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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
手のひらの革命

コウの言葉に、ユイナはフンと頷いた。
「正しい判断ね。私を選ぶのは」
「うん。頼むよ」
コウはユイナの手をきゅっと握った。
かぁっと赤くなり、ユイナは慌ててその手を払った。
「そうね。一緒に行ってあげてもいいわ。その番長とやらに、世界の真の支配者の力をたたき込んでやるわ」
ちょっと早口になって言うユイナだが、真っ赤になったままでは、説得力が夥しく欠けてしまっていた。
それに自分でも気づいたのか、ごほんと咳払いすると、ユイナは黒マントを翻した。
「それじゃあ、さっさと終わらせるわよ」
「ユイナさん、照れてるんですか?」
言わなくてもいい事を言ったミハルを一睨みで黙らせると、ユイナはさっさと先に扉の向こうに消えて行った。
「あ、ちょっと待って!」
慌ててその後を追って、コウも扉に飛び込んだ。
二人が消えたあと、アヤコは肩を竦めた。
「ま、しょうがないか」
「そうですねぇ。蓼食う虫も好き好きと申しますし」
ユカリがにこっと笑ってうなずいた。
「あたしは、納得できないんだけどさぁ。どうしてあんな冷血魔法使いをコウが選ぶなわけ?」
むっとして腕を組むユウコに、レイが言った。
「あの人は、そんな人じゃありませんよ」
「え?」
「ユイナさんは、とても寂しい人なんです。コウさんは、それを知ってるんですよ」
そう言うと、レイは扉に視線を向けた。
「でも、私を選んでくれなかったのは、寂しいですけれどね」
「なんだ、レイもそうだったんだ」
ユウコは決まり悪げに頭を掻いた。
「あたしはまたレイはコウなんてどうでもいいのかと思ってた」
「そんなことありません。私は……」
言いかけて、はっと気づいたレイは、赤くなって俯いた。その脇腹を、ユウコがうりうりと押す。
「本当はどうなのかなぁ、この娘は」
ユウコにかかると、どうやらザイバ公国のプリンセスも形無しのようである。
「遅いわね」
やっとのことでコウが追いつくと、ユイナは肩をそびやかした。
「ごめん」
思わず謝ってしまうコウに、ユイナは苦笑した。
「素直になれないものね」
「え?」
「なんでもないわ」
慌てて、正面に向きなおると、ユイナはさっさと歩きだす。
「あ、待ってよ」
またそれを追いかける羽目になるコウだった。
と、
「おうおう、ナオン連れとはいいご身分じゃん」
「まったくだよなぁ、おい」
下品な声に、ユイナは眉を顰めて立ち止まった。
「ユ、ユイナさん、なに?」
「あれが、番長なの?」
ユイナは顎をしゃくって、前方をさした。そこには、3人の巨人が道に座り込んでこちらを眺めている。
コウは首を振った。
「確かに似たような服だけど、でももっと、なんていうか、格好よかったよ」
「そう? なら雑魚ってことね」
あっさりと言うユイナ。
巨人達が立ち上がって、近寄ってくる。
「なにボソボソ話してるんだよ、え?」
「楽しそうじゃん。俺達も混ぜてくれよぉ」
その言葉を無視して、ユイナはさっと腕を上げた。そして、朗々と呪文を唱え始める。
『ユイナ・ヒモオの名において命じる。雷光よ、神秘の魔法陣を描け!』
バシィッ
稲妻が、ユイナの前に光の魔法陣を描き出した。ユイナは腕を振り下ろす。
「これでも、喰らいなさい!!」
その言葉とともに、魔法陣は回転しながら巨人達に向かって飛び、そして弾けた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
「こ、このアマぁ、強ぇぞ!」
「ば、番長様にご報告だ!!」
慌てて逃げていく巨人達を見送って、ユイナはフンと鼻を鳴らした。
「あの程度に手こずっているようでは、コウもまだまだね」
「いや、俺が会った番長は、あんな連中じゃなかったんだけど……」
コウは苦笑気味に言った。
二人は、逃げた巨人達の後を追うように、道を進んでいった。
先を進むユイナが、不意に前を向いたまま言った。
「どうして、私を選んだの?」
「え?」
「……」
コウは、それ以上何も言わないユイナの横顔を見た。そして、少し躊躇ってから、口を開いた。
「こんな事言うと、ユイナさんに馬鹿にされそうだけど……。なんて言うか、その、ユイナさんにいて欲しかったからなんだ」
「私の力が、欲しかったの?」
聞き返すユイナに、コウは思わぬ事を言われた、というように目を見開いた。
「そんなんじゃ……」
「いいわ。わかってるから」
ユイナは肩を竦めて、前を見た。
「来たようね」
「ちょっと待てぇ〜〜〜い」
前から重々しい声が聞こえたのは、その時だった。
「あれが番長!!」
身構えるユイナの前にコウが進み出た。
「コウ?」
「ユイナさん。俺、いつもユイナさんに頼ってばかりだった。だから、今は俺にやらせて欲しいんだ」
そう言うと、コウは剣を抜いた。そして叫ぶ。
「番長! もう一度勝負だ!!」
「ほう?」
声と共に、道の果てに拡がる暗闇の中から、番長がその姿を現した。
ユイナが呪文の詠唱をはじめる。
『最果ての彼方にありし……』
「待って!」
不意に腕を掴まれて、ユイナは呪文を中断してコウを睨みつけた。
「何のつもり?」
「俺に、やらせて欲しいんだ」
「……何を馬鹿な事を言ってるの? あなた一人では勝てなかったのでしょう?」
「それでも、だよ」
そう言うと、コウは番長に向きなおった。
「ユイナさんに頼ってばっかりは、もういやなんだ」
「……え?」
「だから、俺一人で出来るところまではやりたい。そうしないと、言えないんだ」
そう言うと、コウは地を蹴った。
「行くぞ、番長!!」
「小賢しい! “超眼力”!」
クワァッ
番長の眼が妖しく輝く。
コウは叫んでいた。
「負けられない! 俺が、ユイナさんを守るんだ!」
その体が、番長の放った光に包まれる。
「コウ!」
思わず、ユイナは叫んでいた。そして、番長を睨む。
「よくも……」
番長は腕を組んでいた。その口から呟きが漏れる。
「ユーリめ、余計なことを」
「?」
その瞬間。
「ぬぅううううわぁぁぁぁぁっっっっ!!」
叫び声と共に、光が弾けた。思わず手をかざして眼をかばいながら、ユイナはそちらを見た。
「な、なんなの?」
閃光が薄れ、そしてそこに一人の人影が立っているのを見て、ユイナはほっと安堵のため息をついた。そして、そんな自分に慌てる。
(な、なぜ私が……)
コウは、眩いばかりの金色の鎧に身を包んでいた。剣を番長に向けて言い放つ。
「もう超眼力は効かないぜ! 番長、負けるわけにはいかない!! ユイナさんのために、俺はおまえを……、倒す!!」
「よく言った、こわっぱ! さぁ、かかってくるがよい!」
番長は、ばさっと黒い服を翻した。
「いくぜ! “気翔斬”!」
「効かぬと……、なにっ!?」
コウの打ちだした衝撃波を、片手で払おうとした番長だったが、不意に真顔になると両腕を交差させて受けとめた。その勢いに押され、巨体がずずっと後ずさる。
「威力が増している、だと?」
「どうだ!?」
「だが、俺を倒すには、まだ役不足! 喰らえ我が奥義、“袖龍”!」
ゴウッ
番長の黒い服の袖から飛びだした青い光が龍になってコウに襲いかかる。
「くぅっ」
コウはとっさに剣を地面に突き刺し、身をかがめてその衝撃に備えた。
光の龍がそれに襲いかかった。そして怒濤のごとく荒れ狂う。
「……やはり、貴様には無理だったか」
番長が呟き、そして龍が消えた跡には、コウが倒れていた。
「コウ!」
ユイナは叫んで駆け寄った。その場にかがみ込んで、コウを抱き起こす。
「しっかりしなさい! 私の命令よ!」
「ユイ……ナ、さん……。あはは、やっぱり、だめだった……かな」
コウは、弱々しく微笑んだ。
「俺、強くなりたかった……。強くなって、ユイナさんより、強くなって、言ってあげたかったんだ」
「もう喋らないで!」
ユイナは叫んだ。そして、俯いた。
「どうして……、どうしてそんな事にこだわるの? ダーニュも……、あなたも……」
「一言、言うためさ……。ユイナさんに……。もう、戦わなくてもいいって。静かに休んでくれてもいいんだって……」
「!」
ユイナは、顔を上げた。その蒼い瞳から、きらめく雫が流れ落ち、コウの頬に弾けた。
「……バカよ。ダーニュも、あなたも」
彼女は、そう呟き、そして立ち上がった。
「今度は、おまえが相手になるのか?」
「そうよ」
ユイナは番長に向かって、決然と言い放った。その瞳は、いつもの“チュオウの魔女”ユイナにふさわしい、氷壁を思わせるアイスブルーだった。
「倒すわ」
「しかし、どうやってだ? 魔法ごときでは、この俺は倒せぬぞ」
「……」
ユイナは小さく呪文を唱え、番長を見た。そして呟く。
「魔力結界を張っている、か。普通の魔法は跳ね返されそうね」
「その通り。さぁ、どうする?」
「こうするのよ!」
ユイナはさぁっと右手を振り上げた。
「豪力招来! 出でよ、真・世界征服ゴーレム!!」
ゴゴゴゴゴゴ
轟音を周囲に響かせながら、空間を引き裂いて、紫色に染められた巨大なゴーレムが現れた。
「何!?」
驚きながらも、戦闘体勢に入ると、番長は技を放つ。
「“袖龍”!」
「世界征服ハイメガビーム!!」
ユイナの声に合わせて、真・世界征服ゴーレムは、指を額に合わせた。次の瞬間、頭から突きだしている角から、青白い電撃が放たれる。
ドォォォォォン
爆発音が響き、そして煙が晴れる。
ユイナは笑みを浮かべた。
「それじゃ、こちらからいくわ。独裁ミサイル・シャワー!!」
胸から流線形のミサイルが飛びだした、かと思うと無数のマイクロミサイルに分裂し、番長に襲いかかる。
「ぬぅぅぅぅぅ!」
全身を爆炎に覆われ、そしてがくりと膝を突く番長。
しかし、真・世界征服ゴーレムもまた、全身から煙を噴き出していた。ユイナはそれを見て舌打ちする。
「調整不足がたたったわね。……真・世界征服ゴーレム、行きなさい!」
その命令を聞き、ゴーレムはそのまま番長に突進した。そして、爆発した。
「コウ、コウ!!」
自分を呼ぶ声に、コウはゆっくりと意識を取り戻していった。
「だ……れ?」
ぼんやりとしていた視界が、ゆっくりと焦点を合わせていく。
彼は、自分をのぞき込んでいる顔に気づいた。弱々しく笑う。
「ユイナさん……」
「気がついたわね」
ユイナはあっさりと言った。だが、コウには、その口調がいつもより柔らかくなっているのがわかった。
彼は身を起こして、そして驚いた。
「こ、ここは!?」
「異次元コウテイよ」
あっさり言うユイナ。
二人は、見渡す限りの草原にいた。空は青く澄んでいる。
「番長は?」
「あの程度、私の敵ではないわ」
ユイナは素っ気なく言うと、視線を上げた。
「それより、あれじゃないの? “伝説の樹”は」
「え!?」
コウは慌ててユイナの指す方を見た。
そこには、葉を青々と繁らせた巨木があった。
巨木の根元には、一枚の長方形の板が立てられていた。
その表面には、文字が刻みつけられている。
コウは訊ねた。
「ユイナさん、読める?」
「私にとっては児戯に等しいわ」
そう言うと、ユイナはその文字にすっと指を走らせた。
「『勇者フルサワ、聖剣とともにここに眠る。その眠りの安らかならんことを。勇者の友3人がここに記す』」
「勇者フルサワって、1000年前の……。それじゃ、間違いなくここが!」
「そう。1000年前の勇者が眠る、“伝説の樹”よ」
その時、不意にその石の柱が輝いた……。
《続く》

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