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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
ハードカヴァーはずして

その瞬間、ミオは眼鏡の奥の瞳をぱちくりとさせ、彼女にしては珍しい表情をしていた。つまり、きょとんとしていたのだ。
コウは繰り返した。
「ミオさん。君に来て欲しい」
その言葉に、ミオはようやく状況を理解したように、自分を指して聞き返した。
「私、ですか?」
うなずくコウ。
かぁっと赤くなると、ミオは慌てて手を振った。
「わ、私より、もっと適任の人がいると思います。ユイナさんとか、サキさんの方がいいのではないですか? 私では、それに……」
そこで口をつぐむと、ミオはうつむいた。
(いつまでコウさんについていけるのか……。ご迷惑をかけてしまうだけではないでしょうか?)
その背中を、ユウコがトンと叩いた。
「ユウコさん?」
「あたしよかミオを選んだのは、ちょろっと納得できないんだけどさ、でもコウが決めたんだから、さっさと行きなって」
「で、ですけれど……」
「あに言ってんだか。『コウさんが選んでください。私たちはそれに従います』って言ったんは、ミオ自身っしょ? そのミオがそれに逆らってどーすんのさぁ」
確かにその通りなので、ミオは黙り込んだ。
その手を、サキがきゅっと握った。
「サキさん?」
「頑張って、ミオさん。根性よ!」
その言葉とともに、暖かい力がサキの手から流れ込んで来るのをミオは感じていた。
サキは、できる限りの“癒しの力”を、コウに気取られぬように送り込んでいたのだ。
(あたしには、これくらいしか出来ないけど……。頑張って、ミオさん)
(サキさん……)
ミオはうなずくと、コウに向きなおった。
「わかりました。お手伝いさせていただきます」
「うん」
コウはうなずくと、扉の方に向きなおった。
「それじゃ、みんな、待っててくれ」
「早く帰ってきてね。二人とも」
サキが心配そうに言うと、コウは笑ってうなずいた。
「ああ。それじゃ!」
ミオは、皆に向かって深々と頭を下げ、そして、二人は扉の中に姿を消した。
扉から中に入ると、二人は前に続く道を歩いて行った。
しばらく進んでから、不意にミオは、前を歩くコウに訊ねた。
「どうして、私を選んだんですか?」
「え?」
彼女は、胸に手を置いた。そこに輝いていた黄金のロケットは、今はない。
「今の私は呪符魔術も使えません。実際の戦いでは役に立たないでしょう。それなのに、何故ですか?」
「うーん」
コウは明後日の方を見ながら、頭をポリポリと掻いた。
「側にいて欲しかったから、じゃ、理由にならないかな?」
「え?」
かぁっと赤くなると、ミオは俯いた。
「そんな。冗談を言わないでください」
「冗談じゃ……」
ない、と言いかけたとき、それを遮るように野太い声が響いた。
「おうおう、見せつけてくれるじゃねぇかよ、お二人さん」
その声に、二人は道の前の方を見た。
二人の前方の道に、3人の巨人が座り込んでいる。
ミオは訊ねた。
「あれが、番長ですか?」
「いや、もっと番長はすごかった」
首を振るコウ。
「なにこそこそ話してるんだよぉ。えぇ?」
3人の巨人は、やおら立ち上がると、二人に近寄ってきた。
コウは剣を抜き放って怒鳴った。
「誰だ、お前ら。番長の仲間か!?」
「番長様を呼び捨てにするとは、とんでもねぇ野郎だぜ」
顔を見合わせる、笑う巨人達。
コウは唇をかみ締めて、剣を握り直した。
「どうやら、そうらしいな」
「コウさん」
その手を、ミオがそっと押さえた。
「ミオさん?」
「ここは、私が」
そう言うと、ミオは背中の袋から一冊の本を取り出した。それを右手に持って、前に進み出る。
巨人達は、それを見て笑った。
「お、ナオンちゃんが相手かよ」
「こりゃいいぜ。ぎゃははははは」
「てめぇら!」
コウがたまりかねて進み出ようとするのを、ミオは左手で制した。
「この程度の相手でコウさんが出る事はありませんよ」
「言ってくれるじゃねぇか!」
そう言って、進み出る巨人達の前に、ミオは立った。そして、静かに言う。
「この古文書は、『サジョックの予言書』といって、未来に起きる総ての出来事が記してあります。無論、普通の人には読めないように特殊な文字で書いてあるのですが」
「け。それがどうしたってんだよ、姉ぇちゃんよぉ」
馬鹿にしたように笑う巨人達に向かって、あくまでも静かにミオは言った。
「もし、これを私が読めるとしたら、どうします?」
「あんだと?」
「つまり、あなたたちが何をどうするか、すべて私にはお見通しなのですよ」
そう言って、ミオはぴっと巨人を指さした。
「『何をバカな事を言って』と言う!」
「何をバカな事を言って……」
巨人の一人がそう言って、慌てて口を押さえた。
ミオはにこっと笑うと、言った。
「『まさか、そんなバカな』と言う」
「まさか、そんなバカな」
思わず後ずさりする巨人。
ミオは、一番後ろにいた巨人をぴっと指さした。
「『ハッタリだ。だまされるな』と言う」
「ハッタリだ。だまされるな!」
そう言ってから、その巨人は目を見開いて、ミオを凝視した。
ミオは微笑した。
「信じる、信じないはそちらの勝手ですよ。でも、あなたがたのする事は、すべて判っていますから」
顔を見合わせる巨人達。
「ど、どうする?」
「どうするって……。そ、そうだ、番長さまに御報告だ!」
「畜生! 覚えてろ!」
ズダダダッ
あっという間に巨人達は駆け去って行った。コウは剣を収めると、振り返った。
「ミオさん、いつの間にそんな本を?」
「ああ、これですか?」
ミオは、開いていたページをコウに見せた。目を丸くするコウ。
「何も書いてないように見えるんだけど……」
「ええ、白紙です」
ミオはにこっと笑った。そこで、やっとコウにも事情が飲み込めた。
「本当にハッタリだったの?」
「ええ。上手く引っかかってくれたので、助かりました」
そう言うと、ミオは本を閉じようとした。
「! ウッ、ゴ、ゴホゴホゴホゴホッ」
不意に咳き込むミオ。コウは慌てて彼女に駆け寄った。
「ミオさん、大丈夫!?」
「だい……ゴホゴホゴホッ」
答えかけて、さらに咳き込むミオ。
開きっぱなしの白いページに、ポトリと真っ赤な雫が落ちた。
「ミオさん!?」
思わず叫ぶと、コウは元来た方に視線を走らせた。
「一度戻って、サキに治療してもらおう」
「コ、コウさん……」
慌てて異を唱えようとして、さらに咳き込むミオ。コウはその体を抱き上げた。
「無理しないで。さぁ、戻ろう!」
「ちょっと待てぇ〜〜い」
その背中に、重々しい声がかかった。
「番長!?」
コウは振り返った。
そこにいたのは、間違いなく番長だった。
「勇者よ。逃げるのか?」
「違う! 俺は……」
「コウさん」
ミオが顔を上げた。血に汚れ、震える唇で、言葉を紡ぎ出す。
「戦ってください。私にかまわないで」
「でも……」
「シオリ姫を助けるのでしょう?」
その言葉に、コウははっとした。
(シオリ……)
ミオはにこっと笑った。
「私なら、大丈夫です」
「……ミオさん。すぐに終わらせるから」
そう言って、コウはミオをそっと道の脇に横たえた。そして、振り返りざまに剣を抜く。
「番長! 勝負だ!!」
「小賢しい。“超眼力”!!」
カァッ
番長の目が妖しい光を放つ。
しかし、その瞬間、コウの体も輝きを放った。
「何!?」
その光が収まったとき、コウは黄金の鎧を身に纏っていた。
息を呑むミオ。
(あれは! 1000年前の戦いで勇者フルサワが纏っていたという、勇者の鎧!?)
番長は舌打ちした。
「ユーリめ。新しい力とはそういうことか。余計な事を……」
「もう超眼力は効かないぜ! 番長、負けるわけにはいかない!!」
コウは叫んだ。そして、飛びかかっていく。
「いくぞ!!」
ヴン
剣が空を切る。番長はコウの剣先を見切って、その攻撃をかわしていた。そして、言い放つ。
「その程度で、この俺に立ち向かえると思ったか!?」
「何だと!?」
コウは向きなおって剣を構え直した。
番長は右腕を振り上げた。
「超眼力を見切った程度で、この俺を倒せるものか! 我が腕より出でよ“袖龍”!!」
キュゴォォォン
叫びをあげて、番長の袖から青い光が龍の姿となって伸びて来る。
「そんなのに、構ってる暇はねぇ! ミオを、助けるんだ!!」
(……コウさん!)
ミオが胸を押さえて見守る中、コウは迫る龍に向かって、正眼に構えた。そして、“気”を溜める。
「“気翔斬”!!」
ザシュゥン
光の龍が真っ二つに裂けた。その瞬間、コウは地を蹴った。
(ユカリちゃん、この技、使わせてもらうぜ!!)
「なにぃ!? 何処に行った?」
一瞬、その姿を見失った番長が叫ぶ。その番長の胸に、一閃の光が突き刺さった。
「コシキ流奥義、“翔龍斬”!!」
ドカッ
番長は、数歩よろめき、膝をついた。
その胸には、深々と小剣が突き刺さっていた。それは、コウの持つ、もう一本の剣。彼がユカリの父、ジュウザブロウから譲り受けた、“白南風”だった。
「どうだぁ!?」
荒い息をつきながら、コウは振り返った。そして、そのままがくんと膝をつく。
番長は、膝をついたまま、笑いだした。
「くっくっくっく、はっはっはっはっはっ」
コウは立ちあがろうとしたが、膝ががくがくと震えて言う事を聞かない。
「こ、この! 立てよ!」
その耳に、意外な言葉が聞こえてきた。
「この俺を倒せる奴がいるとはな」
「え?」
思わずコウが顔を上げるのと、番長が倒れ伏すのとは同時だった。
「番長……」
足を引き摺りながら、番長の脇に立ったコウ。
番長は首を振った。
「いや、この俺を倒した今、おまえこそが番長の名を受けるにふさわしい」
「え?」
「これから、おまえは時空番長を名乗るがいい。あばよ。彼女と仲良くな」
「ば、番長!?」
番長は言い終わると、満足げに目を閉じた。と同時に、その体がキラキラした光に包まれ、そして消えていく。
最後に、番長の声が微かに聞こえた。
「コウテイは、もう目の前だ。行くがいい」
「……ミオ!」
コウはふらふらと歩み寄った。
ミオは、笑顔で体を起こした。口元の血を拭って、言う。
「私は、もう大丈夫です。行きましょう、コウさん」
「ああ」
コウも、うなずいた。
その瞬間。二人は光に包まれた。
光が消えたとき、二人は緑の野原の中に立っていた。
「ここは、どこだ?」
「もしかして、ここが……」
ミオは呟いた。そして、コウの顔を見て、続ける。
「異世界コウテイでは、ないでしょうか?」
「ここが?」
言われて、辺りを見回すコウ。
ミオは、考え込むように俯いた。
「もしかしたら、番長が本当の意味での、ここに行くための“門”だったのかもしれません……」
「え?」
「つまり、番長に、ここにくる資格ありと認められた者しか、ここには来られないのかも……」
爽やかな風が、二人の髪を揺らして吹きぬけていく。
髪を掻き上げて、何げなく風の吹いてくる方向を見たミオが、コウの手を引いた。
「コウさん、あれを見てください!」
「!」
ミオの指す方向を見たコウは、思わず小さな叫びをあげた。
そこに、巨大な樹があったのだ。
「あれが、“伝説の樹”なのか?」
「コウさん、行きましょう!」
「うん」
二人は、ゆっくりと歩み寄って行った。
二人は、巨木の根元にたどりついた。
そこには、一枚の石が建てられていた。その石の表面には文字が書いてある。
コウは訊ねた。
「ミオさん、読める?」
ミオの声は、かすかに震えていた。
「……はい。『勇者フルサワ、聖剣とともにここに眠る。その眠りの安らかならんことを。勇者の友3人がここに記す』と……」
「それじゃ、間違いなく、ここに……」
コウが呟いたとき、不意にその石が光った。
《続く》

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