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ときめきファンタジー
章 終末へのカウントダウン

その 残酷な天使のテーゼ

 コウはじっとスゾクの町を見つめていた。
 ここからも、すでに町というよりは廃虚となっている様子がよくわかる。
(おじさん……。もう生きてはいないんだろうか?)
 コウは心の中で呟いた。
 そんなコウを、レイはじっと見詰めていた。
「……」
(コウ・ヌシビト。わからない。僕はどうしてあいつに従っている?)
 彼女は、すっと右手を開いてみた。魔皇子だったころは、簡単に出せた炎が、今は出せなくなっている。
(力を失ったからか? いや、そうじゃない。それくらいで敵だったやつの下につくなど……。ならば、なぜだ?)
 と、不意にコウが振り返った。
「あ、レイ……さん」
「なんだ、それは?」
「そりゃ、女の子だし」
「……馬鹿馬鹿しい」
 そうレイが吐き捨てたとき、ユイナが戻ってきた。
「用意ができたわ」
「ありがとう」
「ふん」
 ユイナは馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、ばっとマントを翻して町の方に向きなおった。そして、メグミに言う。
「わかってるわね。手はず通りに」
「あ、はい」
 メグミはうなずくと、ムクを抱きしめて言った。
「大地の精霊王、総ての命を育む麗しき女王よ。私はあなたの名を知る者です。私に力を貸してください」
「呼んだ?」
 間髪入れずに、メグミの足元から声がした。
「きゃ」
 思わず悲鳴をあげて飛びのくメグミ。
 と、そこからすぅっと緑色の髪の女性が、生えてきた。
「あー、久しぶりだわ。地上に召喚されるのも。あら、あなたがあたしを召喚したの?」
「あ、はい」
 うなずくメグミの耳に、その女性はふっと息を吹きかけた。
「きゃ」
 首を竦めるメグミを見て、彼女はにこっと微笑む。
「かわいい。うん、合格」
「あ、あの……」
 メグミは困ったようにユイナを見た。ユイナは言った。
「いいから、打ち合わせ通りに」
「あ、はい。あの、お願いがあるんですけれど……」
「なぁに?」
「あの、この谷に橋を架けてほしいんです」
 メグミは谷をさした。彼女はにまぁっと笑った。
「まぁ、やってもいいけど、ひとつお願いがあるんだけどなぁ」
「え? な、なんですか?」
「一晩、あたしにつきあってくれないたぁーっ!」
 スパァン
 いきなり後ろから白いもので叩かれて、彼女は後頭部をおさえてうずくまった。
「だ、誰よぉ! って、精霊王をどつけるのは精霊王だけよね」
「いいから、さっさとやりなさい」
 いつの間にか、もう一人の女性がそこに立っていた。豪奢な衣装と、蒼い長い髪、そして赤い瞳の女性。
「はいはい。ほんとにあんたはおせっかいなんだから」
 ぶつぶつ言いながら、大地の精霊王はさっと右手を振り上げた。
「大地の精霊よ、汝らの王が命ず。かの谷にかかりて橋となれ! ほらほら、あたしに恥かかせるんじゃないよ!」
 次の瞬間、そこには前からあったかのように岩の橋がかかっていた。
「これでいいかな?」
「あ、はい。ありがとうございました」
 メグミがぺこりと頭を下げると、彼女はにぱぁっと笑った。
「うん、やっぱ可愛いわ。どう? あたしと一晩しっぽりと……」
「もう一発どつかれたい?」
「はいはい。んじゃね〜」
「それでは、失礼いたします。また何かありましたら、いつでもお呼びくださいね」
 二人はすっと消えた。
 口をぽかんとあけたままの皆に代わって、ユイナが一言だけ呟いた。
「ブザマね」

「お、来た来た」
 手を額にかざして、ユウコが言った。むしろ嬉しそうにも聞こえる。
 谷に掛かった橋を渡って、魔物の群れが押し寄せてくるのだ。
「面倒だから、一気に焼き払うわ」
 ユイナが進み出た。その右手には、黒い立方体が乗っている。
 この立方体こそ、彼女の持つメモリアルスポットである。その中には、失われた古代の魔法に関する情報が収められていると、ユイナは言っている。
 彼女は橋の上に進み出ると、立方体を掲げた。そして言う。
『ジャス・ア・クァー。大地と天空の狭間に消えし、失われた三つの魂よ。今我が声に答え、ここに出でよ』
 カァッ
 何かが輝いた。
 そして、戦いが始まった。
 魔物の数は多く、橋の上はいつしか乱戦になっていた。
「ったく、つまらない」
 ユイナは顔をしかめて、右手を振り上げた。
『土より出でし者は土に、闇より出でし者は闇に帰れ!』
 ブゥン
 幽かな音をたてて、彼女の前にいた魔物がまとめて消滅する。
 彼女は辺りを見回した。
「ユイナ、よそ見すると危ないわよ」
 その後ろから襲いかかろうとした小鬼を鉄扇で殴り飛ばしながら、ミラが言った。
「礼は言わないわよ」
「そうね」
 二人は一瞬笑みを交わし、そしてまた左右に散った。
「でやぁっ!」
 ザシュッ
 コウの一撃で、正面の魔物が斬り倒される。
 彼は振り返った。
「大丈夫?」
「……ああ」
 忌々しそうな表情で、レイはうなずいた。
(この僕が、事もあろうに逃げ回るしかできないなんて、なんたる屈辱だ)
「危ない!」
 コウは、レイをぐいっと引っぱると、彼女を襲おうとしたトロール鬼の腕に斬りつけた。
 しかし、みるみるその傷が塞がり、腕が再生していく。
「畜生!」
「だからぁ、こういうのはあたし達に任せときってば」
 そのコウの前に踊り出すと、ユウコはパチッとウィンクした。
「でも、そいつは……」
「こういうのはね、こーすんのっ!」
 その瞬間、彼女の手にした“桜花・菊花”がきらめいた。かと思うと、トロールの首が落ち、切り口から噴水のように青い血を吹き上げながらトロールは倒れる。
「ざっと、こんなもんよ」
 笑うと、ユウコはさっと身をかわした。後ろから襲いかかった別のトロールが、棍棒を振り下ろしたのだ。
「危ないっしょ!」
 ザシュ
 また、剣がきらめく。
「うわっ! は、放せ!」
 レイの声に、コウは振り向いた。
「しまった!」
 翼の生えた小鬼が、レイを背後から掴んで空中に舞いあがっていた。
「レイさん!」
「あっちゃぁ、さらわれちゃったねぇ」
 元々彼女の事を信用していないユウコは冷たい。だが、コウが彼女を追って走り出したので、仕方なくその後を追った。
「ほんとーに美人に弱いんだから、もう!!」
 と、その彼女の前に、一枚の紙が飛んできた。そして、彼女の前の地面に落ちて白い狼になる。
 その狼は、ユウコの前に立ちふさがると、吠えた。
「?」
 ユウコは、思わず立ち止まり、そして振り向いた。
「ミオ?」
 そこには、ミオとサキがいた。
「その先には、行かないでください」
 ミオは静かに言った。
「あにバカなこと言って……!!」
 不意にユウコは、コウ達の消えた方に向きなおった。そして呟く。
「いやな感じがする……」
 ミオとサキは顔を見合わせた。
 忍者であるユウコには、危機を本能的に察知する、いわば第六感とでもいうものが備わっている。過去、コウ達はそのおかげで何度も危ないところを救われているのだ。
 ミオは一つうなずくと、懐から別の紙片を出した。そして、ふっと息を吹きかけると、その紙は白い鳩になる。
 その鳩に、ミオは言った。
「ユイナさんに伝えてください。あれを出してください、と」
 バサバサッ
 鳩は飛び立って行った。
 サキが訊ねる。
「ユイナさんに、何を?」
「……」
 ミオはそれに答えずに、スゾクの町の方をじっと見詰めていた。
「待てぇ!!」
 立ちふさがる魔物を跳び越え、コウはレイを掴んで飛ぶ魔物を追いかけていた。
 レイはというと、魔物に向かって叫んでいた。
「放せ! この、放せぇ!」
「このままじゃ……。くそっ!」
 コウは立ち止まると、大きく深呼吸した。そして、剣を振り下ろす。
「気翔斬!!」
 ギャギャ
 剣から放たれた衝撃波を喰らってバランスを崩したその魔物は、レイを放す。
「わぁっ」
「危ない!」
 高さ3メートルから落ちるレイを、とっさにコウは剣を捨てて抱き留めた。
「よかった」
「よくはない! お前も放せ!」
「あ、ごめん」
 慌ててコウはレイを立たせると、辺りを見回した。
 いつの間にか、橋を渡り終わってスゾクの町の廃虚に入っている。
「とにかく、みんなと合流しなくちゃ」
‘その必要はない。お前達はここで死ぬのだからな’
 不意に声が頭の中に響いた。次の瞬間、二人の前に、炎の柱が立った。
「なっ!? お前は、十三鬼の!?」
‘愚か者め。あの程度で我を倒したとでも思ったか? つくづくおめでたい奴等よ’
 そう言うと、いきなり炎が二人を襲った。
「わぁっ!」
 とっさにコウはレイを突きとばして自分も伏せた。
 二人の頭上を、炎の玉がかすめすぎ、建物の廃虚に命中して爆発する。
 ドォン
 廃虚は一撃で消滅していた。
「くっ」
 コウは転がって地面に置いた自分の剣を拾い上げ、構えた。
「レイさん、俺の後ろに!」
「ミオ、わかってんの? コウが超アブナイのよ!! それなのに、どうして行ったらいけないのさ!」
 ユウコは、目の前の小鬼を真っ二つに斬りながら、ミオに詰問した。
「どうして、コウを追っかけちゃ駄目なのよ!」
「コウさんのところには、あの娘が行きました」
「でも!」
「コウくんにもしものことがあったら……」
 サキが呟く。
 ミオは、紙片をばら蒔く。その紙片は見る間に白い狼になり、まわりの魔物に飛びかかっていく。
「わかっています。でも、時間がありません。赤い満月の夜までに、あと二つのメモリアルスポットの封印を解かなければならないんです。それが出来なければ、私たちが今までやってきた事はすべて無駄になり、コウさんは……魔王に戦いを挑んで……死ぬでしょう」
「!」
 ミオはもう一度、言った。
「わかっています。でも、もう私たちは手段を選んでいられるほどの余裕はないんです」
「土壇場で、メモリアルスポットの封印が解けるのを期待してるってわけね?」
 アヤコがリュートを鳴らしながら、すたすたと歩いてきた。
「ミオって、ソークール、冷たいのね」
「……そうですね」
 ミオは寂しげな笑みを浮かべ、コウの消えた方を見つめた。
 ちょうどその時、向こうに炎の柱が立った。
「!!」
 思わず飛びだそうとするユウコ達の前に、白い狼達が立ちふさがる。
「ミオ……」
「行かせません」
 ミオはきっぱりと言った。
「ミオさん……」
 言いかけて、サキはふと気づいた。ミオの手が、骨が白く透けて見えるほど、ぎゅっと握りしめられていることに。そして、その手が微かに震えていることに。
(ミオさんも……辛いんだ……)
 サキは唇を噛んだ。そして、炎の柱の方を見る。
(コウくん……)

《続く》

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