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ときめきファンタジー
断章 命を賭けても守りたい

その WIND TUNE

 コウがメモリアル大陸の東方で、新しい仲間と冒険を繰り広げている頃、西方に残された娘達は、それぞれの思いを胸に秘め、コウの帰還を待っていた……。

 ちょうど、コウ達がトコウスの村で魔王四天王の一人ヒデ・ローハンと対峙している頃である。
 キラメキ王国の王都キラメキ。その王宮の奥深くには、様々な機密文書を保管している書庫が設けられている。
 その膨大な資料は、キラメキ王国がメモリアル大陸西方随一の国力を持つ大国である、まさに象徴といえよう。
 それだけに、その資料を狙うスパイの輩も数多い。そのために、警備も厳重である。
 そして、その入り口の前に、とてもこの場には似つかわしくない少女が来たときも、入り口を守る二人の警備兵は警戒の色を薄めようとはしなかった。
「おい、そこの! 何しに来た?」
 その少女は、彼等を見て、ホッとしたような色を浮かべて歩み寄ってきた。
「すみません。お訊ねしたいのですが、書庫はこちらでしょうか?」
「そうだ。だが、ここには王様の許可を得たものしか入ることはできん」
「そして、我々は、そうではない者がここに来た場合、その者を排除することが義務づけられている。場合によっては、力尽くでも、な」
 わざと声を低め、脅すように警備兵はそう言ったのだが、少女はひるむ様子もなく答えた。
「私、ミオ・キサラギといいます。どうしても、この中の資料を見せていただきたくて、ここまで参りました」
「何を莫迦な……」
 言いかけた兵士の袖を、相棒が引っ張った。
「なんだよ、おい」
「待てって。キサラギって、キサラギ卿のことじゃないのか?」
「なんだって?」
 思わず、二人はまじまじとミオを見た。
「通していただけますか?」
 ミオの顔に微かに微笑みが浮かびかける。
 しかし、警備兵は思い直したように首を振った。
「いや、いかにキサラギ卿縁の者とて、通すわけには行かない」
「その通り」
 彼女の顔には、一転してあきらめと疲労の色が浮かんだ。
 なぜ、彼女が一人、ここにいるのか。他の者は何処にいるのか。

 チュオウの村を襲った魔皇子レイと配下の魔物達を追い払った一同は、引き続き村にとどまっていた。というのも、魔物達によって多くの村人達が傷つき、また建物や畑も荒らされてしまっていた。人手はいくらでも欲しい状態だったのだ。
 しかし、早く“メモリアルスポット”、すなわち魔王を倒す聖剣を手に入れるための十二の“鍵”を探さねば、との思いは、皆が等しく持っていた。
 コウと離ればなれになった彼女達にとって、彼のために出来ることはそれだけなのだったから。
 そこで、彼女たちは相談し、今出来る最良の手段を取ることにした。
 最良の手段、つまり、古文書や文献をあたり、“メモリアルスポット”のありそうな場所を調べること、である。
 そして、ミオは自ら進んでその任を引き受け、王都キラメキに戻ってきたのだった。
 まず彼女は市井の伝承を調べ、そして彼女の教師でもある大神官シナモンの助けを借りて神殿に伝わる文献を調べたのだが、結果は芳しくなかった。
 彼女に残された最後の手段。それが、キラメキ王国の書庫に眠る古文書であったのだ。
「さぁ、帰った帰った」
 警備兵は彼女を追い返そうとした。そのとき、ミオはきっと顔を上げた。
 その表情には、並々ならぬ決意が浮かんでいる。
「帰りません」
「なに?」
「入れていただけるまで、私、ここで待ちます」
 彼女はきっぱり言った。警備兵達は顔を見合わせた。
「おい、どうする?」
「どうするって言ったってよ……」
 と、不意に後ろから声がかかった。
「どうしたんだ、一体?」
「あ、これはスペルフィールド殿」
 警備兵達が慌てて敬礼する。
 ミオは振り向いた。
「スペルフィールド、さん?」
 そこに立っていたのは一人の青年だった。身なりから見ても、かなり身分が高いことがわかる。
 彼はミオを一目見て、ポカンと口を開けた。
「き、君は?」
「あ、私、ミオ・キサラギと申します」
 ミオは一礼した。
「あ、失礼。僕はスペルフィールド・エイト。ここの管理をしているんだ」
「そうなんですか」
 彼はミオに訊ねた。
「それで、あなたみたいな人がどうしてこんな所に?」
「……実は……」
 ミオは話し始めた。
「……という訳なんです」
「そうですか。そういうことなら早く言って下さればよかったのに。どうぞお入り下さい」
「スペルフィールド殿! ここには王様の許しが無ければ……」
「ここは僕の管轄だよ」
 彼はそう言って警備兵を黙らせると、扉を開いてミオを招き入れた。
「さぁ、どうぞ」
「ありが……」
 安心して一気に気が緩んだのか、ミオの目の前がすっと暗くなっていく。
 倒れかかる彼女を、スペルフィールドは慌てて支えた。
「ミオさん!!」
「す、すみません。すぐ、治りますから」
 ミオは真っ青な顔で謝った。彼は首を振った。
「いけません、すぐに医者を……」
「大丈夫です。それより、早く本を……」
 彼は一つため息をついた。そして不意に彼女を抱き上げた。
「きゃっ」
 小さく悲鳴を上げるミオ。スペルフィールドは、笑みを浮かべると、彼女に話しかけた。
「それでは、しばらくお話しをしませんか?」
「……え? でも……」
「いえ、役に立つと思いますよ。僕が話すのは、千年前の話ですから」
「千年前? もしかして、先代の勇者の……?」
 ミオが訊ねると、彼は頷いた。
 彼女は赤くなって彼に言った。
「と、とにかく、降ろして下さいませんか? このままでは恥ずかしくて……」
「どうしてです? ここには僕と貴女しかいませんよ」
 そう言うと、彼はミオの顔を覗き込んだ。ミオはますます赤くなると、手で顔を覆ってしまった。
「とにかく、降ろして下さい。もう大丈夫ですから」
「はい、お嬢さま」
 彼はそっとミオを降ろすと、目の前のドアを開けた。
「ここが、僕の、まぁ研究室といったところです。どうぞ」
「は、はい」
 と、一人の少年が顔を出した。歳の頃は12、3歳くらいか。
「お帰りなさい、スペルフィールドさん。……あれ、そっちの人は?」
「あ、ミオ・キサラギさんだ。ミオさん、こいつはシーナ。僕の手伝いをしてくれてるんだ」
「そうなんですか。よろしくね、シーナ君」
 ミオは少年に微笑みかけた。シーナは赤くなって俯きながらぼそぼそっと答えた。
「こ、こっちこそ、よろしく……」
「シーナ、早速だが、ミオさんに千年前の勇者の話をしてあげたい。資料を出してくれないか?」
「お願いしますね」
 ミオがつけ加えると、シーナはどんと胸を叩いた。
「おいらに任せといてくれよ。ええっと、たしかあの辺りだったなぁ……」
 そのまま、シーナは書庫の中を走っていった。スペルフィールドは微笑みながら少年を見送った。
「あいつが居てくれて助かってるよ。なんたって、あいつはここの主だからなぁ」
「ぬし、ですか?」
「ああ。あいつ、人間じゃないんだよ」
「え? でも……」
 ミオは、思わずシーナの走り去った方向を見た。
 スペルフィールドは、微笑んだ。
「あいつは妖精なんだよ」
「妖精というと、エルフやドワーフといった種族ですね。ということは……レプラカーンですか?」
「そう。よく知ってるね」
 彼は、驚いた顔をした。ミオはくすっと笑った。
「好きなんです。そういうのって」
 レプラカーンは妖精よりは精霊に近い。古いものにいつしか魂が宿った存在と言われている。
 その頃、書庫の入り口では警備兵達が雑談をしていた。
「しかし、スペルフィールド様も今まで女なんて見向きもしなかったのになぁ」
「まったくだ。あんなにお堅い方、今時珍しいくらいだものな」
「あの娘、キサラギ家の娘だとすれば、ミオ様だろう? あの才媛で有名な。スペルフィールド様にはちょうどいいお相手かもしれんしな」
「確かに……誰だ!?」
 警備兵が声を上げた瞬間、何か黒い影が走った。次の瞬間、二人の警備兵は首筋から血を吹き出させながら倒れた。
 二人とも、何が起こったのか全く判らないといいたげな表情を浮かべていたが、既に息はなかった。
 そして、ドアがパタンと音を立てて閉まった。

《続く》

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