喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
愛しさとせつなさと心強さと
その
君への贈り物

「……どうでしょうか?」
ミオは訊ねた。
そこは、薄暗い部屋の中。古めかしい机の上に置かれたロウソクの炎が、彼女の顔を照らし出していた。
その机の上には、複雑な文様を描いた紙が広げられ、その中央に、金色に輝く小さなロケットが置かれていた。
その上にかがみ込むようにして、呪文を小さく唱えていた少女が顔を上げ、前髪をかき上げながら答える。
「魔力は、確かに感じるわ。もっとも、かなり微量ね。そう、この程度なら、街で売っている幸運のお守りの方が効果があるわ」
「そうですか……」
気落ちした風のミオに、その少女、ユイナはからかうような声をかけた。
「残念そうね」
「……そんなことはありませんよ。これは、シーナさんが命を懸けて私に渡してくださったものですから。メモリアルスポットではなくても、私にとっては大切な物です」
ミオは静かに答えた。
前髪に隠されたユイナの右目が、キラッと光った。
「そんなことは誰も言っていないわ」
「え?」
「誰も、それがメモリアルスポットではない、とは言っていない、と言っているのよ」
「で、でも……」
「普通の魔法使いなら、大した価値無し、とみて捨ててしまうんでしょうけど、この宇宙一の大天才魔術師ユイナ・ヒモオの目は誤魔化されないわよ」
彼女はそう言うと、ロケットを取り上げた。
「このロケットには、術がかけられているのよ。外からの探知魔法をほぼ無効化すると同時に、この中に秘められた膨大な魔力を抑えるという役目も兼ね備えた術がね」
「それは、封印、ということなのですね?」
ミオはロケットを見つめて呟いた。頷くユイナ。
「そう。それも、相当強固な封印ね。とすると、これは……」
「メモリアルスポットである可能性が高い、というわけなのですね?」
台詞を先回りされ、ユイナは一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐにもとの冷静な顔に戻った。
「そういうことよ」
そう言いながら、ユイナはミオにロケットを渡した。
「ユイナ……さん?」
「これは、あなたの物よ。そうでしょう?」
ユイナはそう言うと、にこりと笑った。
「もちろん、私の魔術の研究用の素材として提供してくれると言うのなら、受け取ってあげるけど」
「い、いえ。結構ですから」
ミオは慌ててロケットをしまい込んだ。
夕食が終わった後。
みんなが囲むテーブルに、ミオは地図を広げた。そして、指し示しながら説明をする。
「ピオリックの地下迷宮、カイズリア湖、ノウレニック島、ドーメイストの大穴、そしてサイス海。これらの地に、メモリアルスポットがあるらしいです。そしてそのうち、サイス海にあったものが、これだと思われます」
彼女はロケットを机の上に置いた。
「封印の魔法が掛かっていること、そして何よりも、魔王の手の者がこれを奪いに来たことからも、間違いないと思います」
ノゾミはミオを労った。
「御苦労様。なんだか、魔王の手の者にも襲われたんだって? あたしも一緒に行けばよかったかな」
彼女は静かに首を振った。
「ユイナさんが来てくれましたから。それに……、助けてくれた方もいらっしゃいました……」
ミオは、そう言うと、椅子に座って目を閉じた。
(シーナさん……)
ノゾミはそんなミオにそっと微笑みを向けると、皆の方に向き直った。
「そうだな。そろそろ、村の再建も一段落つきそうだし……。サキ、村の怪我人の様子はどう?」
「こっちも、もうあたしの治癒の術が必要なくらい大怪我をしてる人はいないわ」
サキが笑顔を浮かべながら答える。
ノゾミは頷いた。
「よぉし。それじゃ、そろそろ行こうか。メモリアルスポットを探しに」
「行こう行こう! うぉーうぉー」
ユミが歓声を上げた。いや、彼女だけではない。そこに集まった一同全員に明るい表情が浮かんでいた。
ヨシオはさりげなくメモをつけていた。
(やっぱり、みんなコウのための行動が出来るっていうのが、嬉しいって事だな。チェックだチェック!)
「おにーちゃん、何書いてるの?」
はっと気づくと、ユミがじとーっとヨシオを見ていた。彼は慌てて手を振った。
「なんでもねーって。それよりノゾミさん、最初は何処からまわるんだ?」
「そうだなぁ……。ミオさん、一番ここから近いのは?」
「あ、はい」
ミオは、地図の一点を指した。
「ここ、ピオリックの地下迷宮ですね」
「ピオリックの地下迷宮ぅ? なに、それぇ」
ユミは身を乗り出した。ヨシオがメモを開くと言う。
「ピオリックの地下迷宮。ピオリックの街の近くにある古代の地下遺跡だ。ずっと昔からある遺跡で、数多くの探検家達が挑んだが、広大かつ複雑な遺跡、数多くの罠、そして徘徊する魔獣に阻まれて、未だにその全容は明らかになってない。……こんなとこかな?」
「ふーん、そうなんだぁ」
ユミは感心したように頷く。
「あのな、曲がりなりにも俺の妹なんだから、もうちょっと勉強しとけよなぁ」
「だって、ユミ、覚えるの苦手なんだもーん」
「ったく、我が妹ながら情けない」
「ユミはお兄ちゃんの方が情けないよぉ」
ユミは肩をすくめて見せた。みんなが一斉に笑い出す。
笑いが納まったところで、ノゾミが立ち上がった。
「じゃ、明日出発と言うことにしよう。異議のある者は? いないね。よし、解散」
その声に、みな立ち上がって、てんでに部屋を出ていった。
夜更け。
夜のお祈りをすませたサキは、外に出た。
空には満天の星空が広がっている。
彼女はその空を見上げて、静かに祈った。
「神様、コウさんが無事でいますように……」
視線を降ろすと、星空を静かな湖面に映し出すチュオウ湖のほとりに小さな人影が見えた。
サキは、そっと近寄ると、呼びかけた。
「……メグミさん、どうかしたの?」
「え?」
メグミは振り向いた。その表情が、サキを認めて少しやわらぐ。
「サキ……さん」
「何か、悩みでもあるのかな? あたしで良かったら、相談に乗るけど」
サキはいつものように快活な調子で話しかけた。
メグミは黙り込んだ。
「メグミさん?」
「あの、……ごめんなさい、私……」
「隠すことなんかないのよ、メグミさん」
「で、でも……」
「何でも気軽に相談してちょうだいね」
微笑みを浮かべながら言うサキ。
メグミは、俯いて湖面を見つめた。
「……」
「どうしたの、メグミさん。遠慮なんかしないで……」
「サキさん」
不意に後ろから声をかけられて、サキは振り向いた。
「ミオさん?」
ミオはサキに囁いた。
「それじゃ、逆効果ですよ」
「え?」
きょとんとするサキを置いて、ミオはメグミの隣に歩み寄った。そして、訊ねた。
「メグミさん、シオリ姫のことをご存じのようですけど……。よろしければ、教えていただけないでしょうか?」
「シオリちゃん……のことですか?」
メグミは顔を上げた。ミオは頷いた。
「私たち、実はシオリ姫のことはほとんど知らないに等しいんです。何回かお見かけしたことはあるんですが、それ以外には、コウさんの幼なじみだって事くらいで……」
彼女は湖面の方を見た。
「だから、教えてほしいんです」
「……あれは、もう三ヶ月くらい前のことでした……」
メグミは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
《続く》

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