喫茶店『Mute』へ
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「あなたの命は、あと2週間ももたないわよ。今のままではね」
「……それだけもてば、十分です」
ミオは唇を引き結び、うなずいた。
と。
「……嘘……」
ミオは、はっとして振り返った。
「サキさん……、聞いていたんですか?」
ときめきファンタジー
第
章 終末へのカウントダウン
その
Resolution

「ご、ごめんなさい。ミオさんを捜してたら、声が聞こえたから……。でも、今の、冗談よね?」
おそるおそる、という感じでサキが訊ねた。
それに返事をしかけて、不意にミオは咳きこんだ。
「コホコホコホッ」
「ミオさん!」
慌てて駆け寄り、サキはなおも咳き込むミオに手をかざした。とりあえず、癒しの術をかけたのだ。
ポウッ
手が柔らかな光を放つ。
「あっ」
サキは思わず声を上げ、集中が途切れて光りは消えた。
「今の、血……。ミオさん、そんなに……」
光に照らされてたミオの唇の端に、血がついているのが、サキには見えたのだった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの? ちょっと待って」
サキは聖印を握りしめ、深呼吸した。そして、病を癒す祈りを捧げようとする。
その耳に、ユイナの声が入ってきた。
「無駄よ」
「……え?」
「ユイナさんの言うとおりです。サキさんには、治せません」
ミオは静かに言うと、傍らの樹にもたれかかった。そして、静かに言った。
「大神官様でも、治せない病気なんです」
「……まさか!」
サキはさっと青ざめた。その表情を見て、ミオは頷いた。
「ええ。今サキさんが思ったとおりだと思います」
「でも、そんな……。どうして、ミオさんが……」
口を手で押さえて、サキは2、3歩後ずさった。みるみるうちに、その大きな青い瞳に涙が盛り上がった。
「そんなの……ひどすぎる……」
「サキさんが悲しむことはないですよ」
ミオは微笑した。
「それに、私、今とても充実していますもの」
「ミオ……さん、でも、それならせめて安静にしていれば、進行は……」
「だらだらと引き延ばされた人生より、たとえ一瞬でも輝きたい。私はそう思っています」
そう言うと、ミオはサキに頭を下げた。
「お願いです。コウさんには、このことは……」
「で、でも……」
「私のために、コウさんに気を使って欲しくはないんです。お願いです」
「……」
サキは、頷いた。その頬を涙が流れ落ちる。
「判ったわ。……コウくんには、あたしがちゃんと治したって言っておくから、だから……」
その後は、言葉にならなかった。
ミオは、ぽろぽろと涙をこぼすサキに、もう一度頭を下げた。
「ありがとうございます」
ユイナは無言で、身を翻してその場を後にした。一言だけ、呟いて。
「……くだらない愁嘆場ね」
暗闇で彼女の顔が誰にも見えないことに、彼女は感謝していた。
一方、焚き火の前ではコウがユウコの追求を受けていた。
「女の子と見ればほいほい声かけてさぁ。それじゃヨッシーとやってること変わんないじゃん」
「どういう意味だよ、おい」
ヨシオがむっとして言うが、ユウコに逆に睨まれた。
「大体、ヨッシーが悪いよぉ。コウくんに変なこと教えたの、ヨッシーっしょ?」
「莫迦言え。誰がこんな朴念仁に」
「そうなのよねぇ。女の子は拾ってくるくせに、女の子の気持ちにはてんでうといんだから」
ユウコはため息をつくと、またヨシオを睨んだ。
「どうでもいいことだけ教えて、肝心なことは教えないんだから」
「だから、どうして俺やねん?」
やいやいとやり合い始めたユウコとヨシオの二人に、ユカリがおっとりと微笑みながら言った。
「お二人とも、とっても、仲がおよろしいのですねぇ」
「誰が!?」
二人は同時に叫んだ。そして、ユウコははっと気づいて辺りをきょろきょろ見まわした。
「あれ? コウはどこに行ったん?」
「あら、コウさんなら先ほどこっそりとどちらかに行かれましたけれど」
ユカリが笑いながら言った。ユウコはぷうっとふくれた。
「んもう! ヨッシー、あんたのせいよ!」
「だから、どうして俺のせいなんだよ!」
ふたたび口喧嘩を始めた二人を見ながら、ユカリはくすくすと笑った。
(本当に、仲がよろしいんですねぇ)
「ふぅぅ」
焚き火の光りも届かないくらいの所まで離れて、コウは大きく伸びをした。そして夜空を見上げる。
そのコウを、ミハルは木の影からじっと見詰めていた。
(どうしよう。今出て行ったら、コウさんと二人っきりでお話しできるんだよね。でもでも……)
不意にミハルはかぁっと真っ赤になると、頬っぺたを両手で挟んでいやいやをするようにかぶりを振った。
(やだやだ、そんなぁ。いきなりなんてぇ)
なにやら妙な想像をしているらしい。
と、彼女の目の前をユミが走って行った。
「コウさぁん!」
ガァ〜ン
ミハルは思わずがっくりと肩を落とした。
(しまったぁ。先を越されちゃったよぉ。こんな事ならさっさと声をかければ良かったよぉ。ひんひん)
そのミハルの頭を、背中のリュックサックから這いだした変な生き物が、ポンポンと叩く。
「こあらちゃん。うん」
ミハルはその変な動物を抱きかかえて、再び木の影からコウを見つめるのだった。
一方、そんなミハルには全く気づかず、コウはユミの方に向きなおった。
「あれ? ユミちゃん。どうしたの?」
「うん……」
ユミはそう答えたきり、所在無げに立っている。いつもの底抜けに明るいユミとはちょっと違う雰囲気に、コウは戸惑った。
不意に、ユミは顔を上げて、言った。
「コウさん。ユミね、ずっと考えてたんだけど……」
「え?」
「ユミね、いつか、いつかって思ってたけど、でも、ミオさんもサキさんも“鍵”を使えるようになったのに、ユミは全然使えないの」
そう言うと、ユミは不意にしゃくり上げた。
「ユミちゃん……」
「ユミね、……帰ろうと思うの」
しゃくり上げながら、ユミは言った。
「帰る? 王都に?」
「ひっく。うん。これ以上コウさんについて行っても、邪魔になるだけなんだもん。邪魔になるくらいだったら、ひっく。ユミ、帰る」
「……そうか」
「でね、ひっく、コウさん」
ユミはそっとコウにすがりついた。
「ユ、ユミちゃん?」
「帰る前にね、ユミ、その、思い出が欲しいの」
そう言って、ユミは真っ赤になった。
「思い出?」
「……うん。そうしたらね、ユミ、待っていられると思うんだ」
コウは、考え込んでいた。
(思い出ってなんだろう? どうすればいいんだ?)
と、不意にユミが顔を上げた。
「コウさん……」
そして、目を閉じるユミ。
「ダメダメダメ!!」
「ひゃぁ!」
いきなり叫び声が耳に突き刺さった。ユミはぱっと目を開けて、声のほうを見る。
「ミハルちゃん」
「ダメったらダメ!」
ミハルがすてててっと走ってくると、コウとユミの間に割り込んだ。
「うー」
「ちょ、ちょっと、ミハルさん? 見てたの?」
コウに訊かれて、はっと我に返ったミハルは、かぁっと真っ赤になった。
「え? あ、あの、その、えっと、……ごめんなさい。人違いでした。それじゃ!」
そのままミハルはまたすててっと走り去って……。あ、転んだ。
ユミとコウは顔を見合わせて、思わず笑っていた。
「ごめんなさい、コウさん。我が儘言いました」
「ユミちゃん、それはいいんだけど、本当に帰るの?」
「……うん。明日の朝、お兄ちゃんと帰ります」
ユミはそう言うと、くるっと踵を返して、テントのほうに戻って行った。
「ユミちゃん……」
コウはその後ろ姿を見送るしかできなかった。
深夜。
レイはそっと身を起こした。
「どうかして?」
眠っていたとばかり思っていたミラが、声をかけてきた。もっとも、暗殺者としての訓練を叩き込まれているミラのこと、本当に眠っていても、何かあればすぐに目が覚めるだけのことかもしれないが。
「……外に出てくる」
「一緒に行ってもよろしくて?」
「勝手にすればいい」
そう言って、レイはテントから出た。
焚き火を取り囲むように、いくつかのテントが張られているのがわかった。
レイは、まだ明るく燃えている焚き火に歩み寄った。そして、その傍らにしゃがみこむと、手をかざしてみた。
「……暖かいな」
彼女は呟いた。
その隣にミラは座り、炎を見つめながら、静かに言った。
「コウって、そういう人ですのよ」
「……え?」
レイは、小首をかしげてミラに視線を向けた。
ミラは、側に落ちていた小枝を拾うと、焚き火をつつきながら言った。
「わたくしは、貴女もご存じの通り、暗殺者。生まれてからずっと、人の暖かさとは無縁の世界で生きてきたわ。そのことに、全く疑問も持ってなかった」
「……」
レイは無言で、それでもミラの言葉に耳を傾けた。
「でも、弟たちに出逢って、わたくしの心に迷いが生じたわ」
ちらっと、東の方角を見やるミラ。
遥か東方、トキメキ国のコシキ道場に残って彼女の帰りを待っている彼女の弟たち。彼らは実はミラとは血が繋がっているわけではない。昔、ミラが暗殺者として送り込まれた家の子供たちなのだ。
彼らとの出会いが、ミラをして暗殺組織から足を洗わせることになる。
だが、それまでの暗殺者としての実績が魔王の手のものに知られ、ミラは弟達の命を盾に取られ、ある少年の暗殺をしなければならなくなった。
それが、コウとの出会いだった。
「コウは、不思議な人だわ。自分の命を狙っている暗殺者に、仲間になれなんて、普通は考えつかないわよね。でも、彼はそう言った。全然必要なんてないのに、わたくしの弟達を助けてくれさえした」
そこで、ミラは初めてレイを見つめた。
「コウは……」
そのとき、不意に焚き火が爆発した。
ドォン
「な、なんだ!?」
いきなり振動を感じて、コウは飛び起きた。枕元に置いてあった長剣をつかんで、テントから転がり出る。
パチパチと火の粉が降ってきた。反射的にそれを払いのけて、コウは慌てた。
焚き火を囲むように立っていたテントが、炎をあびてみな燃え出していたのだ。
皆、慌ててわらわらとテントからは出てきているようだが、まだ中には色々と荷物も残っている。
「まずい、火を消さないと!」
思わず叫んでから、コウは慌てた。周囲には小川一つないのだ。
「み、水がない!?」
「凍れる大地と天空の使いよ。極北の息吹を保ちし、氷の精霊フラウよ」
涼やかな声がしたかと思うと、すうっと気温が下がる。コウは声の方を見た。
「メグミちゃん!」
メグミが、両手をさしのべていた。彼女のまわりに、白い小さな少女達が舞っているのが見える。
精霊使いのメグミが、氷の精霊を召喚したのだ。
「お願い! テントの火を消して!」
彼女の声に、精霊達は肯いて、一斉に四方に散った。一瞬にして、テントに燃え移っていた炎が消える。
「コウ、ぼけっとしてんなよ!」
ノゾミの声に、はっと我に返ったコウは、焚き火のほうに視線を向けた。
そして、そこにその姿を見た。
焚き火があったところには、天まで届こうかというほどの大きさの炎の柱が立っていた。そして、その中に、黒っぽい姿がゆらゆらとゆらめいているのが見えた。
「なんだよ、これは!?」
コウは思わず叫んだ。
「……なんてこったい」
いつ来たのか、コウの隣でアルキーシが呟いた。
「十三鬼、自らのお出ましかよ」
《続く》

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