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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その 砂の十字架

「全然近づいたように見えないんだけど……」
 辺りが暗くなり始めた頃、コウは足を止めて魔王の城の方をすかし見た。
「仕方ありませんよ。回り道ばかりしてますから」
 ミオは、額の汗をハンカチで拭きながら答えた。
 そのハンカチの色が純白に戻っているのを見て、サキは一安心していた。
(よかった。本当に治ったのね)
 不治の病といわれる「皇血病」に罹っていた間、ミオはずっと真紅のハンカチを使っていた。それは吐血を隠すためだったのをサキは知っていたのだ。
「んもう、じれったいなぁ」
 ユウコは、目の前にある亀裂をひょいっとのぞき込んだ。
 ビュォォォォ
 亀裂に吹き込む風が、不気味なうなりをあげ、ユウコの髪をかき乱す。
「ん〜」
 そのまま、その場にくてっと倒れるユウコ。慌ててサキが駆け寄る。
「ユウコさん! しっかりして!!」
「何かの毒物中毒だと思うわ。解毒の術を使いなさい」
 その様子を見ていたユイナが言う。サキはうなずいて、その手を紫色の顔をしたユウコの胸の上に翳した。

 ミオの病気が治ってから、魔王の城に向かって進み始めたコウ達。
 だが、平坦に見えた途中の平原は、実は亀裂が縦横に走り、真っ直ぐに進む事ができないような状況だった。
 しかも、その亀裂からは、毒が噴きだしていたり、中に怪物が潜んでいたりと、気軽に跳び越える事もできない。
 魔法で一気に飛ぶことも考えられたのだが、また魔王の結界にはばまれて墜落、などという事になったら目も当てられないとミオが反対し、結局一同は行ったり来たりを繰り返す事になった。
 最初はミオが紙の馬を出して、皆はそれに乗って移動していたのだが、ユミの乗った馬が足を滑らせて奈落の底に転落してしまったため(ユミはとっさに飛び降りて無事であった)、その後は皆徒歩で移動することになり、余計に時間が掛かっていた。
 しかも、いつ魔物に襲われるかもしれないという緊張感が、余計に皆を消耗させていた。
 今のユウコの行動も、いつものユウコらしからぬ不用意な真似だった。
(みんな、疲れていますね……。危険は伴いますが、仕方ないですね)
 サキの治療を脇から見ながら、ミオは決心した。そして、コウに言う。
「今日はここで一泊しませんか?」
「でも……」
「まもなく暗くなると思います。真っ暗な中を進むには、ここはあまりにも危険が多すぎます」
 ミオは静かに言った。
 自分も足元の亀裂に気付かずに落ちかけたコウは、それにはうなずくしかなかった。
 一同はテントを張り、焚き火の準備をした。
「火なんて焚いて、大丈夫か?」
 心配げに訊ねるノゾミに、ミオはうなずいた。
「私たちがここにいるという事は、魔王達にも知られていますから、いまさら隠す事もないでしょう」
「そっか。でもさ、焚き火を焚くにしても、薪がねぇんじゃねぇか?」
「ミハルさんにお願いしますから」
「納得。便利だよなぁ」
 ノゾミは苦笑してミハルを見た。そして眉を潜める。
 ミハルは、一人もと来た方を眺めていたのだ。
「おい、ミハル、どうした?」
「え? あ、ノゾミさん」
 ミハルは振り返ると、とってつけたような笑みを浮かべた。
「えへ。なんでもないですよ」
「そうは見えなかったんだけどなぁ」
「ノゾミさん」
 ミオは小声でノゾミを止めると、ミハルに訊ねた。
「こあらちゃんのことですか? 大丈夫。きっと元気ですよ」
「……うん」
 ミハルはうなずくと、不意にミオの顔を見た。
「……なんですか?」
「なんでもないんです」
 そう言うと、ミハルはたたっと皆の方に駆け戻っていった。
「……変な奴。なぁ、ミオ。……ミオ?」
「え。あ、すみません」
 考え込んでいたミオは、ノゾミに声を掛けられて顔を上げた。
「どうしたんだい?」
「大したことはありませんよ」
 ミオは首を振ると、眼鏡を掛けた。
「あれ? いらないんじゃないのか?」
「ええ。レンズは入っていませんよ。ただ、なんとなく掛けていないと落ちつかないものですから」
 ミオは苦笑しながら言うと、食事の用意をしているサキとミラの方に視線を向けた。
「え? 曲を弾いて欲しい?」
 粗末ではあるけれど、サキとミラが腕を奮った夕食が終わり、くつろいでいたアヤコは、振り返った。
 ミオはうなずいた。
「ええ。お願いします」
「リアリー、ほんとに? オッケイ、いいわよ」
 アヤコは嬉しそうにいそいそとリュートのチューニングを始めた。そのアヤコに、ミオは言った。
「できれば、みんなが歌えるような曲がいいんですが」
「そっかぁ、みんなで歌って気分もハッピーってやつね」
 アヤコはうなずいた。そして、チューニングしながら考える。
「そうねぇ……みんなが歌えるとなると、何でもって訳にはいかないわねぇ」
「アヤちゃん、あれはどうかな?」
 食器洗いを済ませたサキが、皿を丁寧に拭いて荷物にしまいながら言った。
「ずっと前だけど、一度歌ってたじゃない。これは得意なんだって。えっと、なんて曲だったかな?」
 首をかしげていたサキに、ミオが言った。
「『二人の時』ですか?」
「そうそう、それ!」
「オッケイ、あれね」
 アヤコはうなずいた。そして、リュートを軽くつま弾いて、歌い出した。

 ♪キラキラと木漏れ日の中で
  二人の時が流れていくわ
  あんなにも憧れつづけてた
  笑顔の側に私がいる
  あの頃のときめき
  あふれる思いを
  感じていたいいつまでも
  あなたと二人きりで……

 コウは、アヤコ、そしてそれに合わせて歌い出したサキやミオの歌声を聞きながら、焚き火を見つめていた。
(とうとう、来たよ。シオリ……)
 皆の歌っている歌は、コウにも聞き覚えがあった。以前、シオリが歌っているのを聞いた事があったのだ。
 しかし、シオリとの想い出は、ずっと昔の出来事のような気がしていた。
 焚き火の向こう側では、歌い終わったアヤコ達を、ユウコを筆頭にしたトキメキ国出身組が取り囲んでわいわいやっていた。
「超いい感じじゃん。あたしにも教えてよ」
「わたくしも、教えていただきたいものですねぇ」
「まぁ、聞いてあげてもよろしくてよ」
「オッケイ。それじゃあ、レッスンしてあげるわね〜」
 コウは微笑して、それを眺めていた。
 翌朝、とはいえ、多少明るくなった、程度ではあるが。相変わらず、雲は低く垂れ込めている。
 皆が荷物をまとめ終わったのを見て、コウは魔王の城の方に視線を向けた。
「よし。それじゃ行こうか」
「ちょっと待ってください」
 ミオの言葉に、皆歩きだそうとした足を止めた。
「なんなの?」
 聞き返すコウに、ミオは微笑して、すっと腕を上げた。
 バサバサバサッ
 その手に、飛んできた白い鳩がとまる。
「鳩?」
「はい」
 ミオがその鳩の頭を撫でると、ふっと鳩は一枚の紙に戻った。
 まさに手品のような光景に目を丸くするコウ達をよそに、ミオはその紙を見ていた。
「その紙は?」
「あ、はい。地図です」
「地図?」
 のぞき込んでみると、紙をくしゃくしゃにしたときの皺のような線が無数に引いてある。
 ミオの説明によると、あの鳩の見た光景がそのままその紙に写し出されているのだそうだ。
 感心するコウに、ミオは「こっちです」と言って歩きだした。
 だいたい、昼頃。とはいえ、大陽も見えない状況では時間すら定かではないのだが。
 ミオの道案内が功を奏して、コウ達は、ついに巨大な城門の前に辿り着いた。
「やっと、ここまで来たかぁ」
 コウは一息ついた。そして、城門を見る。
「!!」
 いつの間にか、城門の上には小鬼達が弓を構えて並んでいた。そして、一斉に矢を射掛けてくる。
 まだ距離があるため、そのほとんどは届かないが、それでも数本がコウ達の足元に突き刺さった。
「うっとおしいわね」
 ユイナが眉をひそめ、呪文を放つ。
『わが魔力をもて、魔界の炎よ悪しき者を討て!』
 ドォン
 城壁ではなくその手前の空中で火の玉が炸裂し、ユイナは眉を潜めた。
「魔王の結界ね」
「矢が飛んでくるって事は、魔法ではなければ届くということですね」
「でも、あたしの手裏剣でもちょっときつい距離だなぁ」
 ミオの言葉に、ユウコが手を翳して城壁との距離を測りながら呟く。そもそも弓でも届くか届かないかの距離だ。いかにユウコといえど手で投げる手裏剣では届くはずもない。
「届かせる方法はあるわよ」
 ユイナはそう言うと、振り返った。
「メグミ、風の精霊を召喚しなさい。働いてもらうわ」
「あ、はい」
 うなずくメグミ。
 ユウコは、魔法も効かない事を知って、大胆に城壁から顔を出して矢を放っている小鬼の数を数えた。
「ひのふのみの……っと、77匹かぁ。よぉ〜し、いっくぞぉ〜〜!!」
 そう言うが早いか、彼女の両手が閃いた。
 ちなみに、ユウコは同時に8本の手裏剣を投げつける事ができる。今も、瞬く間に数十本の手裏剣が飛んだ。
 メグミが歌う。
「風の精霊さん、お願いします」
 その声に答え、風の精霊が手裏剣を飛ばす。
 風の精霊達は、魔王の結界の手前ですっと消えるが、手裏剣はそのまま飛び、安心しきっていた小鬼達の急所を次々と貫いた。
 ばたばたと倒れる小鬼達を背に、ユウコはぴしっとVサインをした。
「超ラッキー!」
 思わず拍手してしまうコウ達であった。
 矢が飛んでこなくなったところで、コウはあらためて辺りを見回した。
「さて、どうしようか?」
 城門と、彼らとの距離は直線で100メートルほどだが、その間には深い亀裂があった。その幅は狭い所でも50メートルもあろうか。
 ユウコがその亀裂をのぞき込み、顔をしかめる。
「やだぁ、なんか変な匂いがするぅ」
「硫黄の匂いね。察するところ、下は溶岩かしら?」
 平然とした顔で、物騒な事を言うと、ユイナは城門を見つめた。
 コウはレイに視線を向けた。
「レイさんはよく知ってるの? このあたりのことは」
「ええ……」
 レイは、静かにうなずいた。
「魔王の城の城門は全部で4つあります。いま見えているのが一番外側の門で、名を“オリオニクス”といいます」
「4つ?」
「ええ。順に“オリオニクス”“アルケナル”“シリオン”“プレセイデス”の4つの城門を通らないと、魔王の城の本丸には辿り着けません」
 そう言うと、レイは城壁を指した。
「壁を崩す事は不可能に近いと思います。魔王の結界が守っていますから。おそらくプラチナドラゴンのドラゴンブラストでも……」
「それが効くくらいなら、ドラゴン族が魔王にやられて全滅するわけがないわ」
 ユイナはあっさりとうなずく。
「それじゃ、その城門なら通れるわけ?」
 ユウコが聞き返す。
 レイは静かに答えた。
「城門からは魔物が出入りしますから。魔王の結界が門にも張られていたら、魔物も出入りはできません」
「でも、城門だけが私たちが出入りできる場所だということは、魔王も当然承知の上でしょうね」
 ミオが呟いた。
「魔王は城門の守りを固めている、と?」
「ええ」
 コウの質問に答えると、ミオは曇り空を見上げた。
 低く雲が垂れ込め、時折その雲の中を稲光が照らしている。もともと雷が苦手なノゾミは、落ちつかない様子だった。
「それしかないんだからさ、さっさと行こうぜ」
「策もなく突っ込んで全滅する気?」
 ユイナにそう言われて、ノゾミは黙り込んだ。不安気に空を見上げてぶつぶつ言う。
「さっさと戦いが始まっちまえば、こんな雷、気にもならないのにさ」
 それをよそに、ミオは城門を眺めた。鋼鉄と思われる、漆黒に塗られた高さ20メートルはありそうな巨大な城門。
「レイさん。普通あの扉を開けるにはどうしてましたか?」
「左右に塔がありますよね。その最上階に、この扉を開けるための魔法のからくりがあるんです」
 レイは答えた。
 彼女の話によると、それぞれの塔の最上階に大きな水晶球があり、その水晶球に魔力を注ぎ込む事で、扉が開くのだという。
 それを聞いて、ユイナは肩を竦めた。
「それじゃ、私が行けばいいわけね」
「ちょっと、一人でなんて無茶だ!」
 飛行呪文を唱えようとしたユイナに、コウが慌てて言った。
 ユイナは眉をつり上げて、コウをじろりと睨む。
「誰に向かって言ってるの?」
「一人で二つとも開けるなんて無理です」
 レイが言う。
「そんなことをしては、いくらユイナさんでも魔力が尽きてしまいます」
「それでは、わたくしも参りましょう」
 ユカリがにこにこしながら進み出た。
「ユイナさんには、かないませんが、わたくしも、一応、陰陽術は、心得ておりますので、魔力を注ぐくらいのことは、できると思いますよ」
「それじゃ、二人にお願いしようか」
 コウはうなずいた。ユイナもしぶしぶと言う感じでそれを受け入れる。
「私一人で十分なのだけどね。まぁ、いいわ」
「見てください」
 レイは城門の左右の塔の外壁にある小さな扉を指さした。
「あそこから中に入れます。塔の中には螺旋階段が、最上階の部屋まで続いています」
「階段なんてそんなうざったいもの、いちいち登らせる気なの?」
 不満気なユイナに、レイは告げた。
「多分、魔王の結界があるので、飛行呪文は途中で効かなくなっていると思います。階段を登っていくしかないと……」
「調べてみますね」
 そう言うと、ミオは背負い袋から白紙を出した。そして、胸のロケットを握る。
 ロケットは一瞬光り、みるみる細長いペンの形に変わった。彼女はそのペンで白紙に記号を書き、そして折りたたんで紙飛行機を作った。
「これで、いいでしょう。えい」
 軽く声を掛けて、その紙飛行機を飛ばすミオ。
 紙飛行機は、まるで自分の意志を持っているかのように、塔に向かって飛んだ。しかし、もう少しで塔につくという所で、不意に炎を上げて燃えてしまった。
「……やはり、結界を張ってありますね」
 ミオの言葉に、ユイナは嫌そうな顔をしながらも階段を上る事を受け入れざるを得なかった。
「ひとつ、聞いていい?」
 不意にユウコが訊ねる。
「塔を登るのはわかったけどさぁ、その前にこの裂け目、どうすんの?」
 そう言って、皆の前にぱっくりと口を開けている裂け目を親指で指す。
「また避けんの?」
「これ以上悠長によけて旅をするなんてことは無駄ね」
 そう言うと、ユイナは腕を組んでメグミに言う。
「地の精霊王を召喚なさい。橋をかけるわ」
「え? 地の精霊王さんですか? あ、あの……」
 メグミは口ごもったが、ユイナが苛々したように指で自分の腕をトントンと叩き始めたので、あきらめてうなずいた。
「わ、わかりました……クスン

《続く》

使用曲「二人の時」
作詞 ときめき作詞実行委員会/作曲 コナミ矩形波倶楽部

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