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ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
タックスウェル

サークルの街外れにある古い廃屋。
その地下室の床が不意に輝いた。積もった埃がもうもうと舞い上がる。
バシュゥゥゥン
はじけるような音がしたかと思うと、そこに人の一団が現れる。言うまでもなく、コウ達である。
「転移は終わったわ」
あっさりとユイナが告げるとともに、魔法陣の光は消え、辺りは暗闇に戻る。
「きゃぁぁ!」
「わぁ! 真っ暗だぁ!」
「きゃっ! もう、コウったらエッチなんだからぁ……」
「へ? 俺こっちだけど」
「じゃ、これ、誰よぉ?」
「光の、精霊さん。辺りを照らし出してください」
メグミの声とともに、不意に天井に光がともった。ふわふわと浮く光の玉が辺りを照らし出している。
ユウコは、改めて振り返った。こそこそと身を屈めて逃げ出そうとしたヨシオと目が合う。
「そっかぁ。ヨッシーだったんだぁ」
「え、えへへへ」
にっこりと笑うユウコに、ひきつりながら笑い返すヨシオ。
チャキ
魔法のように、ユウコの右手に細い短剣が数本現れる。忍者が使う投げ用の短剣、“くない”である。
「コウならともかく、ヨッシーに触らせるお尻はないの。わかるぅ?」
満面の笑みを浮かべたまま、ユウコは言った。ヨシオがこくこくと頷く。
「はい、ユウコさん」
「それじゃ、お仕置きもいいのよね?」
「えっと、それはぁ……」
ヨシオの視線が救いを求めて動く。が、みんなさりげなくそっぽを向いてしまっていた。
最後に、ヨシオはサキを見た。
サキはヨシオの前にかがみ込んだ。
「ヨシオくん……。罪は償わなくちゃいけないのよ」
いかにも僧侶らしい言葉である。一瞬あてにしたヨシオはがっくりと肩を落とした。
「……はひ」
「お仕置きよぉっ!!」
「ひぇぇぇぇ!!」
そんなことをしている間に、ユイナは地下室の扉を開けていた。
コウがその後を追う。
「ユイナさん、サークルの街なんですか、ここは?」
「疑うの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「出てみればわかるわよ」
そう言って、階段を上がっていくユイナの後を、コウも追いかけた。
サークルの街は、王都キラメキから普通に歩いて行くなら1ヶ月弱でつく距離にある、キラメキ王国の主要都市の中ではもっとも北に位置する、比較的大きな街である。
これよりも北の海沿いにスゾクの町があったが、魔王の軍勢がそこにやってきたキラメキ王国騎士団もろともその町を滅ぼしてしまっていた。そのため、人が住む街としては、このサークルの街がもっとも魔王の島に近い街である。
……いや、「であった」と言うべきだろう。
ヒュー
風が街路を吹き抜けていく。
本来なら、大勢の人々が憩っている街の大通りも、人っ子一人いない。どの建物もドアが開けっ放しになり、窓ガラスも破れている。
「誰も……いないのかな?」
サキが、コウに寄り添いながら呟く。
「おそらく、ここに住んでいた人たちは、みんな南に避難したのでしょう」
ミオが、道ばたに落ちていた粗末なぬいぐるみの人形を拾い上げながら言った。
「避難? 魔物に襲われたんじゃなくて?」
「はい。魔物の軍に襲われたのなら、その痕跡が残っているはずですから。見たところ、この街は放棄されたものと思います」
「放棄、か……」
コウは街を見回しながら呟いた。
ミオはそんなコウに声をかけた。
「コウさん……」
「これも、魔王のせい、なんだよな」
「コウくん……」
サキが、気遣うような視線を向ける。
「魔王がいなければ、ここに住んでいた人たちが逃げ出すこともなかった……」
「でも、それは……」
「コウさんのせいじゃないですよ」
サキの言葉をミオが引き取った。
そんなミオに、コウは視線を向けた。
「ミオさん、進んだ方がいいと思う? それとも、今日はここにとどまった方がいいかな?」
「そうですね……」
ミオは少し考えこんだ。
「少しでも進んだ方がいいとは思いますけれど……。問題はユイナさんですね。これだけの超距離の転移術を使ったわけですから、きっとかなり魔力を消耗しているはずです。もし今日魔物に襲われたとしたら……」
「危ないかな?」
「客観的に見れば。ただ、逆に言えば、ユイナさん以外は全く問題はないわけです。ですから、個人的には進んだ方がいいかと思います」
ミオはそう言うと不意に咳き込んだ。
「ミオさん!」
慌ててサキが駆け寄ると、その背中をさすった。
「ゴホゴホッ、す、すいません」
ミオは赤いハンカチを口に当てて、サキに謝った。
「大丈夫?」
「は、はい」
そう言ってハンカチで口をぬぐうと、ミオは顔を上げた。
「コウさん、時間がありません」
「そうだね。うん」
コウは頷いた。
しかし、コウもサキも気がつかなかった。何故ミオが赤いハンカチを使っていたのかに……。
サークルの街の北の出口。まっすぐに北に伸びる道は、もとスゾクの町に通じる一本道である。
ミオは、懐から紙を出して地面に置いた。と、見る間にその紙が膨れ上がり、そして白い馬に変わる。
「わぁ、ミオさんすごいすごぉい!」
ユミが感心してはしゃぐ。コウ達も驚いてそれをみていた。
「こ、これは……」
「簡単に言えば、紙の馬です」
説明するミオ。
ユイナは、身動き一つしないで立ちつくしている馬に触れながら呟いた。
「式ね」
「しき?」
「まぁ、手っ取り早く言えばゴーレムなんかと同じ。魔法でかりそめの生命を与えられた召使いよ。にしても、紙の馬とは、さすが呪符魔術ね」
彼女にしては珍しく感心したように言うと、ユイナはさっと馬に跨った。
「急ぐのでしょう?」
「あ、ああ。みんな、行こう」
そう言って、コウも馬に飛び乗った。
サークルの街から、スゾクの町があったところ、すなわち海岸までは、馬でなら1日ほどといった距離だ。
一同は、疲れを知らぬ紙の馬に乗って、一路北を目指して進んでいった。
サークルの街に着いた時点で、もう日は高く登っていた。さほど進まないうちに昼になる。
斥候もかねて先頭を進んでいたユウコが馬を止めた。
「もうそろそろお昼よね。ちょろっと休憩しない?」
「うん。ユミもお腹すいちゃった」
すぐ後ろにつけていたユミも頷いてさっさと馬を下りる。
「そうだね。それじゃお昼ご飯にするか」
コウも賛成して、サキに訊ねた。
「ところで……」
「心配ご無用、よ、コウくん。宿を出る前に、ユカリさんにも手伝ってもらって、みんなのお弁当作ってきてるから」
サキがウィンクして、背中の荷物をぽんぽんと叩いた。
「はい。わたくしも、お手伝いさせていただきました」
ユカリがにっこりと笑いながら頷く。
と、不意にユウコが言った。
「……その前に、ちょろっと運動しないとやばそう」
「え?」
「静かに」
いつの間にか、ユウコは地面に耳をつけていた。そして、呟く。
「なんか、すごい数の足音が、北から来る……」
「おかしいですね。スゾクの町にはもう誰もいないはずです。とすると、私たちより北には人はいないはず……」
ミオが呟くと、ユイナがフンと鼻を鳴らす。
「簡単ね。人間がいないなら、人間以外よ」
「オン・バサラタマク……」
ユカリが両手を組んで呟き、北の方を見る。遠見の術を使ったのだ。
「あらぁ。魔物が大勢走ってきますね。……その先頭に、どなたかいらっしゃるようです」
「どなたか?」
聞き返すコウに、ユカリは答えた。
「はい。どうやら、人間の、それも女の方に見えますが」
「女!?」
ヨシオが反応する。馬に飛び乗ると、そのまま駆け出そうとした。
「うぉぉぉ! この愛の伝道士ヨシオ・サオトメがただいま参ります!!」
「超バカ」
横合いからいきなり手綱を引っ張られ、そのまま落馬するヨシオ。
「いってえ!」
「敵の罠かもしれないっしょ!」
そのヨシオを怒鳴りつけるユウコ。脇からユミもヨシオを睨む。
「もう、お兄ちゃん! ユミに恥かかせないでよぉ」
コウはミオに訊ねた。
「どう思う?」
「罠ではないと思います。わざわざ罠をかける必要はありませんから」
簡潔に答えると、ミオは北の方を見た。
「ただ、あれだけの数の魔物に追われている人が、単なるスゾクの町の生き残りの人とも思えませんけれど。もしかしたら、魔王の秘密を知っていて、それ故に追われているのかもしれません。……あくまでも、可能性の一つですけれど」
コウは少し考えて頷く。
「よし、その人を助けよう」
「マジ!?」
思わず声を上げるユウコに、コウは苦笑気味に答えた。
「それに、どっちみちこんな荒野じゃ隠れてやり過ごすことも出来そうにないしね」
「あー、もう。超お人好しなんだからぁ!」
頭をかきむしるとユウコ。
今まで黙って聞いていたノゾミが、腰の剣“スターク”の束に手をかけながら、馬に飛び乗る。
「それじゃ、あたしが突っ込んで撹乱するから、その間にその人を助けてくれ」
「ノゾミさん! 一人じゃ危険だ!」
コウが叫ぶが、ノゾミは軽く手を振ってそのまま走っていく。
仕方なく、コウはみんなに向かって言った。
「とにかく、あの人を助けるんだ!」
ノゾミは一気に魔物達との距離を詰めた。そして、その前を走る女の人に呼びかける。
「あたしは、キラメキ王国騎士団のノゾミ・キヨカワ。助けに来たぜ!」
「……」
白い長衣をまとい、腰までありそうな長い金髪の、長身の女性は、ノゾミを見上げた。その顔に、一瞬安堵の表情が見えたかと思うと、緊張が解けたのか、その場に倒れてしまう。
「お、おい!」
慌てて馬から飛び降りるノゾミ。魔物達が2人に追いつきかける。
「うざったいな。大海嘯!!」
ゴウッ
ノゾミは“スターク”を抜き打ちざまに振る。その軌跡に沿って、うなりを上げて大津波が魔物達に襲いかかる。
そこにコウ達が追いついてきた。
「ノゾミさん!!」
「コウ、この人は任せた。あたしはあいつらの気を引いてるから」
そう言うと、ノゾミは走り出す。
「おらおら、こっちだぜ! 水竜破!!」
叫びながら、水の竜を放つノゾミ。魔物達はそれに気を取られたか、ノゾミを追っていく。
しかし、別の一団がさらにコウ達に迫ってくる。
「あちらは、私に任せていただきますわ」
ミラが、腰にはさんでいた鉄扇を抜きながら言う。
「オッケイ。あたしも行くわ」
アヤコもミラの後に続いて駆け出す。
一方、真っ先に倒れている女の人に駆け寄ったヨシオが叫んだ。
「美人! じゃなくて、すごい熱だぜ!」
「見せて!」
サキが駆け寄る。
と、ユカリがおっとりと言った。
「あのぉ、空からも、魔物さん達がいらっしゃるようですが、いかが致しましょう?」
「空から!?」
コウは空を振り仰いだ。確かに、何かの群が飛んでくるのが見える。
「これは、私に対する挑戦ね」
ユイナがすっと進み出た。
「ユイナさん! その、魔力の方は?」
ミオの話を思い出して、コウは訊ねた。ユイナはフンと鼻を鳴らす。
「愚問ね。未来の世界の支配者たるこの私の魔力が、あの程度で尽きるほど貧弱だとでも思ったの?」
「あのぉ、よろしければわたくしも参ろうと思うのですが」
ユカリがにっこりと笑いながら言った。ユイナはユカリに視線を向けた。
「あなたが?」
「はい。枯れ木も山のにぎわいと申しますし」
「……勝手になさい。そっちの面倒は見ないからね」
肩をすくめてそう言うと、ユイナは飛行呪文を唱えた。そのまま空に舞い上がる。
一方、ユカリは懐から高さ5センチくらいの黄金の埴輪を出した。そして両手で印を組む。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アニ・ヨウルステイ・ソワカ」
ユカリのその言葉とともに、みるみる黄金の埴輪が巨大化し、大きな翼を持つ優美な鳥の姿になる。
この黄金の埴輪こそ、ユカリの持つメモリアルスポットである。ユカリの唱える呪文に応じて、4つの姿をとる事が出来るのだ。この鳥はその4形態のうちの一つ、鳳凰形態である。
ユカリはその黄金の鳥の背中に乗った。と、その横にすたっとユウコが飛び乗る。
「まぁ、ユウコさんもいらっしゃるのですか?」
「まぁねぇ。それじゃ、さくっと行こう!」
「はい。それでは、参りますね」
ユカリの言葉とともに、黄金の鳥は空に舞い上がった。
一方、ミオは馬に跨ったまま、コウに言った。
「それでは、私はノゾミさんの助けに行って来ますね」
「一人で大丈夫?」
「はい。私にはこれがありますから」
心配そうなコウにそう言って、ミオは紙束を見せると、馬を進めていった。
《続く》

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