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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
It's just love

ズバァッ
ユカリの動きはよどみなかった。懐から小剣を抜き放ち、そのまま振り下ろしたのだ。その一撃は小鬼の腕を切り落としていた。
「ギャァァァ! て、てめぇぇ!!」
小鬼は飛びすさった。
と、ふわりと周囲の小石が浮きあがる。
「ぶっ殺す!」
その声と共に、小石がユカリに向かって飛んだ。
ユカリは印を組み、呪を唱える。
「オン・ヤナウ・サンダサンダ・ソワカ」
ゴォッ
その手から、すさまじい風が巻き起こった。小石を押し戻す。
その間に、小鬼は切り落とされた自分の腕を拾い上げ、もとのように押し当てた。みるみるうちに腕が元どおりにくっつく。
「けけけ。これでよぉし」
「まぁ、戻ってしまいましたねぇ」
困った顔をするユカリに、小鬼は笑いかけた。
「ここでは俺様は無敵よぉ。けけけ」
「では、元に戻るよりも早くバラバラにすればよろしいのですね」
そう呟くと、ユカリは印を組み直す。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ」
カァッ
ユカリが身に纏った鎧が、光を放った。
「精霊さん、戻ってください」
そのメグミの言葉にしたがって、炎と水の竜巻が消滅する。
その真ん中に、リラが微笑んで立っていた。
「可愛い攻撃ね。でも、それでは私は倒せないわ」
「そんな……」
少しはダメージを受けているものだと思っていたメグミは、思わず後ずさりする。リラはそんなメグミにむかって近寄っていく。
「おいたには、お仕置きしなくっちゃね」
彼女は、右手を上げて、メグミに狙いを付ける。
その瞬間、メグミが抱いていたムクが輝いた。みるみる巨大な黒い犬に変わり、リラに向かって炎を吹く。
しかし、炎は虚しくリラの体を突きぬけていくだけだった。
「あら、魔法生物なのね。懐かしいわ。まだそんなのが残っていたなんて」
リラは目を細めた。その唇から、呟きが漏れる。
「ディ・アー・スティム・ラー」
ギャン
不意にムクが吠えた。というよりは、悲鳴を上げた。
その前脚が、帯のように解けていく。
楽しそうに笑うリラ。
「魔法生物はね、組成を組み換えれば、ほら、ごらんの通り、分解しちゃうのよ」
「ムク!」
悲鳴を上げて、ムクに駆け寄ろうとするメグミ。
リラは右手をすっと上げた。次の瞬間、メグミの小柄な体は弾き飛ばされた。
二転、三転して、体を起こすメグミ。その表情は、信じられないものを見るようだった。
「精霊さんが……」
彼女の前で渦を巻く風。それは風の精霊だった。
「あら、精霊を支配できるのは、あなただけじゃないのよ」
リラはにこっと笑った。
ドゴォッ
また壁に叩きつけられ、ユイナはずるずると床に横たわる。
(あと、もって1分かしら)
すでにどれくらい痛めつけられつづけているのか。
部屋中は、ユイナの血にまみれていた。その真ん中で、水晶球だけが光を放っている。
‘けひゃひゃひゃひゃ’
ゲドガリアスは笑いながら、ユイナの肩を踏みつけた。
バキッ
肩の関節が、踏み抜かれて砕ける。
‘けひゃひゃ。そろそろ飽きてきたなぁ。そろそろ終わりにするか。どうせ、他にもいるしな’
そう笑う声を、ユイナは無感動に聞いていた。
次の言葉をゲドガリアスが放つまで。
‘そうだなぁ、あの勇者なら、もうちょっと遊べるかなぁ’
(勇者……、コウのこと!?)
その時、ユイナの脳裏を、少年の笑顔がかすめていった。
ゲドガリアスは、ユイナの頭を踏みつけた。
‘楽にしてやるぜぇ。踏みつぶしてなぁ! ひゃっひゃっひゃ……’
その瞬間、不意に水晶球から閃光が走った。
‘なにぃ!?’
その光に気を取られたゲドガリアスが、不意に足元をすくわれ、転倒した。起き上がったゲドガリアスは、そこに信じられないものを見る。
ユイナが平然と立ち上がっていた。全身をずたずたにしたはずなのに……。
「何を呆けているのかしら? 随分と余裕のようね。この私を相手にしているというのに」
腕を組んでそう言い放つユイナ。そう、切断したはずの右腕も、元どおりになっているではないか。
ずたずたになっているのは、彼女の服だけで、その下の体は全くの平常通りに見える。
ゲドガリアスは困惑した。
‘ど、どういうことだぁ?’
その目の前に、ヒラリと何かが落ちてきた。
それは、ミオがユイナに渡し、ユイナが水晶球に張りつけていた符だった。
「ゲドガリアスも呪符魔術は知らなかったようね。考えを読まれないようにこれのことは考えないようにしていたけど、それも功を奏した、というところかしら」
ユイナは笑みを浮かべた。
‘どういうことだぁ?’
「私が水晶球に貼ったこの符は、確かに魔力を誰も引き出せないように封印する。ただし、一定時間だけね。その時間が過ぎれば逆に魔力は引き出せる……。そして、私は自分の持つ全魔力をこの水晶球の中に封じていた、というわけよ」
そう言うと、ユイナはすっと右手を突きだした。
その上には黒い水晶の立方体が乗っている。
「これが何か、教えてあげるわ。これはメモリアルスポットの一つで、“ライブラリ”というの。古代魔法の総てが納められた、メモリチップというところかしら」
‘けひゃひゃひゃ! だからどうだというのだ!?’
「だから判る。ゲドガリアス、あなたを殺す方法もね」
そう言うと、ユイナは左手を黒水晶にそえて、叫んだ。
「バー・リー・クリィー。いにしえの盟約に従いて命ずる。かの楯を無きものとせよ!」
カァッ
黒水晶が一瞬輝いた。同時に、ゲドガリアスの総ての魔法を跳ね返した六角形の結界が一瞬光り、そしてクモの巣のように脆くも崩れた。
「これで、結界はもう使えないわ」
‘けひゃひゃー!’
奇声を上げながら、ユイナに飛びかかるゲドガリアス。
『我が魔力を持て、光の矢よ敵を討て!』
ユイナが呪文を唱えた瞬間、無数の光の矢がゲドガリアスを吹き飛ばした。
ベシャッ
壁に叩きつけられるゲドガリアス。
間髪入れず、ユイナはさらに呪文を放った。
『ユイナ・ヒモオの名において命ず。至源の炎よ、我が敵を焼き尽くせ!』
ほとんど無色の青白い炎が、ゲドガリアスを包んだ。
‘おのれ、おのれぇ! だがこの程度で我を倒せるものか、倒せるものかぁぁ!!’
「やかましいわね。まったく、これだから愚民は」
呟くと、ユイナは黒水晶を掲げた。
『魔力をもて、汝が血肉を永遠にその場にとどめ、未来永劫変わらぬ石と成せ』
パキパキパキ
微かな音を立てて、青白い炎ごと、ゲドガリアスが石に変わって行く。
‘や、やめろ、やめろぉぉ’
「命乞い? 古代の邪神が見苦しいわね」
冷たく言うと、ユイナはゲドガリアスが石に変わるのを見ていた。
完全に石になったところで、ユイナはほっと息をつき、そしてその場にずるずると座りこんだ。
「……さすがに、疲れたわね……。少し休まないと……」
そのまま、彼女はかくんとうなだれ、動かなくなった。
カァッ
ユカリの体を覆っていた鎧は、閃光と共に、彼女の前で黄金の巨人の姿に変わった。
「な、なんだぁ!?」
思わず唖然とする緑の小鬼。
ユカリは言った。
「はにまるさん、お願いしますね」
黄金の巨人は、慌てて逃げようとする小鬼をひょいとつまみ上げた。
「は、放せ、放せぇぇ!」
じたばたと小鬼はもがく。その小鬼にユカリは訊ねた。
「あのぉ、お訊ねしたい事があるのですが、あの石小屋にユウコさんがいらっしゃるのですか?」
「は、話したら放してくれるのかぁ!?」
「はい」
ユカリはうなずいた。小鬼は喋った。
「おう、その通りだ! その女はその中にいるぜぇ」
「そうですか。教えていただきましてありがとうございます」
丁寧に頭を下げるユカリに、小鬼はわめいた。
「おい! 喋ったんだから放せよ!!」
「そうですねぇ。はにまるさん、放してくださいませ」
ユカリがそう言うと、黄金の巨人は小鬼をぽぉんと放り上げた。
小鬼は笑った。
「けっけっけっけ。馬鹿正直とはてめぇの事だぜ! さぁ、叩き殺してやるぜぇ、
“鍵の担い手”さんよぉ!!」
瞬時に巨大化する小鬼。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アミハッタヤナウン・ソワカ」
ユカリの静かな声が聞こえた。黄金の巨人はまだ空中の小鬼(もはや小鬼という大きさでもないが)に向けて光線を放った。
ドォン
一瞬で爆砕する小鬼。それを悲しげな顔で見上げてから、ユカリは手を合わせた。それから、石小屋に駆け寄っていく。
ユカリはぐるっと石小屋の回りを回ってみたが、どこにも出入口らしいものがなかった。
「こまりましたねぇ。これは、壊すしかありませんねぇ」
少し考え、ユカリは懐から小剣を抜いた。破魔の力を持つ、コシキ家に代々伝わってきた秘剣“黒南風”である。
「えいっ!」
気合と共に、ユカリは“黒南風”を振り下ろした。次の瞬間、ガラガラッと石小屋は崩れ落ちる。
「ユウコさん!」
ユカリは駆け寄った。
石小屋の中には、祭壇のようなものがあり、そのうえにユウコが鎖で縛りつけられていたのだった。
ユウコは、ユカリに視線を向けた。
「ユカリ!?」
「ユウコさん、少々お待ちくださいね」
そう言うと、ユカリは“黒南風”を一閃させた。ユウコを拘束していた太い鎖がその一撃で断ち切られる。
「だいじょう……」
「ユカリぃ!」
聞きかけたユカリの首筋にユウコがしがみついて、泣きだした。
「あらあら……」
ユカリはにこっと笑って、ユウコの頭をそっと撫でるのだった。
「これが、最後の門、“プレセイデス”です」
レイは門を指して言った。
門を見上げるコウ。
「この門はどうなってるの?」
「それは……」
一瞬言いよどむレイ。
「どうしたの?」
「この門は、一番外の“オリオニクス”の門と同じように、水晶球に力を注ぐ事で開くようになっています。ただ、今度の水晶球に注ぐ力は魔力ではないのです」
「どういうこと?」
「神霊力、ですか?」
ミオが呟いた。レイは静かにうなずく。
「しんれいりょく?」
聞き返すコウに、ミオは答えた。
「ええ。僧侶の祈りの力です。ですが、レイさん」
レイに向き直り、ミオは訊ねた。
「魔王の城で神霊力を持つ者がいるとも思えません。必要なのは暗黒神霊力なのでしょう?」
「ええ、そのとおりです」
そう答えてから、レイはちんぷんかんぷんという顔をしているコウ達に説明した。
「つまり、暗黒神を信じている僧侶だけがこの門を開ける事が出来るのです」
「それじゃ、俺達じゃ、誰もこの門を開けられないってこと?」
聞き返すコウに、レイはうなずいた。
「どうしよう……」
考え込むコウの目の前で、不意に扉が開いた。
「え?」
「ようこそ、魔王城へ。歓迎しますよ、勇者コウと“鍵の担い手”のみなさん」
開いていく扉の向こうで、深々と頭を下げている若者がいた。
彼はゆっくりと顔を上げた。
その胸に妖しく光る紋章をみて、サキが口に手を当てた。
「その紋章、暗黒神の!」
「よくご存じで。私は魔王さまの忠実なる部下にして、暗黒神の下僕。魔王十三鬼の第八位、ベネディクトと申します」
彼は笑みを浮かべた。
ガキィン
はじき飛ばされ、ノゾミは地面に転がった。
それを追ってフドウが剣を振り下ろす。ノゾミは更に転がってそれをかわすと、跳ね起きざまに“スターク”を振った。
フドウは間合いを取って、それをかわす。
ノゾミは体勢を整え、“スターク”を構え直す。
「へっ。そろそろ片をつけねぇと、本当にコウに置いて行かれちゃうな」
そう呟くと、剣を構え直すノゾミ。
その体はあちこちに傷が出来、血が流れていた。
「もうちょっと、付き合ってくれよ、“スターク”」
『承知している。我が主人よ』
“スターク”の声が聞こえた。それを確かめ、ノゾミは息を整えながら、フドウに視線を向けた。
フドウの方も、かなり傷ついている。それはとりもなおさず、ノゾミの力が彼に追いついてきている証拠でもあった。
(でも、どうしてあいつ、“天王飛翔斬”を出さないんだ?)
それが、ノゾミがフドウを攻めきれない理由でもあった。
3つの究極奥義の中でも最強を誇る“天王飛翔斬”だが、フドウは未だにそれを繰りだしていなかったのだ。
(でも、どっちみち、あたしの力も限界に近い。必殺技はあと一回しかできないだろう……。だったら、あたしは……)
ノゾミは、すっと剣を斜めに降ろした。“海王波涛斬”の構え。
(あたしは、この“海王波涛斬”に総てを賭ける!)
それを見て、フドウは微かに笑みをもらした。
「最後の力を総て賭けるか。ならば、我も総てをぶつけよう!」
彼はゆっくりと斬馬刀を上段に振りかぶった。
「!!」
それを見てハッとするノゾミ。
「“天王飛翔斬”の構え!?」
「我が最終奥義、破れるか?」
剣を振りかぶったまま、静かに訊ねるフドウ。
ノゾミは、ふっと笑みを浮かべた。そして叫ぶ。
「行くぜ!!」
「おうっ!」
ダッ
地を蹴るフドウ。
「“天王飛翔斬”!!」
ノゾミも、地を蹴る。
「“海王波涛斬”!!」
そして、二つの技は激しくぶつかり合った。
少しずつ、少しずつ、分解されて行くムク。
メグミはよろよろと立ち上がった。
それを見て、リラはすっと手を挙げた。
ダァン
メグミの足元の地面が弾け、石つぶてがメグミを襲う。土の精霊の力だ。
「きゃぁっ!!」
はじき飛ばされ、またうずくまるメグミ。それでも、顔を上げて必死に叫ぶ。
「や、やめて。ムクを……殺さないで……」
「あら、魔法生物に最初から命なんてないのよ」
リラは平然と言うと、指を振った。
ゴウッ
炎の精霊が、メグミを襲う。
「いやぁっ!」
そのメグミの悲鳴に答えるように、水の精霊が浮き上がり、炎の精霊と相殺しあって消える。
「まぁ、可愛い。それじゃ、これでどう!?」
彼女がそういった瞬間、メグミの足元の地面が割れ、中から緑色のつる草のようなものが次々と伸びてきた。あっという間にメグミをからめ取る。
「は、放してぇ!」
「まぁ、ゆっくりと見てらっしゃい。こちらを済ませてから、そちらの相手をしてあげるから」
そう言うと、リラはムクに視線を向けた。
もう前脚は完全に分解してしまっている。苦し気にもがいているが、その動きもだんだん弱々しくなってきていた。
「ムク! ムク!!」
「ほぉら、ご主人様が呼んでいるわよ。答えてあげたらぁ?」
リラはムクの前にかがみ込んで、馴れ馴れしく話しかけた。
ムクは顔を上げて炎を吐く。しかし、その炎は虚しくすり抜けて行くだけだった。
それでも気に触ったらしく、リラは顔をしかめた。
「な〜まいき。えい!」
パチンと指を鳴らすと、今度は後脚がするすると帯のように解けて行く。
「きゃはは」
「やめてぇ! お願い、やめてくださいっ!!」
メグミの悲鳴とリラの笑い声だけが、あたりに響きわたった……。
《続く》

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