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ときめきファンタジー
断章 命を賭けても守りたい

その FAITH OF LOVE

 スペルフィールドが口を閉じると、部屋の中は静寂に包まれた。
 ミオは、一瞬血の海に沈むコウを想像し、身震いした。
「そんなことが……でも、どうして勇者フルサワは聖剣を使えなかったんですか?」
「わかりません」
 彼は首を振った。
「何故、フルサワが聖剣を使いこなせなかったのかについては、過去数々の研究が為されましたが、明確な答えは出ていません。ただ……」
「ただ?」
 ミオは聞き返した。彼は顎に手を当てて、考え込むように呟いた。
「これは、僕の想像に過ぎないんですが……彼の最後の言葉にヒントが隠されているような気がします」
「そうですか……」
 ミオは顎に手を当てて少し考え込んだ。それから顔を上げた。
「それで、その後、聖剣は“伝説の樹”の根元に埋められたのですよね。勇者フルサワと共に」
「そうです。そして、その“伝説の樹”のあった空間、コウテイの地には、扉を通るしかないのです。その扉が……」
「十二に別れて、世界中に飛び散った“メモリアルスポット”……」
「そうです。“メモリアルスポット”が通称“鍵”とも呼ばれているのはそのためです。総てを集めないと、扉は開かないわけですから」
 ミオは、スペルフィールドに訊ねた。
「スペルフィールドさん。その“メモリアルスポット”の十二の欠片が、今何処にあるのか、ご存じないですか?」
「ふぅーむ」
 彼は腕を組み、シーナに訊ねた。
「何か知ってるか?」
 彼はすらすらと答えた。
「魔王が倒れたとき、十二の流れ星が世界中に散った。この伝承は世界中のあちこちに、少しずつ形を変えて流布してるんだ。俺の知ってる限りじゃ、落ちた場所のうち6カ所はわかってる」
「本当ですか!? ありがとうございます、シーナさん」
 ミオに感謝のまなざしを向けられ、シーナはくすぐったそうに笑った。それから、指を折って話し始める。
「まず、グランデンシャーク山。ここのはもう見つけたって言ってたよね」
「ええ。ノゾミさんの剣がそれです」
 ミオは頷いた。シーナは言葉を続けた。
「あとはね、ピオリックの地下迷宮、カイズリア湖、ノウレニック島、ドーメイストの大穴、そしてサイス海」
「海、ですか?」
 最後の場所を聞いて、ミオは思わず聞き返した。
「うん、そう」
 頷くシーナ。ちなみに、サイス海はキラメキ王国の西に位置する内海である。
「あ!」
 不意にポンと手を打つスペルフィールド。
「そういえば、たしか二十年ほど前に、サイス海から漁師が何かを引き揚げたことがあったじゃなかったか?」
「そういえば。漁師が変なものを引き揚げて、王家に献上したってことがありました。たしか、書庫のどこかに保管してあったはず」
 シーナは頷くと、外に飛び出していった。
 ミオは、その間、せっせとノートにペンを走らせていた。スペルフィールドは、そんなミオを見て呟いた。
「それにしても……」
「え?」
 顔を上げるミオ。彼は肩をすくめた。
「どうして、貴女はそんなに一生懸命になれるのですか? その勇者のために」
「それは……」
 ミオは微かに頬を赤くした。
「確かに、勇者のお手伝いをして、世界を救いたいんです。でも、それよりももっと……コウさんのお手伝いが出来ることが嬉しいんです」
「……ミオさんは、コウって人のことが好きなんですか?」
「そ、それは……」
 ミオは、さらに赤くなって俯いてしまった。
「羨ましいな。貴女にそんなに想われている奴が」
「は?」
「あ、いや、なんでもないですよ」
 スペルフィールドはそう言うと、立ち上がった。
「にしても、シーナの奴、遅いな……」

 シーナは、無造作に積み重ねられた書類の奥から小さな箱を取った。
「あったあった、これだ。ったく、こんな奥の方に突っ込んでんだもんなぁ」
「それを渡してもらおうか」
 不意に、声が聞こえた。シーナは振り向いた。
 黒い、身体のラインがハッキリわかるぴっちりした服に身を包んだ小男が、短剣を彼に突きつけていた。
「誰だよ、あんた」
「知らない方が、身のためだ」
「そんな奴には渡せないね。第一これは……」
「ならば死ね」
 シーナの台詞の途中で、男は短剣を振るった。とっさにシーナはのけぞってそれをかわした。
「おのれ!」
 男が体勢を立て直している間に、シーナは走り出した。
 シュッ
 何かが風を切る音がし、シーナは背中に激痛が走った。
 男にとって誤算だったのは、シーナがレプラコーンという妖精だったことだ。普通の人間なら倒れるような深手を負った筈なのに、シーナはそのまま走り続け、彼の視界から消えた。
「ちっ」
 彼は舌打ちすると、その後を追って走り出した。
 ゴトン
 何かが倒れるような音が、部屋の外でした。二人は顔を見合わせた。
 キィッ
 スペルフィールドが、ゆっくりとドアを開ける。そして、叫んだ。
「シーナ!!」
「シーナさん!」
 ミオも悲鳴のような声を上げる。
 シーナはそこに倒れていたが、未緒の声に顔を上げた。
「ミオさん……」
「ど、どうしたのですか?」
「俺、離さなかったよ。これ……」
 彼は、ミオに向かって右手を伸ばした。その手には、小さな箱が握られていた。
「シーナさん……」
 ミオは、その箱を受け取った。シーナは笑みをうかべ、そして動かなくなった。
「シーナさん! シーナさんっっ!!」
 いくらミオが呼びかけても、彼は目を開けなかった。やがて、その身体が光に包まれて消えて行く。
「そんな……」
「見つけたぞ。さぁ、それを渡してもらおうか」
 声が聞こえた。ミオが顔を上げると、黒装束の小男が立っていた。その右手には、短剣が握られている。
「貴様、何処の間者だ!?」
 スペルフィールドは叫んだ。男はにっと笑った。
「どこの、だと? まぁ、魔王様に組みする者、とだけ言っておこう」
 彼がそう言った瞬間、彼を取り巻く闇が濃さを増したような気がした。スペルフィールドは、思わず唾を飲み込んだ。
「魔王の!? まさか、ここにあれがあることを知って……!?」
「その通り」
 男はせせら笑った。
「貴様らも、このガキのようになりたくなけりゃ、大人しくそれを渡すんだな」
「あなた、ですね」
「あん?」
「あなたが、シーナさんを……殺したのですね」
 ミオはゆっくりと立ち上がった。
 その緑色の瞳は、怒りに燃えていた。
「許せない」
「許せなけりゃなんだって言うんだい?」
 小男は笑みを浮かべた。
「ミオさん!」
 スペルフィールドがミオの前に立った。そして囁く。
「逃げて下さい」
「スペルフィールドさん!」
「早く!」
 そう言いながら、彼は腰にさげていた小剣を抜いて、おっかなびっくり構えた。
「で、でも……」
「死ねぇ!」
 男が突き掛かってきた。
「だめっ!!」
 ザクッ
 厭な音がした。スペルフィールドは、信じられない思いで、呟いた。
「ミ、ミオさん……、どうして……」
 ミオのブラウスが裂け、肩に斜めに朱線が走った。彼女はスペルフィールドの
前に飛び出して、自分の身に刃を受けたのだった。
 そのままその場にうずくまるミオ。
「へへっ。こいつは頂いていくぜ」
 男は、彼女の右手から、箱を取ろうとした。
「い……や」
「!? こ、このっ、離せよ!」
 ミオは箱をぎゅっと握り締めていた。
「これは……渡せません。絶対に……」

《続く》

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