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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その スプリング・フロート

「ユミと、ですか?」
 ユミはびっくりしたように目を丸く見開いた。
 笑顔でうなずくコウ。
「ユミちゃんと一緒に行きたいんだ」
「わぁい! ユミ、がんばるよ!」
 ユミはぴょんぴょんと跳ねて手を叩いた。
 それを見て、ユウコはがっくりとユカリの肩に手を置いた。
「あんなにストレートに喜ばれちゃ、あたしもなんも言えんわぁ」
「よろしいでは、ありませんか」
 ユカリはにこにこしながら言った。ユウコはもう一つため息をつくと、ユミに言った。
「いいけどさ、ユミちゃん」
「はい?」
 顔面崩壊しているユミ。その顔を、ユウコは軽くぺしんと叩いた。
「あ痛っ」
「ユミっぺ、いい? 死んだらだめよ」
「え?」
 聞き返すユミに、ユウコは悪戯っぽく言った。
「ヨシオにいろいろ言われるの、あたしはもうやだかんね」
「……はい」
 ユミは真面目な顔になって、こくりとうなずいた。

「コウさん」
 異次元に続く道を歩きながら、ユミはコウに呼びかけた。
「ん?」
「あの……、コウさん。あのね……、ユミ、聞いて欲しい事があるの」
 その声に、コウはどきりとした。
「ユ、ユミちゃん?」
 その脳裏に、数回ユミに迫られたことが浮かぶ。思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまうのは、悲しい男の性というもの。
 それに気づいて、ユミはけらけら笑った。
「あ、コウさん、いまエッチな事考えたでしょう。だめですよ、そんなことばっかり考えてちゃ、お兄ちゃんみたいになっちゃうんだから」
「あはは」
 見すかされて、コウは頭を掻いた。
(ユミちゃんも、時々妙に鋭いんだなぁ)
 ユミは真面目な顔に戻ると、歩きだした。
「ユミね、本当のユミじゃないの」
「え?」
「だって、本当のユミは、スライダで死んじゃったんだもの。今のユミは、2人目だから……」
 そう言うと、ユミは地面に目を落とした。
 かつてピオリックの迷宮で、古代の罠に掛かったユミは猫にされてしまう。それはつまり、古代の猫の特性である“もう一つの命を持つ”ことを意味した。
 その後、スライダの街にてユミは魔王の手の者によって殺される。だが、ユミにとってはそれは“死”ではなく、眠っていたもう“もう一つの命”が起動したに過ぎなかった。
「だから、ユミ……」
「ユミちゃん」
 コウはユミの頭をくしゃっと撫でた。
「ひゃん」
「ユミちゃんはユミちゃんだよ」
 そう言うと、コウは笑った。
「え?」
「一人目だ、二人目だ、なんて、そんなこと関係ないよ。俺にとってユミちゃんは明るくて、一生懸命な娘さ」
「コウさん……。えへへ」
 ユミは照れくさそうに微笑んだ。
 と、
「おうおう、仲良しじゃん」
「まったくだぜぇ。なぁ」
「けけけけ」
 哄い声が聞こえてきた。
 コウが向き直るよりも早く、ユミが駆け出す。
「ユ、ユミちゃん!」
「コウさんを馬鹿にしたなぁ!」
 そう言うや、ユミの足が地を蹴った。そのまま高々とジャンプする。
「わぁっ!」
「ユミキーック!!」
 ゲシッ
 顔面を蹴っ飛ばされ、巨人の一人がそのまま屈み込む。その頭を踏み台にして、次の巨人の腹にパンチを決める。
「こ、このガキ!」
「ユミ、ガキじゃないもん!!」
 叫ぶなり、ユミは目の前の巨人の股間を思い切り蹴り上げた。
 その瞬間、その巨人の顔が青くなり、そして黄色くなり、そのまま巨人は股間を押さえたままぶっ倒れた。
「あちゃぁ」
 コウはほんの一瞬だけ、その巨人に同情するのだった。
「ち、畜生! 覚えてやがれ!」
「番長様に御報告だ!」
 口々に叫びながら巨人達が逃げていく。(若干1名、ピョンピョン跳びはねながら逃げていくやつもいた)
 それを見送って、ユミはさっと右腕を突き上げた。
「1、2、3、だーっ!!」
 思わず拍手してしまうコウに、ユミはにこにこしながら振り返った。
「コウさん。ユミね、ずっとコウさんを守ってあげるからね!」
「え?」
「よっし、行こう!」
 そのままりっくりっくと歩きだすユミを、コウは苦笑して追いかけた。
「ユミちゃん、そんなに急がないでくれよ」
「もう、コウさんの方が遅いんですよぉ」
 そうやって、どれくらい歩いた頃か。
 不意にユミは、その耳をぴくりとさせて立ち止まった。
 やっと追いついたコウは、大きく息をつきながら言った。
「ちょっとユミちゃん、早すぎ……」
「黙ってくらさい!」
 ユミの声が緊張しているのを感じて、コウは言葉を飲み込んだ。そして、ユミの隣に並んで立つと、小声で訊ねた。
「何か感じるの?」
「うん。……なんかとってもすごい感じだよ」
 と、こちらも小声で答えるユミ。
 コウはうなずくと、前に進み出た。そして剣の柄に手を置いて、いつでも抜ける体勢のまま叫ぶ。
「番長か!?」
「ふっふっふっ」
 含み笑いの声がした。かと思うと、二人の前の闇が濃くなり、その中から番長の姿が現れる。
「よくぞ舞い戻ってきたな、勇者よ。だが、もう助けは来ぬぞ」
「今度こそ、番長、おまえを倒して聖剣を手に入れてやる!」
 コウは叫ぶや、剣を抜き放った。
 番長は腕を組んだまま、コウを睨み下ろす。
「愚かな。ならば死をもって自らの愚かさを悟るがよいわ! “超眼力”!!」
「コウさぁん!」
 ユミは、半ば無意識に駆け寄ろうとした。だが、コウの声がそれを止めた。
「ユミちゃん、来るな!」
「でも、だって!」
 次の瞬間、コウは光に包まれた。そして、その光が消えると、彼の体は黄金の鎧に包まれていた。
「わあ!」
「むぅ、ユーリめ」
 ユミが歓声を上げ、番長が呻る。そしてコウは剣を掲げ、高らかに宣言した。
「超眼力はもう効かないぜ! 番長、負けるわけにはいかない!」
 そして、剣を構えて地を蹴る。
「死ねぇ!」
「この、愚か者が! 勇者の鎧を手に入れたとて、所詮は付け焼き刃! そのような力で、この俺を、ましてや魔王を倒せるものか! “袖龍”!!」
 グォォォ
 番長の袖から打ちだされた龍が、コウに迫る。
「でやぁぁ!」
 コウはその龍に剣を振り下ろした。真っ二つになる龍。
「やった! な、なに!?」
 一瞬歓声を上げかけたコウの眼前で、真っ二つになったはずの龍が再び咆吼した。そのまま、コウの体に巻きつき、締め上げる。
「ぐわぁぁっ!」
「コウさん!!」
 ユミが駆け寄ると、龍に殴りかかるが、逆に跳ね返されて数メートル転がる。
 しかし、跳ね起きると、また駆け寄るユミ。
「コウさんを放せ、放せぇ!!」
「ユミちゃん……、逃げろ……」
「放せってば! 放してよぉ!」
 今度は、ユミは龍の体を掴む。
 バリバリバリッ
 電撃がユミの腕を走るが、ユミはそのまま放そうとしない。
 コウが叫ぶ。
「やめるんだ、ユミちゃん!」
「やめない! だって、ユミは言ったよ! コウさんのためなら、ユミ、どんなことだってできちゃうんだから!」
 バシュッ
 ユミの腕から血が噴きだす。それでも、ユミは龍から手を放そうとしない。
「だって……ユミ、負けられないんだもん」
 そう呟き、ユミは気を溜める。そして、一気にその気を龍に叩きつけた。
「やぁぁ!」
 ドォン
 気をその体内に送り込まれ、耐えられなくなった龍が爆発する。その爆煙で、辺りは何も見えなくなる。
 そして、ゆっくりとその煙が薄れ、その中からぐったりしたユミを抱いたコウの姿が現れる。
「むぅ?」
 番長は眉を潜めた。コウから立ちのぼる気の高まりを感じたのだ。
 コウは、ゆっくりとユミをその場に降ろした。そして、黙って地を蹴ると、高々と舞い上がる。
 それにむけて、番長も技を放った。
「“袖龍”!!」
「“気翔斬”!」
 空中からコウも技を放ち、二つの技は空中でぶつかり合い、爆発する。
 その煙をついて、コウが番長に躍りかかる。
「喰らえ! 番長!!」
「なんの!」
 ザクッ
 番長の胸に突き刺さるはずだった、コウの渾身の一撃を、番長はみずからの左腕で止めていた。そしてにやりと笑う。
「肉を斬らせて骨を断つ。勇者よ、これで終わりだ」
「なっ!!」
 絶句するコウの鎧に右手を押し当て、番長は叫んだ。
「“袖龍”!!」
「コウさん!」
 その瞬間だった。ユミの声がコウの耳に届いたのは。
(ユミちゃん! そうだ、俺が倒れたら、ユミちゃんはどうなるんだ!? あんな怪我をしてまで、俺を助けようとしてくれたユミちゃんの想いを、無駄にはできない!)
 半ば無意識に、コウの左手が動いた。腰に手を伸ばし、そしてそこに挿してあった小剣を引き抜く。
 ユカリの父ジュウザブロウに貰った、オリハルコンの秘剣“白南風”。
 その剣を振るうコウ。
「無駄な……、何ぃ!?」
 番長の目が見開かれた。
 その小剣の一撃が、番長の袖龍を引き裂いていたのだ。
 オリハルコンは、魔力を吸収し、無効化してしまう働きがある。この金属で身を覆われた世界征服ゴーレムは、ユイナの魔法すらも受けつけなかったほどだ。
 一瞬の隙ができた番長。その瞬間、コウは番長の左腕に突き刺さったままの長剣から手を放すと、下に飛び降りた。そして、剣を振るう。
「“翔龍斬”!!」
 ザシュゥッ
 斜めに切り上げられ、血煙を噴いて番長は倒れた。
 コウは大きく肩で息をついていた。そして、番長はそのままにして、ユミに駆け寄る
「ユミちゃん!」
「コウさん、勝ちましたね」
 ユミは身を起こして微笑む。コウはうなずくと、ユミを抱きしめた。
「きゃん」
「ああ、勝ったよ。ユミちゃんのおかげさ。ありがとう」
「コウさん……」
 と、不意に声が聞こえた。
「お前達の勝ちだ。勇者と“鍵の担い手”よ」
「番長?」
 二人は番長の倒れていた方に目をむけて驚いた。
 番長の体が、光に包まれていたのだ。
 その光の中から声が聞こえてくる。
「さぁ、いまこそ行くがいい。異世界コウテイへ。そして、聖剣をその手に取り、魔王を倒すがよい」
 その言葉に、コウとユミは静かに頷いた。
 その瞬間、番長を包んでいた光が弾け、そして周りは真っ白に染め上げられて何も見えなくなった。
「あ、あれぇ?」
 ユミの声に、コウはおそるおそる目を開け、そして驚いた。
 二人の周りは、一面の草原だったのだ。
「ここ、どこぉ?」
 ユミはきょろきょろと辺りを見回す。
 コウにも全く見覚えのないところだった。しかし、コウの胸の中には、確信があった。
「ここが、異世界コウテイさ」
「え? それじゃユミ達……」
 そう言いかけて、不意にユミは自分の体を見おろした。
「あれぇ? 体が痛くない」
「え?」
「あ、コウさんも、鎧が元に戻ってる!」
 言われて自分の姿を見おろすコウ。確かに、昔から着ている革鎧に戻っている。そして、番長に突き刺さったままだったはずの長剣も、腰に戻ってきている。
「ユミちゃん、体は?」
「うん。怪我も無くなっちゃってるよ」
 不思議そうな顔をして、ユミは自分の体を撫で回している。
 コウは顔を上げた。
「とにかく、考えてても仕方ないよね。それより……」
 そのコウの目に、巨大な樹が入った。思わず言葉を失い、コウはその樹を見つめた。
(なんだろう? 初めて見るはずなのに、ずっと昔、どこかで見たような……)
「コウさん? あ!」
 コウの視線をたどって、ユミもその樹に気づいて声を上げた。
「コウさん、もしかしてあの大きな樹が……?」
「ああ。きっと伝説の樹なんだ!」
 コウはうなずくと、歩きだした。一瞬取り残されかけ、慌ててユミもその後を追う。
「あ、待ってくださいよぉ、コウさん!」
 二人は、巨大な樹の根元に辿り着いていた。
 そこには、大きな石の柱が立っている。
「コウさん、もしかして……」
 ユミの声は微かに震えた。コウはうなずいた。
「うん、そうだと思う。これが1000年前の勇者フルサワの墓なんだ」
「そう。そ、それじゃ!」
「ああ」
 コウは、石柱に手を触れて、言った。
「ここに、聖剣があるんだ」
 その瞬間、その石柱は光り輝いた。

《続く》

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