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 前回のあらすじ

 きらめき高校の一人SMAPこと主人公に恋する乙女は、一年後輩の早乙女優美。
 ある金曜日のこと、彼女は公にお弁当を作ってきた。公は喜んでくれたものの、その食べ残しをつまみ食いしてみて優美はショックを受ける。
 “まずい。尋常じゃなくまずすぎるぅぅぅ〜〜”
 すっかりショックを受けてしょげているところを兄の早乙女好雄、そして好雄の友達の朝日奈夕子に見付かった優美。二人は優美をファーストフードの店に連れてきて、わけを聞く。
 その話をしているうちに、行きがかり上優美と夕子は、お料理対決をすることになってしまう。勝負は月曜日のお昼、公にお弁当を食べさせてどっちが美味しいかで決着を付ける。もちろん公の承諾なんか得ていない(笑)
 しかし、優美の料理の腕は言いにくいがよろしくない。一方の夕子とて、料理と言えばカップラーメンに湯を注ぐとか、カレーのレトルトを暖めるとかしかしたことがない。
 二人はそれぞれに軍師を雇い入れるのだった。

「夕子、特訓よ! お料理は根性があれば何とかなるって!」

「優美ちゃん、すぐに勝馬の名前を出すのはやめてよね」

 それぞれ、虹野沙希、鞠川奈津江をコーチとし、二人は週末、慣れない包丁さばきに汗を流す羽目と相成ったのでありました。
 それでは話を再び始めるといたしましょう。時間は、土曜日の放課後からです……。


お料理対決! その2



「先生、まずは何をしましょうか?」
 ここは夕子の自宅。両親は今日も今日とて夜遅くまで帰ってこない。
 沙希は腰に手を当てて、キッチンをぐるっと見回してから、夕子の肩を叩いた。
「ひなちゃん……」
「何々?」
「まずは、食器を洗うことから始めない?」
 シンクには、ラーメンのどんぶりやら、カレーを食べたとおぼしきお皿が山になっていた。
「あは、やっぱし?」
 後頭部に冷や汗をかきながら、夕子は聞き返した。
 沙希は満面に笑みを浮かべて頷いた。
「まずは、綺麗なキッチンからはじめましょう!」
「ねぇ〜、おねがぁい。てつだってぇ」
 夕子は、かの公をも落としたという必殺“変な声”(本人は悩殺的だと堅く信じている)を使った。
 沙希はその夕子の両肩をがしっと掴んだ。
「夕子! あなたには根性があるわ! だから一人で洗いましょうね!」
「……あい」
 沙希のカウンター根性アタックをまともに食らってしまった夕子は、仕方なく頷いた。
 沙希は「さてと……」と呟きながら冷蔵庫を開けて、硬直した。
 しばらくしてから、絞り出すような声で夕子に尋ねる。
「ひ、ひなちゃん……、聞いていい?」
「なぁに?」
 仕方なく、皿に洗剤をぶっかけてごしごしやっていた夕子が振り返った。
「このジャガイモ、どれくらい放って置いたの?」
「んーっと、わかんない」
「……そう……」
 沙希は、芽をふいているジャガイモを容赦なくごみ袋に突っ込んでから、立ち上がった。
「ひなちゃん。あたし、買い物に行ってくるね」
「あ、あたしも……」
「ひなちゃんはお皿、ピカピカにしておいて、よねっ!!」
 沙希にじろーっと睨まれて、夕子は首をすくめた。
「あいー」
「手を抜いてたら、あたし帰るから」
「……あう」

 そんなわけで、沙希は買い物袋を下げて近所の公園ならぬ近所のスーパーに買い物に来た。
「えっと、ジャガイモ……、あ、ちょっと安い! ラッキー。ついでにあたしの分も買っちゃおうっと。それから……人参と玉葱と……」
 野菜売場で野菜を選んでいた沙希だったが、何時の間にか夢中になっていた。
「このピーマンちょっと色が悪いなぁ……。こっちはどうかなぁ……」
 ドン「きゃっ!」
 夢中になりすぎて、隣の客とぶつかってしまった。沙希は慌てて謝った。
「ご、ごめんなさ……あれ? 鞠川さん?」
「虹野さんじゃない。お久しぶり」
 手ぬぐいを姉さんかぶりにした奈津江だった。何となく年期の入った買い物かごの下げ方だ。
 沙希と奈津江は、実はスーパーで良く逢うことがあるのだった。
 奈津江は沙希のかごを覗き込んだ。
「虹野さん、明日デートでもするの?」
「やだ、まさかぁ。あたしと公くんはそんなんじゃないってば!」
 慌てて沙希は、赤くなりながら答えた。奈津江はにやりと笑う。
「あらぁ。あたしは誰とも言ってませんけどねぇ」
「んもう、鞠川さんったらぁ。そっちこそ、明日もご飯作ってあげるの?」
「違うわよ。勝馬は人参嫌いだから……、あ……」
 はっと気づいて奈津江は沙希を睨んだ。沙希はにこっと笑った。
「お・か・え・し・よ」
「……ぷっ」
「うふふふ」
 二人は顔を見合わせて笑いだした。

「そうなんだぁ。優美ちゃんがねぇ……」
「ええ。それにしても、朝日奈さんが虹野さんにお料理習いたいって言うなんて……。明日は雪でも降るんじゃないの?」
 二人は仲良く話をしながら肉売場に来ていた。
 肉売場のおばさんが二人を見かけると声をかけてくる。
「あんれまぁ、沙希ちゃんと奈津江ちゃんじゃないか。今日は豚肉が安いよ。買ってかない?」
「バラ、あるかな?」
「ええ、ちょうど良いところがあるよ」
「それじゃ、バラを……500gもらおっかな?」
「はい、毎度っ! 奈津江ちゃんは?」
「チューリップはあるかしら?」
「あいよ。何本?」
「そうねぇ……10本で良いわよ」
「いつもありがとね。1本おまけしとくよ」
 ……二人とも、慣れたものである。言っておくが、花を買っているわけではない。

「ただいまぁ」
 奈津江は玄関を開けて、ぎょっとした。
 廊下に黒い煙が立ちこめていたのだ。
「何々、何があったの!?」
「あ、鞠川せんぱぁい!」
 台所から優美が飛び出してくると、奈津江に抱きついた。
「ふぇぇーん、ごめんなさぁい」
「何をしたのよ?」
「卵を焼きすぎたんだよ」
「勝馬?」
 台所から勝馬が出て来た。
「ものの見事に、真っ黒焦げってわけ」
「だってぇ、ほら、テレビなんか見たら、コックさんがよくボワッて燃やしてるじゃないれすか。あれやろうと思ったんれす」
「……あのね、フランベなんて優美ちゃんには10年早いわよ。アルコール使った訳じゃないでしょう?」
 奈津江は額を押さえた。それから勝馬に言う。
「勝馬、とりあえず換気扇回してくれる?」
「わかった」
 勝馬は台所に入っていった。
 優美は奈津江に尋ねた。
「あの、中華鍋をぼうっと燃やすのはフランベって言うんれすか?」
「あ、フォウバウの方ね。あれはね、余分な油を飛ばす為の技よ。ちなみにフランベはフランス料理の方でね、アルコールに火をつけてとばしちゃって、風味だけを残すための技なの。どっちにしても、お弁当では使わないわよ」
 そう言いながら、奈津江は台所に入った。
「鞠川先輩、よく知ってるんれすね」
「長いことやってたら色々覚えるわよ」
「奈津江でも覚えられたんだから、優美ちゃんはスグに覚えられるさ」
 優美の頭をなでながら勝馬が言うと、優美はぷぅーっと膨れた。
「勝馬、また優美のこと子供扱いするんだからぁ」
「ごめんごめん」
 笑いながら言うと、勝馬は台所を出ていこうとした。その腕をがしっと奈津江が掴む。
「ちょうど良かったわ。男手がちょっと欲しいなって思ってたの」
「げ」
「可愛い優美ちゃんのためだもの。まさか逃げるなんて言わないわよねぇ」
「いや、それは……」
 口を濁す勝馬の耳に口を寄せると、奈津江は小声で言った。
「どうせ、夕御飯前につまみ食いに来たんでしょ? 大人しく手伝いなさい」
「……へいへい」
 勝馬は両手をあげた。
「ったく、かなわないなぁ……」

 夕子は神妙な顔をして、皿を検分する沙希の顔を横から見ていた。
 沙希は最後の一枚を見て、大きく頷いた。
「うん、いいみたいね」
「超ラッキー!」
 途端に夕子は相好を崩した。
「さ、遊びに行こ〜!」
「違うでしょ!」
「……そうでした、そうでした」
 夕子は肩を落とした。
「こうなったら何でも来いよ! 何すればいいの?」
「その意気よ!」
 沙希はそう言うと、買い物袋をどんと置いた。
「それじゃ、まずはジャガイモの皮むきね!」
「おー!!」
 半ば投げやりに夕子は片手を突き上げた。

 午後9時過ぎ、鞠川家。
「……優美ちゃん、今日はこれくらいにする?」
「もうちょっとやるれす!!」
「……よっし、とことん付き合うわよ! 勝馬、早乙女くんに電話しておいて」
「オッケイ。奈津江も気合い入ってるなぁ」
「可愛い後輩のためだもんね」
 同時刻、朝日奈家。
「ねぇー、もういいっしょ?」
「駄目よ! 根性あるのみよっ!!」
「うひー、もう勘弁!」
「だめぇー。さぁ、サクッとやってみよー!!」
「沙希、絶対楽しんでるっしょ!?」
 そして、壮絶な特訓は翌日曜日も続けられるのであった。

《続く》

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