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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
Sincerely〜素直になりたい〜

「え? あ、あたし?」
自分を指して聞き返すノゾミに、コウはうなずいた。
「うん。ノゾミさん、よかったら、一緒に来てくれないか?」
「でも……」
ノゾミは、自分の腰を見て、悲しげに目を伏せた。
今まで、常にそこにあった彼女の愛剣“スターク”は、今はメモリアルスポットとしての本来の姿である、異次元に通じる扉になっている。当然、彼女は今は丸腰の状態だった。
「剣がないあたしなんて……」
呟くノゾミの前に、黒塗りの鞘が差し出された。
「え?」
顔を上げたノゾミは、その鞘を持つ白い手の持ち主を見た。
「ユカリ?」
「よろしければ、これをお使いください」
ユカリは、にっこりと微笑みながら、ノゾミに剣を差し出した。普通の剣よりは短いものの、小剣よりは長い。
「これは、我がコシキ家に代々伝えられた刀で、銘を“黒南風”と申します。コウさんがお持ちになっている“白南風”と対になった刀ですのよ」
「でも……」
「ノゾミさんなら、安心してお預けする事が出来ますから」
ユカリはそう言うと、ノゾミの手にその剣を渡した。ノゾミはうなずき、その剣を腰に付けると、鞘を払ってみた。
「……普通の小剣よりは長いんだな」
「はい。小太刀、と申します。本来は、屋内や乱戦のただ中で使うために作られまして、そのために普通の刀よりは短くなっておると、お父さまが申しておりました」
ユカリが説明する。ノゾミはうなずいた。
「ありがと。借りて行くよ、ユカリ」
「ノゾミさん。これをお貸しする代わりに、一つだけ、御約束していただけませんか?」
「約束?」
「はい」
ユカリはにこっと笑った。
「コウさんを必ず、連れて帰ってくださると」
「ん、わかった」
ノゾミはうなずくと、コウに行った。
「それじゃ、行こうぜ、コウ」
それはまるで、今から剣の練習をしようか、とでもいうような調子だった。
ノゾミが前、コウが後ろという順番で、二人は道を進んでいた。
「あのさ、コウ」
不意にノゾミが口を開いた。
「え?」
「コウは、姫を助けたらどうするのさ?」
そう訊かれてコウは少し沈黙した。そして頭を掻く。
「考えてなかったな、そういえば」
「もしよかったら、だけどさ……。コウも騎士団に入らないか?」
そう言ってから、ノゾミはちらっとコウを伺った。
「姫を助けたっていう実績があればみんなも認めるだろうし、それに、もしなんだったら、あたしが推薦してやってもいいし」
「それも悪くはないけど……、でもやっぱりガラじゃないよ」
コウは笑っていった。
「そ、そうか。残念だな。あは、あはは」
そう笑ってから、ノゾミは俯いた。
(あたし、何を言ってるんだろう?)
「ノゾミさんは、騎士団に戻るんだろう?」
コウは何げなく言った。
「あたし? あたしは……」
ノゾミは、コウを見ないで呟いた。
「騎士を辞めようかなって思ってるんだ」
「え? どうして?」
「騎士よりもなりたいものを見つけたから……」
そう言ってから、慌てて口を押さえると、真っ赤になっておそるおそる振り返るノゾミ。
コウは首をひねっていた。
「ノゾミさんが騎士よりもなりたいもの? 騎士団長かな?」
「……この鈍感」
がっくりと肩を落とすノゾミ。
「え?」
「なんでもないよっ!」
そのまま、ノゾミはずんずんと先に進んで行こうとした。
その足がぴたりと停まる。
(何かがいる!)
知らず知らずのうちに、ノゾミは小太刀の柄に手をかけていた。
それに気づかないコウが、後ろからのんびりと声を掛けた。
「どうしたの?」
「来るぜ、コウ!」
そう言うや、ノゾミは小太刀を抜き放った。そして叫ぶ。
「出て来な! 隠れてるのは判ってるんだぜ」
「へへ、見つかっちまったぜ、おい」
「せっかく隠れてたのによぉ」
哄い声を上げながら、3人の巨人が現われた。
「番長の仲間か?」
「そうだったらどうするぅ? えぇ?」
「こうするんだよ! “大海嘯”!!」
ゴォッ
凄まじい勢いの津波が、巨人達に襲いかかった。
「わぁぁっ! 助けてくれぇぇぇ!」
「番長様に御報告だぁっ!」
「逃げろぉぉ」
慌てふためいて道を逃げていく巨人達を見送って、ノゾミは小太刀を鞘に納めた。
「ふん。他愛ない」
「さすが、すごいや」
パチパチと手を叩くコウに、ノゾミは照れたように頭を掻いた。
「よせって。半分はこの小太刀のおかげさ」
「へぇ」
感心して、コウはノゾミの持つ小太刀を見た。
ノゾミは、どうやらさっきの話題はどこかにすっ飛んで行ったようなので、ほっと安堵のため息をついた。
(でも、ちょっぴり残念なような気も……って、あたしは何を考えてるんだ?)
「ノゾミさん、どうしたの?」
いきなりその場で自分の頭をぽかぽか叩き始めたノゾミに、コウは驚いて声を掛けた。それでノゾミは我に帰ると、真っ赤になって慌てて答える。
「なっ、なんでもないって。さぁ、先に進もうぜ!」
「あ、うん……」
「ちょっと待て〜〜〜〜い」
低い声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。
「番長か!」
コウは、ノゾミの前に進み出ようとした。それを止めるノゾミ。
「ノゾミさん?」
「あたしにやらせてくれよ」
そう言うと、小太刀を抜くノゾミ。
番長は腕を組んで、ノゾミを見おろした。
「小娘ごときがこの俺と戦う気か? 失せろ。女に向ける拳は持ってねぇ」
「女だって馬鹿にするな! “大海嘯”!!」
技を放つノゾミ。津波が番長を飲み込む。
「やったか!」
と、その瞬間、不意に津波が凍りついたように動きを止め、次の瞬間砕け散った。
「なっ!?」
思わず絶句するノゾミを無視して、番長はコウに向かって言った。
「さぁ、勇者よ。その力を見せてみるがいい!」
「なめんなぁっ!!」
ノゾミは叫びながら、番長の前に飛びだしていた。
「ノゾミさん、危ない!」
叫ぶコウの声を聞き流し、番長の目の前で剣を構えるノゾミ。
「我はキラメキ騎士団白の部隊に属す、マイト国王陛下の忠実なる下僕にして王国に命を捧げし者、キヨカワ家第21代にしてキヨカワ流剣術を受けし者、名をノゾミ・キヨカワと申す! いざ、尋常に勝負!」
「ノゾミさん!」
コウの声が聞こえたが、ノゾミは無視した。
(ごめん、コウ。でもあたしは……、結局女であるよりも、騎士であることを選ぶよ……)
そのまま、地を蹴るノゾミ。
「いくぞ、番長!! “水竜破”!!」
「“袖龍”!!」
ノゾミの放った水の龍が、番長の袖から飛びだした蒼い光の龍にあっさりと噛み砕かれる。そして、そのままノゾミに迫る蒼い龍。
「そんなっ!」
「“気翔斬”!」
ザンッ
横合いからコウの放った一撃で、袖龍が真っ二つにされて消える。
「コウ!?」
「ごめん。でも……」
コウは、静かに言った。
「これは、俺の戦いなんだ」
「コウ……」
ノゾミは、首を振った。
「違うよ、コウ。あたし達の、戦いだ」
「ノゾミさん……。うん」
コウはうなずいた。その瞬間、コウの体が光に包まれる。
「コウ!?」
驚いて声を掛けたノゾミは、光の中から現れたコウを見て、目を丸くした。
「……コウ、なのか?」
「ああ」
黄金の鎧に身を包んだコウは、ぴっと親指を立てた。ノゾミは笑った。
「伝説の勇者らしくなったじゃないか。それじゃ、行くぜ!」
「ああ!」
コウもうなずいた。そして、二人は番長に向きなおった。
その時、二人には見えなかったが、番長はふっと笑みを浮かべていた。そして、その表情が引き締まる。
「さぁ、掛かってこい!」
「おう!」
コウが、ノゾミが地を蹴り、本当の戦いが始まった。
どれくらい、戦い続けているのだろうか。
コウもノゾミも、浅手とはいえ、全身にいくつも傷を負い、息も荒い。
二人とも、既に技の総てを出し尽くしていた。
「まだ、倒れねぇのか、よ」
「そう、みたいだ」
「ったく、頑丈な、化けもんだぜ」
そう呟き、ノゾミはがくりと膝を突いた。
「ノゾミ!」
叫ぶコウに、ノゾミは苦笑してみせた。
「ごめん。あたしはここまでみたいだ」
「そんな!」
駆け寄ろうとするコウに、ノゾミは言った。
「コウ、今のコウならできるはずだぜ。あたしが教えたあの技が」
「え? でも……」
「基本は教えただろ。あたしは水の力しか、使えないから、“海王波濤斬”しか使えない。でも、今のコウは、あれを使えるはずだぜ」
「……やってみる。手伝ってくれるよね?」
コウは剣を構え直した。その後ろで、ノゾミもよろよろと立ち上がる。
「ああ。行くぜ!!」
二人は、息を合わせて気を錬り始めた。それを見て、番長は服を脱ぎ捨てた。
「奥義を使う気だな。ならば、この俺様も、最終奥義をもって答えよう。はぁぁぁぁぁぁっ!!」
番長とコウ達の間で、気が渦巻く。
先に、番長が叫んだ。
「受けよ! 我が最終奥義、“バーン・オーラノヴァ”!!」
カァッ
番長の体が光り輝いた。かと思うと、その光が脹れ上がっていく。
「あれは!?」
「コウ! 気を散らすな!」
「お、おう!」
ノゾミの叱責を受け、コウは集中した。そして、気が頂点まで高まった。
二人の声が奇麗に重なる。
「受けよ! キヨカワ流最終奥義、“天王飛翔斬”!!」
コウの体が光を発した。そのまま、番長の放つ光の玉に向かって翔ぶ。
「うぉぉぉぉぉっっ!!」
コウは、全身に満ちていた気をそのまま叩きつけた。
その刹那、辺りを光の爆発が覆い尽くした。
「俺は……、死んだのか?」
光の中、コウは呟いた。
「勇者コウよ」
その耳に、番長の声が聞こえた。
「番長!?」
辺りを見回すが、総てが白い光に包まれ、何も見えない。
「どこだ、番長!」
コウの叫ぶ声に答えるように、彼の正面に番長の姿が現れた。
彼は静かに言った。
「俺の負けだ。これからはおまえが番長を名のるがいい。だが、忘れるな。俺を倒せたのは、おまえ一人の力ではないことをな」
「……わかってるさ」
コウはうなずいた。
番長は笑った。
「あばよ。彼女と幸せにな」
そして、番長の体が光に包まれ、コウは眩しさのあまり目を閉じた。
「……ウ! コウ!」
「……ん」
コウはゆっくりと目を開けた。
「ノゾミ……さん?」
「コウ! 気がついた!?」
「う、うん」
「よかった……」
ノゾミは呟いた。コウは身を起こしながら、ノゾミの瞳が潤んでいるのに気がついた。
「ノゾミさん、泣いてるの?」
「ば、馬鹿! ごみが目に入っただけだって」
慌てて目を拭いながら、ノゾミは言った。
コウは辺りを見回した。道を歩いていたはずなのに、そこは見渡す限りの草原だった。
「ここは?」
「わかんないんだけど……。コウが番長に向けて“天王飛翔斬”を撃って、爆発して……。気がついたら、あたしもコウもここに倒れてたんだ」
そう言って、ノゾミも辺りを見回した。
「番長の奴、どうなったんだ?」
「……あいつはもう現れないよ」
コウは言った。そして、ふと目を細めた。
「あの樹……。まさか!」
「え? あ、もしかして、あれが“伝説の樹”?」
ノゾミも声を上げた。
二人の見ている方向に、巨大な樹があった。高さがどれくらいか見当もつかない巨木。
「行ってみよう!」
「うん」
二人は駆け出した。
巨木の根元に辿り着いた二人を迎えたのは、大きな一枚岩だった。まるで記念碑かなにかのように立てられたその岩の表面には、文字が彫りつけてある。
「これは……」
コウは呟き、手を伸ばした。
ノゾミが訊ねる。
「もしかして、これが勇者の……?」
「ああ」
うなずくコウ
「これが1000年前の勇者フルサワの墓だよ。きっと」
「それじゃ、ここに聖剣が眠ってる……?」
震える声で、ノゾミは聞き返した。コウはうなずき、そっと岩に触れた。
その瞬間、岩が閃光を発した。
《続く》

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