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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その 笑顔いっぱい

「え?」
 サキは、思わず胸に手を当てて聞き返した。
「あたし……なの?」
「うん。サキに、一緒に来て欲しいんだ」
 コウはうなずいた。
 サキは、きゅっと自分で手を握り締めると、コウに言った。
「でも、あたしなんかより、他にもっとふさわしい人がいるんじゃ……」
「あのね」
 横から声がした。
「ユウコさん……」
「サキ。あんたがいいってコウが言ってるんだから、さっさと行きなさいよ」
「でも……」
「まぁ、無難な選択ではあるわね」
 ユイナが腕を組んだまま言った。
「体力の回復が出来るサキが一緒なら心強いでしょうしね。メモリアルスポットが使えない今でも、彼女の癒しの術はそのまま使えるのだから」
「!」
 サキは、コウに視線を向けた。
(コウくん……。それだけなの? それだけの理由で、あたしを選んだの?)
「サキ、コウを頼むぜ」
 ポンとノゾミがサキの肩を叩いた。考え込んでいたサキはそれではっと我に返った。そして気づく。
「あ、あたしやっぱりだめです。だって……」
「行ってください」
 ミオが静かに言った。そして、サキの瞳をのぞき込む。
「私の事は心配いりませんよ。それよりも、コウさんをよろしくお願いします」
 その言葉の真の意味に気づいたのは、ミオの病気を知っている者だけだった。
 ためらうサキ。
「でも、もしも……」
「サキさん」
 ミオはにこっと微笑んだ。
「たまにはいいと思いますよ。他人に気を使わないで、自分に正直になっても」
「……はい」
 サキはうなずいた。それから、とってつけたように笑顔になる。
「それじゃ、行ってきますね」

 二人が消えた扉を見つめながら、ミオはため息をついた。
「サキさんを見てると、辛くなりますね」
「え?」
 聞き返すノゾミに、ミオは言った。
「他人のために、と自分を押し殺してる。そして、そのことに疑問を持たない。それじゃ、‘サキ・ニジノ’という人間はどこにいるのでしょうか?」
「自分を押し殺してる、というのが正しければ、そりゃ不幸でしょうけど」
 ミラが、鉄扇でポンポンと自分の手を叩きながら、独り言のように呟く。
「結局はその人の価値観よ。他人がとやかく言っても始まらないわ」
「……そうですね」
 ミオは微かにうなずき、そして扉に視線を向け直した。
「コウくん、待って」
 前を歩くコウに、サキは声を掛けた。
「何?」
 振り返ると、コウはサキの表情を見て、眉を曇らせた。
「やっぱり、迷惑だったかな? ごめん」
「ううん。そうじゃないの」
 サキは首を振った。そして、思い切って訊ねた。
「ねぇ、コウくん。どうしてあたしを選んでくれたの?」
「え?」
「あたしが、治癒魔法を使えるからなの? だったら、もしミオさんが治癒魔法を使えたら、ミオさんを連れて行ったの?」
「サキ……」
 コウは立ち止まった。そして、サキの肩をぽんと叩いた。
「あのさ、俺、頭悪いから難しい事は言えないんだけど……。でも、サキが治癒魔法を使えなくても、俺はサキを選んだと思う」
「!」
 サキはぴくっとその身を震わせた。そして、きゅっと手を組むと、一歩コウに近寄った。
「コウくん……。信じて、いい?」
 コウがそれに答えようとしたとき、不意にそれをあざけるような声が聞こえてきた。
「おうおう、見せつけてくれるねぇ」
「いやぁ、熱い熱い」
「誰だ!?」
 さっと振り返るコウ。その後ろで、サキは真っ赤になっていた。
(あ、あたし、今何を言おうとしたの? やだ、もう)
「俺達にも、その幸せを分けて欲しいもんだぜ。なぁ」
「おう」
 コウは剣を抜いた。そして、サキに囁く。
「下がってて」
「でも……」
「大丈夫。あれは番長じゃない。すぐに片づけるよ」
「言ってくれるじゃねぇかよ。この色男」
 サキの目にも見えてきた。道を塞ぐように座りこんでいる、3人の巨人。
 彼らはゆらりと立ち上がると、こっちに歩み寄ってくる。
 コウはちらっと振り返った。
「サキ、例のあれで行こう」
「う、うん」
 サキはうなずくと、コウの真後ろで、両手を高く上げた。そして、叫ぶ。
「聖なる光よ!!」
 カァッ
 彼女の両手の間で、光が炸裂した。
 本来はアンデッドを浄化するための光だが、その閃光はまともに見てしまった者から一時的にではあるが、視力を奪い取ってしまうのだ。
「うわぁ、眩しい!」
「目が見えねぇ!」
 巨人達の中から悲鳴が上がる。
「もらい!」
 叫ぶや、コウは剣を横薙ぎに振るった。
「“気翔斬”!!」
 ヴン
 水平に拡がる衝撃波が巨人達を襲った。ダメージ自体は大したことはなかったようだが、目が見えない状況で攻撃を受けるというのは、実際よりも心理的に大きなダメージを与えるものだ。
「うわぁぁ! やられたぁぁ!」
「あいつ、どこだぁ! 見えねぇ!」
「に、逃げろぉぉぉ」
「番長さまに御報告だ!」
 慌てて、巨人達はばたばたと駆け戻って行った。
 その慌てぶりに、コウとサキは顔を見合わせて、思わずくすりと笑みをもらした。
 二人はさらに道を進んだ。
「さっきの連中、番長に報告するって言ってたからな。多分、番長が来る」
「……うん」
 サキはうなずくと、コウの背中を見つめた。
(あたし……)
 と、不意にコウは立ち止まった。
「……来た」
「え?」
 サキが聞き返すと同時に、低い声が辺りに響きわたる。
「ちょっと待てぇ〜〜い」
 コウは剣を抜ける体勢で身構えた。
「番長……」
「あれが、番長なの……」
 暗闇から現れたその姿を見て、サキは息を飲んだ。
 番長は、目深にかぶった帽子のつばの下から、コウ達をねめつけた。
「せっかく助かった命を散らしに来たか。愚か者め」
「そんなの、やりもしないでわかるものか!!」
 叫ぶと、コウは剣を抜き放った。そして、そのままの姿勢で言う。
「サキは、隠れてて」
「え? でも……」
「行くぞ、番長!」
「あ!」
 思わずさしのべたサキの手が届くより早く、コウは地を蹴った。
 その瞬間、番長の目が光る。
「“超眼力”!!」
「俺は、負けない!!」
 コウは叫んだ。そのまま、自分から光に飛び込んでいく。
「コウくん!!」
 サキが叫ぶと同時に、光が膨れ上がった。
「な、なに?」
 反射的に目を覆っていた手を降ろすと、サキは目を見張った。
 そこには、黄金の鎧を着込んだ青年がいた。
「コウくん……なの?」
「ああ」
 コウはうなずいた。
「でも、その鎧……」
「判らない。気がついたら、体についていたんだ。でも」
 彼は、番長に向きなおった。
「これなら、あの“超眼力”も効かないみたいだ」
「小賢しい。喰らうがよい、我が奥義!」
 番長は、右腕を振り上げた。
「“袖龍”!!」
「“気翔斬”!」
 コウも技を放ち、そして二人の技はその間でぶつかり合い、炸裂した。
「はぁはぁはぁ」
「ぜいぜいぜい」
 戦い始めて、どれくらい経っただろうか。
 コウも、番長も、肩で息をしていた。
 お互いに奥義を放ち、疲労していた。もちろん、普通ならとっくの先にコウの体力は尽きていたところであるが……。
「コウくん!」
 サキは駆け寄ると、コウの額の汗をハンカチでぬぐった。そして、額に手を置いて祈る。
「神よ、この者にその慈悲を持て、癒しの力をお与えください」
 ふぅと大きく息をつくコウに、サキはにこっと微笑んで、言う。
「頑張って!」
「ああ!」
 叫ぶと、コウは再び番長に飛びかかっていく。
 それを見ながら、サキは考え込んでいた。
(あたし……、これでいいの? コウくんを苦しめてるだけじゃないの? でも、コウくんがそうしてくれって言うんだから……。だけど……)
「でやぁぁっ!!」
 コウの叫びにサキが視線を上げると、コウの放った一撃が、番長の服の腕を切り裂いていた。
「どうだ!? これで袖龍は使えまい!!」
「ふん。確かに我が袖龍は、この袖に秘められし魔力を用いて放つもの。それにやっと気づいたようだな」
 笑うと、番長は黒い服を脱ぎ捨てた。そして気を溜め始める。
「何をする気だ!?」
「受けよ! 我が最終奥義、“バーン・オーラノヴァ”!!」
 カァッ
 番長の体が光を放った。その光が見る見るうちに脹れ上がっていく。
「何!?」
 コウははっとした。そして叫ぶ。
「サキ、逃げろ!!」
 その声で、サキは始めて気づいたように、今や光の玉となった番長を見る。
(間に合わない!)
 その瞬間、コウはサキに駆け寄ると、彼女を抱きしめた。
「コウくん!」
 そして、二人は光の玉に飲み込まれた……。
「……」
 サキは恐る恐る、目を開いた。そして思わず叫ぶ。
「コウくん!!」
「サ、サキ……、無事か?」
 サキは、夢中でうんうんとうなずいた。コウはにこっと笑うと、そのまま崩れ落ちた。
「コウくん!!」
 サキは、改めてコウの姿を見て息を飲んだ。
 サキを抱いて庇ったために、番長に向けていた背中は、黄金の鎧さえも焼け爛れて、変形していた。
 サキはその背中に手を翳した。その唇から、祈りの声が漏れる。
「神よ、かの者を癒し給え……」
 ポツリ
 一滴の涙が、黄金の鎧に落ちて、ジュッと音を立てて消えた。
「どうして……。どうしてここまでして……」
 その声に、意識を取り戻したコウは、かすかに目を開けてサキを見た。
 サキは、肩を震わせながら、呟いた。
「あたしなんかのために……。やっぱりあたし、来なかったら……」
「違う……よ」
 コウは立ちあがった。
「コウくん……」
「サキがここにいてくれなかったら、俺はこんなに頑張る事は出来なかった。今も立ち上がる事はできなかった」
 そういいながら、コウは立ちあがった。そして剣を構える。
「君がいてくれるから、俺は戦えるんだ」
「コウくん……」
 サキの瞳が、見開かれる。
「よく立ち上がったな。だが、これまでだ!」
 そう言うと、番長は再び気を込め始める。
 しかし、それよりも早く、コウは大地を蹴った。
「サキをこれ以上悲しませたりはしない! 俺は、勝つ!!」
「なにぃ!?」
「喰らえ! “気翔斬”!!」
 ゴウッ
 弓なりの軌跡を描き、衝撃波が飛んだ。地面を抉り、空間を引き裂きながら、番長に迫る。
 気を溜めていた番長は、一瞬避けるのが遅れた。そして、その一瞬は致命的だった。
「ば、馬鹿なっ!!」
 ザシュゥゥン
 番長の、服を脱ぎ捨てた生身の体を、衝撃波が貫いた。溜めていた気が拡散する。
 そのまま、ゆっくりと番長は倒れた。
「ここが……、コウテイの地」
「うん」
 一面の草原の中、コウとサキは顔を見合わせ、そしてお互いに笑みを浮かべた。
 番長を倒した後、光に包まれ、そして、気がつくと二人はここにいたのだった。
「……ねぇ、コウくん……」
 サキは、コウに訊ねた。
「あたし……、あたしね……、ちょっと我が儘になってもいいのかな?」
「……ああ」
 コウは笑って、サキの頭をくしゃっとなでた。
「きゃ、も、もう……」
 そう言いながら、サキは幸せそうに目を閉じて、コウにもたれかかった。そして顔を上げ、はっとした。
「あ、コウくん! あれ!」
 コウもサキの視線を追って、そちらを見る。
 そこには、巨大な樹があった。
「行ってみよう」
 コウは言うと、サキに右手を差し出した。
「え? ……うん!」
 サキはその手を握り返し、二人は手をつないで、草原を駆けだした。
 巨木の根元。そこには石板が立てられていた。
 コウはその石板を手でさすってみた。
「なにか文字が書いてあるみたいだけど……。サキ、読める?」
 サキはしばらく見つめていたが、肩を落とした。
「ごめんなさい。ミオさんだったら読めると思うんだけど……」
「仕方ないさ。多分、ここが勇者の墓なんだと思う」
 コウは、辺りを見回した。
「とすると、どこかに聖剣が眠ってるはずなんだけど……」
「この石板しか、ないよね」
 サキもコウにならって辺りを見回すが、他に目立つ物もない。
「やっぱり、この石板か」
 そう呟いて、コウは何げなく石板を拳で軽く叩いてみた。
 コン
 次の瞬間、石板が光り輝いた。

《続く》

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