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ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
秘密、秘密

南北に別れて、それぞれメモリアルスポットを手に入れたコウ達は、メモリアル大陸の最南端にある港町スライダの、ユウコの叔父が経営している宿屋で無事に再会を果たした。
その喜びもそこそこに、一階の食堂でコウ達は作戦会議を開いていた。
「十三鬼?」
「はい」
ミオは、コウの質問に頷いた。
「王都の書庫にあった古文書に載っていました。私たち“鍵の担い手”が、勇者を守護するのと同じように、魔王を守護する者。そして、その強さは……」
一息置いて、ミオはその場の全員の顔を見回した。
「今までの魔物の比ではないでしょう」
「その連中が出て来るって?」
「魔王の島に乗り込んだ場合、間違いなくその十三鬼が出て来るでしょう」
コウに答えるミオ。
アヤコがリュートをつま弾きながら笑う。
「ノープロブレム、心配しても始まらないでしょう? どんなに相手が強くたって、あたし達は負けないわよぉ」
「そーゆーこと。ねー、コウくん」
しっかりとコウの右隣の席をキープしていたユウコが、コウの腕を取る。
ペシン
「まったく。コウさんが嫌がっているじゃありませんこと?」
鉄扇でそのユウコの手を叩きながら、ミラが言う。
「なによぉ、痛いじゃんか、このオバン!」
「あら、あなたにも痛いと感じるところがあったんですのね。それは気がつきませんでしたわ。おーっほっほっほ」
「超ムカァ! ミラ、ちょっと表に出なさいよ」
「よろしくてよ」
なにやら声高に言い合いしながら出ていく2人を無視して、アヤコはコウに訊ねた。
「で、これからどうするの?」
「……うーん」
コウは考え込んだ。
『魔王を倒せるのは勇者のみ。勇者が聖剣“フラッター”を用いたとき、魔王は倒されるであろう』
魔王に生け贄としてさらわれたシオリ姫を救うべく、旅を続けるコウ達。その拠り所は、この伝承にある。
古文書によれば、この聖剣“フラッター”は、その秘められし力が悪用されることを恐れた神々によって、異世界に封印されたという。その異世界への唯一の扉は、12のかけらに別れ、世界の各地に飛び散った。このかけらを“メモリアルスポット”という。
この“メモリアルスポット”は意思をもっており、それぞれが認めた主人にのみ、その力を貸すという。そして、“メモリアルスポット”がその主人を認めるにあたって求める資格、それは勇者を愛していること。
現在、それぞれ主人を見いだして封印が解かれた“メモリアルスポット”は、全部で10個である。
「智」の象徴たるペン、“ヴィヴィル”は沈着冷静な賢者見習いのミオ・キサラギの手に。
「魔」の象徴たるクリスタル、“ライブラリ”は稀代の黒魔術師ユイナ・ヒモオの手に。
「楽」の象徴たるリュート、“ファイヤーボンバー”は呪歌の使い手アヤコ・カタギリの手に。
「聖」の象徴たるホーリーシンボル、“ウィンクル”は心優しき僧侶サキ・ニジノの手に。
「心」の象徴たる埴輪、“はにまる様”は笑顔麗しき陰陽師ユカリ・コシキの手に。
「力」の象徴たる剣、“スターク”は誇り高き騎士ノゾミ・キヨカワの手に。
「美」の象徴たる腕輪、“アンクレット”は美しき暗殺者ミラ・カガミの手に。
「遊」の象徴たるくない、“桜花・菊花”は自由奔放なる忍者ユウコ・アサヒナの手に。
「愛」の象徴たる魔法生物、“ムク”は穏やかなる精霊使いメグミ・ソーンバウム・フェルドの手に。
そして、「召」の象徴たる指輪、“ラヴィッシュ”は陰で見守る少女、ミハル・タテバヤシの手に。
そして、さらにもう一つ、カイズリア湖の畔の街に残っていたメモリアルスポットも、ミオ達の活躍で手に入り、残る未確認のメモリアルスポットはただ一つ、という状況になっていた。
しかし、コウ達の行動はここで一頓挫することになる。どの古文書にも、最後に残されたメモリアルスポットの在処は記されていなかったのだ。
しかも、残された時間はあまりない。魔王がシオリ姫を生け贄にするのは、赤き満月の夜。その日まで、残された時間はあと1ヶ月あまりしかない。
黒魔術師のユイナの超遠距離移動の呪文を使うとしても、魔王のいると言われる北の島までは2週間はかかるだろうとミオは考えていた。とすると、残りはあと2週間あまり。この広いメモリアル大陸の何処にあるのかも判らないメモリアルスポットを当てもなく捜すには、あまりにも時間がない。
コウが考え込むのも無理からぬことではあった。
一方、宿屋の2階では、下で行われている作戦会議には加わっていない面々が顔を揃えていた。
薄暗い部屋の床の真ん中には、複雑な文様が薄く光っている。いわゆる魔法陣である。
その魔法陣の中心には、一匹の猫がおとなしく座っていた。そして、その正面にあぐらをかくように一人の黒い長衣をまとった女の人が座り、低い声で呪文を唱えていた。
その様子を見守りながら、サキは隣のノゾミに囁いた。
「うまくいくといいね」
「ああ、そうだな」
こちらもささやき返しながら、ノゾミはちらっと正面を見た。
まわりの様子など何も目に入らない、という感じでじっと猫を見つめているのは、ヨシオ・サオトメである。
そう、この猫こそ、ヨシオの妹、ユミなのだ。
迷宮に仕掛けられていた古代魔法の罠にはまり、猫に変身してしまったユミは、ユイナの術で人の姿に戻れたのもつかの間、魔王の手の者によって殺されてしまう。
だが、魔法の力で猫になったユミには、もう一つの生命があった。そして、猫に転生したユミを、ヨシオ達は苦難の末見つけだしたのだった。
そして今、ユイナはユミにかけられている術を解き、人間に戻そうとしているのである。
『万物の始源なる魔力よ、我が力となりて、古の呪いを打ち破れ!』
ユイナが声高らかに古代語の呪文を唱えると同時に、ボゥンと煙が上がった。
「ユミ!」
ヨシオが思わず声をあげる。
ユイナは片手で煙を払った。すると、魔法陣の真ん中に少女が座り込んでいるのが露になった。
思わず駆け寄るヨシオ。
「やったぜ! ユミ、ユミィ〜〜」
「ユミボンバー!」
ゴォン
一瞬にして、ヨシオは身体が反転して、頭から床にたたきつけられていた。
「こ、これはユミの技……よかった……ガク」
そのまま気絶するヨシオを無視して、ユミは頭に手をあてた。
「あ、耳がない! 尻尾もない!」
「当たり前でしょう? このユイナ・ヒモオが同じ間違いを2度もすると思って?」
ユイナは肩をそびやかした。
以前、ユミが呪いにかかって猫の姿に変えられたときもユイナが解呪したのだが、その時はきちんと呪いが解けずに、ユミは耳と尻尾が猫のまま残ってしまったのだった。
今回はどうやらきちんと解けたらしく、ユミは何処から見ても普通の少女の姿だった。
「やったぁ! コウさんにもこの姿を早く見てもらおうっと!」
そのまま部屋から飛び出して行こうとしたユミのポニーテイルを、ノゾミがむんずと掴んだ。
「おい」
「ひゃ! もう、ノゾミさん、なにするんですかぁ!?」
膨れて抗議するユミに、横からサキが赤くなりながら言った。
「いいから、これを着てくれないかしら?」
「あ……」
慌ててサキから服を受け取るユミを横目で見ながら、ユイナはやれやれと肩をすくめた。
「よし」
コウは立ち上がった。
「俺は魔王の城に向かう」
「コウさん、それは……」
横から口を挟もうとしたミオに、コウは笑いかけた。
「危険だって言うんだろ? それは承知の上さ」
「……」
「だけど、行くしかないんだ。たとえ魔王を倒せる聖剣が手に入らなくても、俺は……」
コウはぎゅっと拳を握りしめた。
「それでも、俺は行く。シオリを助けに」
「!」
ミオは、いや、ミオのみならず、そこにいた全員がコウに視線を向けた。
それは、彼女たちにとって残酷な一言だった。
コウを助けるということは、つまりコウとシオリ姫の仲を取り持つのを助けているということ。
そして、彼女たちが“鍵の担い手”として選ばれた理由、それは……。
重い空気が立ちこめかけたとき、明るい声がそれを破った。
「コウさぁーん!!」
階段を一気に駆け下りてきたユミが、ジャンプしてテーブルを飛び越え、そのままコウに抱きついたのだ。
「うわ! ユ、ユミちゃん?」
「うん。ユミだよ! コウさん、ユミね、コウさんに逢えなくって寂しかったなぁ」
そのままコウに頬をよせて、すりすりするユミ。
「ああー! この、猫娘! コウから離れなさい!」
その声を聞きつけてか、外から駆け戻ってきたユウコが、ユミに駆け寄ると引き剥がしにかかる。
「いやだもん!」
「超ムカァ! なによ、この!」
「ベーだ」
「あらあら」
後から降りてきたサキは、その騒ぎを見ると、アヤコに視線を向けた。
「アヤコ……」
「オッケイ」
古くからの親友同士の二人、もはやツーカーの仲である。今も、アヤコはサキの言おうとしたことを汲み取って、リュートを構えた。
「あたしの歌を、聞きなさぁい!!」
ぎゅいぃーん
翌朝、コウ達はスライダの街のはずれに、旅支度を整えて集まった。
ユイナが広げた地図を指しながら、いつものように静かな声で説明する。
「魔王の城があるのはメモリアル大陸のさらに北にあるという孤島、通称魔王の島よ。そこからもっとも近い私の転移ポイントは、ここ、サークルの街。そこからは歩きね」
ちなみに、ユイナの超長距離転移の術とは、入り口となる魔法陣と出口となる魔法陣との間の空間を繋げてしまう、という魔法である。つまり、出口となるポイントに、あらかじめ魔法陣を描いておかなければならないのだ。そのポイントのことを、彼女は転移ポイントと言っている。
ちなみに、出発点となる魔法陣は、ユイナが今描いたばかりである。魔力を帯びて、ぼうっと光っている。
既に、皆その魔法陣の中に入っていた。
「それじゃ、頼むよ」
コウが言うと、ユイナは頷いて、杖を魔法陣の中央につき、呪文を唱える。
『2つの魔法陣よ、その狭間の架け橋となれ』
一瞬、浮遊感を感じたかと思うと、周りの風景がぐにゃりとゆがんだ。
そして、次の瞬間、コウ達の姿は、そこから消えていた。
《続く》

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