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ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
私らしく

じっと、水晶に包まれた少女を凝視していた魔皇子レイ。
不意に、その唇から呟きが漏れた。
「……違う」
「!?」
一歩下がって、二人のレイの様子を見ていたアルキーシは、肩をすくめた。
「そう言うと思ってましたぜ」
「僕は、魔王の孫、魔皇子レイだ!」
レイは叫ぶや、剣を抜いた。流石にアルキーシは慌てる。
「おい、何を……」
「こんなもの!!」
そのまま、水晶に向かって剣を振り下ろすレイ。
「やめ……!」
止めようとしたアルキーシだが、それよりも早く黒い刃は、水晶に食い込んでいた。
ガキィッ
水晶が砕けた。かと思うと、その割れ目から光が迸った。
「なっ!!」
金色の光が、一瞬にしてレイと、そして水晶自体をも包み込んでいた。それはまるで、光の繭のように見えた。
アルキーシにとっては、一瞬にも、随分と長い時間にも感じられた。
不意に光の繭が消え、そしてそのあとに一人の少女が倒れているのを見るまで。
魔皇子のレイの姿は、どこにもない。
「レイ姫、か? 融合したのか? それとも……」
アルキーシは、彼女を抱き起こした。そして揺さぶる。
「レイ姫! しっかりしろよ、おい!」
「う……」
彼女は、ゆっくりと目を開けた。そして、アルキーシの顔に視線を止める。
「アルキーシ、か。僕は……」
その口調は、魔皇子レイのものだった。しかし、その声は柔らかな女性のもの。
(……どうやら、融合したらしいな。しかし……)
内心で首をひねりつつも、アルキーシは別の事を訊ねた。
「動けそうですかい?」
「……ああ」
「なら、さっさと逃げますぜ」
そう言うと、アルキーシは腰の剣を抜いた。
「魔王があんたをそう簡単に逃がすはずはねぇからな。なにせ、最後の“鍵の担い手”だ」
「僕が?」
「ああ。言わなかったっけ?」
扉の外の様子をうかがいながら、アルキーシは聞き返した。
それには答えず、彼女は歩こうとしてよろめいた。
「おっと」
アルキーシは彼女を抱き留めると、笑った。
「無理はしないほうがいいぜ。なにせ、10年ぶりの体だろうし」
「……」
彼女は無言だった。そして、不意にがくりとその場にくずおれた。
「お、おい!」
慌てて駆け寄って、彼女を抱き起こすアルキーシ。
「レイ姫!」
「逃がしはしねぇよ」
不意に声がしたかと思うと、いきなり部屋の真ん中に異形の怪物が姿を現した。
「な! ここには結界が張られてるはずだぜ、おい!」
思わず声をあげるアルキーシ。
その怪物は、一言で言うなら頭のない人の姿をしていた。黒い体はなめらかで、生物を思わせるしわなど全くない。
その何処から声が出るのか、そいつは哄いを含んだ声で答えた。
「結界はもう破れているよ」
「確かに開かずの結界は破られたがよ、それにしてもまだ並以上の結界が張ってあるはずだぜ」
そう言ってから、アルキーシははっとした。
「それを破って入ってこれるほどの奴、か」
「そういうことだ。ついでに言うと、10年前にレイ姫を捕まえたのも、この俺である」
「こいつは、つまんねぇことになったな。十三鬼のお一人がわざわざご出陣とは」
言いながら、アルキーシは剣を構えた。そして、呟く。
「炎よ」
ゴウッ
剣に炎がついた。
と。
アルキーシは出し抜けに右に飛んだ。その瞬間、今までアルキーシがいた場所の空間がぐにゃりとゆがんだかと思うと、元に戻る。
「空間を、ねじ曲げるのかよ」
そいつから目を離さずに、アルキーシは呟いた。
「ほう、なかなか学があるな」
楽しそうな声が聞こえた。かと思うと、アルキーシの持っていた剣がぐにゃりとゆがむ。
慌ててアルキーシは剣を放り捨てた。床に落ちた剣は、見る間にくしゃくしゃになって、潰れてしまった。
「これで、武器はないな。どうする?」
「降参しても、助けてくれないだろ?」
「まぁ、そうだな」
「それなら、最後まで足掻いてみるさ」
そう言うと、アルキーシは飛びかかろうとした。
その瞬間、いきなり後ろで何か強烈な光が爆発した。
「で、気がついたら、俺はここにいたってわけだ」
アルキーシが話し終わると、サキがタイミングよくラム酒を出す。
「どうぞ」
「おっと、悪いな」
礼を言ってアルキーシはコップをぐいっとあけた。
「まぁ、ここって言ってもメモリアル大陸のどこか、って意味だけどな。で、ぼーっとしててもしょうがねぇってわけで、お前らのところに来たってわけだ。そしたら、レイ姫はとっくにお前らと合流してたんで、ちょっと驚いたけどな」
アルキーシは、テントの方に視線を向けた。
コウが説明した。
「俺達が北に向かってたら、彼女が魔物の群に追われてたんだ」
「……どうして、その十三鬼さんが直接追いかけてこなかったのかな?」
ミハルが首を傾げた。
「おそらく、十三鬼は、まだ魔王の島から出られないんじゃないでしょうか? 魔王が出られないのと同様に」
と、ミオが小首を傾げながら言った。
「多分、そうだろうな。でなけりゃ、俺も只ですんでるわけないもんな」
アルキーシが笑う。
「……ん」
不意に、テントの中央に横たわっていたその女性が身じろぎした。
雑談などしつつも、油断なく見守っていたノゾミとミラは、素早く自分たちの武器に手をかけた。
その二人に挟まれる格好で横になっていた彼女は、ゆっくりと目を開けた。そして、二人を見る。
「ノゾミ・キヨカワとミラ・カガミ、か」
「あなた、誰?」
アルキーシが来る前からずっとテントの中にいて、外でかわされていた会話など知る由もないミラが訊ねた。
彼女は、身を起こした。とっさに少し間合いを取る二人。
そんな二人に構う様子もなく、彼女は額を押さえて、顔をしかめた。
「もう一人の僕、か」
「?」
ミラとノゾミは、顔を見合わせた。それから、ノゾミが少し語気を強める。
「誰だって聞いてるだろう?」
「……レイ」
彼女は静かに答えた。
「!?」
聞き覚えのある名前に、二人は緊張する。しかし、彼女達をさんざん苦しめてきた魔皇子と、今の目の前にいる女性との印象の違いが、かろうじてその手を止めていた。
ノゾミが、硬い声で問いただす。
「レイ・イジュウインか? 魔王の孫の?」
「……僕は……誰だ?」
彼女は、誰にともなく呟くように言った。
二人は、顔を見合わせた。
それから、ミラが気を取り直して言った。
「ヨシオさん。コウさん達に知らせてきて下さるかしら?」
「げ」
テントの隙間から中を覗き込んでいたヨシオは、硬直した。
「ばれてたのね」
「さっさとお行きなさい」
「はいー!」
ヨシオは慌ててばたばたと走っていった。
「気がついたんだって?」
そう言いながら、コウがテントに入ってきた。その左右をしっかりユウコとサキが固めているのを見て、ノゾミは苦笑した。
「しょうがねぇなぁ」
コウは、その女性の前に座った。そして、言った。
「アルキーシから話は聞いたよ」
「そう……」
彼女は、短く呟いた。そして、顔を上げる。
「どうする? この僕を」
「魔王の城に戻る気はあるの?」
聞き返すコウ。
彼女は自嘲気味に笑った。
「今さら帰れるわけがないだろう?」
コウは手をさしのべた。
「なら、俺達と一緒に行かないか? 魔王を倒しに」
「……どういうつもりだ?」
その手とコウの顔を見比べて、レイは聞き返した。
「僕は魔王の孫として、君たちを散々苦しめて来たんだぞ」
「ああ、確かに苦しめられたよ」
苦笑混じりにコウは答えた。
「でも、それは魔王に操られていたから、だろう? 君自身のせいじゃない」
「……としたら?」
レイは小声で言った。よく聞き取れなかったコウは、耳に手を当てて聞き返す。
「え? ごめん、よく聞こえなかった」
「僕自身の意志だとしたら、どうする?」
チャッ
その瞬間、ノゾミは“スターク”の鯉口を切り、ユウコは右の“桜花”を抜き放った。
「コウには手出しさせないかんね」
そのままコウとレイの間に入り込んだユウコは、コウを背にして言い切った。
レイの目が細められる。
「ユウコ・アサヒナ。君じゃ僕には勝てない」
「……コウは守る。二度とあたしより先には逝かせない」
ユウコは言い切った。
そのユウコの肩をコウは押さえた。
「……コウ?」
「ごめん」
そう言うと、コウはユウコを脇に押しのけた。レイの前に進み出て、言う。
「無理強いはしないよ。俺たちは、明日の朝には出発する」
「……」
無言のレイに背を向けて、コウはテントを出た。
「コウくん……」
心配そうな顔で彼を見るサキに、コウは微笑した。
「大丈夫だよ。レイは、昔の、俺達の敵だったレイとは違う」
「どうしてわかんのさぁ」
コウの後に続いてテントから出てきたユウコが、口を尖らせた。
コウは苦笑した。
「なんとなく、だけどね」
「頼りないなぁ、もう」
ユウコはぷっと膨れて腕を組んだ。
「大体、コウは人が良すぎんのよ! 特に、美人に甘い!」
サキも腕を組んでうんうんとうなずいた。
「そ、そんなことは……」
「ないって神に誓って言い切れる?」
サキが聖印に手を置いてたずねた。
「えっと、それは、その、ね」
「まぁまぁ、それくらいにしといてやれよ」
焚き火の前から、アルキーシが苦笑しながら声を掛けた。コウはそっちを見て首を傾げた。
「あれ? ミオさんとユイナさんは?」
「さぁ」
アルキーシは肩を竦めた。
「あたし、ちょっと探してくるね」
サキがくるっと身を翻した。
「あ、サキ……」
「さ、コウはこっちこっち。じっくりとお話を聞かせてもらおっかなぁ」
その後を追いかけようとしたコウの肩をがしっと掴んで、ユウコはにまあっと笑った。
「どうなさるおつもり?」
コウ達が出ていった後、少し考え込むかのように俯いていたレイに、ミラが声をかけた。
「世話になったな」
レイはそう言うと、立ち上がった。
「魔王の手から、逃げられはしないわよ」
ミラは静かに言った。そして、肩を竦めた。
「行くなら止めはしませんわ。でも、一つだけ、約束してくださるかしら?」
「約束?」
「ええ。コウさんの邪魔はしない、と」
「……」
レイは少し押し黙り、そして苦笑した。
「それは、無理だな」
ミラも微笑した。
「ええ。彼の性格ですもの。あなたが黙って出ていったら、魔王の城から引き返す事になってもあなたを助けに行くでしょうね。あなたが魔王に生命を狙われているのは明らかですもの」
そうミラが言ったとき、テントの入り口が開いて、ミオが入ってきた。
「すみません。お休み中失礼します」
「ミオ・キサラギか」
レイは、彼女に視線を向けた。
「勇者を守る智将が僕に用事があるとすれば、用件はひとつだろう?」
「はい、多分私の質問は、レイさんがお察しの通りだと思います」
ミオはレイをまっすぐに見詰めて、訊ねた。
「今、私たちはメモリアルスポットを12個のうち11個を持っています。残る1つはどこにあるか、ご存知ですか?」
「僕は知らない」
レイは答えた。ミオは目を細めた。
「……本当にご存知ないのですか?」
「ああ」
あっさり答えるレイ。
ミオは、ともすればレイにつかみ掛かろうとする自分を懸命に自制しながら、考えていた。
(確かに、アルキーシさんの言う通りの立場に、魔皇子レイがあったとしたら、魔王が必要以上の情報を与えるはずはありませんね。でも……)
「わかりました。それでは、ほかに何か気がついたことはありませんか? どんな小さな事でもいいんです」
ミオは、必死の面持ちで訊ねた。
少し考えて、レイは首を振った。
「僕から話すようなことは、特にはないな」
「……そうですか」
がっかりしたように肩を落としながら、ミオは立ち上がった。そのままテントから出ると、呟く。
「時間がないのに……」
「確かにあまり時間はないわね」
不意に声が聞こえて、ミオは顔を上げた。
そこにユイナが立っていた。手にした呪文書が淡く光っている。
「ユイナさん」
「あなたに残された時間は、ね」
ユイナがそう言うと、ミオは苦笑した。
「あなたにもわかっていましたか」
「まぁね」
ユイナは、パタンと呪文書を閉じた。淡い光がふっと消え、辺りは暗闇に包まれる。
表情が見えないまま、ユイナの声だけが聞こえた。
「あなたの命は、あと2週間ももたないわよ。今のままではね」
「……それだけもてば、十分です」
ミオは唇を引き結び、うなずいた。
と。
「……嘘……」
ミオは、はっとして振り返った。
「サキさん……、聞いていたんですか?」
《続く》

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