう思う?」
無論、動物が答えるわけもないが、ミハルは一人合点したように頷いた。
「そうよね。やっぱりコアラちゃんも怪しいと思うよね」
黒髪の少年は、彼女たちの言葉を聞いて、改めて視線を下に向けた。
申し訳のように地面に敷かれた毛布の上に、横たわっている女性に。
ズガァン
上空で爆発音が響いた。
今まで呻いていた茶色の髪の少年が、辺りを見回して言った。
「どうやら、片づいたみたいだぜ、コウ。ま、“鍵の守り手”10人を相手にするには、魔物100匹くらいじゃ役不足ってもんだけどな」
「でも、女の人一人を追いかけるには、必要以上だろ、ヨシオ?」
コウと呼ばれた黒髪の少年は、聞き返した。
ヨシオは頭を掻いた。
「まぁ、そうだわな。常識的に言って。でも、美人だよな」
「ユミボンバー!!」
ドゲシィッ
ヨシオがユミの一撃で地面に叩きつけられ、伸びてしまうが、みんな無視してその女性を見つめていた。
「なんにしても、この人をこのまま放っておくわけにもいかない」
コウはそう言って立ち上がった。
「サキ、この人を頼むよ」
「ええ、わかったわ」
サキは頷くと、手にしたタオルで、その女性の額に浮かんだ汗を拭った。そして呟く。
「……ひどい熱……」
コウ達に一体何があったのか。
話は、数日前にさかのぼる……。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く