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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
好きなままで好きでいい

アヤコはくすくす笑った。
「コウ、こんなときにジョーク、冗談はナッシング、よしてよね」
「いや、本気」
あっさり答えると、アヤコは、今度はむっとしてコウを見る。
「いい加減にしないと……」
「本気だよ、俺は」
真面目な顔をしているコウに、彼女は俯いた。
「アヤコ……さん?」
「リアリー、本当に? 信じちゃうわよ。いいの?」
「ああ、本気」
コウが3度言うと、アヤコは顔を上げてにこっと笑った。
「グラッド! 嬉しいわ」
「アヤちゃん、頑張ってね」
サキがアヤコに声を掛けた。ミオも微笑しながら言う。
「コウさんを、お願いしますね」
「オッケイ、任せといて。ちゃんと連れて帰るからね」
アヤコはウィンクすると、コウの腕を取った。
「それじゃ、コウ。レッツゴー、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が……」
「ほらほら、急がないといけないんでしょ!」
そう言うと、アヤコはコウを引っぱるようにして、扉の中に消えていった。
コウテイに続く道の途中。
不意にアヤコはコウを引っぱっていた腕を放した。
「アヤコさん?」
「コウ、ごめんなさい」
アヤコはぺこりと頭を下げた。
「え?」
「ここまで来てなんだけど、あたし、役には立てないもの」
そう言うと、アヤコは肩を竦めた。
「“ファイヤーボンバー”はなくなっちゃったし」
アヤコが肌身離さず持っていたリュート“ファイヤーボンバー”は、メモリアルスポットの本来の姿である扉になってしまい、今は彼女の手にはない。
コウは笑った。
「前にも言ったじゃないか。歌は楽器じゃない、心だって」
「でも……」
「それに……、こう言ったらなんだけど、俺はアヤコさんが役に立つだろうから、と思って選んだんじゃないよ」
コウは先に立って歩きだした。そして、アヤコの方は見ないで話をつづける。
「俺にはアヤコさんの、その明るさが必要なんだ」
「コウ……」
「なんて、ね」
肩ごしに振り返りながら、コウは悪戯っぽく笑った。アヤコは手を振り上げた。
「ヘイ、コウ。からかったわね!」
「わぁ、ごめんごめん」
「おぅ、楽しそうじゃんかよぉ」
不意に前から声が聞こえ、二人は足を止めた。
二人の前には、3人の巨人が道に座り込んでいた。
そのうちの一人が立ち上がると、二人をじろじろとながめ回す。
「ナオンと二人連れっちゃぁ、いいご身分じゃねぇかよぉ」
「まったくだぜ。けけっ。ちょっくら俺達にも、その幸せを分けてもらいたいもんだぜ」
もう一人が、にたぁっと笑いながら歩み寄ってくる。
思わず後ずさったコウの肩を、アヤコがぽんと叩いた。
「アヤコさん?」
「この程度なら、任せといて。あたしのとっておきのを、お見舞いしてあげるわ」
そう言うと、アヤコはすぅっと息を吸い込み、歌い出した。
♪ふらふらした態度を
だらだら続けられ
いらいらしてきたわ
しぶしぶ会ってたのね
うすうす感じてた
ばかばか大嫌い〜〜!
歌い終わると、アヤコはにぃっと笑った。そして、高らかに叫ぶ。
「くらえぇっ! 呪歌奥義、“ポコポコ乱れ打ち”!!」
その瞬間、3人の巨人達は、全身に拳を受けて後方に吹っ飛ばされた。耳元で、「えい」とか「やぁ」とか「たぁ」とかいう声は聞こえたものの、その姿が見えないうちの一撃だった。
アヤコの使える呪歌には色々なものがあるが、その中でも特異なこの曲は、歌い手自身の肉体を強化するというものだ。もっとも、ほんの数分しかその効果はないのだが。
アヤコは再びにぃっと笑うと、巨人達に拳を見せつけた。
「どう? まだやる?」
「え、え、遠慮しますぅぅ〜〜」
言うが早いか、巨人達は先を争うようにばたばたと駆けて行った。微かに声が聞こえてくる。
「ばっきゃろぉぉ、覚えてろぉぉぉ」
「番長様に御報告だぁぁぁ」
「月夜の晩ばかりじゃねぇぞぉぉぉぉ」
「ふっ。他愛もないわね。ねぇ、コウ……」
振り返って、アヤコは慌てて倒れているコウに駆け寄ると抱き起こした。
「きゃぁぁ、コウ! どうしたの? いつやられたの? 誰に?」
「……アヤコさん、その技使うときは、目を開けて使ってくれ……」
それだけ言い残して、コウはがくりと気を失った。
「きゃぁ! コウ、しっかり! 傷は浅いわよぉ!!」
何とか回復したコウとアヤコは、先に進んでいた。
「ソーリー、ごめんね、コウ。あたし、怖くて目を開けてられないのよぉ」
「いや、もういいんだけどね」
手を合わせて謝るアヤコに、コウは苦笑して答えた。
「それに、助かったよ」
「そう? ならよかったわ」
アヤコは上機嫌でうなずくと、ぴっと前方を指した。
「それじゃ、コウテイの地までレッツゴー、行きましょう!!」
と、それにかぶさるように低い声が響き渡った。
「ちょっと待てぇ〜〜い」
「ワッツ、何?」
「番長!」
コウは、剣を抜き放った。
暗がりから番長が、その姿を現した。二人を見て、腕を組むと低く笑う。
「ほう。今度は“鍵の担い手”を連れてきたか」
「ああ、そうだっ! 番長、今度こそ負けるわけには、いかないっ!!」
コウは番長に剣を向けた。
その瞬間、番長の眼が光った。
「ならば、試してくれるわ! この道を通るにふさわしいかどうかをな! “超眼力”!!」
「俺は、負けない!」
コウは叫んだ。その姿が光に包まれる。
「コウッ!」
アヤコは思わず叫んだ。そして、膝をかくんと落とす。
「そんな……」
と、番長が腕を解いた。
「ユーリめ……」
「え? あ、コウ!」
光が薄れ、コウが姿を現した。喜びの色に染まった瞳が、コウの纏う鎧を見て、吟遊詩人のそれに変わる。
「あれは……、伝説の“勇者の鎧”!」
光の中から現れたコウは、黄金の鎧を身に纏っていたのだ。
彼は高らかに叫んだ。
「もう“超眼力”は効かないぜ! 番長、勝負だ!!」
「ならば、こちらも遠慮はせぬ」
番長はそう言い放つと、両腕を大きく上げ、叫んだ」
「我が腕に来れ! “金茶小鷹”!!」
「何っ!?」
深い金色に輝く小さな影が、無数に飛んでくる。とっさに防御するコウ。
ガガガガガガッ
そのコウの全身に、小さな鷹が掠め過ぎていった。
「……くっ」
がくりと膝を落とすコウ。黄金の鎧にもいくつも傷痕が走り、そして鎧に守られていない腕や足からは鮮血が滴り落ちていた。
「コウ!」
アヤコが悲鳴を上げた。
(今のは魔法? あんなの呪歌じゃ防げない。でも、あの方法なら……。だけど……)
番長は、もう一度両腕を上げた。
「“金茶小鷹”!!」
その瞬間、アヤコは右腕を高々と上げた。その唇から、もう紡ぐ事はないと思っていた言葉が迸る。
『我が名はアヤコ・カタギリ。我が名において命ず! 魔力よ、我が元に集いて、彼を守りし楯となれ!!』
ヴン
微かな羽音にも似た音を立てて、白銀色の壁がコウと番長の間に立ちふさがり、飛び込んできた鷹を総て叩き落とした。
コウは驚いて、振り返った。
「今のは……、黒魔術?」
「コウ、今よ!」
アヤコは叫んだ。コウはうなずき、地を蹴って走った。
「カツマ、貸してもらうぜ。おまえの技をな!」
「ぬぅっ!?」
シュン
微かな音が、番長に迫る。
「“覇翔斬”!!」
空に舞い上がったコウが、“気”を纏った長剣を振り下ろした。
「ハァハァハァ、ど、どうだ?」
地面に着地したコウは振り向いた。そしてそのまま、がくりと膝を突く。
「ふっふっふっふっ」
番長は笑った。その足元に、何かが落ちた。
それは、真っ二つになった番長の帽子。
「この俺を倒せる奴がいるとはな……」
「番長……」
そして、番長はゆっくりと前のめりに倒れた。
ズズゥン
地響きが辺りをゆるがし、そして静かになる。
アヤコははっとした。番長の巨体が、キラキラした光に包まれ始めたのだ。
「番長って、まさか……。そういえば、さっきユーリって言ってたわよね」
彼女は番長に駆け寄った。そして、訊ねる。
「番長、あなたまさか……シ者?」
「コウよ。行くがよい。コウテイの地はもう目の前にある。彼女と仲良くな」
そう言うと、番長は目を閉じた。その体が光の粒子となり、辺りを包み込んでゆく……。
「……ここは?」
コウは辺りを見回した。そして立ち上がる。
「あれ? 体が痛くないぞ」
「ここが、コウテイの地よ」
アヤコはそう言うと、大きくため息をついた。
「それにしても、番長の正体がまさか……なんてね。アイムサプライズド、驚いたわ」
「番長の正体?」
聞き返すコウに、アヤコはうなずいた。
「まぁ、パーハップス、多分、だけどね。番長とは仮の姿、その正体は、天界の四方の門を守る四聖天使の一人、聖天使ラウレンティヌスとあたしは見たわ」
「?」
首をかしげるコウを見て、アヤコは笑いだした。
「ソーリー、ごめんなさい。ちょっと専門的だったわね。こういう話はサキにすることにするわ」
「そ、そう? あ、そういえばさ……」
コウはアヤコに言った。
「さっき使ったの、黒魔術でしょ? アヤコさんも使えたんだね」
「あ……」
アヤコはちょっと困ったように苦笑した。
「あれはね、……あたしもまだ使えるとは思ってなかったから、使わなかったのよ」
「へぇ。でも、使えてよかったね」
「……」
アヤコは俯いた。
(そう、あの日……、ジュンがあたしよりメグミを選んだあの日から封印してきたはずの黒魔術を、あたしは使った……。どうして使ってしまったの?)
「アヤコさん?」
「きゃ!」
驚いて顔を上げると、彼女を覗き込んでいたコウと視線が合った。
心配そうに訊ねるコウ。
「どうかしたの?」
その顔を見たとき、アヤコは気がついた。そして悪戯っぽく微笑む。
「ノンノン、なんでもないわよ〜」
「あ、ひどいな」
そう言って、コウも笑う。その笑顔を見ながら、アヤコは心の中で呟いた。
(ジュンよりも大事な人ができたから……なのよね)
「それにしても……」
ひとしきり笑った後、コウは辺りを見回して、呟いた。
「とうとう来たんだね、コウテイに」
辺りは、一面の草原だった。そして空は見渡す限り、雲一つない青空。
「……太陽も、ない?」
コウは思わず呟いた。アヤコは肩を竦めた。
「まぁ、そういう世界なのね。きっと。それよりも、ほら、あれじゃないの?」
「え?」
「“伝説の樹”よ」
言われてコウがそちらを見ると、青々と葉を繁らせた巨木が目に入った。
「あれが……」
「レッツゴー、行ってみましょう!」
「ああ」
二人は互いにうなずきあうと、そちらに向かって駆けだした。
「これが……、“伝説の樹”……」
「グラッド、素晴らしいわ」
二人は巨木の根元まで来て、その樹を見上げていた。
アヤコは、巨木の反対側に回り、声を上げた。
「コウ、カモン、ハリアップ! すぐ来て!」
「え?」
呼ばれて、コウがそちらに回ってみると、アヤコの前に石柱が立っていた。
「これは?」
「メイビー、多分これが勇者フルサワの墓ね。ほら、ここに書いてあるでしょ?」
確かに何か書いてあるが、コウには読めなかった。
「なんて書いてあるの?」
「ソーリー、コウには読めないのね。オッケイ、読んであげるわ。ええと……、『勇者フルサワ、聖剣とともにここに眠る。その眠りの安らかならんことを。勇者の友3人がここに記す』って書いてあるわね」
「それじゃ、ここが間違いなく、“伝説の樹”なんだ! やったぜ!」
コウが叫んだ、まさにその瞬間、その石柱が光を放った。
《続く》

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