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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
サイレント・ヴォイス

バキィッ
ゲドガリアスの腕で殴られたユイナは、そのまま壁に叩きつけられた。嫌な音とともに激痛が走り、右腕が変な方向にねじ曲がる。
「右腕が折れた……か」
他人事のように、ユイナは呟いた。
信じられないのだ。自分がここまで成すすべなく一方的に打ちのめされているのが。
‘くっくっくっく。これまでか、“鍵の担い手”よ’
そのゲドガリアスの声に、ユイナは壁を背にして、ずるずると立ち上がった。左手で、空中に魔法陣を描く。
「これでも、くらいなさい!」
ヴン
光の魔法陣が回転しながらゲドガリアスに迫る。しかし、ゲドガリアスの手前でまた六角形の光の障壁にあっさりと跳ね返される。
「!!」
とっさに自分も障壁を張ろうとするユイナ。だが、右腕を上げようとしたとき激痛が走り、一瞬動作が遅れる。
光の魔法陣が爆発し、そして……。
「……右腕、切断」
ユイナは、つぶやいた。その蒼い瞳は、ごろりと転がった自分の右腕をとらえていた。
「ユカリ!!」
ユウコは叫ぶと、駆け寄っていった。
ユカリは両肩で荒い息をしながら、“黒南風”を構えている。その体は傷だらけで、血が滴り落ちている。
ユウコはその脇に駆け寄った。
「大丈夫、ユカリ!?」
「ユウコさん?」
信じられないものを見たというように、ユカリは目を丸くした。
「あたしが来たからには、もう超安心していいからね!」
そう言いながら、ユウコは“桜花・菊花”を抜き放ち、ユカリの対していた方に向き直った。
「!」
そのまま凍りついたように固まるユウコ。
二人に剣を向けているのは、二人がよく見なれた姿だった。
「……コウ、どうして……」
ユウコは呟いた。
ユイナは冷静に事態を分析していた。
彼女の右腕は、肘から先が切断され、彼女の前に落ちている。切断された傷からは、血が流れ落ちている。
このままでは長くは持ちそうにない。
『魔法の縄よ、我が意志に従い、戒めとなれ』
ユイナは呪文を呟き、魔力で作った縄で腕を縛り上げた。とりあえず出血は止まる。
しかし、片腕を失った今、両腕を使う呪文は使えない。それ以前に……。
(もう、使える魔力もあまりないわね)
彼女はちらっと水晶球を見つめた。淡い光を明滅させている水晶球は、その中にユイナの魔力を貯め込んでいる。
‘違う事を考えていられるとは、余裕だな。“鍵の担い手”よ’
ゲドガリアスはあざけるように言うと、ゆっくりと近寄ってくる。
「それほど余裕があるわけじゃないわ」
ユイナは静かに言うと、すっと左手を上げた。ゲドガリアスは警戒するように、その足を止めた。
彼女はふっと笑うと、左手の方向をずらした。ゲドガリアスから、水晶球へ。
そして、魔力を放った。
カァッ!
水晶球が輝いた。
‘愚かな! 残されたわずかな魔力を全て水晶球に注ぐとは!’
せせら笑うゲドガリアスに、ユイナは冷笑を返した。
「先にやらないといけない事を済ませただけよ。これで、こちらの塔の鍵は解けたわ」
そして、震える左手でミオから渡された符を投げる。その符は、まるで生き物のように水晶球にピタリと貼り付いた。
「そして、これで誰も水晶球に込められた魔力を開放できない……。もう、門は閉じられないわよ」
‘かまわんよ。我が愉しめれば、それでよいのだからな’
ゲドガリアスは嬉しそうに笑った。
無言で、コウが斬り込んでくる。
その瞬間、ユウコは疾った。
「ユウコさん!?」
「“曙光昇陽撃”!!」
ズバァッ
コウは斜めに斬られ、血を噴きださせながら倒れた。
スタッ
その脇に着地したユウコは、とどめを刺そうと“桜花”を振り下ろした。
キィン
「ユカリ!?」
その一撃を跳ね返したのは、ユカリの“黒南風”だった。
驚くユウコに向かって、さらに剣を振るうユカリ。とっさにとんぼ返りをうって下がると、ユウコは叫んだ。
「ユカリ、どういうつもり!?」
「ユウコさんこそ、コウさんになにをするのですか!」
「それはコウじゃない! そんなこともわかんないの!」
ユウコは叫んだ。
ユカリはコウを抱き起こすと、ユウコを睨んだ。
「ユウコさんといえど、コウさんを傷つけるなんて許せません」
「ユカリ、あんた騙されてるんだって!」
「いいえ。もう聞く耳は持ちません」
ユカリは立ち上がると、両手で印を組んだ。
「オン・マリシエイ・ソワカ!」
キィン
一条の光が放たれた。とっさに“桜花”と“菊花”を交差させてそれを跳ね返すユウコ。
「ユカリ、違うってば!!」
叫ぶユウコ。そのユウコに、ユカリの放った突風が襲いかかる。
「くぅっ!」
ダッシュしてそれをかわしたユウコの背中から、コウが襲いかかった。
「“気翔斬”!!」
ガスッ
背中にまともに技を受け、ユウコは吹き飛ばされた。花畑をごろごろと転がり、動かなくなる。
ザッザッザッ
足音が近づいてくる。それを聞きながら、ユウコは起き上がろうとしたが、身動きが取れない。
(あちゃぁ。背骨、やっちゃったのかぁ)
と、その時、声が聞こえた。
『我が名は“セタン”。メモリアルスポットが一にして、“心”の象徴なり』
その声は、手にした“桜花”と“菊花”から流れ込んでくる。しかし、いつもの“桜花”や“菊花”の声とは違っている。
(え? もしかして、ユカリの?)
『“遊”の象徴に認められし少女よ。目に見えるものに惑わされてはならぬ』
(……どういうことよ?)
『我が主人を助けてくれ』
ザッ
足音が止まった。ユウコが“黒南風”を振り上げる。
「すみません。コウさんのために、死んでください!」
「……やだよ」
その瞬間、ユウコの右手が走った。その手に握られている“桜花”が、鮮やかな銀色の弧を描く。
シュン
微かな音を立て、ユカリの首が空に飛んだ。血煙を吹き上げながら、頭を失った体が後ろ向きに倒れる。
次の瞬間、跳ね起きたユウコは、無造作に近づいてきていたコウの心臓に、“菊花”を突き刺していた。
ギャァァァッ
おぞましい叫び声が響きわたったかと思うと、花畑がふっと消滅し、辺りは闇に覆われた。
ユウコの正面では、緑色の小さな鬼が、胸を押さえて苦しんでいた。
‘お、おのれ、おのれぇぇ。拾弐が鬼のこの俺を傷つけるとはぁぁ’
「どうでもいいけどね、よくもあたしにコウやユカリを傷つけさせてくれたじゃん! この借りは高いわよ!」
ユウコはぴしっと“桜花”で相手を指した。しかし、小鬼はそれを無視して喋っている。
‘もう俺は終わりだ。だが俺だけでは死なぬ! 貴様も道連れにしてくれるわ!’
その瞬間、小鬼の姿が掻き消えた。
「しまっ……」
閃光が、ユウコの視界を染め、そしてその意識の総てを飲み込み、覆っていく……。
「……う、うん……」
ユカリはゆっくりと目を開けた。そして辺りを見回す。
「随分と嫌な夢を見ておりましたような気がいたしますが……、ここはどこなのでしょうか?」
ジジィッ
床の上で何かが燃えている。ユウコが放った照明弾がまだ燃えているのだが、ユカリはそうとは知らない。
薄ぼんやりとした視界の中に、見慣れた赤い髪の少女が写る。
「あらぁ? ユウコさんでは……、ユウコさん?」
ユカリはもの憂げに体を起こした。そして、乱れた自分の服もそのままに、ユウコに歩み寄ると、その体を揺さ振った。
「ユウコさん、起きてください。ユウコさん、ユウコさん……」
しかし、いくらユカリがゆさぶろうとも、ユウコが目を開ける事はなかった……。
「!」
不意にミオが顔を上げた。それと同時に城門が揺れた。
「な、なんだ?」
思わず辺りを見回すコウに、ミオは言った。
「ユイナさんが、左の塔の鍵を開けました」
「やったじゃん。さすがユイナさん! ……ミオさん、どうしたの?」
ミオは俯いて肩を震わせていた。
「今……、ユイナさんの声が聞こえたんです……。多分、魔法で声を飛ばしたんだと思います……」
「え?」
コウは、嫌な予感が背中を走るのを感じた。
ミオは顔を上げると、淡々と言葉を告げた。
「『鍵は開けたから、先に進みなさい』……と」
「先に進めって言ったって、ユイナさんが戻って来てないじゃないか」
「……ユイナさんは……」
ミオは俯いた。そして言う。
「もう戻れなくなりました……」
右の塔の最上階。
「ユウコさん、着きましたよ」
ユカリは、ドアを開けると呟いた。
彼女は、ユウコの体を置いて、階段を駆け登ってきたのだった。
「待っていてくださいね。すぐに戻りますから!」
そう呟くと、ユカリは両手で印を組み、その手を水晶球に向けた。
その手から、まばゆい光が迸り、水晶球に吸い込まれていく。
ややあって、水晶球が自ら光を放ち始める。
ゴゴゴゴゴゴ
地響きを上げて、巨大な門がゆっくりと開き始めた。
レイが呟く
「“オリオニクス”の門が開いた……」
コウは、右の塔を見上げた。
「ユウコさんとユカリさんは!?」
『みなさん、あとはよろしくお願いします』
不意に皆のメモリアルスポットを通して、ユカリの声が聞こえた。
「ユカリさん!」
サキが胸の聖印を押さえて、塔を見上げる。
「早く戻って来て!」
『残念ながら……、まだ戻れません』
ユカリの静かな声が、メモリアルスポットから聞こえてくる。
『ですが、必ずユウコさんと、後から参りますので。今は時間がございません。先にお進みになっていてください』
「!」
ミオははっと気付いた。辺りは次第に暗くなり始めている。
「コウさん、ユカリさんの言う通りです。今は時間が一刻でも惜しいときです」
「でも、ユカリさんやユウコさん、それにユイナさんを置いていくわけにはいかないよ!」
「大丈夫ですよ」
「……え?」
ミオの自信ありげな言葉に、コウは思わず聞き返した。
「どうして?」
「私たちには、メモリアルスポットがありますから」
そう言うと、ミオは開いた門の奥を指した。
「さぁ、進みましょう」
「う、うん」
コウは深く息を吸い込み、そしてうなずいた。
「わかった。今は進もう」
「行かれましたか」
ユカリは、微笑した。そして、ユウコの体をぎゅっと抱き寄せた。
「ユウコさん。お助けいたします。あなたに助けていただいたこの命を賭してでも」
そう呟き、彼女は懐から黄金の埴輪を出した。そして、前に置くと、目を閉じて印を組む。
「アウラビヤカウン・アミラハッタ・ダムダハッタ・ウン」
カァッ
一瞬埴輪が輝いた。かと思うと、そこには古風な鎧を纏った凛々しい若武者が立っていた。
彼は片膝をついて、頭を下げた。
「お呼びでしょうか、我が主人よ」
「ええ、“はにまる様”」
そう呼ぶと、若武者は苦笑した。
「私の名前は、“セタン”と申します」
「まぁ、御名前があったのですか。これは失礼をばいたしました」
恐縮したように頭を下げるユカリに、彼は慌てて手を振る。
「いえ、そのような、もったいない。元はといえば名前を告げなかった私の方に落ち度があるのですから」
「まぁ、そうですか。それでは、ええと、センタさんでしたか?」
「セタンです」
「セーターさん?」
「……“はにまる”で結構です」
「まぁ、そうですか」
ユカリは目を細めて微笑んだ。そして、真面目な顔になる。
「はにまるさん、ユウコさんの事なのですが……」
「判っております」
“セタン”改め“はにまる”は、うなずいた。
「ユウコ様は、魔王の部下である壱弐の鬼によって心を破壊されてしまったのです。今のユウコ様は、体こそ生きてはおりますが、とても生きているとは言えない状況にあります」
「なんとかならないでしょうか?」
「私に出来る事は、あなたを、そして勇者殿をお守りする事だけです」
彼は言った。ユカリの顔に失望が広がる。
「そうですか……」
「方法は、あります」
彼は言葉を続けた。
「私がユカリ様をお守りするように、ユウコ様にはユウコ様をお守りするための者がおります。ユウコ様のメモリアルスポットである“桜花”と“菊花”がそれです」
「まぁ、そうなのですか?」
「はい。彼女らなら、ユウコ様を救う手だてを知ってると思います。ただ……」
「ただ?」
「あ、はい」
彼は苦笑した。
「私は彼女らが少々苦手でして。ですが、それは些細な事ですから……」
「ご迷惑をおかけしますね」
ユカリにそう言われて、彼は苦笑した。
「これが……」
いつしか、辺りは暗闇に包まれていた。メグミが召喚した光の精霊が照らす中、コウ達は第2の城門に着いていた。
レイが言う。
「ええ。これが第2の城門、“アルケナル”です」
「でも、ここには塔はないんだなぁ」
ノゾミが門を見上げた。
「ええ。ここは内側からしか開かない門です」
そうレイが言ったのにあわせるかのように、ゆっくりと門が開いた。
緊張して身構える一同。
音もなく開かれた門の向こうは篝火が焚かれ、その赤々と燃える炎に照らされて全身を甲冑に固めた、一人の騎士が立っていた。その身の丈はおよそ2メートルにも及ぼうかという長身と、それに見合ったがっしりとした身体の持ち主。
「だ、誰だ!?」
コウの叫び声に、その騎士は答えた。
「私の名は……、魔王十三鬼の第拾位、フドウ」
「!」
その言葉に息を飲むレイ。ミオがフドウから目を離さずに訊ねた。
「ご存じなのですか?」
「ええ」
レイはうなずいた。
「魔界の騎士、フドウ。1000年前、ミナコ姫が魔王にさらわれたとき、勇者フルサワだけが姫を救いに行ったのではありません。他にも数多くの者が魔王に挑み、そしてことごとく敗退していったのです」
そう言うと、レイはちらっとコウを見た。
「フドウはそうして魔王に破れた者の中でも最強の騎士だった男です。魔王はそれを復活させ、自分の下僕としたのです」
「最強の……騎士」
コウはフドウの姿を見つめながら、呟いた。
《続く》

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