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ときめきファンタジー
断章 命を賭けても守りたい

その DNA Odessy

 ドアの前でミオとスペルフィールドが雑談をしていると、パタパタと足音が近づいてきた。シーナが本を抱えて戻ってきたのだ。
「スペルフィールドさん、あったよ」
「ありがと、シーナ。さ、ミオさん」
「あ、はい」
 ミオを促して、スペルフィールドが部屋に入ろうとすると、シーナが言った。
「俺も入っていい?」
「シーナが? 珍しいな」
「たまにはいいじゃん。ねぇ、ミオさん」
 ミオはくすっと笑った。
「ええ。私はいいですよ」
「そうですか。シーナ、いいよ」
「やったぁ!」
 シーナは小踊りしながら部屋に入っていった。その後から二人が入り、ドアが静かに閉められる。
 その一瞬、なにか黒い影が走ったのに、三人とも気がつかなかった。

 千年前のメモリアル大陸。
 気候は温暖で、人々は繁栄を享楽し、そしてその生活がいつまでも続くと信じて疑わなかった。
 それが幻だとわかったのは、魔王の出現によるものだった。
 魔王は、キラメキ王国のミナコ王女を誘拐し、生け贄としようとした。
 たぐい稀なる美貌と、魔力の持ち主のミナコ王女。その力を得たとき、魔王の力は神をも越えると思われた。
 絶望に沈む人々の中から、立ち上がった四人の男女がいた。
 いずれも「マスター」の称号を持つ、並々ならぬ力の持ち主達。
 ソング・マスター、アスティー。
 スペル・マスター、イワサキ。
 コーリング・マスター、アイザワ。
 そして、Gコン・マスターと呼ばれる勇者フルサワ。
 彼等は、圧倒的な力を誇る魔王の軍勢に対し、たった四人で戦いを挑んだのだった。

 ミオは感嘆の声を上げた。
「勇者達の名前まで、ここではわかっているのですね」
「ええ」
 スペルフィールドは頷いた。それから、言葉を継いだ。
「度重なる戦いの果てに、彼等は魔王を倒すことの出来る唯一の武器、聖剣“フラッター”を手に入れ、そして魔王自身に戦いを挑みました」
「ちょっと待って下さい。前から疑問に思っていたのですが……」
 ミオは、眼鏡の位置を直すと、彼に訊ねた。
「千年前、勇者フルサワは、魔王を倒すことが出来る聖剣“フラッター”を持っていたんですよね。では、どうして倒さなかったんですか?」
「倒さなかったのではなく、倒せなかったんです」
 スペルフィールドは、静かに言った。タイミング良く、シーナが本を彼に渡す。
「倒せなかった……?」
「ええ。なぜなら、勇者フルサワは聖剣を使えなかったんです」
 彼は本を開きながら、答えた。
「!?」
 ミオは目を見開いた。
「土壇場に来て、聖剣を使えず、魔王をこのままでは倒せないことを悟った勇者フルサワは、やむなく魔王を封印したのです。あ、あった。じゃ、その部分を今から読みますから」
 彼は、本の朗読を始めた。
「なんてこった」
 フルサワは叫ぶと、“フラッター”を地面に突き立て、魔王を睨み付けた。
 彼の背後には、ここまで彼と共に戦い、そして力つきて倒れた三人の仲間が、そして彼等が倒してきた魔物達が横たわっている。
 魔王は哄笑した。
「哀れだな、勇者よ。ここまで来ておきながら」
「くそっ」
「見よ! いまこそ、我が魔力は完璧になる。そう、我は完全なる神となるのだ!」
 魔王は叫ぶと、身にまとった漆黒の長衣を翻した。
 その後ろに、水晶に包まれた美しい少女の姿が見えた。
「ミナコ姫!!」
 フルサワは、叫ぶと駆け寄ろうとした。
 バシィッ
「ぐわぁぁぁぁっ!」
 刹那、すさまじい光が辺りを満たし、そしてフルサワはもといた辺りまで弾き飛ばされて転がった。
 服がプスプスと煙を上げている。
「愚か者めが。大人しく、そこで見ているがいい」
 魔王はまた、笑い声を上げた。
 フルサワは、聖剣を杖代わりにして立ち上がった。
「ほう。無駄なことを。貴様には我は倒せぬ」
「だろうな」
 彼は静かに言った。
「今のままでは、俺は貴様を倒すことが出来ない。だが、封じることなら出来る!」
「何?」
 フルサワは、聖剣を手から離した。
 カラーン
 軽い音をたてて、床に転がる聖剣。
 次いで、彼は自分の愛用してきた剣を引き抜いた。それを構え、目を閉じて精神統一する。
「無駄なことを! ……ま、まさか、貴様……」
 今まで自信たっぷりだった魔王の口調が、初めて微かな焦りの色を滲ませた。
「教えてやる。俺が何故、Gコン・マスターと呼ばれているのかをな」
「き、貴様!」
 フルサワは、水晶の中のミナコ姫を見つめ、呟いた。
「あばよ」
「ま、待て……」
「くらえ、グラビトン!!」
 ゴウッ
 凄まじい勢いで、空間が歪んだ。
 魔王とフルサワのちょうど真ん中の辺りに、漆黒の球体が姿を現す。
 と同時に、強風が吹き荒れた。というよりも、空気がその球体に向かって流れ込んでいくのだ。
 いや、流れ込むのは空気だけではない。転がっていた魔物の死体も、広間を彩っていた調度品も流れ込み、消えて行く。
 やがては広間を支えていた巨大な石柱さえも、耐えかねたようにへし折れ、次いで天井も崩れ落ちる。普通なら、瓦礫が辺りを埋めるところだろうが、それらの破片さえも、床に落ちる前に風にさらわれ、そして漆黒の闇に消える。
 床にしいてある石畳さえも、次々とまくれ上がっては飛んで行く。
 そんな中、フルサワの三人の仲間、それとミナコ姫は薄い光のヴェールに包まれ、無事だった。フルサワが彼等の周りに結界を張っていたのだ。
 そして、ついに魔王の巨体がぐらりと揺れる。
「お、おのれ、これしきの……」
「さっさと、逝けよ!」
 バシュッ
 フルサワの腕が裂け、血が吹き出す。
 彼自身の身体も、限界に近づきつつあったのだ。 
「お、おのれぇっ」
 ついに、魔王の足が床を離れた。あらゆる呪詛を振りまきながら、その姿が暗黒球の中に消えて行く。
 完全にその姿が消え、フルサワはがっくりと膝をついた。
 体中から、血が滴り落ち、既に足下は血の海になっている。
 彼は、その中に自らの身体を沈めるように倒れた。
 ぼんやりと霞む視界に、ミナコ姫を包んでいた水晶が、氷が溶けるように消えて行くのがうつると、彼は苦笑いを浮かべた。
「まいったな……俺が他人のことを考えるなんて……これじゃ、Gコン・マスターの名前は、返上……だぜ」
 それが、彼の最後の言葉だった。

 その後、ミナコ姫は勇者の仲間の一人、アスティーと結ばれる。
 そして、彼女の血は、今のプリンセスであるシオリ姫にまで受け継がれているのだ。
 スペルフィールドはそこまで語り終えて、本をシーナに返した。

《続く》

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