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ときめきファンタジー
章 終末へのカウントダウン

その YOU GET TO BURNING

「魔皇子レイは、プリンセス・レイの影に過ぎないとは、どういうことなんですか?」
 そこまで黙ってアルキーシの話を聞いていたミオが、不意に口を挟んだ。
 ユイナが鼻を鳴らした。
「読めてきたわ。あの魔皇子レイは、魔王が作り出した、いわばゴーレムだったっていうわけね」
「ああ、そういうこと」
 アルキーシは頷くと、テントの方をちらっと見た。
「どういう方法をとったか、なんてことは知りたくもねぇけどな。魔皇子レイは、魔王がその魔力で作り上げた人形に、ザイバ王国の姫君、プリンセス・レイ・フォン・ザイバの魔力をそそぎ込んだものなんだよ。ただ、魔王にも計算違いが生じた。魔皇子レイは、本来魔力だけを持つ操り人形になるはずだった。だが、プリンセス・レイの力なのかどうかは、俺は知らねぇけどな、人形に過ぎないはずの魔皇子レイに、自我があったんだよ」
「心を持ったゴーレム、というわけね」
 ユイナは腕を組んで呟いた。
「興味深い研究対象になりそうだわ」
「魔王もそう思ったんだろうさ。だからこそ、レイを自分の孫として側に置いていたんだ」
「一つ、いいですか?」
 ミオが質問した。
「ザイバ王国といえば、10年前に魔物に滅ぼされた魔法王国ですよね。どうして、その姫が魔王のもとにいたんですか?」
「魔王が封印を破って復活したのは1年くらい前の話だよね。とすると、魔王がさらったってわけじゃないよね」
 ミハルが小首を傾げるようにしながら言った。
 アルキーシは顔をしかめた。彼はどういうわけかミハルにはいつも負けているせいか、苦手意識を持っているらしい。
「そうだ。ザイバ王国を滅ぼし、レイ姫をさらったのは、いわゆる上級妖魔と呼ばれる魔物だ。そいつらの目的は一つ、魔王の封印を解くこと。魔王の封印を解いて、自分たちの力を増やそうとしたんだな」
 そう言うアルキーシの前に、サキが進み出た。
「どうそ。ラム酒です」
 にこっと微笑みながら、コップを差し出すサキ。
「おっと、すまねぇな」
「いいえ。あたし達、誰もお酒飲まないから、気付け用のお酒しかないんだけど」
「いやぁ、よく気がつくよ。いい嫁さんになるぜぇ」
「や、やだ、そんなことありませんよぉ」
 真っ赤になって照れまくるサキを横目にして、アルキーシはコップをあおった。
「不用心ね。毒を盛るとか考えなかったの?」
 冷ややかに言うユイナに、サキが珍しくむっとした口調で反論する。
「あたし、そんなことしません」
「一般論よ」
 あっさりといなして、アルキーシを見るユイナ。彼は苦笑した。
「俺は可愛い娘は信じることにしてるんでな。ありがと」
 そう言って、サキにコップを返すと、アルキーシは言葉を続けた。
「昔から、手っ取り早く強大な魔力を手に入れるには、王家の娘、それも処女を生け贄にすることって言われてるしな。あの頃、魔法王国としてはメモリアル大陸中に名を馳せていたザイバ王国のお姫様とくれば、生け贄にもってこいってことだ。当時、もう一人のプリンセス、キラメキ王国のシオリ姫は生死不明だったしな」
 10年前といえば、キラメキ王国では内乱が勃発しており、シオリ姫は行方不明となっていた。もっとも、それは表向きで、本当は姫の身を案じた国王の手によって、シオリ姫は下級騎士リュウ・フジサキの娘として下町で育てられていたのだが。
「……それで、ザイバ王国は魔族に攻められたんですね」
 ミオは呟いた。
「レイ姫を手に入れようとする魔族によって……」
「そういうこった。で、結果ザイバ王国は滅亡、レイ姫は連れ去られて行方不明になったってわけだ」
「でも、それならどうしてレイ姫はすぐに生け贄にされなかったんですか?」
「できなかったんだよ」
 聞き返したミオにアルキーシは肩をすくめて言った。
「今も、魔王だってシオリ姫をすぐに生け贄にしなかっただろう? 生け贄っていうのはむやみやたらに殺せば済むってもんじゃねぇ。特に、レイ姫やシオリ姫の場合は、その魔力が必要なんだ。ただ殺したんじゃ魔力はすっと抜け出てはいお終いよ。それなりの準備ってものが必要だ。シオリ姫の場合は1年かかるわけだが、これは魔王だからそんな短時間で準備が出来るんだぜ」
 そこで一端言葉を切ると、アルキーシはたき火に視線を移した。
「レイ姫の場合は、準備に10年かかった。で、いざ生け贄にしようとしたときに、それとは何の関係もなく、ただ1000年の期間が過ぎて封印が解け、魔王が復活したんだ」
「それじゃ、全くの無駄だったんですか?」
「レイ姫を生け贄にして魔王を復活させようっていう計画についてはな。ただ、類い希なる魔力の持ち主であるレイ姫自身は残ってたわけだ。危うく殺されそうにはなったけどな。だが、そこでソトイが登場するわけだ」
「ソトイって、魔王四天王の?」
 実際にソトイと戦ったこともあるユミが訊ねた。一度だけ彼女はソトイと拳を交えた事があったが、その時はまるで相手にならず倒されてしまったのだ。
「ああ。だが、魔王四天王とは仮の姿に過ぎないさ。まぁ、あいつに限らず、魔王四天王ってのは、皆そう、とも言えるけどな」
 アルキーシはそう言うと、ユイナに視線を向けた。
「あんたには、判ってるんだろう?」
「……」
 ユイナは、皆の視線を受けて肩をすくめた。
「まぁね」
「ユイナさん、何か知ってるんですか?」
「……魔王と、それに付き従う魔族。その魔族を束ねる、魔王直属の上級魔族である十三鬼。ただ、十三鬼は、今まで動くことが出来なかった。魔王により近い存在である奴らは、それだけに魔王の体調そのものに影響を受けるからね。だから、その代わりに魔族を統べる存在が必要になった。それが、魔王四天王。魔王の体調に左右されない、人間から選び出された者達……」
「十三鬼の代わりに?」
 ミハルは、小首を傾げて聞き返した。
「それじゃ、その十三鬼が動けるようになったら……」
「もちろん、お払い箱よ」
 あっさり答えるユイナ。
「それじゃ、何のために……」
「魔王四天王が、魔王のために粉骨砕身して働くか、ってこと?」
 ユイナは、たき火の炎を見つめて、呟いた。
「それは、それぞれよ。自分の破壊欲を満足させるために魔王の軍に下った影のヒデみたいなやつもいるし、強大な魔力を欲した、氷のダーニュみたいなやつもいる」
「それじゃ、あんたはどーなん?」
 ユウコは、アルキーシに視線を向けた。ちなみに、彼女はずっと油断なく、腰の“桜花・菊花”の柄に手をかけている。
 アルキーシは、苦笑した。
「俺の正体なんて聞いてどうするんだい?」
「ちょろっと興味ありって感じかな? 随分と色々してくれたもんね〜」
「そっか。考えてみると、おまえ達とも長い付き合いだもんなぁ」
 魔王四天王のアルキーシがコウ達の前に現れたのは、東方、トキメキ国でのことだった。魔王四天王の一人であり、ユウコの一族の仇でもあった影のヒデを倒した後、その後任という形で現れたのがアルキーシだったのだ。
「ま、それはそれとしておいて、だ」
「誤魔化すんじゃない!」
 シュッ
 ユウコは“桜花”を抜いて、ぴしっとアルキーシの喉元に突きつけた。
「おっと、危ないなぁ」
「当たり前っしょ? 危ないようにやってんだからぁ」
 と、不意に今まで黙っていたアヤコがリュートをそっと鳴らしながら言った。
「やっと、思い出したわ」
 ぎくっとするアルキーシ。
「どこかで逢ったことがあると思ってたのよねぇ。アルキーシ、あんた……」
「わぁーっ!!」
 アルキーシはいきなりアヤコを抱き上げてダッシュした。
「ワッツドゥーイン! 何をするのよ!」
「いいから、ちょっと!」
 あっという間に木立の向こうに消える二人。
 一瞬呆気にとられていた皆だったが、慌ててコウが立ち上がる。
「アヤコさん!!」
「任せとき!!」
 言うが早いか、ユウコの姿がふっと消えた。実際には消えたわけではなく、一瞬のうちにダッシュしたため、目で追いきれなかっただけなのだが。
「まぁ、ユウコに任せておけば間違いはないでしょう」
 その後を追いかけようとした皆を制するように、呪文書から目を離そうともしないで、ユイナが言った。

「離しなさいよ!」
「へいへい」
 一瞬にして、コウ達のところのたき火の光も届かないくらいの距離に離れたところで、アルキーシはアヤコを下ろした。それから、頭を掻きながら訊ねる。
「で、いつ逢ったんだ?」
「4年くらい前かしらねぇ。あたしが修行で世界をまわってた頃よ。ある国の王様の御前で演奏したことがあってね。そのときに……」
「あー、判った。そういえば、あの時の吟遊詩人の中に、やたらリュートのうまい女の子がいたっけなぁ。あれが、あんたか……」
 そう言うと、アルキーシは頭を抱えた。
「それにしても、何故判った? 今までだれも気付かなかったってのに」
「ノンノン。あたしの目を誤魔化そうなんて、1000年早いわよぉ」
 そう言うと、アヤコは悪戯っぽい目でアルキーシを見た。
「それにしても、何でこんな事してるわけ? まぁ、昔っから、いろいろと噂には聞いたけどさぁ」
「まぁ、性分なんだよ」
 そう言うと、アルキーシは振り返った。
「聞いた?」
「しっかり」
 にんまりと笑みを浮かべて、ユウコが歩み寄ってきた。
「それにしても、知らなかったなぁ。アヤコの昔の男かぁ」
「誰が!!」
 二人の声が綺麗にはもった。
 ユウコは、まぁまぁとなだめるように手を挙げた。
「大丈夫。誰にもしゃべらないからさぁ」
「……」
 アヤコは肩をすくめた。ユウコのことは旅をしている間によくわかっている。
「オーケイ。ちゃんと話すわよ」
「お、おい」
「しょうがないでしょ? あんたの事情よりも、あたしはコウに変な噂を吹き込まれる方がいやなの」
 真面目な顔でそう言うと、アヤコはユウコに向き直った。
「こいつはね……」
「でも、これで彼女に治癒魔法が効かないわけが判りましたね」
 ミオが、テントの方に視線を向けて、静かに言った。
「彼女がプリンセス・レイなら、治癒魔法は効かないでしょう」
「どうして? プリンセスだとしたら、魔族じゃないんでしょう?」
 聞き返すサキ。
 ミオはこくりと頷いた。
「ええ。サキさん、前にユイナさんがプリンセス・シオリについて言ったこと、覚えていますか?」
「……そういえば……」
 サキは呟いた。
 以前、ユイナが、魔王がシオリ姫を狙うわけについて言ったことがあったのだ。

「そうよ。つまり、魔王はプリンセスを狙っているわけじゃないわ。キラメキ王国の王家の血を狙っているのよ。そして、どうしてその血を狙うのか、それはとりもなおさず、キラメキ王家の血に、魔王が欲しいものがあるから。それは、魔王が欲するほどの魔の力よ」
「キラメキ王家に、魔の血が流れている?」
 思わずサキは眉をひそめた。それを見て、ユイナはふんと鼻を鳴らした。
「勘違いしないでね。魔といっても、魔王の魔とは違う、もっと始源の力よ。神の血と言ってもいいわね」
「神の!?」

「そういえば、聞いたことがある……」
「キラメキ王家の誰かが病気になったとき、その治癒にあたるのは大神官さまだけです。その理由は、大神官なみの魔力、いえ、治癒魔法ですから、神力ですか、それがなければ、王家の人には効果がないからなんですよ」
 ミオはそう言うと、かすかに肩をすくめた。
(私も……ですけれどね……)
「それじゃ、レイ姫さまに治癒魔法が効かないっていうのは、その血の中に流れている魔力が、治癒魔法を受け付けないせい、というわけなんですか?」
 ミハルが聞き返した。ミオは頷いてから、はたと気付いた。
「みなさん、判ります?」
「……ご、ごめん。俺よくわかんなくて……」
「神様、愚かな私をお許しください……」
「ユミ、お腹すいたよぉ」
 にこにこ。
「あ、あの、あの……」
 各人各様の反応を見て、ミオはため息をついた。どうやら判っているのはミハルとユイナだけのようだった。
 そこに、アルキーシ達が戻ってきた。
「おう、すまねぇな。話は付いたぜ」
「そう? ……あれ、ユウコさん、どうしたの?」
 ユウコはぽかんとしていた。彼女にしては珍しい表情だった。
 その顔の前でひらひらと手を振ってみるコウ。
「もしもーし、ユウコさぁん」
「超驚いたぁって感じ……。あ、コウ?」
 はっとコウに気付いたユウコは、コウとアルキーシの顔を見比べ、腕を組んで頭をひねった。
「うーん。超難しい問題よねぇ……」
「へ?」
「うーん、うーん。でも、やっぱコウの方がいいもんね!」
 不意にユウコはコウの腕を抱きしめてにっこりした。
「あ、ユウコさん!」
 慌ててサキが立ち上がる。
「何をしてるのよぉ! もう」
「ああーっ! コウさんはユミのなんだからぁ!」
 たき火の向こう側からユミがジャンプして駆け寄ってきた。
「だめー。誰にもあげないもん」
「俺は物じゃねぇー!!」
「で、さっきの続きだけど……って、どこまで話が進んだんだっけ?」
 数分後、傷だらけになったコウはたき火の脇に座り直してアルキーシに訊ねた。
 アルキーシは、コウの肩を叩いた。
「大変だな、おまえも」
「もう慣れた。それよりも……」
「ああ、ソトイの正体って話だな。ソトイは元々ザイバ帝国の、つまりレイ姫のお側役だったんだ」
 アルキーシは言った。
「お側役? 親衛隊みたいなものなの?」
 そのコウの脇に座って治癒魔法を唱えていたサキが、治療も大体終わったところで訊ねた。
「まぁ、そんなところだな。ところが、だ。たまたまソトイがザイバ帝国を留守にしていた間に、魔族が襲ってきて帝国は灰になり、守るべきレイ姫は魔族にさらわれた」
「まぁ……。それは、ソトイさんもお気の毒ですねぇ」
 ユカリが嘆息した。
「まぁな。で、ソトイはそりゃもう必死になってレイ姫の、そしてレイ姫をさらった魔族の行方をさがしたのさ。そして、やっと見つけだしたのが1年前。そうさ、魔王が復活したのと同時だったのさ」
 そう言うと、アルキーシはサキに視線を向けた。
「すまねぇな。もう1杯もらえるかい?」
「あ、はい。ちょっと待っててくださいね」
 サキは立ち上がると、荷物の方に駆け戻っていった。
「で、ソトイは魔王にレイ姫を売り込んだってわけだ。類い希なる魔力の持ち主として。魔族に不要として殺されかけていたレイ姫を助けるには、それしかなかったんだろうな……」
「魔王は、レイ姫を、最初は自分の失われた魔力を呼び戻すための生け贄としようとした……」
 ユイナがぼそっと呟いた。
「そうさ。ソトイは慌てたんだろうな。せっかく助かったと思ったレイ姫が、また生け贄にされそうになったんだから。ところが、ちょうどそこでシオリ姫が生きているってことが魔王に判った。シオリ姫とレイ姫のどっちが魔力を呼び戻すための生け贄として適任か、といえばシオリ姫の方なんだよ」
「キラメキ王国の、血ね」
「そういえば……」
 ミオが頬に指を当てて、呟いた。
「聞いたことがあります。ザイバ帝国の王家は、もともとキラメキ王国の王家の血を引いていると……」
「それじゃ、キラメキ王国の血、という観点でいえば、シオリ姫が直系で、レイ姫は傍系ということになるんですか?」
 ミハルが訊ねた。
「ま、そういうことだ。で、レイ姫は、生け贄の準備が終わった状態のまま、放置されることになったわけだ。さっきも言ったとおり、生け贄の準備ってのは簡単に出来るもんじゃない。シオリ姫の生け贄の準備が失敗しちまったときのために取っておこうと考えたんだろうな、魔王は。だが、それだけの魔力の持ち主を放置しておくのももったいない。何かに使えないだろうか。ってわけで、魔皇子レイの誕生となるわけだ」

《続く》

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