喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

「ユミ、どうして“鍵の担い手”じゃないのかな?」
「え?」
「ユミ、とってもコウさんのことが好きなのに、どうして“鍵の担い手”になれないの?」
 ユミは始めて顔を上げて、ヨシオを見上げた。
 その瞳に涙が一杯に溜まっているのを見て、ヨシオは黙ってユミの隣に腰を下ろした。
 そして、ぼそっと呟く。
「俺と王都に帰るか? ユミ」
「……」
 ユミは、黙って荒野を見つめていた。そして、こくりとうなずいた。

ときめきファンタジー
章 終末へのカウントダウン

その テンカウントは聞こえない

 ユウコは地面に伏せて二人には見つからないようにしながら、その様子を聞いていた。
 ヨシオの嬉々とした声が聞こえてくる。
「そうか、帰るか。よし、兄ちゃんからユイナさんに頼んで、すぐに王都まで送ってもらえるようにするからな。よし、それじゃ待ってなよ!」
 タッタッタッ
 そのまま駆け戻っていくヨシオをやり過ごすと、ユウコは立ち上がった。そして座ったままのユミに声をかける。
「ユミちゃん」
「え? あ、ユウコさん」
 振り返ってユウコを見ると、ユミは慌てて目元をぬぐって笑った。
「えへへ。聞いてましたぁ?」
「まーね」
 ユウコは肩を竦めて、さっきまでヨシオが座っていたところに座った。それから、ユミに訊ねる。
「あたしとしてはさ、コウのまわりから少しでもライバルになりそうな娘が消えてくれるのは歓迎なんだけど、でもそれでいいの?」
「……うん」
 ユミはうなずいた。
「そっか」
 ユウコはあっさりと答えると、空を見上げた。鉛色の雲が低く辺りを覆っている。
 そして、ユウコは呟いた。
「ユミちゃんは恵まれてるもんね。あんな兄貴がいるし、王都に帰れば父さんや母さんもいるし……」
「え?」
「あたしには、もう誰もいないんだ……。コウ以外には、もう誰も……」
 はるか東のトキメキ国では、代々メモリアルスポットを守りつづける一族がいくつかあった。ユカリの母の実家であるカグラ家がそうであり、またユウコのアサヒナ家もその一族であった。
 彼女の家に伝わってきたメモリアルスポットは、紆余曲折を経て、いまはミハルの指にきらめいているが、そのメモリアルスポットを巡る戦いで、ユウコの一族は彼女一人を残して全滅しているのだ。
「ユウコさん……」
「さって、と。あんまし離れてると、またあの年増がコウにちょっかいかけてるだろうし、もう行くわ」
 ユウコはそう言うと、ぴょんと跳ね起きた。そして、そのまま駆け戻っていく。
 その後ろ姿を、ユミはじっと見詰めていた。

「……ってわけで、俺とユミを王都まで飛ばして欲しいんだよ」
「どうしてこの私がそんな面倒なことをしなければならないわけ? 歩いて帰れば済む話じゃないの」
 周りが出発の準備をする中、一人呪文書を読んでいたユイナは、読書を中断されたせいか、幾分不機嫌に返事をした。
「そう言わずに、な、頼むよ。世界の未来の支配者様なら造作もないことだろ?」
 そう言われて、ユイナは肩を竦めた。
「もう世界の支配はどうでも……」
「へ?」
「ゴホゴホ。何でもないわよ」
 ユイナは慌てたように立ち上がった。心なしか頬が赤いようだったが、それを指摘してぶち壊しにする愚を冒すほどヨシオは間抜けではなかった。
「わかったわ。用意するから待っていなさい」
「ありがとう! よーし、ユミ、いよいよ帰るぞ! いやっほう!」
 半分踊りながらユミのもとに駆け出していくヨシオの後ろ姿を見送って、ユイナはふぅとため息をついた。
「感情も制御できないなんて、私もまだまだ、かしらね」
「そうでもないと思いますよ。感情を完全に制御できるようになったら、それはもう人間じゃないと思います」
「!」
 ユイナは、彼女にしては珍しく、慌てて振り返った。
「ミオ、いつから?」
「ヨシオさんがあなたに話しかけたところからです」
「そう……」
 ユイナは肩を竦めた。
「それで、何の用なの?」
「さっきのヨシオさんのお話しのことで、お願いがあるんです」
「え?」
 ミオは軽くうなずくと、ユイナの耳に二言三言囁いた。
 ユイナは眉を潜めた。
「本気?」
「はい。可能性を捨てるわけにはいきませんから」
 ミオは、俯いた。
「それが、たとえ罵詈雑言を浴びることであっても……、未来永劫汚名を着ることになっても……」
「コウに嫌われても?」
 ユイナの言葉に、ミオはぴくっと身を強ばらせた。そして、顔を上げる。
 その碧の瞳には、決意がたたえられていた。
「ええ……。たとえ、コウさんに嫌われても、です」
 ユイナはかすかにうなずいた。
「それじゃ、いくわよ」
 ユイナは地面に描いた魔法陣の前で言った。
 その魔法陣の中には、ユミとヨシオの二人がいた。
「それじゃあな、コウ。頑張れよ」
「ああ。ヨシオ、ユミちゃん、元気で」
 コウは笑って手を振った。
「コウさん、あの……」
 ユミは、少しためらい、そして言った。
「頑張ってくださいね」
「ああ、頑張るよ」
 コウはうなずいた。
 そして、ユイナが呪文を唱える。
『2つの魔法陣よ、その狭間の架け橋となれ』
 バシュゥン
 閃光が走ったかと思うと、ユミとヨシオの姿はその魔法陣の中からかき消えていた。
「これで、あの二人は私の研究室に転移したわ」
 ユイナは面倒くさそうに言った。ちなみに研究室とは、彼女が勝手にキラメキ城の地下の書庫に作った彼女の部屋である。
「ありがとう」
「別に、礼を言われるほどのことはしてないわよ」
 ユイナは答えると、コウに聞き返した。
「で、すぐに出発するんでしょう?」
「ああ」
 コウはそう答えると、真っ直ぐ北の方を見つめた。
 その後ろからミオが地図を見ながら言った。
「このまま街道を進むと、スゾクの町のあったところには、今日中に到着できるでしょう。そして、そこからは、もう道はありません」
「北の最果て、ね」
 リュートを鳴らしながら、アヤコが呟いた。コウは彼女に視線を向けた。
「アヤコさんは、スゾクの町には行った事あるの?」
「ソーリー、ごめんなさい。あたし、水は苦手なの」
 アヤコは苦笑しながら言った。
「まぁ、なんにしても行くしかないわけだな」
「ええ。そして、魔王の方もそれを知っています」
 地図をしまいながら、ミオは言った。
「私たちが次にスゾクの町に行く事は……」
 またミオの紙馬を駆って、一同は午後早いうちに、スゾクの町の近くまでたどりついた。
 いつしか道は、険しい岩が連なる、山道かと思うようなものに変わっていた。
「ミオさん……」
 コウは、ミオなら何か知っているだろうと気軽に振り返った。
「は、はい、なんでしょう?」
 ミオは顔を上げた。コウは怪訝そうにその顔を見た。
「ミオさん、顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。それより、なんでしょうか?」
 ミオは、彼女にしては珍しく強い調子で言った。
「あ、うん。海が近いはずなのに、どうして岩山なのかなって思っただけなんだけどさ……」
「ああ、そのことですか?」
 ミオの声の調子が、いつもの柔らかいものに戻る。
「スゾクの町のある辺りはもともと島だったんです。それがある時、大地震でメモリアル大陸にくっついたんです。ちょうどこんな感じで」
 ミオは、左の手に右の拳をパンとぶつけてみせた。
「その弾みにできたのが、この辺りの岩山なんです」
「ふぅん、さすがよく知ってるね」
 コウは素直に感心しながら、ミオを見つめていた。
(それにしても、さっきのミオさん、ちょっと変だったなぁ……)
「コウ!」
 ちょうどその時、先行して偵察していたユウコが馬を飛ばして駆け戻ってきた。コウの前で手綱を引く。
「どうどう。コウ、超大変!」
「どうしたの?」
「橋が無くなっててさ、スゾクの町に入れないのよ」
「え?」
 ヒュオオオォォォーーー
 強い風が、幅20メートルはありそうな岩と岩の間を吹き抜けてゆく。
 その間に掛かっていた橋の残骸とおぼしきものが、こちら側と向こう側にかかっていた。
「これは……」
 コウは思わぬ光景に絶句した。それから振り返る。
「どうしよう?」
「ユイナの魔法でひゅーんってわけにはいかないの?」
 ユウコが訊ねた。ユイナは馬を降りると、腕を組んで谷を見下ろした。
「出来なくはないけど、ちょっと面倒ね」
「え?」
「結界が張られているわ。この谷のこっちと向こうを隔てるように」
「結界?」
「ええ。それも特大の、ね。まぁ、私ならすぐに破れるけれど……。でも、無理には破らない方がよさそうね」
「え?」
 また聞き返すコウを、ユイナは呆れたように見た。
「少しは自分の頭で考えなさいよ。まったく……」
「ご、ごめん」
「一度しか言わないわよ。この結界は、人間が張ったものよ。それも……、神聖魔法の感触がするわ」
 言うまでもないが、神聖魔法とは、サキが使う僧侶の魔法の事であり、白魔法とも呼ばれるものだ。
 コウも神聖魔法と聞いて、サキの方を見た。
「サキさん、何かわかる?」
「……」
 サキは目を閉じて、手をスゾクの町の方に伸ばした。そして小声でぶつぶつと呟く。
 しばらくして、彼女は目を開けると、コウに言った。
「この結界、この向こうにいる魔物をこっちに通さないために張ってあるみたいね。張ったのは結構前だけど、未だに破れてないわ」
「まぁ。魔物さんがいっぱい、いらっしゃいますねぇ」
 いつ来たのか、ユカリがコウの隣でおっとりと言った。コウには目を凝らしても何も見えないが。
「そうなの?」
「はい。どうやら、町に閉じこめられているみたいですね」
 ユカリはにこっと笑った。
「とすると、その神聖魔法の結界っていうのが、町を覆っているってこと?」
「そういえば、聞いた事があります」
 ミオが言った。
「魔王討伐隊とスゾクの町の人ががスゾクの町から撤退している間、不思議な事にあれほどたくさんの魔物がいたのに、誰も襲われなかったと」
「つまり、追いかけようとした魔物はみんなあの結界に閉じこめられたてて、町から出られなかったってことか」
 ノゾミが、剣の束に手を置いた。キラメキ騎士団の一員である彼女は、騎士団を崩壊に追い込んだ、いわば仇ともいえる魔物達が向こうにいると聞いて、いてもたってもいられないようだった。
 コウは振り返ってミオに訊ねた。
「どうする?」
「客観的に言えば、関わるべきじゃないですね。スゾクの町を大きく迂回して、海に出て魔王の島を目指しましょう」
 そう言ってから、ミオはくすっと笑った。
「でも、そう言って聞いてくれるようなコウさんじゃないって、わかってますから。フジサキさんがどうなったか、気になっているんでしょう?」
「ごめん」
 コウは頭を下げた。そして顔を上げて、スゾクの町の方を見た。
「フジサキさんは、俺の親父も同然の人なんだ」
 魔王討伐隊の隊長であり、シオリ姫の養父でもある騎士リュウ・フジサキは、生き残った皆を逃がすためにこの町に残り、消息を絶っていたのだ。
「わかっていますよ」
 ミオはうなずいた。
 そのミオを、サキは哀しげな顔をして見詰めていた。
「サキ、どうしたん?」
「え? あ、なんでもないのよ、うん。ぜーんぜん、ほら元気元気」
 いきなり後ろからつつかれて、サキは振り返ってガッツポーズをしてみせた。
 つついた方のユウコは、首をかしげた。
「サキ、昨日からちょっと変だよ」
「そ、そんなことないってば。あ、そうだ。あたし、やることがあるから」
 サキはそのままあたふたとコウに駆け寄っていった。
 ユウコは黙って、そんなサキを見つめていた。
(サキ、何があったんだろ?)

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く