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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その Trust You Forever

 ノゾミは、真っ暗な空間を漂っていた。
(これが……、死ぬってことなのかなぁ……。ごめん、コウ……。大きな口叩いといてこれじゃ、ざまぁないよね……)
 不意に、彼女の前に一人の男の姿が現れた。
 筋骨たくましく、堂々とした体格の長身の男だ。
 始めてみる男だが、ノゾミには彼が誰なのか判った。
「……ごめん、スターク」
 彼女は呟いた。
「あたし、勝てないよ」
「我が主人よ」
 彼は始めて口を開いた。それを遮るように、ノゾミは首を振った。
「勝てないよ、フドウには。思い出したんだ。あたしのキヨカワ流の開祖は……」
 ノゾミは一旦言葉を切った。そして顔を上げた。
「キラメキ王国最強と謳われた騎士、フドウ・キヨカワ。つまり、あいつなんだ」
「それがどうしたというのだ? 我が主人よ、あなたは誰だ?」
「……?」
 スタークの問いの意味がつかめず、ノゾミは首をかしげた。
 彼は静かに言った。
「我が主人よ。あなたはフドウ・キヨカワではない。ノゾミ・キヨカワだ。確かに彼はキヨカワ流の祖かもしれない。しかし、だからあなたが勝てないということにはならない」
「……スターク、あんた……」
「一旦勝負になれば、強いか弱いか、勝つか負けるか、どちらかしかない。そして、最後まで生きていた方が、勝ちだ」
 そう言うと、彼は腕を組んだ。
「確かにフドウは強い。だか、我が主人よ。あなたはまだそれに対して総てをぶつけてはいない」
「そんなことはない! あたしは使える技は全て使ったんだ!」
 ノゾミはぎゅっと拳を握り締めた。
「だけど、あいつには通用しなかった……」
「一度通用しなかったから、で、あきらめるというのか?」
 スタークは問いかけた。
「それは……」
「ならば、放つがいい。奴を倒すまで」
「……そうか。そうだよね」
 ノゾミは深くうなずいた。そしてスタークに手を伸ばす。
「来い、スターク! もうちょっとやるぜ!」
「御意!」
 その瞬間、彼の身体は閃光を発し、そしてノゾミの手元で剣となった。

「……これまで、か」
 フドウは、崩れ落ちた門を背に、残馬刀を納めた。そのまま、コウ達を追おうと歩きだす。
 しかし、3歩進んだ所で立ち止まった。そして振り返る。
 ガラガラッ
 瓦礫の崩れる音がし、ノゾミが立ち上がるのが見えた。
 パキィ
 微かな音がしたかと思うと、彼女が身に纏っていた鎧が、ひび割れ、砕けて彼女の足元に散らばる。
 だが、彼女はそれに構わずに剣を構えた。
 フドウは向き直った。
「鎧も無しにどうする? 我が技をもう一度その身に受けると、その身体はあの門のごとく粉々になるぞ」
「……そうかもしれない。でも、あたしはまだ戦えるんだ」
 ノゾミはそう言うと、すっと剣を斜めに降ろした。
 それは、“海王波涛斬”の構え。
「あんたの技を見せてもらったからね。今度は、完璧に撃ってみせる」
「そうか……。なら、こちらもいくぞ」
 彼は、剣を地面につきそうなほど低く構えた。ノゾミは、はっとする。
「その構え、まさか、“冥王雷撃斬”?」
 キヨカワ流究極奥義は3つある。ノゾミも会得している“海王波涛斬”と、あと2つ。“天王飛翔斬”と“冥王雷撃斬”がそれである。
 “天王飛翔斬”は、ノゾミの師匠だった父が会得していたので見た事はある。しかし、“冥王雷撃斬”は、伝える者もなく、まさに幻の奥義と呼ばれていた。ノゾミもミオの助力を得て色々調べたのだが、起点となる構えが下段の構えであること以外判らなかったのだ。
 ノゾミの手が、震えた。
『我が主人よ、恐れることはない』
 心配したのか、“スターク”が呼びかけてきた。
 ノゾミは、微かに笑った。
「ちがうよ、スターク。嬉しいんだ、あたしは。この目であの技が見られるんでね」
 そう呟き、彼女は“スターク”を握り直した。
「こうなったら、何がなんでも死ねなくなっちゃったね。あの技を持って帰らなくちゃならないからね」
 コウ達は第3の門“シリオン”の前で、リラと名乗る女性と対峙していた。
 彼女は微笑んだ。
「どうなさいました? いらっしゃらないのですか?」
「ど、どうしよう?」
 コウはミオに訊ねた。首をかしげて俯くミオ。
「相手の能力も判らないのでは、対策も立てられません……」
「いらっしゃらないのなら、それでもかまいませんよ」
 リラは、コウ達が動かないのを見て、左手を一振りした。と、そこに瀟洒なテーブルと椅子が現れる。
 彼女はそこに座ると、テーブルの上に乗っていたカップを掲げてみせる。
「勇者さまに、乾杯ですわ」
「もう、ユミあったまに来たぁ!!」
 その瞬間、ユミが地を蹴った。そのまま突っ込んでいく。
 ユミの腕にはめられた手甲が光を放つ。
「いっくぞぉぉ! ユミボンバー!!」
 ドォォォン
 爆煙と共に地面が裂け、閃光がその中から吹き上がる。
 彼女はその光に飲み込まれた。
「どぉだぁ!!」
 地面に腕を振り下ろした姿勢のまま、ユミが顔を上げる。
 その得意満面の笑みが、ひきつった。
「あら、いけない娘ね、いきなりなんて」
 リラが、ユミの眼前にいたのだ。
「ええい!!」
 その瞬間、ユミの身体が宙に舞った。ジャンプして、そのまま蹴りを放つ。
 しかし、その蹴りは虚しく空を切った。というよりも……。
「当たったはずなのに、すり抜けた?」
 コウが思わず呟く。ミオは叫んだ。
「ユミさん、戻って!!」
「え? きゃうっ!」
 リラの手が振り下ろされた。その手から放たれた光の玉がユミの身体で炸裂し、爆発に吹き飛ばされて、ユミはコウ達のところまで転がってきた。
「ユミちゃん!」
 慌てて抱き起こすコウに、ユミは笑ってみせた。
「えへ。失敗しちゃったぁ」
「よかった」
 ほっとするコウ。
 ユミは、黒く煤けた手甲をブンと振った。
「やだ、汚れちゃったよぉ」
「なるほど。とっさに手甲で直撃を防いだわけですね」
 ミオはうなずくと、笑みを浮かべてこちらを見ているリラに視線を向けた。そしてメグミに言う。
「メグミさん、あの人の精霊を見てください」
「あ、はい」
 うなずくと、メグミは彼女を注視した。
 生きとし生けるものには、すべて精霊が宿っている。中立の存在である精霊は、それが魔王に組する者であろうと、まったく関係はない。
 逆に言えば、死せる者、つまりアンデッドの類は、精霊を見れば一目瞭然である。
 だが、メグミは困惑した表情で首を振った。
「あの、普通の精霊です」
「……そうですか」
 その瞬間、ミオはリラの正体について頭の中で立てた仮説のうち二つを抹消した。
 1.アンデッドの中でも上級の、肉体を持たない精神体。
 2.魔法などで写し出された、いわゆる幻影。
(それでないとすれば、ユウコさんのように超高速で動き、残像を攻撃させているのでしょうか? それとも……)
「ヘイユー! ユーの正体は見切ったわ!」
 突然、アヤコが高らかに言い切った。
「まぁ、そうですか?」
 余裕の態度を見せるリラ。
 アヤコは肩を竦めた。
「イエス、本当よ」
「何なの?」
 訊ねるコウに、彼女は真顔になって答えた。
「バニッシャーよ」
「バニー?」
「ノンノン。バニッシャー。古代の魔法によって肉体を消滅させた魔法使いよ」
「まさか!」
 ミオが思わず口に手を当てた。
 リラはにこっと笑った。
「大当たり、ですわ」
 バニッシャー。それは、はるか古代の魔王王国に起源をさかのぼる。
 魔法使いにとって最大の危険、それは自分の肉体を攻撃される事であった。どんなに偉大な魔法使いであっても、その肉体はあまりに脆弱だった。
 それに飽き足らぬ一部の魔法使いは、禁断の研究に手を染めた。それは、自分の肉体を消滅させ、精神体だけをこの世界に留まらせようという呪文。
 幾多の失敗の末、完成した呪文。しかし、その呪文が生み出した肉体を持たぬ魔術師達は、次々と狂気に追いやられていった。
 そう、肉体を失うことは、人間にとって耐えられぬほどのストレスを引き起こしたのだ。
 こうして、その研究は中止された。
 だが、それまでに生み出された、肉体を失った魔術師の数は、知られていない……。
 そう説明してから、ミオはリラに視線を向けた。
「古代の魔法王国の魔術師たるバニッシャーには、通常の魔法は無力に等しいですね。また、直接攻撃も、さっきのユミさんの攻撃を見て判る通り効果はありません」
「じゃあ、どうするの?」
 聞き返すコウに、意外な声が答えた。
「わ、私が、……やります」
「メグミちゃん!?」
 メグミは、ムクをぎゅっと抱きしめて、もう一度告げた。
「私が、あの人を押さえていますから、皆さんは先に進んでください」
「メグちゃん!」
 駆け寄るミハルに、メグミは言った。
「ミハルちゃん、コウさんを、守ってね」
「何言ってるのよぉ! メグちゃん……」
「確かに、精霊魔法なら、バニッシャーに対しても有効かもしれません。少なくとも、黒魔法よりは効果が期待できます」
 ミオは呟き、メグミを見つめた。
「ですが……」
「大丈夫。やれます」
 メグミはうなずいた。そして、リラを見つめ、小さな声で呟いた。
 その呟きを聞き取ったミオは、うなずいた。
「わかりました。先に、行かせてもらいます」
「あとで、きっと行きます」
 そう言うと、メグミはムクを地面に降ろした。そして大きく手を広げる。
「大地の精霊よ、風の精霊よ、炎の精霊よ、そして水の精霊よ。私のお願いを聞いてください……」
 その瞬間、リラのまわりで炎と水が風に煽られ、渦を巻いた。そして大地が陥没してその身体を覆い隠す。
「今のうちです!」
「コウさん、行きましょう」
 ミオが言う。コウはうなずいた。
「ああ。メグミちゃん、きっと、また逢えるよな」
「あ、はい」
 メグミはうなずくと、微笑んだ。
「コウさん、あの……、頑張ってください」
「ああ。行こう、みんな!!」
 コウ達は、精霊達の脇を駆け抜けていった。
「ここは、どこなのでしょうか?」
 ユカリは、辺りを見回した。
『黄泉の国の入り口でございます』
 その声に、ユカリは自分の体を黄金の鎧が覆っているのに気がついた。
「まぁ、あなたは、はにまるさんですか」
『はい。この姿でユカリ殿をお守りいたします』
「そうですか。よろしく、お願いいたしますね」
 そう言ってから、再度辺りを見回すユカリ。
 そこは荒涼とした河原だった。黒い水を湛えた大河がゆったりと流れているのが向こうに見える。
 大河の向こう岸は霞んで見えない。
 ユカリは頬に手を当てた。
「もしかして、これが三途の川とか申すものなのでしょうか?」
『はい。そして、ここが賽の河原でございます』
「そうですか? それにしては、石を積む子供の姿が見えませんねぇ」
『それは、向こう岸の光景でございます。それよりも……』
「そうですね。ユウコさんを探さなくては……」
 ユカリはうなずいて、歩きだした。
「ゆくぞ、若き騎士よ!」
「おう、来いっ!」
 ノゾミとフドウは、同時に地を蹴った。そして、技を放つ。
「“海王波涛斬”!!」
「“冥王雷撃斬”!!」
 二人の放った技と技が、二人の間でぶつかり合い、せめぎ合う。
 逆巻く荒波に、いくつもの雷が落ちる。
 ズッ
 フドウの技に押され、ノゾミの足が下がる。
「くっ!」
 ノゾミが唇を噛んだ。その瞬間、荒波を雷が砕いた。
 ドゴォォン
 爆発が起き、そして辺りが静まり返る。
 爆煙が納まったとき、そこに立っていたのはフドウだった。
「やはり、無理だったか……。我を解き放つことは、出来なかったか」
 そう呟き、向き直ろうとした刹那。
 ピィーン
 何かを弾くような音がした。かと思うと、フドウの鎧の肩あてにひびが入り、砕けて地面に落ちた。
「これは!」
「まだ……だよ」
 ノゾミは、フラリと立ち上がった。口元から流れる血を拭って、にやりと笑う。
「見せてもらったよ。“冥王雷撃斬”をさ」
 フドウは、砕けた肩あてに触れた。
「そうか、それだけ威力が増しているという事か。我が奥義の威力を打ち消すほどに……」
 そう呟き、彼はノゾミに向き直った。
「騎士よ、今一度、名を教えてくれぬか?」
「ノゾミ……。ノゾミ・キヨカワ」
 ノゾミは静かに名乗った。フドウは深くうなずいた。
「そうか。ノゾミよ、おまえなら、我が宿縁を断ち切れるか?」
「え?」
 聞き返すノゾミに、しかし答えずにフドウは地を蹴った。
 ガキィン
「くっ」
 その一撃を“スターク”で受けとめるノゾミ。そのまま飛び退き、技を放つ。
「“水竜破”!」
「“餓狼撃”!」
 同時に技を放つフドウ。
 ノゾミの放った龍と、フドウの放った狼が、互いに互いの喉笛に食いつき、同時に消滅する。
「ちぃっ。ならば、“大海嘯”!!」
 地面に着地ざまに剣を振るうノゾミ。不意を突かれ、フドウはその波に飲み込まれたかに見えた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
 フドウが吠えた。そのまま、波に剣を振り下ろす。
 ズバァァァッ
 波が裂け、フドウの左右を通り過ぎていった。そのまま返す刀でフドウが地を蹴り、ノゾミに突っ込む。
「でやぁぁっ!!」
 ヴン
 斬馬刀が、振り下ろされた。
「あら、あれは?」
 ユカリは、ふと足を止めた。
 そこには、石を積み上げて作ったような小屋があった。
 そこに向かって歩きだすユカリ。
「おおっと、そこには近づけさせねぇぜ」
 そのユカリの前に、どこから現れたのか、緑色の皮膚をした小鬼が立ちふさがった。
 はにまるの声が聞こえる。
『ユカリ殿、気を付けてください! あれが……』
「わかっておりますわ」
 うなずき、ユカリはその小鬼に向かって訊ねた。
「あなたが、ユウコさんを捕まえているのですか?」
「なにぃ? ……そうか、おまえも“鍵の担い手”か。けけけけ、わざわざ殺されに来るとはなぁ」
 笑いながら、小鬼はユカリに飛びかかった。その手の鈎爪が閃く。
 ザシュ
 肉が裂ける音がした。

《続く》

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