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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その 水の都へ...

 コウはもう一度、繰り返した。
「俺と一緒に、行って欲しいんだ。ミラさんに」
「私?」
 一瞬、虚を衝かれたように聞き返したミラだったが、すぐに口元に手を当てて笑った。
「おっほっほ。まぁ、私を選んでしまうのは当然というものね」
「どこが当然なんだか! コウ、ちょっと正気ぃ?」
 ユウコが猛然とくってかかる。
「こんなオバサン連れて行くなんてさぁ、超ダサァ! もう超信じらんない!」
「今更何を言っても無駄ですわよ。コウさんは、この私を選んだんですからね」
 “私”を思い切り強調して、ミラはユウコの頭を鉄扇でポンポンと叩く。
 思い切り不機嫌な顔で、ユウコはそれを乱暴に払いのけた。
「うっさいわね!」
「お二人とも、このような争いで、時間を、無駄に、消費するのは、大変もったいないことと、存じますが」
 見かねたのか、ユカリが割って入った。ユウコは頭を掻きむしる。
「そのの〜んびりしたしゃべり方の方が、よっぽど時間の無駄っしょ!」
「あら、まぁ、そうなのですか? それは、申し訳ありません」
 深々と頭を下げるユカリに、完全に毒気を抜かれた格好のユウコは、ひらひらと手を振った。
「あ〜、もうわかったわよぉ。ミラ! さっさと行って、さっさと帰ってきなさいよ!!」
「おっほっほ。まぁ、心の片隅にでも止めておいてさしあげますわ」
 扇で口元を隠しながら笑うミラに、また血圧を上昇させるユウコ。その背中をぽんと叩きながら、サキが呟く。
「大いなる神よ、かの者の心にやすらぎを与えたまえ」
「あによぉ。あたしはそんなに興奮してないわよ」
 振り返って口を尖らせながら、ユウコはサキに言う。
「そう? ならいいけど」
 にこっと微笑してウィンクするサキに、ユウコは完全に毒気を抜かれたように肩をすくめた。
 サキはコウに向きなおって言う。
「がんばってね、コウくん!」
「ああ。それじゃ、ミラさん」
「よろしくてよ」
 コウの声にうなずき、ミラは鉄扇をパタリと閉じた。

「ここが、異世界に続く道?」
「うん」
 返事を受けて、ミラは周囲をクルリと見回した。そして、扇で口元を隠しながら言う。
「美的センスのかけらもないところですわね。私のような美貌には相応しい場所ではなくてよ。さっさと参りましょう」
 コウは苦笑した。
 たしかに、灰色の道の左右を暗闇に閉ざされたこの空間は、いてもあまり気持ちよいものではない。
 ちなみに、道から逸れるとどうなるのか、コウは考えない事にしていた。ミオに道から逸れないように、と注意された事もある。
 彼女はコウから道の様子を聞いて、即座に言ったのだ。
『道から逸れてはいけませんよ。いったん逸れたら、もう戻れなくなるかもしれませんから。危険は冒さないにこしたことはありません』
(まぁ、やらなくてもいい事はやらないにこしたことないもんな、うん)
 と、不意にミラが振り返った。
「ミラさん?」
「コウさん、一つだけ、聞いてもよろしいかしら?」
「何を?」
「……やっぱり、いいわ」
 ミラは首を振り、笑みを浮かべた。
「ほら、急ぐわよ」
「え? でも……」
 コウは口ごもったが、決心したように一つうなずくと、言った。
「それじゃ、俺の方から一つ、いいかな?」
「なにかしら?」
 聞き返すミラに、コウは訊ねた。
「どうして、ミラさんは俺と一緒に来てくれたの? 弟のみんなを置いてまで……」
「え?」
 ミラは一瞬、トキメキ国で彼女の帰りを待っている6人の弟たちの顔を思い浮かべた。そして、頭を振った。
「どうして、そんなことを?」
「いや……」
 コウは頭を掻いた。
「その、なんて言うかさ、ミラさんみたいな美人なら、その気になればいくらでも男なんているんじゃないかな、とか思ってさ」
「まぁ、ね」
 ミラはクスリと微笑んだ。そして髪を掻き上げる。
「確かに、この美貌に惹かれて寄ってくる殿方は、五万とおりましてよ。でもね」
「でも?」
 聞き返そうとしたコウの声にかぶさるように、下卑た笑い声が聞こえてきた。
「へっへっへっ。来たぜ、ガキどもが」
「お、美人のナオンちゃんをつれてやがるぜ」
「おう、そのナオンちゃんを置いていけば、生命は助けてやるぜぇ」
 二人の前の方に、道を塞ぐように3人の巨人達が座りこんでいた。
 ミラはさも軽蔑したように鼻を鳴らした。
「ふん、卑しい物言いに相応しい、貧弱な下衆ですわね」
「あんだと、このアマ!」
「せっかく、女だから見のがしてやろうとおもってたのによぉ」
「言いたい事は、それだけ?」
 そう言いながら、ミラはすっと前に進み出た。そして、鉄扇を腰に挿み、その代わりに、その横にぶら下げていた鞭を握る。
「ミラさん、俺が……」
「ここは私にお任せくださいませんこと?」
 振り向いて、ミラは艶やかに微笑んだ。そして、ピシリと鞭を振り下ろす。
「さぁ、いらっしゃい!」
「なめるなぁ!」
「女だからって手加減しねぇぜ!」
 口々に罵り声を上げながら巨人達が立ち上がり、近寄ってくる。
 そして……。
「おとといいらっしゃい!」
 ピシッ。パシッ。
「お、覚えてろぉぉ!」
「ひぃー! 助けてくれぇ!! 番長様ぁ〜〜!」
「女王様、もっと、もっとぉ!」
「バ、バカ野郎! 行くぞ!!」
 逃げていく3人の巨人(若干一人、物足りなさそうな奴もいたが)を見送って、ミラはふんと鼻を鳴らした。
「また、私のとりこがひとり……。美しさは罪ね」
「いやぁ、さすが」
 思わず拍手してしまうコウだった。その拍手の音に、ミラは鞭をくるくると巻きながら、振り向いた。
「もしなんでしたら、コウさんもいかが?」
「わぁ遠慮します!」
 慌てて手を振るコウに、ミラはこっそり安堵のため息をついた。
(よかった。コウさんに変な癖がなくて)
「そ、それじゃ、行こうか」
 コウはそう言って歩きだした。
 その背中に、ミラは心の中で呟いた。
(コウさん、あなただけでしたわ。私のすべてを知って、それを承知の上で手を差し伸べてくれたのは……。
 あなたがいなければ、まだ私は……。
 きっと、まだ脅えていたのでしょうね。自分の過去に……)
「来たか」
 不意に低い声が響き、コウ達は足を止めて身構えた。
「コウさん、あの声が、その番長とやらですの?」
「ああ」
 ミラの言葉に、コウは頷いた。
 闇の中から抜け出してきたように、漆黒の服を纏った番長がそこにいた。腕を組んで、二人をねめつけている。
 コウは剣を抜いた。そして一歩前に出ると、叫ぶ。
「番長! 今度こそ負けない、勝負だ!!」
「小賢しい! もう一度冥土に送り直してくれるわ。“超眼力”!!」
 カァッ
 番長の眼から放たれた光がコウを包む。
「コウ!」
 思わずミラは叫んで駆け寄ろうとした。
 その刹那、コウの体が閃光を放った。
「きゃ! な、なに!?」
 ミラはとっさに目を細め、そして手をかざしてコウの方を見る。
 ゆっくりと光が収束していき、そしてその後には……。
「超眼力は見切ったぜ! 番長、負けるわけにはいかないっ!!」
 黄金の鎧を纏ったコウが、叫ぶ。
 番長は組んでいた腕を解いた。
「ユーリの授けし力か。余計な事を……。だが!」
 クワァッ!
 番長は目を見開いて叫ぶ。
「その力とて、勇者よ、貴様が使いこなせなければ所詮は付け焼き刃! 真にその力を使いこなせなければ、この俺を倒す事は、出来ぬ!!」
「真に……使いこなす……だと?」
 眉をひそめるコウに、番長は大きく腕を振る。
「受けよ! “袖龍”!!」
 カァッ
 番長の袖から打ちだされた青い龍が、大きく口を開きながら迫る。
「なぁっ!!」
 とっさに、コウは防御する。そのコウを龍が飲み込む。
「コウ!」
 ミラが駆け寄る。
 青い光の龍がすぅっと消えて、血まみれになったコウが、ゆっくりと倒れる。
 その体を、ミラは屈み込んで、抱き上げた。
「コウ! コウ! しっかりして!」
 叫びながら、腕輪をかざそうとして、ミラははっとする。
 その右腕に付けられていたメモリアルスポットの一つである腕輪は、今はその本来の姿である扉に戻ってしまっている。元々僧侶でも何でもないミラは、その腕輪がないと、治癒の術は使えないのだ。
「……コウ」
 ミラはコウを抱きしめた。その紫色の瞳から、涙が一筋流れ落ちる。
「……!」
 そのミラの頬を、コウの手がなぞり、涙をすくった。
「ミラさん……。笑ってよ……」
「コウ……」
「俺……、ミラさんには笑っていて欲しい。そうでないと……。ミラさんの涙って……、俺には哀しすぎるよ……」
 そう言うと、コウは微笑んだ。そして、ミラの腕の中から身を起こす。
「コウ! 無茶よ!!」
「かもしれないけど……。でも、番長を倒さなきゃ」
 コウは体を起こし、そして剣を構えた。
 ミラは叫んだ。
「やめて! もう、もういいわ!!」
「ミラ……」
「もう、たくさんよ! みんな、みんないなくなってしまう! 誰も戻ってきてくれない! 待ちつづけるのは、もういやよ!!」
 ミラの心の中に、一人の少女がいた。それは幼い頃の自分。
 ある日突然、両親とも離ればなれにされて、そして暗殺者として訓練を受けて、人間らしい感情をすべて奪い取られ、人を殺す道具として育てられた彼女。
 その心の奥底に隠されてきた、それは感情だった。
 ……寂しい、という……。
「コウ、私を……一人にしないで……」
 そのまま、ミラはその場にくずおれた。
 その肩がふわりと抱きしめられる。
「……もう、泣かないで。大丈夫。俺は何処にも行かない。ずっと、側にいる」
「……コウ?」
「ありがとう」
 そう言うと、コウは立ち上がった。
 その姿を見上げ、ミラはふと思った。
(初めて……ね。あなたを見上げたのは……)
 その瞬間、コウは地を蹴った。
「番長!」
「おう、来い!!」
 番長は腕を高く上げた。
「“袖龍天舞”!!」
 その両腕から、2匹の龍が飛びだしてくる。
 コウは我知らず叫んでいた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
 その身に纏った黄金の鎧が光を放つ。そして、コウは剣を振るった。
「“気翔斬”!!」
 ブゥン
 蜂の羽音にも似た音を立てて、衝撃波が飛んだ。その衝撃波が、1匹の龍を引き割くが、その間にもう1匹がコウに襲いかかる。
「コウ!」
 ミラが叫んだその瞬間、コウは更に剣を振るった。
「“光破斬”!」
 コウが身に纏っていた光が、剣を通して放たれた。その光線が龍を貫き、龍は地面にたたき落とされ消滅する。
(ぶっつけ本番の割りにはうまく行ったぜ)
 心の中でそう呟きながら、コウは改めて剣を番長に向けた。
「ケリをつけるぜ、番長! 俺は負けるわけにはいかねぇんだ!!」
「ならば、俺も究極奥義をもって応えよう!」
 番長は叫ぶと、黒い服を脱ぎ捨てた。そして、気を溜め始める。
 コウは腰を落として、剣を構えた。そしてこちらも気を溜める。
 周囲の空気が渦を巻く。
 先に、番長が右腕を高く掲げて叫んだ。
「“バーン・オーラ・ノヴァ”!!」
 ズズズズズズズ
 番長の体を光が覆い包み、そしてその光が脹れ上がっていく。
 その光に包まれかけた、まさにその瞬間、コウは地を蹴った。そして地面に向けて技を放つ。
「“気翔斬”!」
 ドォン
 地面に突き刺さった衝撃波。その爆発を受けて、コウの体は空高く舞い上がった。その下を、光が通りぬけていく。
「そこだぁ!」
 コウは空中からさらに技を放った。
「うぉぉぉ! “気翔斬”!」
 その一撃が、技を放って無防備だった番長に炸裂する……。
 バサリ
 番長の帽子が、地面に落ちた。
「コウ!」
 着地して、荒い息をつきながらも立ち上がったコウに、ミラが駆け寄ってきた。
「ミラさん」
 コウは顔を上げて、笑ってみせた。
「約束通り、勝ったよ」
「……莫迦ね」
 ミラは、にこっと笑いながら言った。
「そうだね……。おっと」
「あっ」
 よろめいたコウの肩を支えるミラ。
 二人の視線が絡み合い、そして二人はお互いの顔に微笑みを見た。
 そして、世界が白く染まっていく。
「あれ? ここは?」
 コウは辺りを見回し、そしてはっと気づいて自分の格好を再確認する。
「……もとに戻ってる……。そうだ、ミラさん! どこ!?」
「何を叫んでいるの? 私はここにいますわ」
「わぁ!」
 後ろから声を掛けられて、コウは驚いて振り返った。その驚きように、ミラはくすっと笑い、そして辺りを見回した。
 二人の周りは、見渡す限りの草原。
 爽やかな風が、二人の髪をなでていく。
「ここが、コウテイなの?」
「多分……」
 不意にコウは小さく叫んだ。
「あれ!」
「え?」
 その声に、ミラはコウの指さす方を見た。そこには、巨大な樹が見える。
「あれが……、“伝説の樹”?」
「多分ね。……行こう!」
 コウの声に、ミラはうなずいた。
 サヤサヤサヤ
 風に梢が揺れる。
 二人は、それを見上げ、そして、視線を樹の根本に立つ石板に落とした。
 その表面には文字が刻まれている。多分古代語であろうその文字を読む事は出来なかったものの、二人には、何と刻まれているかわかっていた。
「これが、1000年前の伝説の勇者の墓……」
「そして、聖剣の眠る地でもある……」
 二人はうなずき合った。
 コウは、ゆっくりと手を伸ばし、石板に触れた。
 その瞬間、石板が光り輝いた。

《続く》

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