喫茶店『Mute』へ
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その DNA Odessy
ドアの前でミオとスペルフィールドが雑談をしていると、パタパタと足音が近づいてきた。シーナが本を抱えて戻ってきたのだ。
「スペルフィールドさん、あったよ」
「ありがと、シーナ。さ、ミオさん」
「あ、はい」
ミオを促して、スペルフィールドが部屋に入ろうとすると、シーナが言った。
「俺も入っていい?」
「シーナが? 珍しいな」
「たまにはいいじゃん。ねぇ、ミオさん」
ミオはくすっと笑った。
「ええ。私はいいですよ」
「そうですか。シーナ、いいよ」
「やったぁ!」
シーナは小踊りしながら部屋に入っていった。その後から二人が入り、ドアが静かに閉められる。
その一瞬、なにか黒い影が走ったのに、三人とも気がつかなかった。
千年前のメモリアル大陸。
気候は温暖で、人々は繁栄を享楽し、そしてその生活がいつまでも続くと信じて疑わなかった。
それが幻だとわかったのは、魔王の出現によるものだった。
魔王は、キラメキ王国のミナコ王女を誘拐し、生け贄としようとした。
たぐい稀なる美貌と、魔力の持ち主のミナコ王女。その力を得たとき、魔王の力は神をも越えると思われた。
絶望に沈む人々の中から、立ち上がった四人の男女がいた。
いずれも「マスター」の称号を持つ、並々ならぬ力の持ち主達。
ソング・マスター、アスティー。
スペル・マスター、イワサキ。
コーリング・マスター、アイザワ。
そして、Gコン・マスターと呼ばれる勇者フルサワ。
彼等は、圧倒的な力を誇る魔王の軍勢に対し、たった四人で戦いを挑んだのだった。
「なんてこった」
フルサワは叫ぶと、“フラッター”を地面に突き立て、魔王を睨み付けた。
彼の背後には、ここまで彼と共に戦い、そして力つきて倒れた三人の仲間が、そして彼等が倒してきた魔物達が横たわっている。
魔王は哄笑した。
「哀れだな、勇者よ。ここまで来ておきながら」
「くそっ」
「見よ! いまこそ、我が魔力は完璧になる。そう、我は完全なる神となるのだ!」
魔王は叫ぶと、身にまとった漆黒の長衣を翻した。
その後ろに、水晶に包まれた美しい少女の姿が見えた。
「ミナコ姫!!」
フルサワは、叫ぶと駆け寄ろうとした。
バシィッ
「ぐわぁぁぁぁっ!」
刹那、すさまじい光が辺りを満たし、そしてフルサワはもといた辺りまで弾き飛ばされて転がった。
服がプスプスと煙を上げている。
「愚か者めが。大人しく、そこで見ているがいい」
魔王はまた、笑い声を上げた。
フルサワは、聖剣を杖代わりにして立ち上がった。
「ほう。無駄なことを。貴様には我は倒せぬ」
「だろうな」
彼は静かに言った。
「今のままでは、俺は貴様を倒すことが出来ない。だが、封じることなら出来る!」
「何?」
フルサワは、聖剣を手から離した。
カラーン
軽い音をたてて、床に転がる聖剣。
次いで、彼は自分の愛用してきた剣を引き抜いた。それを構え、目を閉じて精神統一する。
「無駄なことを! ……ま、まさか、貴様……」
今まで自信たっぷりだった魔王の口調が、初めて微かな焦りの色を滲ませた。
「教えてやる。俺が何故、Gコン・マスターと呼ばれているのかをな」
「き、貴様!」
フルサワは、水晶の中のミナコ姫を見つめ、呟いた。
「あばよ」
「ま、待て……」
「くらえ、グラビトン!!」
ゴウッ
凄まじい勢いで、空間が歪んだ。
魔王とフルサワのちょうど真ん中の辺りに、漆黒の球体が姿を現す。
と同時に、強風が吹き荒れた。というよりも、空気がその球体に向かって流れ込んでいくのだ。
いや、流れ込むのは空気だけではない。転がっていた魔物の死体も、広間を彩っていた調度品も流れ込み、消えて行く。
やがては広間を支えていた巨大な石柱さえも、耐えかねたようにへし折れ、次いで天井も崩れ落ちる。普通なら、瓦礫が辺りを埋めるところだろうが、それらの破片さえも、床に落ちる前に風にさらわれ、そして漆黒の闇に消える。
床にしいてある石畳さえも、次々とまくれ上がっては飛んで行く。
そんな中、フルサワの三人の仲間、それとミナコ姫は薄い光のヴェールに包まれ、無事だった。フルサワが彼等の周りに結界を張っていたのだ。
そして、ついに魔王の巨体がぐらりと揺れる。
「お、おのれ、これしきの……」
「さっさと、逝けよ!」
バシュッ
フルサワの腕が裂け、血が吹き出す。
彼自身の身体も、限界に近づきつつあったのだ。
「お、おのれぇっ」
ついに、魔王の足が床を離れた。あらゆる呪詛を振りまきながら、その姿が暗黒球の中に消えて行く。
完全にその姿が消え、フルサワはがっくりと膝をついた。
体中から、血が滴り落ち、既に足下は血の海になっている。
彼は、その中に自らの身体を沈めるように倒れた。
ぼんやりと霞む視界に、ミナコ姫を包んでいた水晶が、氷が溶けるように消えて行くのがうつると、彼は苦笑いを浮かべた。
「まいったな……俺が他人のことを考えるなんて……これじゃ、Gコン・マスターの名前は、返上……だぜ」
それが、彼の最後の言葉だった。
《続く》