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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
二人ならHAPPY!

「え?」
コウがそう言うと、ミハルはきょろきょろと左右を見回してから、おそるおそる自分を指した。
「あの、あたしですか?」
「うん。君に、来て欲しいんだ」
そう言うと、コウはにっこりと微笑んだ。
「ミハル、感激です!」
ミハルはかぁっと真っ赤になると、コウの手をぎゅっと握った。
「あの、私、頑張ります! ……あ」
不意に彼女はくるっと後ろを向いた。
(どうしよう。私、何にも出来ないのに……。指輪は無くなっちゃったし、こあらちゃんもいない……)
ミハルが得意とする召喚術は、彼女のメモリアルスポットである指輪の力を借りて行使される。しかし、その指輪は今はない。メモリアルスポット本来の姿である異次元に通じる門の姿に戻っているのだ。
さらに、危ないときはいつでも彼女を守ってきた変な動物(彼女曰くこあらちゃん)も、ここにはいない。
「ミハル?」
「あ、あの」
くるっと振り返り、ミハルは今にも泣きだしそうな顔でコウを見た。
「やっぱり私、行けないです」
「え?」
「私、行っても何も出来ません! 誰か他の人を連れて行ってください!」
そう言うと、ミハルは駆け出そうとした。
ぎゅ
コウはその腕を掴んでいた。
「え?」
「確かに、馬鹿かもしれない。冷静に考えれば、もっと他の人を連れて行くのが正解なのかもしれない。けど……」
彼は、静かに言った。
「俺は、君に一緒に来て欲しい」
「!!」
ミハルの、翠の瞳から、涙が流れ落ちた。慌てて袖でぬぐうと、彼女は微笑んだ。
「コウさんって、優しいんだ」
「そ、そうかな?」
コウは照れたように頭を掻いた。
その様子を見ていたユウコは、明後日の方を向いて一言呟いた。
「はいはい、ごちそうさま」
一方、ユカリはにこにこしながら言った。
「仲がよろしくて、よいですねぇ」
コウとミハルは、異世界コウテイに続く道を歩いていた。
「あ、あの、コウさん」
ミハルが、前を歩くコウに声をかける。
「なんだい?」
振り返るコウに、ミハルは赤面して、もじもじと俯いてしまう。
「な、なんでもないんです」
「そう?」
ちょっと首をかしげて、コウは前に向きなおった。
「なんていうかさぁ、ミハルって見てて苛々するのよね」
ユウコは、落ちていた小石を玩びながら言った。
「もっとはっきりすればいいのにさぁ」
「でも、ミハルちゃんの気持ち、判ります」
メグミは、扉を見つめながら言った。
「好きな人の前では、胸がドキドキして、何も言えなくなっちゃうんです。自分が見られてることも恥ずかしくて、というよりも怖くて……」
「怖い?」
思わず聞き返すユウコに、メグミは微かにうなずいた。そのまま独り言のように小声で言う。
「自分のほんの些細な動作でも、それが彼に嫌われる原因になっちゃうかもしれない。そう考えただけで、何にも出来なくなっちゃう」
「は。あたしにはわかんないなぁ。第一それじゃ、あいつの前じゃ息もできないじゃん」
ユウコはオーバーに肩を竦めた。メグミはそれを見てくすっと笑う。
「そうですね。ミハルちゃんも、それは判ってると思います」
(どうしよう。また変な娘と思われちゃったかもしれない。ううん、きっとコウさん、変な娘だって思ってる。だって、私なんて……)
ミハルはしょぼんと俯いて、とぼとぼと歩いていた。
「ミハルちゃん」
「んきゃ!? あ、こ、コウさん、何ですか?」
急に呼ばれて、泡を食って答えるミハルに、コウは苦笑した。
「そういえば、最近あの変な動物見ないけど、どうしたのかなって思って」
「あ、こあらちゃんですか? こあらちゃんとは……お別れしました」
「お別れって……?」
「私はコウさんに着いていきたいから……。でも、こあらちゃんは行きたくもない魔王の島に連れて行かれるなんて迷惑ですよね。だから……。あれ?」
ミハルは、また袖で頬をぬぐった。
「おかしいな。あの時、もう泣かないって決めたはずなのに……。こあらちゃん……」
「ミハルちゃん……」
不意に、コウはミハルを抱きしめた。ミハルの息が詰まる。
「寂しがることはないよ。みんながいる。そして、俺もいる」
「コ、コウさん!」
「ご、ごめん」
慌てて、手を離そうとするコウ。ミハルはその手を押さえた。
「もう少し……。もう少し、このままで……」
「あ、うん」
と。
「よぉ、お熱いねぇ、ご両人」
「ったくだぜ。見せつけてくれるぜ」
「!!」
二人は声の方に視線を向けた。そこには、3人の巨人が座りこんでいた。
「きゃん!」
真っ赤になって、ミハルはコウの後ろに隠れた。コウはすらりと剣を抜く。
「てめぇら、番長の仲間か!?」
「番長様を呼び捨てとは、勇ましい奴だぜ」
「まったくだぜ。いるんだよなぁ、威勢だけいいやつってよぉ」
「ああ。得にナオンちゃんの前だと格好付けたがるやつとかよぉ」
「コウさん……」
不安そうに声を震わせるミハルの手をきゅっと握ると、コウは囁いた。
「大丈夫。下がってて」
「あ、はい」
言われてミハルが下がると同時に、コウは地を蹴った。
「なんだぁ!?」
「“気翔斬”!!」
懐まで突っ込んで放った一撃に、一人の巨人がそのまま崩れ落ちる。
「一つ!」
「このぉ!」
次の巨人の伸ばす手をかいくぐり、剣を振り上げる。
どごぉっ
「うごぉっ」
「二つ!」
そこから地を蹴り、高々と空から剣を振り下ろす。
「三つ!」
ばしぃっ
「畜生、覚えてやがれ!」
「番長様に御報告だ!」
ばたばたと逃げる巨人達を見送って、コウは剣を納めて振り返った。
「ミハルちゃん、大丈夫だった?」
「は、はい」
こくんとうなずくと、ミハルはコウを見上げた。
(やっぱり……、格好いいよ)
「え?」
「あ、なんでもないです!」
ブンブンと首を振り、ミハルは俯いた。
そして、呟く。
「コウさん……。もし、もし私が……であっても……」
「え?」
よく聞き取れなかったコウが聞き返した、まさにその時、辺りに低い声が響き渡った。
「ちょっと待て〜〜〜〜い」
「番長か!?」
コウは、ミハルをかばうように、前に進み出ると、剣を構えた。
番長は腕組みをしてコウ達を見おろしている。
「ほう。今度はちゃんと連れてきたか、“鍵の担い手”を。だが……」
その眼が細められた。
「まだ、わかってはいないようだな」
「何っ? 何がわかっていないと言うんだ!?」
「この愚か者がっ!」
番長は一喝した。
「その程度のこともわからんで、俺に立ち向かい、あまつさえ、聖剣を手に入れようなどとは! あえて言おう。1000年早いと!!」
「くっ。う、うるさいっ!」
コウは叫ぶと、剣を振り上げ、駆け寄っていく。
「今度こそ、おまえを倒す!」
「“超眼力”!!」
クワァッ
番長がかっと目を見開いた。そこから放たれた光がコウを襲う。
「コウさんっ!!」
ミハルは叫んだ。
「この程度っ!!」
コウは叫んだ。その瞬間、コウの体が眩く輝き、番長の放った光線を跳ね返す。
「むぅ、ユーリの授けた力か」
番長が呟く。
コウは全身に黄金の鎧を纏っていたのだ。
「しかし、所詮は付け焼き刃! 今の貴様にその力を使いこなす事など、できぬ!」
「なに!?」
「受けよ、我が奥義! “袖龍”!!」
番長が叫びと共に腕を振る。その腕の軌跡から、青く光る龍が現れ、コウに襲いかかっていく。
「うわぁぁっ!」
そのまま、コウは10メートルほど吹き飛ばされ、地面に転がった。
「コウさんっ!!」
ミハルが駆け寄った。一撃でボロボロになったコウの体を抱き起こし、涙ぐむ。
「コウさん……。私……」
「ミ、ミハル……ちゃん……」
「所詮、その程度か」
番長のあざけるような声に、コウは身を起こそうともがくが、体が言う事を聞かない。
「く、くそっ!」
と、不意にミハルが立ち上がった。
「ミハルちゃん?」
「コウさんを、馬鹿にしないでっ!」
ミハルは、震える声で叫んだ。そして右手を上げる。
「何の真似だ?」
「コウさんのためなら、私、私、何だってできちゃうんだから!!」
そう言って、ミハルは振り返った。
「コウさん……。ステキな想い出、ありがとう! 私、あなたが……、あなたが……」
「ミハルちゃん……」
「さよならっ!」
ミハルは向きなおり、叫んだ。
「コアラッ!!」
ピシャァン
閃光が走り、そしてその後には、ミハルの姿はなく、その代わりに変な動物が立っていた。
「……ミハル……ちゃん?」
コウは呟いた。
その姿は、まさしくミハルがいつもつれていた“こあらちゃん”にそっくりだった。ただ、大きさは人間ほどもある。
その動物は、声を上げながらジタバタし始めた。
「くぅ〜
こりゃええわぁ〜
どぉ〜ないしよぉ〜
う〜ますぎぃ〜」
「?」
変な動物は、不意に動きを止めると、番長に向けて手を振り下ろした。
「コアラッキー!」
ズドドドド
いきなり番長に向けて、丸いものが降り注いだ。差し渡し20センチほどの大きさの、カラフルな色をした玉。
「な、なんだ!?」
「コアラッキー、コアラッキー、コアラッキー!」
必死になって手を振りまわす変な動物。
番長は眉をしかめ、叫んだ。
「“金茶小鷹”!!」
鷹の姿をした金色の光が無数に浮き上がり、そして、降り注ぐ玉に向かって飛んだ。あっという間に次々と打ち落とされる玉。
変な動物は、まだ叫びつづけていた。
「コアラッキー、コアラッキー、コア……」
「“袖龍”!!」
容赦なく、光の龍を放つ番長。
キュゴォォン
叫び声をあげて、変な動物に迫る龍。それを見て、思わず動きを止める変な動物に、大口を開けて竜は襲いかかった。
番長は、その刹那、にやりと笑った。
「そうだ。それでいい」
ザシュッ
銀色の弧を描く斬撃で、龍の姿が消える。そして、剣を振り下ろした姿勢のまま、荒い息をつくコウの姿が、代わりにそこにはあった。
コウは振り返って微笑んだ。
「大丈夫?」
その声に、その場にしゃがみこんで頭を抱えていた変な動物は、顔を上げた。そして、状況に気がついてあたふたする。
そんな変な動物に、コウは笑いかけた。
「ミハルちゃんだろう? ありがとう。後は、俺がやるよ」
そう言うと、コウは番長に向きなおる。
「わかったよ、番長……。俺がシオリを助けるために旅をしてきたのと同じように、ミハルちゃんや、他のみんなは、俺を助けるために旅をしてきたんだ。そんなみんなの思いをも、俺は背負ってるんだ」
そう、静かに言うと、コウは剣を構える。
「そのみんなの思いのために、俺は魔王を倒す!」
「よくぞ言った!」
番長は笑うと、服をばっと脱ぎ捨てた。そして気を溜める。
コウも腰を落とし、気を溜める。
互いの気が頂点に達し、そして、二人は同時に技を放った。
「“バーン・オーラ・ノヴァ”!!」
「“気翔斬”!!」
クワァァッ
番長の体が輝き、そしてそれを包み込むように光が膨れ上がる。
その光に向け、コウの放った衝撃波が飛ぶ。
「なにぃ!」
番長が呻き声をあげた。衝撃波が、膨れ上がる光を押し戻したのだ。
「いつも、俺のことを見守ってくれたミハルちゃんの、その想いを無駄にはしない! 俺は、勝つ!!」
コウの体を光が包んだ。そのまま、コウは番長に突っ込んで行く。
「うぉぉぉぉぉ!!」
そして、コウは剣を袈裟懸けに振り下ろした。
「……よくやったな」
低い声に、コウは振り返った。
番長の体を光が取り巻いている。
「番長?」
「あばよ。彼女と仲良くな」
「え?」
コウが聞き返すのと、辺りが光に包まれるのとは同時だった。
そして、コウは意識を失った。
「……う、うん」
コウは、がばっと顔を上げた。そしておどろいた。
「こ、ここは?」
辺りは一面の草原だった。
彼は辺りを見回し、すぐ側にミハルが倒れているのに気づいた。駆け寄ると、そっと抱き起こして、優しくゆさぶる。
「ミハルちゃん」
「……え? あ!」
ミハルは目を開けて、コウを見た。その瞳に、涙がみるみる盛り上がり、頬を流れ落ちていく。
コウは、そっとその涙を拭った。
「何も言わなくていいよ。ミハルちゃんの想いは、受け取ったから」
「コウ……さん」
「さぁ、行こう。“伝説の樹”へ!」
コウの言葉に、ミハルはこくりと頷いた。
そよ風が、梢を揺らし、木の葉が触れあってさやさやと音を立てる。
ミハルとコウは、巨木のたもとに立っていた。
「これが、“伝説の樹”なのかな?」
ミハルは、樹を見上げて呟いた。
コウは、その樹に寄り添うように立っている石板を見て、うなずいた。
「間違いないよ。これが勇者フルサワの眠る墓。そして、ここが聖剣“フラッター”が納められた場所なんだ!」
コウがそう言った、まさにその瞬間、その石板が光り輝いた。
《続く》

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