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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
It's my rule

「あたしぃ?」
ユウコは聞き返した。コウはうなずく。
「ああ。ユウコさんなら……」
「超嬉しい!」
コウが理由を言うよりも早く、ユウコはコウに飛びついていた。
「やっぱ、コウはあたしを選んでくれたんだぁ」
「あの、だから、ちょっと待ってってば」
「こら! コウさんが困ってるじゃないの」
バシン
ミラがユウコの頭を鉄扇で叩いた。ユウコはコウの腕をしっかりかかえ込んで、ミラにあっかんべぇと舌を出す。
「コウはあたしを選んでくれたんだもんねぇ〜だ。オバンは引っ込んでていーの」
「何ですって!」
にらみ合う二人を見て、ミオはコウに言った。
「早く出発した方がいいですよ」
「……そうだね」
うなずくと、コウはユウコに言った。
「ユウコさん、行くよ」
「あん、ちょっと待ってよ! ミラ、決着は帰ってきてからつけるかんね! 首洗って待っててよ!」
「望むところですわ。ちゃんとコウさんを連れて帰ってきなさいね。それまでは、しゃくだけど、コウさんはあなたに預けてさしあげますわ。おっほっほっほ」
ミラは、二人が扉の向こうに消えるまで高笑いを続けていたが、その姿が見えなくなると、肩を竦めてその場に座りこんだ。
「それじゃ、待ちましょうか」
「なんだかんだ言って、信用してるんですね」
サキが言うと、ミラは艶やかに笑った。
「当然じゃない。このわたくしが、ライバルと認めたんですからね」
「ねぇねぇ、コウ!」
コウテイに続く道を歩く二人。
休みなくユウコが話しかけてくる。
「コウはさぁ、魔王を倒しちゃったらどうするの? って、キラメキに帰るのかぁ。あたしはどうしよっかなぁ。スライダの街に行って、カッちゃんの宿屋を手伝うってのも手だよね。それに、あそこだったら一年中夏だから、ずっと泳いでられるしさぁ」
そこで一旦言葉を切ると、ユウコはコウの顔を覗き込んだ。
「どしたん? ちょっち暗いぞ」
コウは苦笑した。
「いいなぁ、ユウコさんは。何も怖いものないって感じでさ」
「……そう見える?」
不意にユウコの声のトーンが落ちた。
「ユウコさん?」
「コウのウルバカ。あたしだって不安なんだよ」
ユウコは、自分の肩を抱くようにして、立ち止まった。
「ユウコ?」
「みんなの前じゃ、いつも精一杯強がってるけど……。でも、あたしだって、泣きたいことだってある。どうしようもなく不安で、震えることだってあるんだよ」
そう言うと、ユウコはその場にしゃがみこんだ。
コウは、その肩に手をかけた。
「ごめん。俺、ユウコさんの気持ちも考えずに……」
「だったらさ……」
不意にユウコは顔を上げた。そして目を閉じる。
「キスして」
「……は?」
思わず固まるコウ。
ユウコは目を閉じたまま、言った。
「女の子に恥じかかせる気? それに、ここなら誰も見てないんだよ」
「う、うん」
コウはうなずくと、ユウコの両肩に手を置いた。ピクンと震えるユウコ。
そのまま、コウはそっと、ユウコの唇に自分の唇を重ねようとした。
「ひゅーひゅー、見せつけてくれるぜ」
「まったくだぜ。なぁ」
「な!」
驚いて声の方を見るコウ。
そこには、道を塞ぐように座りこんだ3人の巨人がいた。二人を見て、にたにたと笑っている。
「超むかぁ! どうしてそこで声かけるのよぉ。もう、超さいてぇ」
と、こちらは全然驚いた様子のないユウコ。どうやら彼らがいることに気づいてはいたが、無視していたようだ。
ともあれ、ラブシーンを邪魔されて、ユウコはむっとしていた。つかつかと巨人達の前まで行くと腰に手を当ててにらみつける。
「あたしがここまでこぎつけるのにどれくらい苦労したと思ってんの!? コウは超シャイなんだから、それなりの段取りがいるってのに! もう超MM!」
「?」
さすがにまくしたてるユウコの言葉に着いていけなくなったらしく、巨人達は顔を見合わせた。
その隙を見逃すユウコではない。懐から玉をつかみ出すと、地面に叩き付けた。
ボム
たちまち、もうもうと煙が上がる。
「な、なんだ!?」
「何も見えねぇ……ぐぇぇ」
「げぼぉ」
煙の外にいるコウには、何が起こっているのか全然判らなかったが、巨人達の悲鳴しか聞こえてこないので、しばらく静観する事にした。
「ち、畜生! ひ、引けぇ!」
「番長様にお知らせしろぉ!」
「に、逃げろぉ!」
やがて、ばたばたと煙をついて、巨人達が飛びだしてくると、コウに気づいてぎょっと立ち止まる。
コウは苦笑して指さした。
「お帰りはあちら、だよ」
「あ、ども」
そう言って、慌てて逆の方向に駆け去って行く巨人達。
コウはそれを見送ってから、煙の中に声を掛けた。
「もういいよ」
「あ、そう?」
その声と共に、いきなり煙がすぅっと消えて、後にはユウコがにこっと笑って、ポーズを決めていた。
「負けないもん!」
思わずパチパチと手を叩いてしまうコウだった。
ユウコは照れたように頭を掻いた。
「なんか、超恥ずかしいって感じ。んもう、行こ!」
「あ、うん」
さっさと歩きだすユウコを、コウは慌てて追いかけた。
さくさくと歩いていたユウコが不意に立ち止まったのは、それからしばらくしてからだった。
「あれ? どうしたの?」
それに気づいて訊ねるコウに、ユウコは緊張した口調で答える。
「なんか、やばい感じ」
忍者の彼女には、危機を感じとる第六感とでもいうものが備わっている。それを知っているコウも緊張して聞き返した。
「ユウコさん?」
「……うん」
ユウコは身を伏せて、地面に耳をつけていた。彼女は遠くの足音もこうして聞き取る事が出来るのだ。
しかし、不意に彼女はまるでバネのように跳ね起きると、正面を睨みつけた。
「ちょっと、いきなりなんて超反則って感じ!」
「え?」
「ふっふっふっふっふ」
低い笑い声が響いた。コウははっとして、そちらに視線を向けた。
「番長か!?」
「いかにも」
その声と共に、番長が暗闇の中からその姿を現した。
コウは、さっとユウコの前に進み出ると、剣を抜き放った。
「ちょ、ちょっとコウ?」
「下がってて、ユウコさん」
そう言うと、コウは剣を構えた。
番長は余裕という感じで腕を組んだ。
「ほう、まだ懲りないか?」
「今度こそ、負けないぞ!」
コウは叫ぶと、飛びかかろうとした。その刹那、番長の眼が妖しく光る。
「“超眼力”!!」
キィン
番長の眼から伸びる光がコウを打つ。
「コウ!」
思わずユウコが叫ぶ。その眼前で、コウは光線に貫かれた……かに見えた。
しかし、一瞬早く、コウの体が光を放ち、その光線を飲み込んだ。
「何々? どうしたの?」
目を細めながら、ユウコは叫ぶ。
と、その光が薄れ、そして彼女は思わず息を呑んだ。
コウの体が、黄金の輝きを放つ鎧に覆われていたのだ。
「わぁ! なんか超カッコイイじゃん!」
「もう超眼力は効かないぜ! 番長、負けるわけにはいかない!!」
コウは剣を向け、言い放った。
「こしゃくな!」
番長は組んでいた腕を解くと、振り上げた。
その腕に光が集まり、そして青い龍の姿を取る。
「“袖龍”!!」
ゴォォォ
すごい勢いで、コウに襲いかかる龍。
「くぅっ!」
とっさにコウは防御の姿勢を取る。その姿が龍に覆い隠され、見えなくなった。
「コウ!」
ユウコは思わず叫んで、腰に手を当ててはっとする。
(あ、そっか……。“桜花”も“菊花”もないんだ……)
ユウコの愛刀である一対の小剣“桜花・菊花”は、今はメモリアルスポットとしての本来の姿である、異世界に続く扉に戻っている。
荒れ狂っていた龍が、コウを開放してその姿を消した。
「コウ!!」
ユウコは駆け寄った。駆け寄りつつも懐に手を入れて、顔を顰める。
(あっちゃぁ、さっきの煙玉で、手持ちの武器、全部使っちゃったかぁ……)
「だ、大丈夫……」
そう答えつつ、コウはよろよろと立ち上がる。が、バランスを崩して倒れかかる。それを支えて、ユウコは怒鳴りつけた。
「大丈夫じゃないじゃん! もう、無茶しないでよ!」
「だけどさ……、俺がやらないと……」
「……」
ユウコは黙って、コウの黒い瞳を見つめた。そして、そこに浮かぶ決意を見てとると、一つうなずく。
「ん、わかった。んじゃさ、あたしがあいつの気を引くからさ、その隙に、ちゃちゃっとやっちゃってよ」
「え?」
コウが聞き返そうとしたときには、もうユウコは飛びだしていた。
(武器もないし……。まぁ、いっかぁ)
そのまま番長の前に飛びだすと、ユウコは叫んだ。
「ねぇねぇ、聞いて聞いてぇ!」
「なんだなんだ?」
突然目の前に飛びだしてくるや、馴れ馴れしく話しかけてきたユウコに、一瞬番長は気を取られた。
ユウコが叫ぶ。
「コウ! 今よ!!」
「うぉぉっ!! “気翔斬”!!」
ザシュゥン
衝撃波が、さっとよけたユウコの影から飛来し、番長の服を切り裂いた。
「むぅ!?」
「それでさぁ、ねぇ!」
なおも話しかけるユウコに、番長はさっと手を振る。
「“金茶小鷹”!!」
「え? きゃぁぁ!!」
ユウコに、金色の鷹が無数に襲いかかる。
「ユウコさん!!」
思わず叫ぶコウの目の前で、ユウコは全身を光の鷹に貫かれ、その場に倒れた。
「ユウコ!」
叫んで駆け寄ると、コウはユウコを抱き起こした。
「へへ。ドジっちゃった。超ださぁ……ゴホゴホッ」
ユウコはぺろっと舌を出して、そして咳き込む。
「しゃべらないで」
コウは、その額に張りついた前髪をそっと漉いた。その手を握るユウコ。
「コウ……。初めてだね」
「え?」
「ユウコって……呼び捨てにしてくれたの」
「あ、ごめん」
頭を掻くコウ。ユウコは首を振った。
「ううん……。嬉しかった。コウ……勝ってね」
「ユウコ……?」
「あり……がと」
ユウコの体から、がくりと力が抜けた。
「ユウコ? おい、冗談はやめろよ、こんな時に……」
コウはユウコの体をゆすった。そして、その胸に顔を埋めた。
「そんなのってあるかよ……。そんなにあっさり逝くなんて……、そんなのって、あるかよ……」
ユウコの体から、急速に温もりが失われていく。
コウは、絶叫した。
「そんなのって、あるかよぉーっ!!」
コウはユウコの体を丁寧に地面に横たえた。そして、立ち上がる。
「番長、俺はおまえを倒す!!」
「ほう。しかし、憎しみだけでは俺は倒せないぞ」
「うるさい!」
叫ぶや、コウは地を蹴った。そのまま剣を振り下ろす。
ザクッ
剣が地面に突き刺さる。番長は、コウの攻撃を見切ってかわしたのだ。
「畜生!」
叫んで、さらに剣を振り回そうとしたコウに、笑いを含んだユウコの声が聞こえた。
「あにやってんだかぁ。コウってば、肩に力が入りすぎよぉ。もっと楽にしなくっちゃ。ね?」
「ユウコ?」
思わず振り返るが、ユウコの体はコウが横たえたままになっている。
声だけが、まるで耳元で囁いているかのように聞こえてくる。
「ほら、よそ見しないで。仕掛けてくるよ」
「!」
「“金茶小鷹”!!」
番長が光の鷹を無数に放つ。
身を硬くするコウの耳元で、ユウコの声が囁く。
「大丈夫。先頭の鷹の動きに注意すれば、後の鷹はかわせるわ。それに、あの技を打った直後の番長は、無防備よ!」
コウはうなずくと、地を蹴った。みずから鷹に突っ込んでいく。
「うぉぉぉ! “気翔斬”!!」
ブゥン
衝撃波が先頭の鷹を襲い、粉々にくだく。そして、その間隙をコウが駆け抜けた。そのまま一気に突っ込みつつ、剣を右手一本で持ち、左手で小剣“白南風”を抜く。
「そう。そのまま!」
「おう!!」
ユウコの声に答えつつ、コウは剣を振るった。
「“翔龍斬”!」
白銀の光が飛び、番長の胸に吸い込まれる。それは、コウが放った小剣の一撃。
その脇を駆け抜けたコウが、振り向きざまに剣を一閃する。
「“気翔斬”!」
衝撃波を受けて、番長がゆっくりと倒れる。
そよそよと、草原を風が吹きぬけて行く。
いつもの革鎧の姿にもどったコウは、眠るように横たわるユウコの脇にかがみ込んだ。そして、冷たくなった頬に手を触れて、そっと語りかける。
「勝ったよ、ユウコ……。ありがとう」
そのとき、不意にユウコがぱっちりと目を開けた。
「うわぁぁぁっ!」
思わずそう叫んで仰け反るコウに、ユウコはえへへと笑ってみせると、バネのように飛び起きた。
「ユ、ユ、ユウコさん!?」
「へっへー、騙されたっしょ?」
ぺろっと舌を出すと、ユウコはぴっとVサインをしてみせた。
「これぞアサヒナ流忍術究極奥義、仮死の術ってね!」
最初、唖然ととしていたコウだったが、事情を飲み込むと、むっとした顔になる。
「騙したんだな? 俺を!」
「ごめんごめん。でもさ、それで勝てたんだからいいじゃん」
「でも、俺本気で……」
「本気で……、なに?」
ユウコはコウの顔を覗き込んだ。慌てて顔を拭うコウ。
「な、なんでもないっ!」
「ま、いっか。それよかさ、あれじゃないの? “伝説の樹”ってさ」
ユウコは向こうの方に見える巨木を指した。
ユウコが、巨木のたもとで手招きをしている。
「ほらほら、はやく! コウってばぁ!」
「ユウコさんが早過ぎるんだよ!」
駆け寄りながらコウは言った。
「コウが遅過ぎるっしょ! それよかさぁ、これこれ!」
ユウコは、彼女の横にある石柱をポンポンと叩いた。
「1000年前の勇者の墓って、これじゃないの?」
「!」
コウはその柱を見上げ、そして呟く。
「これが……。それじゃ、ここに聖剣が眠ってるのか……?」
そのとき、その言葉に答えるかのごとく、石柱が輝いた。
《続く》

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