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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その 水の星へ愛を込めて

「あら、また呼んでくれたのね。お姉さん嬉しいわ。すりすりぃ」
 メグミに呼びだされた地の精霊王は、喜色満面でメグミに頬をすりつけた。
「きゃ! あ、あの、やめてください……」
 小声で言うメグミだが、もちろん聞こえない振りをする彼女。
「本当に、可愛い娘ねぇ。食べちゃいたいわ」
「あ、あの、お願いが……」
「え? あ、そういうことね。それじゃ代わりに一晩一緒に遊ばない?」
「私、あの、その……」
「うーん、可愛い。このままお持ち帰りしたいわねぇ」
「こぉの、すかた〜〜ん!!」
 すぱぁぁぁぁん
「……痛ったぁい!! まぁた、あんた?」
「メグミさんを困らせてどうするのよ!」
「まったくよ」
 水色の豪奢な衣装を纏った女性に加えて、白い軽そうな服の少女まで現れた。
 ミハルが目を丸くして呟く。
「水の精霊王に風の精霊王まで……。メグミちゃんって人気あるんだぁ」
 そのメグミは、3人の精霊王に囲まれて、気の毒なくらいおろおろしていた。
「あ、あの、あの」
「判ったわよ、こうすればいいんでしょ!」
 地の精霊王がそう言うと同時に、亀裂に一直線に橋がかかる。
「さぁて、仕事も終わったし、これからは二人で……」
「はい、用事が済んだらさっさと帰る!」
 にまぁっと笑った地の精霊王の背後から、風の精霊王ががしっと首に腕を巻きつけた。そのままずるずると引きずっていく。
「あ、こら、離せぇ! まだデートの約束がぁぁ!!」
「やかましいぃっ!」
「それでは、失礼いたします」
 最後に水色の衣装の女性が優雅に一礼し、そして3人の姿は消えた。
 コウは思わずミオに訊ねた。
「精霊王って、一体何なの?」
「総ての精霊を統べる偉大なる存在……のはずなんですけどね」
 ミオも引きつった笑みを浮かべるだけだった。
 そして、ユイナは一言呟いた。
「ブザマね」

 橋を渡り終わった一同は、城門のすぐ前までやってきた。不思議な事に、城壁の上には何の動きも見えず、矢も魔法弾も飛んでこない。
「どうする? みんなで行くの?」
「それには及ばないわ」
 あっさりと言うと、ユイナは塔を見上げた。
「一人で行くなんて危険だよ。中にどんな罠が仕掛けてあるかもしれないんだし」
「それにみんなで引っかかるつもり?」
 あっさりと言われて、コウは絶句した。
「そ、それは……」
「それじゃ、行ってくるわね」
 ユイナはすたすたと左の塔に向かって歩いていった。ミオがそれを呼び止める。
「待ってください」
「何?」
「せめて、これを持っていってください」
 そう言って、ミオは数枚の紙を渡した。ユイナはフンと鼻を鳴らした。
「魔力封じの呪符?」
「はい。水晶球の中に魔力を封じるというのなら、役に立つかもしれませんから。ただ……」
 ミオは苦笑した。
「その符、実はちょっと失敗しているんです。本来は張りつけたものの魔力は永遠に封じられるはずなんですが、その符はある程度の時間がたてばはがれてしまいます」
「欠陥品なわけ? ……まぁ、いいわ。貰っておくわね」
 そう言うと、ユイナはその紙片を無造作に懐に入れた。
「それでは、コウさん。わたくしも行ってまいりますね」
 ユカリは優雅に一礼すると、右の塔に向かって歩きだした。そのユカリに駆け寄るユウコ。
「あ、ちょっと待ちぃ! あたしも行くってば」
「まぁ、ユウコさんも一緒に行くのですか? ですが……」
「ほらほら、さっさと行くよ!」
 ユカリの手を引っ張るように、塔に近寄っていくと、ユウコは扉に手を伸ばした。
 その瞬間。
「え? きゃぁっ!」
「あれぇ〜〜」
 するっと、二人の姿は扉に吸い込まれるように消えた。
「ユウコさん、ユカリさん!!」
 コウが慌てて駆け寄ると、扉を叩いた。
 ダムッ、ダムッ。
 硬い手応えが返ってくるだけだ。コウは振り返った。
「レイさん、これは!?」
「それは……」
「魔力が宿っているようね」
 ユイナは扉に手を翳しながら呟いた。
「でも、魔王のそれじゃない。魔力を持つ者のみが通る事ができる、ということね」
「ええ、そうです」
 レイはうなずいた。
 ユイナやユカリの使う魔法の力、いわゆる魔力(マナ)は、精霊などと同じく中立の力である。
「それじゃ、どうしてユウコさんも?」
「おそらく……、メモリアルスポットに反応したのでしょう」
「でも、中でどうなってるかは疑問ね」
 ユイナの言葉に、ミオが聞き返す。
「どういうことですか?」
「本来、この扉は一人しか通さないように出来ているという事よ。そこを偶然だかなんだか知らないけれど、二人が通ってしまった。中で何が起こっているかは私にも判らないわ」
 そう言うと、ユイナは扉に手を伸ばす。
「それじゃ、私も行ってくるわ」
「あ、うん」
 反射的に返事をしたコウは、はっと気付いて止めようとしたが、その時にはもうユイナの姿も塔の中に消えた後だった。
 ドサッ
「あいたぁ! こ、こら、ユカリ、さっさと退きなさいよぉ」
「まぁ、これは失礼いたしました」
 ユカリが上から退いて、やっとユウコは体を起こす事が出来た。
 周囲は真っ暗で、何も見えない。が、忍者であるユウコは暗闇の中でもある程度のことは他の感覚で知る事が出来る。
 どうやら二人は、5メートル四方くらいの石に囲まれた部屋の中央に転がっていたようだ。時間はそれほどたっていない。
(四方……じゃないか。壁は円形みたいね)
 音の跳ね返り具合からそう判断するユウコ。
(呼吸の数は2つ。あたしとユカリ。二人とも特に怪我もなし。周囲に変な気配もなし……。じゃない!)
 ユウコは真っ暗な中、上を見上げた。
(何か、いる。超やばって感じ……)
「……ユカリ、感じる?」
「あん」
「ちょっと、変な声出すんじゃないの! ……え!?」
 とっさにその場を飛びのくユウコ。その足を何かぬめっとしたものが掠めた。
 スタッ
 石の床に着地したユウコは、あやうく足を滑らせかけながらも、絶妙なバランスの取り方で転倒は免れた。
 いつの間にか、床はべたべたする粘液で覆われていたのだ。
「!」
 何かがいる気配がする。
 ユウコは無言で腰の“桜花”を抜きながら、左手で懐から玉を掴み出し、投げ上げる。
 パァッ
 その玉が炸裂し、強烈な光を投げた。
「ユカリ!!」
 その光に照らしだされたものを見て、ユウコは思わず叫んだ。
 キィッ
 扉を押し開けて、ユイナはその部屋に入った。
 その部屋の真ん中には、大きな水晶球があった。
「これね」
 ユイナは呟くと、右手をその水晶球に向け、魔力を放った。
 次第に魔力を充填され、水晶球がほのかな光を放ち始める。
 その瞬間、不意に後ろから伸びた一本の触手が、ユイナの体を貫いた。
「な、なによこれぇ!」
 思わず絶句するユウコ。
 光に照らしだされたのは、部屋の半分を埋めつくした緑色の半透明のぶよぶよした物体だった。
「ユ、ユウコさぁん。ああん」
「ユカリぃ!」
 ユカリはその物体に半分埋もれていた。
「もうしわけ……あん」
「変な声出すんじゃないって! もう、あんまし世話かけさせないでよぉ」
 苦笑気味に言うと、ユウコは“桜花”と“菊花”を振るった。
 スパパッ
 ユカリの体を物体から切り抜く。開放されてふらっと倒れかかるユカリを、ユウコは慌てて支えながら、空いている手で懐から一本の竹筒を出し、投げつける。
 ドォン
 爆発し、粉々に吹き飛ぶ緑の物体。
「よぉし。こら、ユカリ! しっかりせい!」
 ユウコはユカリの頬を軽くぺしぺしと叩いた。
 ゆっくりと目を開けるユカリ。
「ユウコ……さん」
「ったく。あんまりぼーっとしてるのも……、ちょ、ちょっと、あにすんの!」
 ユカリの手がユウコの服の合わせ目から内側に入ってくる。慌てて振り払おうとするが、ユカリの力が思ったよりも強い。
「ちょ、ちょっと、冗談はやめてってば!」
「うふふふふ」
 艶然と微笑みながら、ユカリはユウコの上にのしかかってくる。
「こ、こら、ユカリ! あん、そこは……」
「うふふふふ」
「やめいっちゅうに!!」
 ボコン
 ユウコは“桜花”の柄でユカリの鳩尾を突いた。あっけなく気を失ってその場に倒れるユカリ。
「はぁはぁはぁ。超やばかったぁ。で、でも、普通のユカリじゃないよね」
 慌てて乱れた着物をちゃんと直して、ユウコはあらためてユカリをのぞき込む。
「どうしちゃったんだろ?」
‘くっくっく。あっけないものだな、魔力を出しつくした魔法使いなど’
 左の塔の最上階の部屋に、哄笑が響きわたった。
 ずるり。
 そんな音と共に、壁からそれが姿を現した。球体に手足を付けたようなその姿。いや、球体というより巨大な眼球といったほうがいいか。
 その右腕は、長く伸びてユイナを貫いている。
‘まぁよい。“鍵の守り手”は、この拾壱の鬼が討ち取ったわ。けっけっけっけっけ’
「何かと思えばゲドガリアスとはね。こんなことなら、つまらない小細工をする必要もなかったわ」
 一瞬にして、部屋の温度が氷点下にまで下がったような声だった。
 それは振り返った。
‘なんだと!?’
「ゲドガリアス。古代の邪神がこんなところで魔王の下僕に成り下がってるとは思わなかったけどね」
 そこには腕を組んだユイナがいた。ゲドガリアスは慌てて自分の右手が貫いているものを見た。
 そこには、ユイナの纏っていた青いマントが引っかかっているだけだった。
‘幻覚だと? おのれ、馬鹿にしおって’
「馬鹿にされるあんたが悪いのよ」
 そう言うと、ユイナはすっと右腕を振り上げた。
「死になさい」
「うーんうーんうーん」
 気を失ったユカリを前にして、ユウコは腕組みをして呻っていた。
「このまま放っておいてもしょうがないし、第一ユカリがいないと城門は開けられないんだけど、でもこのユカリはなんか変だしぃ……。あんまりやりたかないんだけど、しょうがないか」
 一人うなずくと、ユウコは腰から“桜花・菊花”を抜いた。そして話しかける。
「しゃべっていいわよ」
『ぷはぁ。もー、ずっとしゃべらしてくんないんだもん。超ムカって感じぃ』
『ほんとよねぇ! もう超MM!』
『だいたいあたし達を封じるってどういうつもりなんだかぁ。ちゃんちゃらおかしいのよねぇ』
『そうそう。あたし達くらい優秀なメモリアルスポットはないのにぃ』
『『ねー!!』』
(これだからやりたくないのよねぇ)
 頭の中にがんがん響く声に、ユウコは顔をしかめた。そして話しかける。
「ちょろっと聞きたいんだけどさ、ユカリのメモスポはどうなってる?」
『ええー? そんなこと聞くためにあたし達を引っぱり出したわけぇ?』
『なんか超かっこわるいって感じぃ』
『そーよねー』
「だぁー! いいからさっさと教えないと、こんど(検閲)のなかに突っ込んでこねくり回すわよ!」
『わ、わかったわよぉ。もう超怒りっぽいんだから』
『小じわが増えるよぉ』
「(プツン)折ってやるぅ! ぎったぎたに折って火山の中に放り込んで二度と再生できないようにしてやるぅぅ」
『まぁまぁ、落ちついて落ちついて。えっとねぇ……』
『なんか変ね』
「あんた達が変なのは判ってるわよ!」
『違うって。変なのはユカリの方よ』
「……へ?」
『ユカリの体の中に、なにか別のものが入り込んでるみたい』
「別のもの? それじゃ、さっき変だったのは?」
『うん。きっとそのせいよぉ』
『でも、今は動けないみたいだけどね』
「動けないって、どういうことよ?」
『ユカリのメモリアルスポットが、動けないように押さえてるみたい。でもあいつもそれで精一杯みたいだけどねぇ』
「あー、もうどうなってるってんのよぉ!」
 ユウコは頭を掻きむしると、立ち上がった。
「“桜花・菊花”、ユカリを助ける方法は?」
『ええー? ちょっと面倒かな、みたいな』
『なんかだるいーって感じぃ』
「本気で折るわよ」
 ユウコはぐいっと“桜花”を曲げた。慌てたように返事が返ってくる。
『ユカリの中に入り込んで、直接倒すしかないっていうかぁ』
『ま、そういうこと』
「ユカリの中へ?」
『そ。やる?』
「ロンモチ。さっさと行ってさっさとやろ!」
『しょうがないなぁ』
 その声と共に、“桜花”と“菊花”は輝いた。
「……くっ」
 ユイナは、痛みに耐えながら身を起こした。その身の上に積もった石の欠片がパラパラと落ちる。
 凄まじい魔力の爆発を物語るように、部屋の中は真っ黒にこげ、水晶球だけを残して残らず吹き飛んでいた。
 そして、ユイナの正面では、ゲドガリアスがユイナを馬鹿にするかのように彼女を睥睨していた。
‘この程度の障壁も破れんとはな。しかし、無茶をする。水晶球そのものが壊れたら、二度と城門は開かぬというのに。やはり愚か者か’
「手加減はしているわよ」
 そう言うと、ユイナは少し考えた。
 ユイナが魔法を放った瞬間、ゲドガリアスの正面に一瞬だけ見えた、六角形の光の壁。その壁に跳ね返された魔法が、ユイナを直撃したのだ。
(魔法を防ぐならともかく、反射する障壁など聞いた事がないわ。さすがは古代の邪神といったところかしら。興味深い存在ね)
 そう呟きながら、ユイナは懐から小石を2つ出して放り投げた。見る見るうちに、むくむくと大きくなり、人の姿を取る。
「行きなさい、手下アー、手下ベー!」
 ユイナが命令すると、その石人間はゲドガリアスに向かって突っ込んでいく。
‘子供騙しだな’
 ゲドガリアスがそう言うと同時に、どの石人間は2体とも木っ端微塵になって砕け散った。
 ユイナは唇を噛んだ。
(魔法はだめ、使い魔でもだめとなると、打つ手無しね……)
‘それで遊びは終わりかな。それでは今度はこちらからやらせてもらうか’
 ゆらりと、ゲドガリアスは動きだした。
「あれ? ここは?」
 見渡す限りの花畑の中、ユウコは一人立ちつくしていた。
『ここが、ユカリの心の中っていう感じ』
「そなの?」
 ユウコは辺りを見回して、苦笑した。
「まぁ、ユカリらしいといえばそうかもね」
 と。
「あれぇぇぇぇ」
 悲鳴が聞こえてきた。ユウコはさっと腰を落としてそっちの方に向き直る。
「ユカリ!」
 ドォン
 何かが爆発するような音が聞こえた。ユウコは走り出した。

《続く》

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