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ときめきファンタジー
章 終末へのカウントダウン

その forever

「十三鬼に間違いないのね?」
 彼女専用のテント(通称“実験室”)から出ながら、ユイナはアルキーシに声を掛けた。ちなみに、そのテントだけは他のテントと同じように炎を浴びたのに、燃えてはいないようだ。
 アルキーシはうなずいた。
「間違いねぇ。なにせ、俺はあいつから炎の術を習ったんだ」
「ふん」
 ユイナは鼻を鳴らした。
「あなたの師匠ならたかが知れているわね」
「おいおい、冗談にしてもほどがあるぜ」
‘くくく。全くだな。虫けらごとき人間風情が’
 頭の中に声が聞こえた。ユイナは眉をつり上げた。
「世界の支配者に対する礼儀に欠けているわね。三下風情が」
‘ほう。この私を三下呼ばわりか’
「一つだけ、忠告してあげるわ。“鍵の担い手”を甘く見ないことね。私はともかく、他の娘達も、侮ると死ぬわよ」
‘面白い事を言う。ならば、レイを殺す前に、その“鍵の力”とやらを見せてもらうとするか’
「なんだって!?」
 思わずコウが聞き返したとき、突然炎の柱から彼に向かって炎が伸びた。
「わぁっ!!」
「コウくんっ!!」
 サキがコウの前に飛びだした。右手を胸の聖印に置き、左手をあげて叫ぶ。
「神よ、聖なる楯を!」
 バシュ
 サキの前に、金色の光の壁が現れ、炎を遮った。
‘僧侶の護りか。くだらんな’
 笑い声を上げると、炎の柱から、さっきのとは比べ物にならないほどの巨大な火の玉が打ちだされる。
 ゴウッ
 一瞬炎と光の壁がせめぎ合い、同時に消滅する。
 がくりとサキはその場に膝をついた。荒い息を吐く。
 今の攻撃を防いだだけで、サキの力は限界に近かった。もともと彼女は治癒魔法のエキスパートではあるが、防御魔法はあまり得意ではないのだ。
 その様子を見てとったのか、間髪入れずに炎の柱から、さらに大きな火の玉が放たれる。
 コウは叫んだ。
「サキっ! 俺はいいから逃げろっ!」
「いや!」
 サキはよろよろと立ち上がると、両手を大きく広げてコウをかばう。
(神さまっ! あたしはどうなってもいい! コウくんを助けてくださいっ!)
 サキはぎゅっと目を閉じて、祈っていた。
 その瞬間。サキが胸に付けているホーリーシンボルが七色の光を放った。炎は、その光に弾かれたように方向を折り曲げ、空に伸びて消えた。
 サキのメモリアルスポットである星(正式には“ウィンクル”という)は、彼女がいつも身につけていた、僧侶の証しであるホーリーシンボルと同化している。その星が、主人たるサキの想いを受けてその力を発揮したのだ。
「……」
 サキはおそるおそる目を開けて、自分たちが助かったことを知ると、へなへなとその場に尻餅をついてしまった。
「よ、よかったぁ」
‘何!?’
 意外そうな声が聞こえた。ユイナはフンとせせら笑った。
「だから、忠告したはずよ。“鍵の担い手”を甘く見るな、と。“星”の展開する守護幕は、あんた程度の三下じゃ、破るのに一万年はかかるわよ」
‘……’
 沈黙する炎の柱に向かって、ユイナは言い放った。
「それじゃ、死になさい」
‘な、なめるなよ。この俺を……’
「ご託は死んでから言うのね」
 あっさりと突き放すと、ユイナは不意にメグミに視線を向けた。
「メグミ」
「は、はい」
 メグミはびくっとして、足元にまとわりついていた子犬を抱き上げながら返事をした。
 ユイナはわずらわしげに髪をかき上げて、炎の柱を横目で見ながら言った。
「氷の精霊王を召喚なさい」
「え?」
「早く!」
 珍しく焦ったようなユイナの口調に、メグミは子犬をきゅっと抱きしめた。そして、静かに言葉を継いだ。
「氷の精霊王、総てを凍てつかせる極北の蒼き王よ。私はあなたの名を知る者です。私に力を貸してください」
 メグミの抱きしめていた子犬がワンワンと吠える。
 彼女の愛犬であるこの子犬、名をムクというが、実は犬ではない。古代の魔法生物にして、彼女の持つメモリアルスポットなのである。
 あたりの気温がぐっと下がったように思えた。
 そして、メグミの前の地面が、瞬時に霜で真っ白になったかと思うと、そこに一人の青年の姿が浮かび上がっていた。
「精霊王だぁ……」
 以前、メグミが水の精霊王を召喚したのを見ているミハルは、その姿を見て呟いた。
 すべての物質に宿る精霊。その精霊を統べる存在、それが精霊王である。勿論、そう簡単に呼び出せるものではない。精霊使いとして優れた力を持つメグミが、“鍵”であるムクの助力を得てはじめて呼びだすことができるのだ。
 白銀の短い髪を逆立てたその青年は、腕を組んでメグミを見おろした。
「よぉ。この俺に何の用だぃ?」
「あ、あの、あの……」
 メグミはユイナに視線を向けた。ユイナは炎の柱を指さした。
「あれを消すように言いなさい」
「あ、はい。あの、氷の精霊王さん。あの火を消してくださいませんか?」
 おどおどしながらも丁寧に頼むメグミに、氷の精霊王は肯いた。
「おう。それだけでいいんだな?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるメグミに背を向けて、氷の精霊王は炎の柱に手を翳した。
 その瞬間、炎が消滅した。そして炎があったところには、黒い巨人が半ば呆然として立ちつくしていた。
「もらいっ!」
 その瞬間、ユウコが躍りかかりながら、腰の対になった小剣を抜き放つ。“桜花”、“菊花”と名づけられた2本の小剣こそ、彼女の持つメモリアルスポットである。
 ザシュッ
 右の一撃で脇口から一気に斬り上げ、返す左で肩口から一気に斬り下げる。まるで踊るかのような華麗な連続攻撃はアサヒナ流忍術の後継者ならではである。
「行くぜ! 海王波濤斬!」
 そして、ノゾミが長剣から究極奥義をくり出した。袈裟掛けに斬られて、真っ二つになる巨人。
「やったか!?」
「まだよ」
 会心の手応えに思わず笑みを浮かべたノゾミに、ユイナは冷たく言うと、振り向いてミハルに言った。
「あの切り口から、赤い珠が見えるわね?」
「え? あ、はい」
 ミハルは変な動物(ミハル曰く「こあらちゃん」)を抱きしめながら、肯いた。
「あれを召喚なさい」
「あ、はい。えーと、えーと、その赤い珠っ!」
 ミハルは、左手をあげて叫んだ。その薬指にはまっている指輪の宝石が、燦然と輝く。
 かと思うと、ドスンと重たい音を立てて、ミハルの前に赤い珠が落ちた。かなり温度が高いらしく、ぶすぶすと煙を上げている。
 ユイナは、その珠を睨みながら、言った。
「ユカリ。私が今からこの珠を空高く上げるから、落ちてくる前に例の黄金の巨人の光で破壊なさい」
「はい。それでは少々、お待ちくださいね」
 ユカリはにこっと笑うと、懐から黄金の埴輪を取り出し、地面に置いた。そして、その前で手を組んで呪文を唱え始めた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ」
 と、埴輪が一瞬輝いたかと思うと、見る見る大きくなっていく。そして、黄金の巨人へとその姿を変えた。
 一方、ユイナも呪文を唱えていた。
『我が名はユイナ・ヒモオ。我が名において命ずる。大地よ、その理を今一時忘れよ』
 ふわりと珠が浮かびあがったかと思うと、猛烈な勢いで上がっていく。
 それを「まぁ」と見上げていたユカリは、不意に手を組み直した。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アミハッタヤナウン・ソワカ」
 巨人は手を交差させた。そしてその手からすさまじい勢いで光が上に放たれた。
 ボォン
 上空で何かが破裂したような音がしたかと思うと、まるで花火のように、赤い火花が四方に散っていく。
 ユカリはポンと手を打って、にっこりと微笑んだ。
「まぁ、綺麗ですねぇ」

 戦いの間に、いつしか白々と夜が明けようとしていた。
「……おい、マジかよ」
 アルキーシは呟いた。
「マジに十三鬼を、やっつけちまったのか?」
「見てのとおりよ」
 あくまでも冷静な声で、ユイナは答えた。
「“鍵の担い手”なら、難しいことじゃないわよ」
「大したもんだなぁ」
 素直に感嘆の声を上げると、アルキーシは立ち上がった。
「それじゃ、俺はそろそろ行くぜ」
「行くって、どこに?」
 訊ねるコウに、彼は肩を竦めた。
「さぁな。まぁ、これ以上はお前さん達の邪魔はしねぇよ」
「アルキーシ……」
「レイ姫」
 彼は、一番後ろで黙って立っているレイに話しかけた。
「ソトイのことは俺がなんとかする。安心して戦って来なよ」
「僕は、まだ行くと決めたわけじゃ……」
 そう言いかけたレイに、「じゃ」と手を振ると、アルキーシはすたすたと南に向かって歩き去って行った。
「それじゃ、私たちも行きましょう」
 ミオはそう言うと、懐から紙片を出した。そして振り返ると苦笑した。
「サキさん、私は大丈夫ですよ」
「う、うん、そうだよね。あはは」
 ミオが倒れたらすぐにでも支えられるような姿勢をとっていたサキは、そう言われて引きつった笑い声をあげた。
(サキさんって、本当に嘘をつけない人なんですね。ごめんなさい)
 ミオは心の中で呟くと、紙片をばらまいた。みるみるうちに紙片は馬に変わっていった。
 それを見るともなく見ていコウに、ヨシオが話しかけた。
「おい、コウ。ユミを見なかったか?」
「ユミちゃん? いや、俺は見てないけど」
「さっきまでいたのに、いなくなっちまったんだよ。畜生、もしかしたら魔王の連中にさらわれたのか!?」
「そりゃ考え過ぎだと……」
 コウが言い終わらないうちに、ヨシオは「ユミー」と連呼しながら走り出して行った。コウは肩を竦めて、ユウコに視線を向けた。
「ユウコさん、頼める?」
「んもう、ヨッシーはユミのことになると見境ないんだから」
 ため息を一つ吐いて、ユウコはヨシオを追いかけて走り出した。
「ユミ!」
 ヨシオは、背中を向けて座りこんでいるユミに駆け寄った。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「ううん」
 ユミは首を振ると、膝を両手でかかえ込んだ。
「ユミ、どうして“鍵の担い手”じゃないのかな?」
「え?」
「ユミ、とってもコウさんのことが好きなのに、どうして“鍵の担い手”になれないの?」
 ユミは始めて顔を上げて、ヨシオを見上げた。
 その瞳に涙が一杯に溜まっているのを見て、ヨシオは黙ってユミの隣に腰を下ろした。
 そして、ぼそっと呟く。
「俺と王都に帰るか? ユミ」
「……」
 ユミは、黙って荒野を見つめていた。そして、こくりとうなずいた。

《続く》

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