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ときめきファンタジー
章 終末へのカウントダウン

その 第11の鍵

 コウは、レイを後ろに庇って剣を構えた。
‘そのような剣では、我が炎を防ぐ事は出来ぬぞ’
 哄い声が聞こえる。
「そうかもしれない。けど、そうしなくちゃ、レイさんは死んじゃうだろ!」
「!!」
 レイは、驚いてコウの背中を見つめた。
(どうして、そこまでして僕の事を……)
「気翔斬!!」
 コウは剣を振るった。衝撃波が炎の柱に当たり、砕ける。
‘何の真似だ。片腹痛いわ’
 嘲笑とともに、炎の玉が打ちだされる。
 ちょうどその時、炎の柱の前で突然光がはじけた。炎の玉はその閃光に飲み込まれて消える。
‘む。これは転移の術か!?’
 呻く声とともに、閃光は薄れ、そしてその場には一人の少女の姿が現れた。
 コウは思わず叫んだ。
「ユミちゃん!?」
「コウさん、ユミが来たからにはもう大丈夫ですよ!」
 ユミはいつもの天真爛漫な満面の笑みを浮かべていた。
「だって、ユミにはこれがあるんだもん」
「え?」
 ユミの手には、金色の手甲がはまっていた。コウははっとした。
「それは、メモリアルスポット!?」
「うん! ミオさんがくれたんだよ」
「ミオさんが?」
‘要らぬ事を’
 哄い声が聞こえた。
 ユミは向きなおった。そして身構える。
 元々小柄なその身体は、炎の柱の前ではよりいっそう小さく見えた。
‘まずは貴様が死ね’
 ゴウゥン
 炎の玉が飛び、ユミはその中に飲み込まれた。
「ユミちゃん!」
‘はっはっはっはっ’
 その哄い声は、炎の中から聞こえてきた声に中断された。
「ユミ・ボンバー!!」
 ドォン
 辺りに地響きが走り、閃光が走った。そして炎が消えたかと思うと、ユミが平然と立っている。その口元には笑みが浮かんでいた。
「だから言ったよ。ユミ、コウさんのためなら無敵なんだから!」
‘バ、バカな……’
「それじゃ、今度はユミからいくよ!」
 ユミはパンと両手を叩きあわせ、そしてすぅっと離した。その手の間に、光の玉が生まれる。
「いっけぇ! ユミ・ファイヤー!」
 次の瞬間、その光がいきなり爆発したように輝いた。思わず目を覆うコウ。
「な、なんだ?」
‘ば、ばかな! こんな小娘に、この俺がぁぁぁ……!!’
 悲鳴が聞こえ、そして静かになった。
 コウが目を覆っていた手を外すよりも早く、ユミが駆け寄ってくると、コウに抱きついた。
「コウさん! ユミ、頑張ったでしょ?」
「うん。……でも、そのメモリアルスポット、どうしたの?」
「これ? えへへ〜。実はねぇ」

「あれ?」
 ユミが異変に気づいたのは、ヨシオとともに転移の術をかけられてすぐだった。
 彼女は不思議な空間にいた。周囲は暗くてよくわからないが、ユミ自身の身体は宙に浮いているかのようにふわふわとただよっていたのだ。
「なに? どうなっちゃったの?」
「落ちつきなさい」
 不意に声が聞こえて、ユミは辺りを見回した。
「今の声、ユイナさん?」
「そうよ。今あなたは、私の持っている水晶玉に入っているわ」
「え? でも、ユミはキラメキに帰るって……」
「ミオの話だと、あなたは必要らしいのよ」
「ミオさんの? でもユミ、コウさんの側にいても何の役にも立たないんだよ!」
「そんなことは、私は知らないわよ」
 ユイナがあっさりと言うと、不意にユミのいる空間が揺れた。
「ひゃぁ」
 外から微かに声が聞こえてくる。
「ほら、ミオ。言った通りにしたわよ。ユミはこの中にいるわ」
「ありがとうございます」
「ミオさん、ミオさんがいるんですか?」
 ユミは精一杯の声を張り上げた。
 ミオの声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、ユミちゃん。でも、あなたに今帰ってもらうわけにはいかないんです」
「でも……」
「ユミちゃん、冷静に考えてください。今までに封印を解かれたメモリアルスポットは、10個です。あと2個が残っているんです。そして、メモリアルスポットの封印を解けるのは、勇者に思いをよせし少女。そんな女の子がそんなに大勢いるとは思えません。だから、残りの2つのうち1つがユミちゃんのものである可能性はかなり高いと思います」
「でも、でも、それならどうして今まで……?」
「メモリアルスポットは、それぞれに主人が決まっています。今私が持っている黄金の籠手は、つい先日手に入ったものですし、最後のメモリアルスポットに至っては、まだ見つかってすらいません。ですから、ユミちゃんのメモリアルスポットがその2つだとしたら……」
「そんなこと、聞きたくないもん」
 ユミはぷいっと横を向いた。
 ミオは苦笑したようだった。
「そうですね。私がいくら言っても、説得力はないでしょうね。それじゃ、これを受け取ってください」
 そのミオの言葉とともに、ユミの前に箱が現れた。長さ50センチほどの直方体で、豪華な飾りがついた、いわゆる宝箱だ。
「何、これ?」
「それをユミさんにお預けします。開けてみてください」
 言われるまま、ユミは開けてみた。その中には、金色に輝く一対の手甲が入っていた。
「これは……?」
「それが、11個目のメモリアルスポットです」
「え? これが?」
 ユミは、箱から手甲を取り出して、手につけてみた。途端に、ズシンとした重みが手に掛かり、思わず膝を突いてしまう。
「お、重いよぉ。何これぇ?」
 慌てて、ユミは手甲を外そうとした。
 その時だった。ユミの頭の中に、重々しい声が鳴り響いたのは。
『汝は我が力を欲せし者か? 汝は勇者を愛せし者か?』
「え?」
『最後に問う。汝は我が主人か? 我が主人ならその証しを見せよ』
「えっと、えっとぉ……」
 ユミは戸惑った顔をして辺りを見回し、最後に手甲に目を落とした。
「メモリアルスポットなの?」
 それっきり、声は聞こえてこない。
 と、不意に目の前に映像が映し出された。
 炎の柱の前に立つコウとレイ。
「コウさん!」
 ユミは叫んだ。
 炎の玉がコウを襲い、そして逃げるコウを見て、ユミは叫んでいた。
「出してよ! ここから出してよ! コウさんが死んじゃうよ!」
 答えはない。
 そして、ひときわ大きな火の玉が、コウを襲うのが見えたとき、ユミは叫んだ。
「コウさぁん!!」
 パリン
 何かが砕けるような音がしたかと思うと、ユミはそこに立っていた。
 その耳の中に、声が聞こえたような気がした。
『娘よ。汝が勇者への想い、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“躍”の象徴を託す』
 手にはまった手甲が、すぅっと軽くなる。いや、それだけではなく、何か熱い力とでも言うべきものが、その手甲からユミに流れ込んでくるのを、ユミは感じていた。
(これが、メモリアルスポットの、ユミの力なんだぁ!)
「と、いうわけなのです。じゃじゃ〜ん」
 ユミはにこにこしながら、コウに言った。
「そうか。ありがとう」
「にひゃぁ」
 コウに礼を言われて、ユミは照れたように頭を掻いていた。
「あ、コウ〜!」
 ユウコが走ってきた。そしてコウにそのまま抱きつこうとする。
「ダメェ! コウさんはユミのなんだから」
「あ? ちょっと、どうしてユミっぺがここにいるわけ?」
「えへへー。ユミもちゃんとメモリアルスポットが使えるようになったんだモン」
「超ムカァ! ミオ、ミオでしょ、こんなことタクラんだんは! あ、こら、コウから離れなさいっちゅうに!」
「やだもん。べーだ」
「く、くぉのぉ!!」
 コウのまわりで大騒ぎしている二人を微笑して見つめているミオに、サキが近づいた。
「よかったね、ユミちゃん。うまくいって」
「ええ……」
 それだけ言うと、ミオはそのままふらっと倒れかかった。慌てて支えるサキ。
「ちょ、ちょっと、ミオさん?」
「緊張の糸が切れた、というところね」
 ミラが、サキからそっとミオの身体を預かると、言った。
「ミラさん?」
「なんだかんだ言って、一番心配してたのはミオかもしれないわね」
 ユイナが腕を組んで呟いた。そこにコウがやってくると、ミラに支えられてぐったりしているミオを見て慌てる。
「ミオさん、怪我でもしたの?」
「心配要らないわよ。ちょっと疲れただけね」
 ユイナがいつもの通りの冷静な声で言ったので、コウはすぐに納得した。辺りを見回す。
「他のみんなは?」
「残敵の掃討。ノゾミが指揮を執ってるから問題は無いと思うわよ」
「そう。あ、ユイナさん、みんなを集めておいてくれないか? 今日はここで一泊するから」
 言われて、ユイナは微かに眉をひそめて、一言だけ訊ねた。
「捜し物は見つかると思っている?」
 コウは、寂しげに笑って首を振った。
「でも、確かめたいんだ。それじゃ……」
 ユミの頭をポンと軽く叩いて自分から手を放させると、コウは一人歩きだした。何となく声を掛けがたいものを感じて、ユミもユウコもそれを見送るだけだった。
「……」
 町の廃虚の片隅で、コウは立ちつくしていた。
 彼の前には、小さな土まんじゅうができており、その上に木の杭が刺さっていた。
 そこには文字が彫りつけられていた。
 “リュウ・フジサキここに眠る”
「おじさん……」
「コウくん……」
 その後ろから、サキがそっと話しかけた。
 コウは振り向かずに、言った。
「サキ、祈りをあげてくれないか?」
「うん」
 サキはその場に跪くと、手を合わせた。
 そんな二人を、ユウコはちょっと離れたところから見守るように立っていた。
「あら、邪魔しに行かないの?」
 アヤコが訊ねると、ユウコは振り返って苦笑した。
「もう少ししたらね。ほら、タイミングってもんがあんじゃん」
「そうね。こういう時は、サキの方が適任だものね」
 アヤコも苦笑した。そして、厳しい表情になって、北を眺めた。
 北の空は、黒い雲が立ち込め、時折稲光が走っていた。
 その頃。
 キラメキ王国の書庫を見回っていた管理人のスペルフィールドは、いきなり飛びだしてきたヨシオに泣き付かれて困っていた。
「ユミが、ユミがいねぇんだよ! どこへ行ったかしらねぇか!?」
「そんなの僕は知りませんよ」
「うぉーん、ユミぃぃ! どこへ行ったんだぁぁぁ!」
 そのままそこに座りこんで滂沱と涙を流すヨシオを見おろして、スペルフィールドはため息を一つつくのだった。
(ミオさん、元気かなぁ……)
 そして……。
 魔王の間では、真紅に染まった水晶の柱を前に、魔王が不気味な笑みを浮かべていた。
「勇者よ。貴様が倒れるか、儂が倒れるか。しかし、儂の元に来るには、きゃつらを倒さねばならぬぞ。くっくっくっく。はっはっはっはっは」
 魔王の哄笑が部屋に響く。
 赤き満月の夜まで、あと3週間あまり。
 残された時間はあと3週間あまりしかない……。
 それまでに、コウ達は、最後のメモリアルスポットを手に入れ、伝説の樹への道を開いて、その樹の下に眠るという聖剣を手に入れる事が出来るのだろうか?

《続く》

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