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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
薔薇の吐息

「私、ですか?」
レイは思わず聞き返した。
「ああ」
コウはうなずいた。
「君に頼む」
「でも、いいんですか? 自分で言うのもなんですが、私を信用するのですか?」
「そーよ、コウ!」
ユウコが怒鳴りつける。ブンブンとレイを指さしながら。
「こいつって、レイなのよ! 魔皇子の! コウだって何回殺されかけたと思ってんの!?」
「俺は一回だけど」
「……あのねぇ……」
あっさりと言うコウに、ユウコは頭を抱えた。
レイは、憂いを帯びた瞳でコウを見つめた。
「ユウコさんの言う事は正しいと思います。それに、私のメモリアルスポットは、コウさんを愛して封印を解いた、というわけでもありません。私には、あなたと行く資格はないのです」
「だからこそ、行くべきではないかと、存じますが」
ユカリがおっとりと言った。
「レイさんは、敵としてのコウさんはご存じでも、仲間としての、一人の殿方としてのコウさんは、まだご存知ないのではありませんか? それなら、一緒に行って、コウさんを知っていただきたいのです。レイさんも、私たちと同じ“鍵の担い手”なのですから」
「ですけれど……」
なおも躊躇うレイの背中を、ミラがそっと押した。
「遠慮する事はなくてよ」
「え?」
聞き返すレイに、ミラは微笑んだ。
「わかっていますわ。あなたにも資格があることくらい」
「そ、それは……」
レイは口ごもった。
ユウコが頭を掻きながら言った。
「あー、もう苛々するぅ! サクッと行っちゃえ!」
「ユウコさん……」
「ただし、さっさと帰ってきなさいよ!」
「あ、はい」
反射的にうなずいてしまい、レイはコウを見た。
「それでは、コウさんさえよろしければ、ご一緒させていただきます」
「よろしければも何も、俺が誘ったんだって」
苦笑して、コウは手を差し伸べた。
「それじゃ、行こうか」
レイとコウは、コウテイに続く道を歩いていた。
レイは何度かためらった後に、先に立って歩くコウに声を掛けた。
「コウさん」
「え?」
「私を信用しているのですか?」
「ああ」
あっさりと答えると、コウは逆に聞き返した。
「おかしい?」
「……異世界コウテイの“伝説の樹”に眠る聖剣“フラッター”。魔王を倒す事ができる唯一の武器。それを取りに行くために、コウさんや皆さんは、これまで長い旅を続けてこられました。その集大成ともいえるこの道行に、これまでずっと労苦を共にして来られた皆さんではなく、私を連れていくのは、おかしいと思います」
コウは言った。
「俺は、レイさんも、他のみんなと同じ、大事な仲間だと思ってる。命を懸けても守るべき仲間だと思ってる」
「そんな……」
「確かに、今までレイさんは、魔皇子として多くの人を苦しめてきたかもしれない。でも、それはレイさん自身のせいじゃない。魔王のせいなんだろう?」
「……そう思えれば、楽でしょうね」
レイは顔を伏せ、独り言のように呟いた。そして、両手を見つめる。
「でも、それをやってきたのは、間違いなくこの私なんです。私のこの手は、血で汚れているんです」
「違う!」
コウは立ち止まった。そして、振り返る。
「どうして、そんなに自分を責めるんだよ。どうして、あれは魔王のせいだって、割り切れないんだよ」
「コウさん……」
「俺、馬鹿だから、難しい事は判らない。でも、一つだけは言えるよ。レイさんは悪くないんだ」
そう言うと、コウは前に向き直った。
「レイさん」
「は、はい」
「もし、それでも自分が悪いって思うんならさ……。これから償えばいいんじゃないかな?」
「償えば……いい?」
「うん。前に、サキがこんなこと言ってた。どんな罪でも必ず許されるって。償う事のできない過ちなんてないって」
そう言うと、コウはレイに笑顔を見せた。
「いつまでも自分を責めてるだけじゃ、償いはできないよ。一歩ずつでもいい、前に進まなくちゃ」
「……ありがとう、コウさん」
レイは、初めてその顔に儚い微笑みを浮かべた。
「へへ、笑わせてくれるぜ」
「お安い青春ドラマってやつか?」
「誰だ?」
突然聞こえてきた嘲笑に、コウは前に向き直って叫んだ。
コウ達の前方を塞ぐように、3人の巨人が道に座り込んでいた。
一人が笑いながら立ち上がる。
「お優しいこって。まぁ、優男にはお似合いだぜ」
「まったくだ。けけけ」
「お前ら、番長の仲間か?」
コウは剣の柄に手を置いて、聞き返した。
「そうだって言ったら、どうするよ、おい」
完全に馬鹿にした口調で、巨人の一人が聞き返す。
コウは静かに言った。
「俺達が進むのを邪魔しなければよし。さもなくば、痛い目にあうことになる」
「ぎゃははは! 言ってくれるぜ」
笑いだした巨人達に、コウは一歩近づいた。そして、剣を抜き放つ。
「警告はしたからな! “気翔斬”!」
いきなり技を放つコウ。その一撃で、一番前にいた巨人の腕から血が吹き上がる。
「ぎゃぁぁぁっ!」
「てめぇ、よくもダチを!」
腕を押さえてのた打ち回る巨人を置いて、残る二人が立ち上がる。
コウはその巨人達に向かって、突っ込んで行った。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「ち、ちくしょう! 覚えてろ!」
「番長様に御報告だ!」
「痛ぇよぉぉぉ」
巨人達は口々に叫びながら、逃げだした。コウは剣を一振りして血を払うと、鞘に納めて、レイに呼びかけた。
「さぁ、行こうか」
「大丈夫でしたか?」
駆け寄って来たレイは、コウの腕から血が流れているのに気づいた。
「コウさん、怪我を?」
「え? あ、こんなのかすり傷だよ」
「だからって放っておくわけにもいかないでしょう? ちょっと待ってくださいね」
レイは、ハンカチを出すと、コウの腕をそのハンカチで縛った。
「ごめんなさい。慣れてないから……」
「あ、ありがとう」
礼を言うと、コウは前に向き直った。
「それじゃ、行こう」
「はい」
レイの答えは、もうよどみなかった。
二人はしばらく黙って道を進んでいた。
不意にコウが言う。
「レイさん。そういえば今気がついたんだけど、魔皇子のときの記憶って、残ってるの?」
「それは……」
辛そうな顔になるレイ。それに気づいて、コウは慌てて振り返った。
「ご、ごめん。別に何がどうだってわけじゃなくて、ちょっと気になったから。そうだよね、思い出したくないよね。ごめん」
「いいえ……。魔皇子のときの記憶も、残っています」
レイは短く答えた。そして言葉を続けようとしたとき、不意に低い声が響き渡った。
「ちょっと待て〜〜〜〜い」
「番長!?」
コウは剣を抜き放った。
はたして、彼の前には、黒い服を纏った巨人が立っていた。彼は腕を組んだまま、コウを見おろした。
「わざわざ殺されに戻ってきたか」
「いや、違う! 今度は、貴様を倒し、聖剣を手に入れるためだ!」
コウは叫んだ。番長はフンと鼻で笑った。
「ならば試してくれるわ。“超眼力”!」
キィン
番長の目から放たれた光がコウを貫いた、かに見えた。
しかし、一瞬早く、コウ自身から光が溢れ出した。
「なにぃ!?」
「コウさん!」
二人の叫び声と共に、光が薄れ、コウがその姿を現した。その身には、黄金の鎧を身に纏っている。
レイははっとした。
「それは、勇者の鎧!?」
「ユーリめ、小賢しい真似をしおって」
番長は呟いた。しかし、その呟きは、怒りというよりは苦笑に近いものだった。
「もう超眼力は効かないぜ! 番長、負けるわけにはいかない!!」
コウは叫んだ。番長は腕を広げる。
「よくぞ吠えた、小僧! ならば我が奥義で苦しまぬように葬ってくれるわ! 受けよ、“袖龍”!!」
「うわぁぁぁぁぁっ」
番長の放った光の龍が、コウに襲いかかる。とっさにコウは必殺技を放った。
「“気翔斬”!!」
二つの技がぶつかり合い、爆発する。その爆炎をぬって、番長の声が響いた。
「“金茶小鷹”!!」
キィーン
微かな音を立てて、煙をぬって無数の金色の光弾が飛んできた。そのまま、コウの体を貫く。
「コウさん!」
レイが悲鳴を上げる前で、コウはゆっくりと倒れた。
煙が薄れ、番長がその姿を現す。
「これまでのようだな」
レイは、静かに顔を上げた。
「さっきあなたに話さなかったこと。私には、魔皇子だったときの記憶がある。封印をして二度と使わないつもりだったけど……。でも、私はあなたのためなら……今一度、“僕”に戻ろう!」
「む?」
番長が、レイのまわりに渦巻く異様な雰囲気に眉を潜めた。
「この気は魔王の……しかし、魔王の手の者がここに入ってこられるわけはないはず。とすると、これは?」
さっと上げたレイの右手に、雷光が落ちた。
ピシャァァン
その瞬間、レイの体は漆黒の鎧に覆われていた。長い金色の髪は束ねられ、そしてしなやかな右手には、深紅の薔薇の花。
「貴様、何者だ?」
番長の問いかけに、レイは答えた。
「僕の名は、魔皇子レイ! 行くぞ、番長!」
「小賢しい事を。“袖龍”!!」
グォッ
光の龍がレイに襲いかかる。レイはさっと薔薇の花を投げつけた。
ドォン
爆発する光の龍。その煙の中からレイが飛びだしてくる。
「ぬぉぉぉ! “金茶小鷹”!」
「無駄だ」
あっさり言うと、レイは左手を一閃させた。次の瞬間、何処からともなく飛来した薔薇の花に、光の鷹は総て叩き落とされ、消えた。
「なに!? がぁっ」
それに番長が気を奪われた、その瞬間。レイの右手から繰りだされた細身の剣の一撃が、番長の胸を貫いていた。
「ば、馬鹿な……」
「この程度では、僕の相手にはまだまだ不足だな。もっと腕を磨く事だ。あの世でね」
レイはそう言い捨てると、剣を引き抜いた。そして鞘に収めると、背を向ける。
「ま、まだだ……」
番長がゆっくりと身を起こす。レイは驚いて振り返った。
「馬鹿な? まだ動けるのか?」
「“袖龍”!!」
虚を衝かれたレイに、番長の放った袖龍が襲いかかった。
「くっ」
「“気翔斬”!」
横合いから飛んだ衝撃波が、龍を吹き飛ばした。レイは衝撃波が飛んできた方に視線を向けた。
「間に、あったかな?」
コウは、荒い息をつきながら、笑ってみせた。そして、剣を構え、地を蹴った。
「“翔龍斬”!」
ザシュゥッ
その一撃に胸を切り裂かれ、番長はゆっくりと倒れた。
それを見てから、コウもまた倒れた。
「コウさん!」
レイは、コウに駆け寄ると、抱き起こした。
「しっかりしてください、コウさん!」
「大丈夫、だよ」
コウは微笑むと、レイに言った。
「ごめんよ。嫌な事、させて……」
「いいえ」
レイは首を振った。
「これが私にできる、償いですから」
「そう……」
「見事だ」
その声に、二人は番長の方を見て、驚いた。
横たわった彼のからだが、光に包まれていくのだ。
その光の中から、声が聞こえてきた。
「勇者コウよ、これからは、おまえが番長だ」
「俺が?」
「そうだ。番長とは、則ち聖剣を持つにふさわしい勇者の称号。さぁ、コウテイの地に行き、聖剣を手に取るがよい」
レイははっとした。
「番長が勇者の称号なら、あなたはもしかして……!」
その瞬間、番長の体を包む光が炸裂した。
「あ、あれ?」
目を開けてみて、コウは驚いた。
二人の周囲は、一面の草原になっていた。そして、二人の服もまた、元に戻っていた。黄金と漆黒のそれぞれの鎧はどこにもない。
「レイさん!」
「あ、はい」
レイも目を開けて、辺りを見回した。そして呟く。
「ここが、コウテイの地?」
「としたら、“伝説の樹”があるはず……。あれかな?」
コウは、巨大な樹を目に留めた。
レイはうなずいた。
「行ってみましょう」
二人は、その巨木の根元までやってきた。
「これが、“伝説の樹”?」
樹を見上げて呟くレイに、コウは言った。
「そうなら、1000年前の勇者の墓があるはずだ。ミオさんはそう言ってた」
「墓……」
レイはうなずくと、辺りを見回した。そして、不意に駆け出し、樹の向こう側に見えなくなる。
「レイさん?」
「コウさん、こっちに来てください!」
彼女の呼ぶ声に、コウは駆け出した。
「こ、これは!」
コウは思わず声を上げた。
そこには、太い石の柱が立っていた。滑らかなその表面には文字が刻んである。
レイは、その文字をなぞりながら、呟いた。
「『勇者フルサワ、聖剣とともにここに眠る。その眠りの安らかならんことを。勇者の友3人がここに記す』……」
「え?」
「そう記してあるの」
そう言うと、レイは顔を上げて微笑んだ。
「ここが、1000年前の勇者の眠る墓よ」
レイがそう告げた瞬間、その石の柱は光を放った。
《続く》

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