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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その Human Touch

「う、うん……」
 呻き声をあげて、ユウコは身を起こした。
「あれ? ここは……」
「ユウコさん、気がつかれたのですね?」
 その声に、ユウコは視線を上げた。
 ユカリがこちらを覗き込んでいる。
 彼女の顔を見たとたん、その首筋にかじり付いてわんわん泣いた事を思い出してしまったユウコは、少し顔を赤くして、そっぽを向いた。そして、小声で言う。
「……ありがとね」
「いいえ、どうしたしまして」
「あ、だけど、あたしがユカリに抱きついて泣いた、なんて絶対に内緒だかんね! 絶対だよ!」
「はいはい」
 にこにこ笑ってうなずくユカリ。
 ユウコは立ち上がると、腰をぱんぱんと叩いた。
「さて、ここは?」
「はい。魔王のお城の第一の門の右の塔の中ではないかと存じますが」
「そっか、まだ出てないんだ……。あ! コウ達はもう先に行ったん?」
 ユカリに訊ねてから、ユウコはもっと確実な方法を思い出し、腰に挿した小剣を抜いた。
「“桜花・菊花”! 他のみんなは!?」
 メモリアルスポットは、近くであれば、お互いの位置をその共鳴によって知る事ができるのだ。
 同じく、黄金の埴輪に手をおいてじっとしていたユカリは、やがて顔を上げた。
「お隣の塔に、まだユイナさんがいらっしゃるようですね」
「んじゃ、あの魔法使いも引っ張って行こっか」
 ユウコはうなずくと、壁に向かって2本の小剣を一閃させた。
 ガラガラガラッ
 壁が崩れ落ち、外のひんやりとした空気が入ってくる。
 ユウコは外に出ると、鼻をクンクンさせて呟いた。
「……もうすぐ、朝かぁ……」

「ベネディクトとかいったな。俺達は、てめぇには用はねぇ。通してもらおうか」
 コウは剣を抜きながら言った。
 と、不意にその腕がぱっくりと裂け、血が噴きだした。
「なっ!?」
「我が暗黒神の御心です」
 わざとらしく丁寧に頭を下げながら、ベネディクトは微笑んだ。
 サキがハッとする。
「呪いの祈りを使ったの!?」
「どういうことですか?」
 聞き返すミオに、サキはコウの傷に手を翳して治しながら答えた。
「暗黒神の僧侶だけが使える呪いの祈りがあるの。ちょうどあたしが使う癒しの祈りの逆で、相手を傷つけるっていう……」
「ほう。僧侶だけあって、さすがよくご存じだ」
 そう言うベネディクトの前に進み出たのは……。
「ユーの相手はミーがするわ!」
「アヤコさん!?」
 コウの驚く声に、アヤコはリュートを構えて微笑んでみせた。
「ここはあたしに任せて、先に進んでていいわよ」
「いいわよって、ちょっと……」
「アヤコさん、勝算はあるんですね?」
 ミオが訊ねた。アヤコは笑ってうなずく。
「モッチのロンよ〜。まぁ、あたしに任せてイッツオールライト、万事オッケイよ」
「それでは、お願いします」
 ミオは頭を下げ、コウに言った。
「進みましょう」
「で、でもさ……」
「アヤちゃん、あたしも……」
 残る、と言いかけたサキに、アヤコは首を振ってみせた。
「ノンノン。サキはコウと行って。コウが怪我したときに治す人がいないと困るからね〜」
「でも……」
「サキ、コウをお願いね」
 アヤコはウィンクした。そして、リュートを構える。
「ヘイ、ユー! あたしの歌を、聴きなさ〜い!!」
「いやっ、いやぁぁぁっ!!」
 メグミが泣き叫ぶ前で、ムクはどんどん「解けて」いく。
 リラは楽しそうに笑った。
「ほら、もうすぐお終いよ」
「ムク! ムク!!」
 叫びながら、メグミはもがいて自分を戒めているつる草を解こうとするが、まったく解けない。それどころか、次第にきつく絡みついてくる。
「お願い! やめてぇぇ!」
「もう遅いわよ。ほら」
 リラがパチンと指を鳴らすと同時に、ムクの頭がするすると解け、拡散して消えてゆく。
 カラン
 その首についていた銀の首輪が、地面に落ちた。
「……ああ……」
 メグミはかくんと膝を折って、その場にうなだれた。
 リラはそんなメグミに近づいて行く。
「さぁて、この娘はどうしようかな? 愛しのペットと同じように分解してあげるのがいいかしらね」
 と、不意に彼女は立ち止まった。
「……え?」
 メグミが不意に顔を上げた。
「許せない」
 その唇から、小さな呟きが漏れたその瞬間、あれほどメグミがもがいても解けなかったつる草が、一斉にするすると地面の下に引っ込んでゆく。
 リラは思わず、息を飲む。
「今のは……、精霊を支配したというの?」
 彼女は、植物の精霊を支配して、メグミを拘束させていた。その支配を打ち破ったのなら、つる草は粉々に千切れ飛ぶはず。しかし今の様子は、メグミが植物の精霊を支配し、その上で帰還を命じたとしか思えない動きだった。
 メグミはゆっくりと立ち上がった。
 ノゾミは、息を切らしながら振り返った。
「ど、どうだ?」
 フドウは、その場に立ち尽くしている。
 その唇が、動いた。
「……見事だ」
「え?」
 彼女が聞き返したのと同時に、フドウはゆっくりと倒れた。
「フドウ!?」
 ノゾミは、疲れ切った体に鞭打って、フドウに駆け寄った。
 フドウは、その老いた顔に笑みを浮かべていた。
「これで、休める……」
「え?」
「若き騎士、ノゾミ・キヨカワよ。……ありがとう」
 それだけ言い残し、フドウは動かなくなった。たちまち、彼の体は灰となり、風にさらわれて行く。
 ノゾミは城の方に向き直った。そして、呟く。
「コウ……、勝ったよ。だから、ちょっと……休んでも、いいよね?」
 そして、彼女はゆっくりと、その場に倒れた。
「ユイナさん、しっかりしてくださいまし」
「ユイナってば! ……だめだ、こりゃ。やっぱ置いて行くしかないよ」
 騒がしい声に、安寧の海でまどろんでいたユイナの意識が、無理矢理現実に引き戻される。
「……うるさいわね。世界の支配者の安息を妨げた者には、死あるのみよ」
 ユイナはゆっくりと目を開けた。
「誰かと思えば……ユカリにユウコじゃないの」
「はい。ユイナさんもお元気そうで何よりでした」
 にっこりと笑うユカリ。
 ユイナは、急速に活動を開始した頭で、現状を整理した。
 ゲドガリアスを激闘の末、破ったこと。そしてそのまま気を失った事。
 ユイナは辺りを見回した。場所は左の塔の最上階、水晶球のある部屋のままだが、破れた壁の隙間から光がさし込んできているのが違う。
「外は明るいようね」
 そう言いながら、ユイナはゆっくりと立ち上がった。
(行動に支障はない……とも言えないけれど、活動が不可能なほどではないわね)
 よろめき、壁に手をついて支えながら、ユイナは心の中で呟いた。そして、石像となったゲドガリアスに視線を向ける。
 その唇から、呪文が漏れた。
『我が魔力もて、かのものを粉々に打ち砕け!』
 バガァーン
 轟音を立てて、石像が木っ端微塵に砕け散った。
 突然のことに目をパチクリさせているユウコとユカリを尻目に、ユイナはさっさと歩いて階段を降りて行った。そして、振り返る。
「何をぼうっとしているの? さっさと行くわよ」
「吟遊詩人、ですか?」
 ベネディクトは、アヤコの持っているリュートに目を留めた。
 アヤコは軽く肩をすくめた。
「こう見えても、昔ちょっとだけ黒魔術をかじった事があってね〜。その時に暗黒神の僧侶についても習った事があるのよ」
「ほう?」
「あんまり知られてないんだけど、黒魔術が通用しないんでしょ?」
 アヤコはベネディクトをぴっと指さした。
 彼は微笑んだ。
「よくご存じで。確かに、我が暗黒神の結界術は最強です。黒魔術のようなものは、通しませんよ」
「でしょう?」
 アヤコは嬉しそうに微笑んだ。
 ベネディクトは、そんなアヤコに訊ね返した。
「僕からも聞いてもいいですか?」
「どうぞぉ」
「暗黒神の僧侶について学んだのなら、ご存じのはず。暗黒神の僧侶を倒すに一番いいのは、善神の僧侶をぶつけることだ、と。先ほどお見受けした所、あなた方の中にも僧侶の方はいらっしゃったはず。なのに、どうしてあなたが残られたのですか?」
「ん〜〜〜、いい質問ね。その質問を聞きたかったわぁ」
 アヤコはにこっと笑った。
「理由は二つ。一つは、そんなことあなたも先刻御承知でしょうってこと。つまりあなたがここであたし達を出迎えた理由は、この先にサキを行かせないため。違う?」
「ご明察、痛み入ります。確かに、この先回復呪文を使える僧侶がいなければ、それだけ物量にすぐれるこちらが有利になりますからね」
 ベネディクトは頭を下げた。
 アヤコは、ぴっと指を立てた。
「もう一つの理由はね……」
「もう一つの理由は?」
「……教えてあ〜げない」
 そう言って、アヤコは笑った。
 ベネディクトは頭の後ろに手を置いて、苦笑した。
「これは一本取られましたな」
 それから、真面目な顔になる。
「それでは、お話しはこれくらいにして、美しいあなたを我が暗黒の神に捧げることにしましょうか」
「オッケイ、いいわよ。でも、あたしは高価いわよぉ!」
 アヤコはリュートを構え直した。
 黒々とした、巨大な楼閣がコウ達の目の前にそびえていた。
「これが……」
 コウは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ここに、魔王がいるのか……?」
「いいえ」
 あっさりと言うレイ。
「え?」
「魔王はここにはいません。ですが、魔王のいる所に行くには、ここに入るしかありません」
「どういうことですか?」
 聞き返すミオに、レイは説明した。
「魔王がいると思われる、シオリ姫を生贄にするための儀式を行っている場所は、異次元です。この世界ではありません。ただ、そこに行くための回廊の入り口が、ここにあるのです」
「回廊、ですか?」
「はい。回廊はいくつもありますが、その中でも、魔王回廊と呼ばれる回廊が、その儀式を行っている部屋に直接通じているのです」
「魔王回廊……」
 その言葉を繰り返すコウ。
「その魔王回廊の入り口はご存じなのですか?」
 ミオの質問に、レイはうなずいた。
 眉を曇らせるミオ。
「そうですか……」
「どうしたの?」
 その様子に気付いて、サキが訊ねる。ミオは答えた。
「ええ。レイさんがご存じということは、当然魔王もレイさんが知ってる事を知っているはずです」
「罠を張って、待ってるかもしれないってことだよね?」
 ミハルが呟いた。ミオはうなずく。
「ええ……」
 コウは、一同を見回した。
 ミオ、サキ、ミラ、ユミ、ミハル、レイ。既にコウに従う“鍵の担い手”の数は最初の半分になってしまっている。
 自分を先に進ませるために……。
 そんなコウの思いに気付いたのか、ミオが言った。
「コウさん、私たちはみんな、そうしたいから、コウさんについてきているんですよ。それを忘れないでください」
「……うん。ありがとう、ミオさん、そしてみんな」
 コウは頭を下げ、そして扉を押し開けた。
「ユミ・ボンバー!!」
 ドッゴォォン
 爆発音と共に、床に亀裂が入る。そこから噴きだした閃光に、飛びだしてきたトロール達は次々と吹き飛ばされる。
「はぁっ!!」
 間髪入れず、ミラの鉄扇がうなり、次々と切り裂かれ、倒れて行くトロール達。
 城に突入したコウ達を迎え撃とうとしたブルートロールの一団は、ユミとミラの攻撃の前に脆くも全滅した。
 ……かに見えた。
「ええ? なに、これぇ?」
 ユミの声に顔を上げたコウの目に映ったのは、ユミボンバーで粉々に引きちぎられたトロールの身体が、ずるずると床を這いずるように集まって行く姿だった。見る間に、元のトロールの姿を取り戻していく。
「おそらく、魔王の術によって、再生能力が強化されているのでしょう」
 レイが言った。
 ミオは少し考えてから、ミハルに言う。
「ミハルさん、水を召還してください」
「え? あ、はい。出でよ、水っ!!」
 ドッバァ〜〜〜〜ン
 すごい勢いで流れだした水が、トロール達を押し流して行く。
「ミオさん?」
「トロールは泳げないんですよ。いかに強化されても、これは変わらないはずです」
 あっさり言うミオだった。
「許せない」
 メグミは、体を起こした。
 一瞬気圧されたように下がったが、リラは気を取り直して笑う。
「だったらどうするつもり?」
 その質問に、メグミはすっと手を翳した。そして、呟く。
「暗き闇に潜みし暗黒の王、総てを安らかな闇に包む暗黒の女王、私はあなた方の名を知る者です。私に力を貸してください」
「精霊王を!? まさか、そんな……! だって、メモリアルスポットは破壊したはずなのに……!!」
 リラが、初めて驚愕の表情を浮かべる前で、漆黒の衣服を纏った男女がその姿を現した。
「ご命令により、我らはせ参じました」
「何のご用でしょうか?」
 頭を下げる二人に、メグミは言った。
「あの人を……、壊してください」
「おーい、やっほー、あっさだぞぉー!」
 やかましい声に、ノゾミは寝返りを打った。
「うるさいなぁ……。あと5分」
「んもう、ノゾミは前から寝起きが悪いんだからぁ……。ちょっと、ユカリもユイナも見てないで手伝ってよぉ!」
 ユウコは、振り返った。
 ユカリはにこにこしているし、ユイナは「我関せず」とばかりにそっぽを向いている。
 ため息をつくと、ユウコは叫んだ。
「ああ〜〜〜!! コウくんがノゾミのパンツを漁ってるぅ!!」
「なになに嘘やめろぉー!」
 跳ね起きて、ノゾミは辺りをキョロキョロ見回した。
「あれ? あたし一体……」
「少しは、体が楽になったでしょうか?」
 ユカリに聞かれ、ノゾミは自分の額に符が張ってあるのに気付いた。
「これ、ミオの符?」
「はい。わたくしがお預かり致しておりましたものを、使わせていただきました。体力回復の符、だそうですよ」
 ユカリはにこにこと笑いながら言った。
 ノゾミは、辺りを見回して、ふぅとため息をついた。
「とりあえず、勝ったってことか」
「ノゾミはどうでもいいとして、コウはどうしたん?」
 堰を切ったように訊ねるユウコに、ノゾミはハッとして城の方を見た。
「先に行ってるはずだけど……」
「よっし。んじゃさ、ノゾミはもうちょっと休んでていーよ。ユカリ、ユイナ、行くよ!」
「はい、参りましょうか」
「私に命令しないで欲しいわね」
 それぞれの答えを返し、ユウコの後に着いて行く二人。
 それを一瞬見送って、慌ててノゾミは“スターク”を腰に挿してそれを追いかけた。
「ちょ、ちょっと待てよ! あたしも行くってば!」

《続く》

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