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ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
秘密、秘密

ピシャアッ
たたきつけるような稲妻の光が、その瞬間だけ広間を白に染め、影を焼き付ける。
北の島にある魔王の城である。
玉座の前に、アルキーシはかしこまっていた。
彼以外にその広間には人の姿はない。だが、アルキーシは複数の視線が自分に注がれているのを感じていた。
不意に声が聞こえた。
「魔王四天王とかいいながらも、所詮は人間。大したことはないようだな」
「……はっ」
アルキーシはさらに深く頭を下げた。
声は、それっきりでアルキーシには興味を失ったようだった。
「“勇者”はどうしている?」
「今のところは動く様子はない。“鍵の担い手”が集まるのを待っているようだ」
「待っている? では、いずれここに来るというのか?」
「来たところで、“鍵”が無い以上、どうしようもあるまい」
頭を下げたまま、アルキーシは周囲に異様な気配を感じ取っていた。
人のものとは思えないその気配。
「まぁ、よい。たとえ“鍵”が勇者のものとなっても、我らがいる限り、奴等は魔王様の御前にまでたどり着くことあたうまい」
「そうだな。我ら十三鬼がいる限りな」
アルキーシは、額を汗が伝うのを感じていた。
(魔王の真の守護者……。勇者に、彼を守る“鍵の担い手”がいるように、魔王には魔王を守護する奴等がいる。奴等が出て来たという事は、魔王もいよいよ本腰を入れてきてるってことだぜ……)
レイは、小さな窓から外の様子を眺めていた。
その唇から溜息が漏れる。
「……それにしても、お爺さまは何故、僕を勇者に近づけまいとするのだろう……」
魔皇子レイは、ゾウマ高原での戦いを思い出していた。
以前からの再三の願いにも関わらず、魔王はレイにコウと直接戦うことを禁じていた。
だが、右腕とも頼むソトイがシオリ姫の義父である騎士フジサキとの凄絶な戦いで倒れたこともあり、レイは魔王に無断で出撃する。
そして、ゾウマ高原での戦いで、レイはコウをあと一歩のところまで追いつめた。
結果的に言えば、ミオが初めてその秘められた“鍵”の担い手としての力を発揮して、レイ達は後退を余儀なくされたのだが、その前に確かにレイはコウに止めを刺せるチャンスがあった。
だが、コウに止めを刺そうとしたレイの心に、なぜか躊躇いがよぎり、それがためにコウは生き延びることになった。
戻ったレイを、魔王は問答無用でこの部屋に幽閉したのだった。
「あの躊躇いは……何だったというのだ……」
レイは唇を噛んだ。
その脳裏に、あの時のミオの言葉が甦ってくる。
「それでも、何もしないではいられないんです」
「私がコウさんを、……愛しているから」
「ふっ、下らない」
レイは自嘲するように、形の良い唇をゆがめた。
と、
キィッ
扉のきしむ音がした。レイがそちらに視線を向けると、扉がいつの間にか開いている。
「レイさま、お迎えに参りました」
この場には場違いな、黒い礼服を着込んだ若い男が、片膝をついていた。
「ソトイか」
レイは歩み寄った。
そう、その男こそ、魔王四天王の一人、ソトイ・ユキノジョウであった。シオリ姫の義父である騎士フジサキと戦い、彼の捨て身の攻撃に重傷を負って戦線を離脱していたのだ。
「もうよいのか?」
「は。ご心配をおかけしました」
ソトイは頭を深く下げた。レイは扉の外を見て、はっとした。
「これは……」
そこには、青色の人型をした化け物が2体倒れていたのだ。
「……ブルートロール。ソトイ、どういうことだ?」
レイはソトイに訊ねた。
ブルートロールは、その怪力と再生能力で知られるトロール族の中でも特に高い知性を持つ一族であり、冒険者の間では吸血鬼なみに厄介な相手として知られている。魔王の城でも重要な場所の警備として使われていた。
それは、とりもなおさずレイの部屋が厳重に見張られていたということに他ならない。
「レイ様、こちらへ」
ソトイはそう言うと、歩き出した。
レイは、そのソトイの脇腹に赤黒い染みが広がりつつあるのに気付いた。
「待て! ソトイ、おまえ傷を……?」
「時間がございません。私がレイ様をお連れしたことは、いずれ魔王様にも知れましょう」
「だが……」
束の間歩みを止めて、ソトイは振り返ると、なおも言おうとするレイを遮った。
「申し訳ありませんでした。私が不甲斐ないばかりにレイ様にこのような御苦労をおかけしてしまいまして」
「ソトイ……」
「勇者は“鍵”を11個まで集めました」
「何!?」
幽閉されていて、最新の情報を知らなかったレイは思わず眉をひそめた。
「他の四天王は何をしていたのだ?」
「ダーニュ殿は討ち死にされたとか」
「ダーニュが……。そうか」
レイは悔しげにパンと両手を打ち合わせた。
「僕がいれば、勇者などスグに倒してやるものを」
そんなレイを、ソトイは黙って見つめていた。そして言った。
「レイ様、時が来ました。今こそ、真実をお話ししなければなりません」
「……何のことだ?」
レイは聞き返した。ソトイは身を翻した。
「おいでください」
「待て、ソトイ! そちらはお爺さまの……」
レイが叫んだが、ソトイはそのまま歩いていく。やむなく、レイはその後を追った。
歩きながら、ソトイはレイに訊ねた。
「レイ様、ご両親のことを覚えていらっしゃいますか?」
「知るわけが無い。僕の両親は人間によって殺された。僕はお爺さまに育てられたのだからな」
「もし、それが嘘だとしたら……?」
「……ソトイ、何が言いたい?」
レイは、聞き返した。そして胸を押さえる。
(なんだ? この不安感は? ソトイは一体何を言いたいのだ?)
「うっ」
不意にソトイはがくりと膝をついた。そのままズルズルと倒れる。
「ソトイ!」
レイは慌てて駆け寄った。
「申し訳、ございません……」
ソトイは荒い息をつきながら、立ち上がろうとした。レイはそんなソトイを押さえつけた。
「無理をするな! すぐに医者を……」
「私は、どうやらここまでのようです……」
「何を言うか! しっかりしろソトイ!」
「いたぞ! あそこだ!!」
叫び声がして、数人のブルートロールが走って来る。
「くっ!」
レイはそっちを見ると、怒鳴りつけた。
「医者を連れてこい!」
ブルートロール達は、顔を見合わせて笑った。
「何か勘違いしてるぜ。てめぇはもう王子様じゃねぇんだよ」
「なんだと?」
「俺達は魔王様から勅命を受けてるんだぜぇ。レイを部屋から出すなってよぉ。そして、逃げ出したときは殺してもかまわねぇってよ」
「……そ、そんな莫迦な……」
レイは愕然とした。
「お爺さまが……そんな」
「けっ。莫迦じゃねぇのか? 人間のてめえが魔王様の孫のわけがねぇじゃねぇか。さて、逃げ出したってことは殺しちまってかまわねぇってことだよな」
笑いながら、ブルートロール達が棍棒で殴りかかった。
ザシュッ
紫電のごときスピードで、白刃が孤を描いた。ブルートロールの腕が棍棒を握ったまま切断されて床に落ちる。
レイは剣を構えた。
「貴様らごときがこの僕を殺そうとは、また甘く見られたものだな」
と、ブルートロールの切り落とされた腕がまた生えてくる。この驚異的な再生能力こそがトロールの特徴である。
それを見ながらも、レイは笑った。
「なるほど。なら粉々にすればいいわけだ」
そう言った瞬間、ブルートロール達が一斉に弾けた。それこそ自爆したかのように粉々に吹き飛んだのだった。
レイの得意とする暗黒魔術である。
「……お見事で、ございます」
ソトイは、壁に身をもたれかけさせていた。
駆け寄るレイ。
「ソトイ! しゃべるな!」
「いえ」
押しとどめようとしたレイの手を、ソトイは逆に掴んだ。そして、静かに言った。
「私は、かつてある国におりました」
ソトイが自分のことを話すことは、今までなかった。というよりも、魔王の軍に身を投じた者が、他人に自分の過去を語ることは希なのだが。
「レイ様もお聞きになったことはございましょう。魔法使いの国と呼ばれた、メモリアル大陸中原に栄えしザイバ公国のことを」
「ああ。だが、ザイバ公国は10年ほど前に滅ぼされた。そう、お爺さまの、魔王の復活を願った魔物たちの手によって……」
「はい。ザイバ公国は、強大な力を持つ一部のの魔法使いが、魔法の使えぬ大多数の民たちを支配する国でした。私は、公王様にお仕えする奴隷でした。そして、レイ様。あなたは……」
そこで、一度言葉を切ると、ソトイは静かに告げた。
「あなたは、そのザイバ公国の王家の血を引くお方なのです」
「何だって!?」
レイは、その目を丸く見開いた。
そんなレイに、ソトイのさらなる言葉が衝撃となって襲いかかった。
「レイ様。あなたは、シオリ姫が手に入らなかったときの代わりの生け贄として、今まで生かされてきたのです。そして……」
彼は、ゆっくりと言った。
「あなたも、“鍵の担い手”なのです」
「ソトイ、おまえは怪我のせいで何を言っているか判らなくなっているんだ」
レイは、そう言うと立ち上がった。そのまま、長身のソトイに肩を貸すようにして立ち上がらせる。
「とにかく、おまえの部屋に行こう」
「いえ。私がレイ様をお救いしたことは、もう魔王の耳にも入っているでしょう。急がなくては」
そう言うと、ソトイはレイに話しかけた。
「レイ様。私を魔王の座まで連れていっていただけませんか?」
「お爺さまの……?」
「ええ。そこに行けば、全てが明らかになります」
ソトイは、静かな声で言った。
《続く》

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