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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その 観覧車に乗って

「……」
 たっぷり10秒ほど間を置いて、ユカリは聞き返した。
「コウさん、もしかして、わたくしを、ご指名くださったのでしょうか?」
「そう」
 コウはこくりとうなずいた。
 ようやくそれが判ったらしく、ユカリは両手で頬を押さえた。
「まぁ、どうしましょう?」
「いや、どうしましょうじゃなくて……、いいかな?」
「えっと、あの、その、はい」
 そう言うと、ユカリはにっこりと笑った。
「不柄者ではございますが、よろしくお願いしますね」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
 思わず深々と頭を下げてしまうコウに、脇からユウコが突っ込んだ。
「コウ、言葉遣い移ってるって」

 そういうわけで、二人は並んで異次元コウテイに続く道を歩いていた。
 しばらく進んだところで、不意にコウはユカリに言った。
「ユカリちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「……ごめんね。こんなところまで付き合わせちゃって」
 ユカリはしばらく無言で歩いて行った。そして、立ち止まった。
「コウさん」
「あ、はい」
 一瞬彼女が立ち止まったのに気づかなかったコウは、その言葉で足を止め、振り返った。
 ユカリはにこっと微笑んだ。
「わたくし、いえ、わたくし達は、皆コウさんに着いてきたかったから、ここまで来たのです。コウさんが謝られることでは、ありませんよ」
「でも……」
「それに……」
 そう言いかけて、ユカリはぽっと頬を赤く染めて俯いた。
「わたくしは、その……、コウさんのお役に立ちたいから」
「え?」
 よく聞き取れなかったコウは、聞き返した。と、
「おうおう、仲よさそうじゃん。俺達にもその幸せを分けて欲しいもんだぜ」
「ああ、まったくだぜ」
 不意にだみ声が聞こえてきた。
「誰だ!?」
 コウは向きなおって怒鳴った。
 そこには、3人の巨人がいた。
 ユカリはその巨人達を見て、「まぁ」と手を合わせて言った。
「あなた方が、番長さんなのですか?」
 巨人達は顔を見合わせて爆笑した。
「ぎゃははは、俺達が番長様なわけねーだろうがよ」
「このねぇちゃん、ちょっとイっちゃってんじゃねぇのか?」
「へへっ。まったくだぜ」
「何だと!」
 コウはむっとして進み出た。その後ろで、ユカリが言う。
「番長さんではないのですか? まぁ、困りましたねぇ。それではなんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「……呼び方なんてどうでもいいと思うんですが」
 怒りが一瞬で抜けてしまい、コウは振り返った。
 ユカリは真面目な顔で首を振る。
「そういうわけには、まいりません。ちゃんと相手の御名前を知らなければ、失礼になりますから。あのぉ、よろしければ御名前をおうかがいしたいのですが」
 と、巨人に呼びかけるユカリ。巨人達は顔を見合わせる。
「なんだ、こいつ」
「俺達の名前だと? おい、おまえ名前なんていうんだ?」
「そ、そういえば、俺達に名前なんてあったっけ?」
「やべぇぞ。俺、自分の名前がわかんねぇ!」
「おまえもか! 実は俺もなんだ。おい、おまえ俺の名前知らねぇか?」
 巨人達はあわてふためいていた。ユカリに訊ねる。
「おめぇ、俺の名前知らねぇのか?」
「さぁ、ぞんじませんが。あ、ですが、その番長さんなら、ご存じかもしれませんねぇ」
「そ、そうか。よし、番長様に聞きに行こう!」
「おう!」
 言うがはやいか、巨人達はそのまま、道を駆け戻っていってしまった。
「まぁ、皆さん、どうなさったのでしょうか?」
 小首をかしげるユカリを見て、コウは思わず呟いていた。
「お見事」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ。それより、先に進もうか」
「はい、そうですねぇ」
 ニコッと笑って、ユカリはうなずいた。
「でも、ユカリちゃん」
 歩きだしてしばらくして、不意にコウは訊ねた。
「はい、なんでしょうか?」
 聞き返すユカリ。
「ユカリちゃん、ご両親の事、心配じゃないの?」
「お父さまとお母さまですか? いえ、それほど心配はしておりませんよ」
 意外な答えに、コウは思わず振り返った。
「心配してないの?」
 ユカリはくすっと笑った。
「わたくしは、お父さまよりもコウさんの方が心配ですから」
「えっと……」
 コウはぽりぽりと頬を掻きながら、向きなおった。
「どうかなさいましたか?」
 その顔を覗き込むユカリ。
「あ、いや、なんでもないよ。それより、先を急ごう!」
 さっさと歩きだすコウを、ユカリはきょとんとして見つめた。
「まぁ、どうしたのでしょうか?」
 と、不意にその細い目が見開かれた。
「コウさん!」
「え?」
 めったに聞かれないユカリの大声に、思わず立ち止まるコウ。
「どうした……」
「ちょっと待て〜〜〜〜い」
 低い声が辺りに響き渡った。コウは振り返りざまに剣を抜く。
「番長、来たか!」
 何時の間にか、道の真ん中に、腕を組んだ巨人がたたずんでいた。
「今度こそ、勝負だ!」
 コウは叫んだ。番長はせせら笑った。
「片腹痛い! 自分の力を思い知るがいいわ。“超眼力”!!」
 クワァッ
 番長の眼から光が放たれ、コウを包み込む。
「まぁ」
 ユカリはそれを見てにこっと微笑んだ。
 番長は、ぎろっとユカリに視線を移した。
「何がおかしい? “鍵の担い手”よ。勇者が葬られたというのに」
「コウさんがその程度で倒れるわけがありませんよ」
「なにぃ?」
 そのとき、光の中で叫び声が聞こえた。
「うぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ!!」
 カァッ
 光が飛び散り、そしてその中からコウがその姿を現した。その身に、眩いばかりに輝く黄金の鎧を纏って。
「超眼力は見切ったぜ! 番長、負けるわけにはいかない!!」
「ぬぅ!?」
 番長は、わずかに眼を細めた。そして呟く。
「ユーリめ。新しい力とは、そういうことか」
「行くぞ!」
 コウは剣を振り上げた。
「“気翔斬”!」
「“袖龍”!」
 番長の振り上げた腕から、青い光の龍が飛びだしてきた。コウの放つ衝撃波を粉砕し、そのままコウに襲いかかる。
「なっ! うわぁぁぁぁぁ!!」
 光の龍がコウの体に巻きつき容赦なく締め上げる。
 身動き取れないコウに、番長は容赦なく技を放った。
「その程度か! “金茶小鷹”!!」
 金色の光が無数に打ちだされる。鷹の姿をしたその光が、コウに襲いかかった。
「コウさん!」
 ユカリは叫んだ。その目の前で、光の龍が消え、血まみれになったコウが、ゆっくり倒れる。
「コウさん!」
 駆け寄ると、ユカリはその場にかがみ込み、自分の服が汚れるのも構わずに、コウを抱きしめる。
「ユカリ……ちゃん、あは、ざまないな……俺。やられちゃったよ」
「いいえ、いいえ」
 ユカリは首を振った。そして、コウを丁寧に横たえると、立ち上がった。
 そして、番長に相対する。
「番長さん、もうやめていただけないでしょうか?」
「そうはいかん。ここを通る資格がないのに通ろうとする者には、死を与えるのみだ」
「それなら、失礼いたします」
 彼女は印を組んだ。
「オン・マリシエイ・ソワカ・ダンバヤハッタ・ウン」
 キィン
 ユカリの眉間の前に光が集まり、一条の光線となって番長に伸びた。しかし、番長は腕を一振りしてそれを払いのけた。
「この程度が通じると思ったか?」
(この術が通用しない……。はにまる様はいらっしゃいませんし、どうしたら……)
 ユカリが何度も危ないところを救われた、メモリアルスポットの一つである黄金の埴輪“はにまる様”は、今はその本来の姿である“扉”になっており、彼女の元にはない。
 彼女は唇を噛んだ。そして、少し考える。
『ユカリ。この術は、使ってはいけませんよ』
『どうしてですか、お母さま?』
『この術は、あなた自身の力を総て使い尽くしてしまうからです』
『わたくしの、力をですか?』
『ええ。陰陽師としてのあなたの力、それを使い尽くしてしまう術です』
 ユカリは躊躇いなく印を組み換えた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・ハニシリテイ・ソワカ」
 そして、大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「おいでませ、おとうさまぁぁぁ!!」
 ぐぉぉぉぉぉ
 ユカリの背後に、巨大な人影が現れる。それは、彼女の父親の姿に似ていた。
「なにぃ?」
 番長が思わず呻った瞬間、その巨大な人影が駆け出す。そして、走りながら剣を抜き放った。
 ザシュゥン
「ぐわぁっ」
 深々と脇腹を切られ、番長がよろめき、そして膝を突く。
「なんだ、これは……」
「お父さまです」
 ユカリは印を解いた。と同時に、巨大な人影がふらっとゆらぎ、消えていく。
 その刹那、その頬に笑みが浮かんでいたのを見て、ユカリは深々と一礼した。
「ありがとうございました、お父さま」
「ま、まだだ、まだ俺は倒れておらぬ!」
 番長は立ち上がった。
「俺もだ!」
「コウさん!?」
 振り返って、ユカリは口に手を当てた。
 コウは、剣を杖代わりに地面に突き刺して、立ちあがった。
 笑みを浮かべる番長。しかし、その笑みは今までの嘲笑するような笑みではなかった。
「それでこそ、勇者。しかし、もう剣を持ち上げるのも覚柄ないのではないか?」
「確かにな。でも、まだ戦う事は出来る!」
 コウは、懐から小刀を抜いた。そして、よろよろと番長に向かって歩きだす。
「コウさん、そのような体では無理です!」
「ユカリちゃん、この程度で倒れてたら、ユカリちゃんの親父さんに笑われちまうからね」
「“袖龍”!!」
 番長は、渾身の力をふりしぼり、龍を放つ。
 蒼い光を纏った龍が、コウに襲いかかる。
 コウは、すっと小刀をかざし、そして右に体をずらした。その彼を掠めるように光の龍が駆け抜ける。
「馬鹿な! かわしただと!」
 しかし、コウも限界を迎えたように、膝から崩れ落ちる。
「コウさん、しっかりなさってください」
 そのコウを、ユカリは抱きかかえた。そして、懐から、黒塗りの小刀を出すと、鞘を払った。
「わたくしも、お供いたします」
「ユカリちゃん……。うん」
 コウはうなずくと、体勢を立て直した。
 チーン、チーン
 微かな音が響いていた。コウの持つ小刀“白南風”と、ユカリの持つ小刀“黒南風”が、共鳴していたのだ。
 次の瞬間、二人は同時に地を蹴った。
 声が、奇麗に重なる。
「コシキ流奥義、“翔龍斬”!!」
 そよそよと風が吹いて、二人の髪を揺らす。
 見渡す限りの草原の中、二人は立ちつくしていた。
「ここが……」
 コウが呟き、ユカリはにっこりと微笑んだ。
「いい御天気ですねぇ。お弁当、持ってくればよかったですねぇ」
「いや、そうじゃなくて、ここがコウテイなんだよね」
「お弁当、いやですか?」
 聞き返されて、コウは慌てて答えた。
「いや、好きだよ」
「まぁ、ありがとうございます。それでは、今度作る事にしましょうね。ところで……」
 不意にユカリは辺りを見回した。
「ここは、どこなのでしょうか?」
「いや、だからここがコウテイなんだと、思うんだけど」
「まぁ、そうだったんですか? それは知りませんでした」
 ポンと手を打って喜ぶユカリ。
(ま、いいか)
 コウは心の中で呟いて、辺りを見回した。
 番長との戦いであれだけの傷を負ったはずなのに、何故かその傷がまったくなくなっていた。痛みもない。
 コウが身に纏っていた黄金の鎧も、いつの間にかもとの古い革鎧に戻っていた。
 それでも、番長の最後の言葉だけは、しっかりと覚えていた。

『あばよ。彼女と仲良くな』

(彼女……か。俺は……)
「コウさん、大きな樹がありますねぇ」
 ユカリの声に、コウはハッと我に返った。
「え? どこどこ?」
「ほら、あそこですよ」
 確かに、ユカリの指さす方に大きな樹が見える。
「もしかしてあれが! 行ってみよう!」
「あら、ちょっと、待ってくださいまし〜」
 コウは駆け出した。その後をユカリが追いかける。

 二人は、大きな樹の下までやってきた。
 そこには、石の柱が立っていた。なにやら文字が刻み込まれている。
「まぁ、お墓ですねぇ」
 ユカリは、その石の柱を見上げて言った。
「お墓?」
「はい。そう思ったのですが、違うのでしょうか?」
 聞き返すユカリに、コウは首を振り、石の柱にふれた。
「いや、多分ユカリちゃんの言う通りだと思う。これが、1000年前の勇者フルサワの墓なんだ」
「まぁ、それは、よかったですねぇ」
 ポンと手を打って、ユカリは微笑んだ。
 その瞬間、石の柱が光を放った。

《続く》

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