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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その 内気な眠り姫

「……!!」
 メグミは、コウに言われた瞬間、さぁっと赤くなった。そのまま、頬を両手で押さえて俯く。
「あ、あの……、私……ですか?」
「そう。メグミちゃんに来て欲しいんだけど……」
「そ、そうですか……。でも、私……」
「ダメかな?」
 聞き返すコウに、慌てて首を振ると、メグミは皆の顔を見回した。
「でも、私でいいんですか? もっと他の人でも……」
「メグちゃん、行ってきなさいよぉ」
 ミハルがにこにこ笑いながら、メグミの背中をトンと叩いた。
「ミハルちゃん……」
 ミオは、静かに言った。
「シオリ姫にも言われたのでしょう? ためらったらだめ、と」
「あ、はい……。だけど、私……」
「頑張って!」
 サキが笑顔で、メグミの肩を押した。そして言う。
「コウさんのこと、お願いね」
「……はい、やってみます」
 メグミは、きゅっと唇を引き結び、うなずいた。

 二人が消えた扉の前で、ミハルは呟いた。
「あ〜あ、行っちゃった」
「ミハル、実はちょっと悔しかったっしょ?」
 ユウコが悪戯っぽく笑いながら、ミハルの頭をこづく。
「いたた。もう、ユウコちゃんだって悔しいくせに!」
 唇を尖らせてユウコを睨むミハル。ユウコは笑った。
「まぁ、そうともいうけどね。でもさ、まだまだ先は長いっしょ? 次は絶対、あたしがコウと一緒になるんだもんね」
「あ〜、ずるい! 違うもん! 次はユミと一緒なんだもん!」
「へっへーんだ。譲ってなんてあげないもーん」
 たちまち騒ぎ始めたユウコとユミを見て、ミハルはくすっと笑った。
(そうよね。まだ決まったわけじゃないんだもんね!)
「メグミちゃん」
「あ、はい、何ですか?」
 コウの声に、メグミはびくっとして顔を上げた。
「無理矢理誘っちゃったみたいで、ごめんね」
「そ、そんなことないです。私……」
 嬉しかった、と言いかけて、メグミは口を噤んだ。そのまま俯く。
(やっぱりだめ……、私は……。コウさんには……シオリちゃんがいるんだもの)
 コウは、俯いたままのメグミの頭をそっと撫でた。
「きゃ! コ、コウさん?」
「ごめん。驚かしちゃった?」
「あ、いいえ」
 そう言って、メグミはまた俯いた。その頬は言うまでもなく、長い耳の先まで真っ赤に染まっている。
(ど、どうしよう……。胸のドキドキがとまらない……)
「メグミちゃん、そのままでいいから聞いて欲しいんだ」
 コウは言った。
「……あ、はい……」
「今まで、随分辛い目に遭ったよね。俺が不甲斐なかったばっかりに……」
「いえ、そんなこと……」
 メグミは首を振った。
 コウは、視線を前に向けた。
「ずっと、謝りたかったんだ」
「……え?」
「メグミちゃんの気持ち、ずっと前から知ってたんだ、俺」
 ボン
 そんな音がしたかと思うほど、メグミは更に真っ赤になった。
「あ、あの、あのっ……」
「メグミちゃんに命を助けてもらった事があったよね。その時、ヨシオが教えてくれたんだ」
 そう言って、コウは振り返った。
「でも、あの時俺は、メグミちゃんを傷つけてしまった。だから、ずっと謝りたかった。ごめん、メグミちゃん」
「……もう、いいんです。そんなことは」
 メグミは小声で言った。そして、顔を上げる。
 そのはしばみ色の瞳に、コウの顔が映っている。
「ただ、一言だけ、言ってくれますか?」
「え?」
「……メグミ……って、呼んでください」
 それだけ言うと、メグミは俯いた。
 その仕種に、コウの胸がどきりと高鳴った。
(かわいい……。でも、それだけじゃない……。そう、俺は……)
「……あ、あの、ごめんなさい。やっぱり……」
 メグミはふるふると首を振った。そして、弱々しく微笑んだ。
「やっぱり、いいです……」
「……メグ……」
「おうおう、見せつけてくれるじゃねぇかよぉ」
 いきなり濁声が聞こえ、驚いたメグミは「きゃ」と悲鳴を上げてコウの後ろに隠れた。
「誰だ!?」
 コウは叫びながら、声のした前方をすかしてみる。
 道の真ん中に、3人の巨人が座りこんでいた。いずれも品のなさそうな顔に、にやにや笑いを浮かべている。
 そいつらが、番長のに似た黒っぽい服を着ているのに気づいたコウは、剣の柄に手を置きながら訊ねた。
「番長の仲間か!?」
「へっへっへっ。だったらどうするぅ?」
「大人しくその可愛い娘を置いて逃げるんなら、見逃してやってもいいんだぜぇ」
 その声に、メグミはますますコウの背中の後ろで縮こまった。
 コウは剣を抜き放った。
「誰が!」
「お、逆らおうってのかぁ?」
「畳んじまえ!」
 巨人達が足を踏み鳴らし、コウ達に迫る。
「きゃっ!」
「下がってて!」
 悲鳴を上げるメグミに短く言うと、コウは逆に巨人達に向かって駆け出した。
「“気翔斬”!!」
「うわぁっ!」
 戦闘の巨人の胸に衝撃波が突き刺さり、大きく仰け反る。
 その巨人を蹴り倒し、コウはさらに右の巨人に剣を斬りつけた。
「ぎゃぁぁ!」
 悲鳴を上げる巨人。
「番長様に御報告だ!」
「お、覚えてろ!」
 3人の巨人達が口々に叫びながら駆け去っていく。それを見送ってから、コウは剣を納めて、メグミに駆け寄った。
「メグミちゃん、大丈夫だった?」
「あ、はい……」
 メグミはうなずくと、巨人の返り血を浴びたコウの姿を見て、悲しそうな表情をした。
「メグミちゃん?」
「……ご、ごめんなさい」
 慌てて謝ると、メグミは微笑みを浮かべた。その微笑みがぎこちないのを見て、コウは前に向き直った。
「とにかく、先に進もう」
「は、はい……」
 道を進む二人だが、その間にはギクシャクした空気が漂っていた。
 メグミは俯いていた。
(どうしよう……。コウさんにあんな顔しちゃった……。きっとコウさん、気を悪くしたわ。どうしよう……、謝らなくちゃ……)
 元々森の種族であるエルフは当然菜食主義者であり、自衛のため以外のでは他の動物を傷つける事はない。メグミが悲しそうな顔をしたのは、戦いで相手を傷つけなければならないということに対してであり、コウを非難しようとしたわけではなかった。
 コウは、先ほどからちらちらとメグミの様子をうかがっていた。もっとも、下を向きっぱなしのメグミはそれに気づいていなかったのだが。
(やっぱり、こんな汚れた格好、メグミちゃんはいやなんだろうなぁ。でも、体を洗うところもないし……。でも、せめてタオルで拭いておけばよかったなぁ……)
 相変わらずとんちんかんな事を考えているコウであった。
(でも、とりあえず謝っておこう。うん)
 コウがそう決めて振り向くのと、メグミが顔を上げるのは同時だった。
「ごめん」
「ごめんなさい」
 二人の声が奇麗に重なった。思わず顔を上げて、お互いの顔を見つめてしまう二人。
 沈黙が流れた。
「……プッ」
 不意にコウが噴きだした。メグミがくすくすと笑う。
「ご、ごめんなさい……くすくすくす」
「あははは、いや、とんでも、はははは」
 二人は何故おかしいのかよくわからないまま、笑いあった。
 それから、サッパリした顔で、コウは自然に言った。
「メグミ。多分次は番長と戦う事になると思う」
「……はい」
 メグミはうなずいた。そして、顔を上げる。
 その瞳には、決意が揺れていた。
「こんどは、私、逃げません」
「うん」
 コウは、前に向き直った。そして呟く。
「ユウコさん風に言えば、バッチタイミングってやつだな」
「え? あ!」
 もともと人間よりも感覚が鋭敏なエルフの彼女は、すぐに気がついた。体を竦ませて、立ちつくす。
 そのメグミを庇うように、コウは彼女の前に出ると、叫んだ。
「番長か!」
「そうだ。よくぞ再び舞い戻ってきたな」
 その声と共に、番長がその姿を現した。その帽子のつばごしに、コウ達を鋭く見つめる。
 剣を抜き、コウは言った。
「番長……。確かに俺は判ってなかった。何のために戦うのか」
「む?」
「だけど、今は判ったよ。俺は……、戦う事でしか、守れないものがあるから、だから戦うんだ!」
「そうだ、勇者よ。だが、その戦いは、負ける事が許されぬ戦いなのだ」
 そう言い放ち、番長はコウを見おろした。
「貴様にそれを背負う事ができるのか、この俺に見せてみろ! “超眼力”!!」
 コウを一度は倒した恐るべき光線が、再びコウに向けて放たれた。
 しかし、メグミは息を飲んだ。精霊使いである彼女は、コウの周りにその姿を見たのだ。
「あれは……、勇気の精霊さん!」
 彼を取りまくように、11人の鎧に身を固めた乙女が舞っていた。人の心の中にいるという、勇気の精霊ヴァルキリーの姿だった。
 しかし、ヴァルキリーは、普段は心の中にいて、外からは見えないはず。見えるとすれば、精霊使いが術を使うときか、あるいは……。
 メグミは、悟った。
(コウさんの心から、あふれ出てるんだ……)
 彼女らは一斉に楯をかざし、剣を掲げた。そして、その姿が次々に光の珠となり、コウの周りを渦巻くように回転する。
 キィン
 番長の超眼力はその光に弾かれ、虚空に消えた。しかし、それでもまだ精霊の光は消えない。それどころか、ますます強くなっていく。
 コウの姿が、精霊達の光の中に見えなくなった。だが、メグミには感じられた。精霊達が、コウを包み込むように次々と重なっていき、そして、光が薄れる。
 その中から現れたコウは、黄金の鎧を身に纏っていた。
「超眼力は見切ったぜ! 番長、俺は負けるわけにはいかないんだ!」
 コウは高らかに叫んだ。番長はにやりと笑う。
「ならば、来い!」
「おう!」
 そのまま突っ込んでいくコウに、番長は腕を振り上げた。
「“袖龍”!!」
「なにっ!?」
「コウさん!」
 メグミは悲鳴を上げ、そして思わず駆け寄ろうとした。しかし、その足は凍りついたように動かず、がくがくと震えている。
 そのまま、彼女はコウが光の龍に飲み込まれるのを、見ていた。
「くっ!」
 光の龍から開放され、コウはがくりと膝を突いた。そして、気力を振り絞るように顔を上げて番長をにらみつける。
「くっそぉ! この程度で!」
「“金茶小鷹”!!」
 さらに黄金の小さな光を無数に放つ番長。それらの光は鷹の姿となり、コウに襲いかかる。
「うわぁぁあぁぁぁ」
 全身を貫かれ、コウはその場にもんどり打って倒れ伏した。
 地面に血が拡がっていく。
 それを見て、メグミは絶叫した。
「いやぁぁぁぁぁっっっ!!」
(コウさんが、コウさんが死んじゃう! そんな……、そんなの……、絶対に、いやっ!!)
 メグミはコウに駆け寄った。そして、両手を翳す。
 ポゥッ
 その瞬間、メグミの呼びかけに答えて、無数の光の珠が地面から浮かび上がった。それこそ、生けとし生きるもの総てに宿っているという生命の精霊。
 その光が、次々とコウに吸い込まれていく。
 見る見るうちに、血が止まり、そして灰色になりかけていた肌がもとの色を取り戻していく。
 そして、その手がぴくりと動き、コウはゆっくりと目を開けた。
 その刹那、メグミは思い出していた。昔、同じようにコウを助けたときの事を。
 あのとき、コウの口から漏れたのは、彼女の名前ではなく、彼女の親友の名前。
(今度も……、きっと、コウさんはシオリちゃんの名前を呼ぶんだ……)
 そっと目を逸らすメグミ。
 その手がぎゅっと握られた。
「え?」
 コウが身を起こし、微笑んだ。
「ありがとう、メグミ」
「あ……」
 メグミは、口を手で覆った。その瞳から、涙がこぼれ出し、頬を流れ落ちる。
「コウ……さん……」
「どうした、勇者。まだ戦いは終わっておらぬぞ」
 番長の声に、コウは立ち上がった。そしてメグミに囁く。
「メグミ、頼みがある」
「……」
 メグミは、コウの言葉を聞いて、うなずいた。そして、頬を伝わる涙を拭う。
(シオリちゃん。私……、やります。もう逃げません!)
「“金茶小鷹”!!」
 再び、番長は無数の光の鷹を放った。
 しかし、今度は同時にメグミも術を放っていた。
「光の精霊よ、我が召喚に応え、……我が思いに応えよ!」
 メグミの腕がさっと振られる。と同時に、これまた無数の光の珠が、それに従って飛んだ。
 複雑な軌跡を描き、コウに殺到する光の鷹を、これまたそれぞれが複雑な軌跡を描いて飛ぶ光の精霊が残らず貫き、爆発する。
 その爆発の中を、コウが駆ける。
「ぬぅ!」
 自分に向かって駆け寄ってくるコウに気づいた番長が、腕を上げる。
 そのとき、今度はメグミが自分から仕掛けていた。
「風の精霊よ! その衣を持て、我が敵を断ち切れっ!」
 シュパッ
 鋭い音を立てて、番長の袖が切り裂かれる。風の精霊が起こした鎌鼬の、真空の刃が襲ったのだ。
 これが、コウがメグミに囁いた“作戦”の内容である。コウは、番長の“袖龍”が文字通り袖から放たれる事を見抜いて、それを封じる事にしたのだった。
「何ぃ!?」
「番長、覚悟!!」
 技を放てなくなった番長の、その一瞬の虚をついて、懐まで飛び込んだコウが、剣を振るった。
「“気翔斬”!!」
 そよ風が、コウの黒髪と、メグミの栗色の髪をかき上げて流れていく。
 その髪を押さえながら、メグミは辺りを見回し、そして大きく息を吸い込んだ。
「気持ちいい……」
「そうだね。……ここが、異世界なのかな?」
 コウも辺りを見回した。
 二人は見渡す限りの草原に立っていた。
 コウが番長に一撃を決めた瞬間、二人は光に包まれ気を失ってしまった。そして気がつくとここに立っていたのだ。
 二人には何と無く分かっていた。番長が負けを認めて、二人をここに送ってくれたのだろう、と。
「あ! コウさん……」
 メグミはコウに呼びかけ、そして草原の向こうをさした。そこには巨木の姿が見える。
 巨木のたもとに来た二人は、そこに石板を見つけた。
「これ、ですか?」
「多分ね」
 うなずくと、コウはその石板にふれた。その瞬間、石板は光を放った。

《続く》

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