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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その もう一度Tenderness

「そういえば、古文書にもありました」
 ミオは思い出しながら呟いた。
「『フドウを始めとした騎士達はことごとく破れ……』と。古文書の中で勇者達以外で唯一名前が出てくる人の名が、フドウ、と……」
「それじゃ、あいつが……?」
 騎士は、ゆっくりと背中に背負った剣を抜いた。
「勇者よ、そちらから来ないのなら、こちらから行かせてもらう」
「え?」
「斬馬刀!」
 ノゾミが、その巨大な剣を見て叫ぶ。
 その巨大さゆえに圧倒的な破壊力を持つという刀。しかし、それを取り回せるだけの膂力を持つ者はそうはいない。そのため、戦場でもめったにお目にかかれるものではなかった。
「いくぞ! “烈壊激震破”!!」
 フドウが叫んで剣を振り下ろしたその瞬間、大地が揺れた。衝撃波がコウ達に襲いかかる。
「わぁぁっ!!」
 全員が、一瞬にしてなす術なく吹き飛ばされた。

 ドカァッ
 壁に叩きつけられ、ユイナは床に転がり落ちた。
 床に血が広がっていく。
 荒い息をつきながら、ユイナは言った。
「なぜ……ひと思いに殺さないの……」
‘楽しみをさっさと終わらせるのはしのびないのでな’
 ゲドガリアスは笑いながら答えると、ユイナの体を蹴った。そのまま壁に叩きつけられ、また床に転がるユイナ。
‘なにせ、生身の人間をいたぶるのは1000年ぶりだしなぁ’
 ユイナは返事をしなかった。
 もう自分の体の中には、まったく魔力は残されていない。すべてを水晶球に注ぎ込んでしまったのだ。さらに、魔力封じの札を水晶球に貼ったため、その魔力を引きだすことも不可能である。
 そして、彼女自身の肉体も既にぼろぼろだった。手足の骨は砕け、背骨も折れ、内臓にも深いダメージを受けている。
(このままでも、10分も保ちそうにないわね)
 冷静に判断して、ユイナは思わず苦笑した。それがどうしたというのだ。
 ゲドガリアスは、ユイナの髪を掴んで引きずり起こした。
‘くっくっく。楽しいなぁ、楽しいよぉ’
 そのまま壁にユイナの体を叩きつける。
 グシャ
 またどこかの骨が折れたようだった。
 しかし、通常なら気を失うほどの激痛を感じながらも、ユイナの意識は途切れない。ゲドガリアスが、わざと気絶させないようにしているのだ。
‘けけけけけ’
 笑いながら、ゲドガリアスは腕を振り下ろした。
 ガスッ
 また、鈍い音がその部屋に響いた。
「み、みんな、大丈夫か?」
 コウはよろよろと起きあがりながら訊ねた。
「大丈夫と、言いたいところですけれど……」
 ミオは左腕を押さえて、痛みに耐えながら立ち上がった。
「……皮肉なものですね。ずっと痛みを我慢してたから、すこしくらい痛くても大丈夫になってしまった、というのは……」
 他のみんなも、呻きながらも起きあがった。
 フドウは、剣を地面に杖のように突き刺して、こちらを眺めていた。
「随分手加減したのだがな、この程度で倒れるとは思わなかったぞ」
「くそっ!」
 コウは剣を抜こうとした。しかし、その手をノゾミの声が止めた。
「あたしが、やるよ」
「ノゾミさん!?」
 ノゾミが、“スターク”を抜き放ち、コウの前に出た。肩越しに振り返って言う。
「あたしがこいつの相手をしてるからさ、その間に先に進んでくれよ」
「そんな、無茶な!」
「時間が、ないんだろ? それに……。な、なんでもない」
 ノゾミは、言葉を濁すと前に向き直った。
 ミオはうなずいた。
「それじゃ、私たちは先に行っていますね」
「ミオさん!」
「コウさん」
 ミオは静かに言った。
「目的を忘れたのですか?」
「でも、ノゾミさんを置いてなんて……!」
「あのな、コウ。あたしが負けるとでも思ってる?」
 そう言うと、ノゾミは剣を振るった。
「“水竜破”!!」
 フドウの身体が水の龍に飲み込まれる。
「ほら、今のうちに、早く!!」
「あ、ああ」
 コウはうなずいた。そして駆け出しながら叫ぶ。
「きっと追いついて来てくれよ!」
「ああ、すぐに行くって!」
 ノゾミは笑って言うと、ぴっと親指を立てて見せた。
 コウ達の姿が見えなくなってから、不意に荒れ狂っていた水の龍が爆発したようにちぎれ飛ぶ。
 その中に、フドウの姿があった。
「貴様の望み通り、勇者達は通してやった。さぁ、私と戦うのだ!」
「ああ!」
 ノゾミは“スターク”を握りしめた。
『気をつけよ。あの一撃をまともに受けると、我とて耐えられるかどうか判らぬ』
 声が響いた。ノゾミの剣“スターク”の声だ。
「ああ、判ってる。最初から全開で行くぜ!」
 ノゾミは剣を振り降ろした。
「キヨカワ流究極奥義“海王波涛斬”!!」
「きゃーきゃー! セタンさまお久しぶりぃ!」
「あ、菊花ってばずるぅい! こら、離れなさいよぉ」
「やだもーん。桜花はおとなしくしてなさい」
「こぉのー! はなれなさーい!!」
「あっかんべーだ」
 二人の少女にまとわりつかれ、困り切った顔でセタン、もとい、はにまるはユカリに助けを求めた。
「ユカリ様、なんとかしてください」
 ユカリはにこにこしながら答えた。
「まぁ、仲良きことは美しきかな、とも申しますし、よろしいではありませんか」
「し、しかし、これではユウコ殿をお助けするどころではありませんぞ」
 その言葉に、ユカリはぽんと手を打った。
「あら、まぁ、そうでしたね」
(本当に大丈夫だろうか? いや、我々メモリアルスポットがその主人に対して疑いを持つなど言語道断。反省せねば)
 自分のメモリアルスポットがそんなことを考えているとは知らず、ユカリは二人の少女に訊ねた。
「あのぉ、少々おたずねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか? 実は、ユウコさんのことなのですが」
 どちらがどちらか、髪に挿している花で見分けるしかないほどよく似ている二人の少女、言うまでもなく、ユウコのメモリアルスポットである一対の小剣、“桜花・菊花”が実体化した姿である。
 桜の花を付けた方の少女が小首を傾げて答えた。
「あたし達の主人のユウコのことっしょ? もう死んじゃったんじゃないかな?」
「桜花!」
 はにまるが声を荒げた。びくっと身をすくませる桜花。
「ご、ごめんなさぁい」
「やーい、怒られてやんのぉー」
 早速もう一人の少女、菊花がはやし立てる。桜花はむっとして菊花にくってかかった。
「なによぉ。あんただって色々言ってたくせにぃ」
「あ〜、そういうこと言う?」
 はにまるは口喧嘩を始めた二人を横目で見ながら、ユカリに囁いた。
「ユカリ様、これではお役には立たないのではないでしょうか?」
「そうですねぇ。ユウコさんがちゃんと生き返ってくださったら、はにまるさんをちゃんとお二人に紹介してさしあげようかな、とも思っていたのですが、これでは考えなおした方がよさそうですねぇ」
 その瞬間、ユカリの足元で桜花と菊花は頭を下げていた。
「なんなりとお申し付けください、ユカリ様」
「まぁ、ありがとうございます」
 ユカリはにっこりと微笑み、はにまるは頭を抱えるのだった。
「どうだ!?」
 一気にフドウの脇を駆け抜けたノゾミは、振り返った。
 しかし、そこにフドウの姿はない。
 愕然としたノゾミに、不意に後ろから声が聞こえた。
「ノゾミ・キヨカワといったか? ……そうか、おまえが、我が剣を……。しかし、剣の切れが甘い。スピードもまだまだだ」
「なっ!」
 とっさに飛び退こうとするノゾミの頭が、ぐいと掴まれた。フドウが、左手で彼女の頭を鷲掴みにしていたのだ。
「どうした? このままでは、頭が潰れるぞ」
 そう言いながら、手に力をだんだん込めていくフドウ。
 ノゾミはじたばたともがくが、その手は外れない。
 だんだんと意識が遠くなっていく。
(こ、こんなに簡単に、やられてたまるもんか!)
 渾身の力を振り絞り、ノゾミは叫んだ。しかし、声が出ない。
 薄れていく意識の中、不意にある光景が浮かんだ。
 それは、スライダの街外れの砂浜。
 憮然として座り込むノゾミに、ユウコが笑いながらいう。
『ノゾミってばさ、剣にこだわり過ぎよぉ。それじゃ勝てるもんも勝てないって』
 それは、ユウコと手合わせした後の光景だった。
 自分の愛剣であるはずの“桜花・菊花”をあっさりと捨ててみせ、それに気を取られたノゾミは、気がつくと背中に小剣を突きつけられていた。
 負けを認めたノゾミに、ユウコはそう言ったのだった。
 カラン
 軽い音がした。ノゾミの手から、“スターク”が落ちたのだ。
「ふん、もう終わりか」
 フドウが呟いた瞬間、不意にノゾミの身体が跳ね上がった。綺麗に伸びた足のつま先が、フドウの横っ面にのめり込む。
 ガキィッ
 フドウの兜が転がり、ざんばら髪が乱れた。
 ノゾミはすかさず力の抜けた左手から逃れ、“スターク”を拾いながら飛び退いた。
「くっくっく、そうでなくては、な」
 フドウは笑みを浮かべ、そして改めて剣を構える。
「それでは、宴を続けるとしようか?」
 ノゾミは“スターク”を横薙ぎに振るった。
「“大海嘯”!!」
 ドドォーッ
 津波がフドウに襲いかかる。
 フドウは剣を振り上げ、振り下ろす。
 バァッ
 それだけで、彼の眼前で津波は真っ二つに裂け、左右に消えた。
「はぁはぁはぁ、……これもだめか」
 荒い息をつきながら、呟くノゾミ。
 彼女の使える技は、ことごとくフドウには通用しなかった。
「どうした、それで終わりか?」
 余裕綽々という感じで、フドウは言う。
「ならば、こちらから行かせてもらう!」
 その姿がふっと消えた。かと思うと、眼前にいる。
「!!」
 斬馬刀が振り降ろされた。とっさに“スターク”で受け流すノゾミ。
 ギャリリリリリ
 耳障りな音が刃と刃の間で鳴り、火花が滝のように流れ落ちる。
「いい判断だ。しかし!」
 ゴッ
 鈍い音がした。ノゾミの身体が空にとばされる。
 フドウはノゾミを蹴り上げたのだ。
 次の瞬間、フドウの斬馬刀が振り上げられた。空中のノゾミに向かって必殺の弧を描き、迫る。
「!!」
 その瞬間、ノゾミは反射的に“スターク”を振り下ろしていた。
 ガキィン
 かろうじてその一撃は止めたが、そのままはじき飛ばされるノゾミ。
 その背後に、“アルケナル”の城門があった。
 そのまま、受け身も取れずにノゾミは城門に叩きつけられていた。
 ドォン
 爆発でもしたかのように、門が震え、そして、ノゾミが地面に落ちる。
 フドウは、そちらに向き直り、剣を構えた。
「その程度では、魔王は倒せんぞ」
「……な、なんだって?」
 ノゾミはふらふらしながらも立ち上がった。そして、ハッとする。
「そ、その構え……」
 フドウの剣の構えには見覚えがあったのだ。
「正直言って、この技が使える者がいようとは思っていなかった。しかし、どうやら正しくは伝わっていなかったようだな」
 フドウは、ゆっくりと言った。
「その目に、その身体にしかと焼き付けるがよい。これが奥義だ!」
 その身体から気が渦巻き、発散される。
 次の瞬間、フドウは地を蹴った。
「“海王波濤斬”!!」
 ドゴォッッッ
 その一撃は、ノゾミを直撃していた。そして衝撃波が、“アルケナル”の門を、粉々に吹き飛ばす。
「な、なんだ?」
 コウは振り返った。背後からすさまじい爆発音が聞こえたのだ。
「コウさん、見えてきました」
 そのミオの声に、コウは前に向き直った。
 目の前に、大きな門が忽然と現れていたのだ。
「これが第3の門、“シリオン”です」
 レイが静かに告げた。
「で、この門はどうやって通るの?」
 訊ねるコウに、レイは肩を竦めた。
「“アルケナル”の門と同じです」
「ということは、向こうで誰か待ってると?」
「……いうことらしいわね」
 アヤコが呟くと同時に、門が静々と開き始めた。
 その向こうに、一人の女性がたたずんでいた。コウ達を見ると、深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました」
「え?」
「私は魔王様直属の十三鬼、第九位のリラ。以後お見知り置きを」
「あ、ども」
 思わず頭を下げるコウに、ミオが突っ込む。
「敵ですよ」
「あ、そうか! リラっていったな! ここを通してもらうぞ!」
「はい、どうぞ」
 あっさり言うと、リラは微笑んだ。
「通れるものなら、ね」
「それでは、ユウコさんは、死んでしまったというのですか?」
「正確には、ちょろっと違うんだけどね〜」
「そうそう。まだ死んでないっていうかぁ、でも死んじゃったっていうかぁ」
「はぁ、どういうことなのでしょうか?」
 小首を傾げて、頬に手を当てるユカリにかわって、はにまるが訊ねる。
「もう少しわかりやすく説明してくれぬか?」
「はい!」
 菊花がぴしっと背を伸ばすと、言った。
「あたしもよくわかんないんですけど、あのときユウコってば、肉体から離れてユカリの心の中にいたわけです。だから、心だけ死んで体が死んでいないっていう状態なわけですよね」
「だけど、このまま放っておくといずれ体も死んじゃいます。そのときこそ、本当に死んじゃうんですよ」
「でもでも、今はまだ死んでません。つまり、今のうちにユウコの心を連れ戻せれば、ユウコだって生き返ると思うんですぅ」
「ユウコさんの心を連れ戻す?」
 代わる代わるしゃべる桜花と菊花の言葉を聞き、ユカリは聞き返した。
「そうなんですぅ」
「ユウコも戻りたがってはいるんですけどぉ、向こうで十三鬼に捕まってて、帰ってこられないっていう感じぃ」
「チョベリバなのよねぇ」
 頷きあう二人。
「どういうことなのでしょうか?」
「つまりさぁ、あっちの世界じゃユウコってば力が出せないっていう感じ?」
「だから、その十三鬼に捕まって逃げられないんだよね〜」
「それでは、その十三鬼を倒して、ユウコさんを開放すれば、ユウコさんは生き返ってくださるというわけなのですね?」
 ユカリの顔に笑みが浮かんだ。そして彼女は二人に言った。
「それで、ユウコさんが捕まっている所にはどうやっていけばよろしいのでしょうか?」
「ユカリ殿!」
 慌てて、はにまるがユカリの袖を引くと、囁いた。
「この二人が申しているのは、おそらく黄泉の国の入り口のことでしょう。確かに私どもの力でユカリ殿をそこまでお送りする事は出来ましょう。ですが、あの世界では、何が起こるやも知れません。危険過ぎます!!」
 ユカリは、ゆっくりと首を振った。
「ユウコさんは、わたくしを助けてくださいました。今度は、わたくしがユウコさんをお助けする番です。……たとえ、この命を失うことになるとしましても……」
 その言葉を聞いて、はにまるは深々と頭を下げた。
「我が主人よ。仰せのままに」

《続く》

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