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その4に続く
前回のあらすじ
ひょんなことから月曜日にお料理対決をすることになった早乙女優美と朝日奈夕子。二人は週末にお料理の特訓をすることにし、それぞれ鞠川奈津江と虹野沙希を味方に付けた。
しかし、夕子は料理の前の皿洗いで音を上げ、優美は卵焼きを盛大に焦がす。そんな二人に明日は来るのか? 否、明日の太陽は誰の上にも平等に登ってくるのだ。そのときの天気までは責任を持てないが。
頑張れ優美、負けるな夕子。あすの鉄人は君たち……かもしれないぞっ!
お料理対決! その3
チュンチュン 雀の鳴き声で、沙希は目を開けた。
「ん……。あれぇ? ここは……」
彼女は目に入る見慣れぬ光景に首を傾げて、立ち上がった。
クー、クー、クー
規則正しい寝息が聞こえる。そっちに視線を向けると、エプロン姿の夕子が幸せそうな顔をして床に寝そべって眠っていた。
沙希は思いだした。
「あ、そういえば、昨日は特訓してたんだ……。ふわぁ」
彼女は欠伸をすると、流しに歩み寄り、水道の蛇口をひねった。流れる水で顔をばしゃばしゃと洗う。
「きゃ。冷たぁい」
とりあえず、これで意識は覚醒した。
彼女は朝日奈家のキッチンを見回した。夕べの戦いの激しさを物語るように、そこは散らかり放題だった。
「しょうがないなぁ、もう」
ため息を一つつくと、沙希は片づけを始めた。
夕子は相変わらず眠っている、……ように見える。
(やったね。狸寝入り成功っと。沙希が全部片づけたら起きよっかなぁ)
我知らずにんまりとした夕子の顔の5センチ前に包丁が突き刺さった。
ストン
「うっひゃぁーっ!! さ、沙希ぃ!!」
反射的に飛び退く夕子。
「ご、ごめんなさぁい。ちょっと、手が滑っちゃって」
両手に食器やらなにやらを抱えて、沙希は謝った。
「ったくぅ。おちおち寝てらんないじゃないのぉ」
「じゃ、起きて手伝ってね」
沙希はウィンクした。
「あう」
夕子は、沙希の術中にはまったのに気付いたが、既にアフターフェスティバルであった。
渋々負け惜しみを言う。
「沙希もやるようになったわねぇ」
「悪い友達がいるからねっ!」
あっさりと返されて、夕子は肩を落とした。
「なんか、超悔しぃーって感じぃ」
さて一方、鞠川家。
「……ううーん、奈津江ぇ……」
「……あによぉ……」
「……人参は抜いてくれぇぇ……」
「……駄目よぉ……」
「仲がいいなぁ、勝馬と鞠川先輩は」
そう呟きながら、優美は大欠伸をした。それから包丁を持ち直して、ウィンナーに切り込みを入れた。
「よーし、たこさん出来あがりぃ! あとは炒めるだけれすっ!」
その叫び声に、仲良く並んで壁にもたれて眠っていた二人が目を覚ます。と同時にばっと左右に飛び退きあった。
「ん……、うわぁっ! 何で奈津江が!」
「勝馬こそ、どうしてあたしの隣で寝てるのよぉ!!」
「はぁーい。優美が並べました!」
優美がぴょこんと振り返って手を挙げた。それで、二人は顔を見合わせる。
「えっと、確か午前3時だっけ、奈津江?」
「うん、それくらいよね。優美ちゃんの試作第1号を食べたのは」
「でも、いくら美味しいからって、感極まって倒れちゃう事ないじゃないれすか」
包丁を持った手を腰に当て、優美がぷっと膨れる。
「いや、あれは……」
と言いかけた勝馬の顔にアイアンクローをかませながら、奈津江は笑顔で言った。
「なかなか上手くなったわよ、優美ちゃん」
「ほうほう」
じたばたしながら勝馬も頷く。
優美はぱっと表情を明るくした。
「二人にそう言って貰えて、優美うれしいなぁ」
やっとのことでアイアンクローを外した勝馬は、あたふたと台所を出た。
「勝馬、どこに行くのよ?」
「あ、俺帰るわ」
「ちょ、ちょっと!」
「代わりを寄こすから、今日は勘弁な!」
そう言うと、彼はダッシュして廊下を走っていった。ややあって、バタンと玄関の閉まる音がした。
「勝馬めぇ〜。逃げるとは卑怯なり」
握りしめた拳をぷるぷる震わせている奈津江に、後ろから声が掛かった。
「鞠川先輩! 試作2号ができたんれすけど!」
「……うん。今行くね」
肩を落として台所に戻る奈津江だった。
ジューッ
フライパンの上では、ハンバーグが香ばしい匂いをあげていた。
「ま、ざっとこんなもんっしょ?」
「そうよね。良く頑張ったねぇ、ひなちゃん。あたし、感動しちゃった!」
沙希は夕子の手をぎゅっと握った。
「あ、あは。照れるっしょ」
そう言いながらも、まんざらでもない様子で夕子はにっと笑った。
「そろそろひっくり返した方がいいと思うんだけど」
「そっかぁ。よーし」
夕子はフライパンを持ち上げた。はっと気付いた沙希が止めようとする。
「ひなちゃん! ダメッ!」
「あ、よっと!」
ぽぉ〜ん 空中に舞い上がったハンバーグは、放物線を描いて、そのまま流しに落ちた。
それも、ちょうど洗おうと水を張っていたボールの中に。
ベチャ、ジューッ
虚しい音が、凍り付いたキッチンに流れた。
「あ、あは、あはは〜〜。ま、いっかぁ」
夕子は乾いた笑いをあげると、フライパンをコンロにおいて、がくんと肩を落とした。
「……沙希ぃ。あたしってやっぱ、こういうさいのー無いのかなぁ」
「そんなことないってば!」
沙希は慌てていうと、コンロを止めた。
「あたしだって最初から上手くできたわけじゃないもん。ひなちゃんの方がよっぽど上達早いわよ」
「あんがと。でも、もーいいわ」
夕子は肩をすくめると、台所から出ていった。
「ひなちゃん……」
沙希は、そんな夕子の後ろ姿を見送るしかできなかった。
「……カツのやつ、こういうことかよ」
「やっぱり占い、当たっちゃったね」
勝馬に電話で呼び出された戎谷淳と十一夜恵は、自分たちの前に並べられた皿を見て、小声で頷きあった。
二人の前では、エプロン姿の優美がにこにこしながら言った。
「さ、どーぞ!」
優美の後ろでは、奈津江が二人に手を合わせてお願いポーズを取っている。
二人は顔を見合わせ、同じ意志を読みとった。
“当方に迎撃の用意有り”
“覚 悟 完 了”
「じゃ、じゃあ、頂くぜ」
「うん!」
まず、戎谷が、皿の上のウィンナーにフォークを突き刺す。
「これは……たこ?」
「そうだよぉ! やったぁ、戎谷先輩に判ってもらえるんなら完璧ですね!」
優美がはしゃぐ。
戎谷はそれを口に入れた。
もぐもぐもぐ……もぐ……。
……もぐ……も……。
咀嚼を止めて、周りを伺う戎谷。
三人の女の子の六つの瞳が突き刺さる。
戎谷は、思い切って飲み込んだ。
ゴクン「どーでした!?」
優美が瞳を輝かせながら訊ねた。
戎谷は一言呟いた。
「食えるよ」
「やったぁ!」
小踊りする優美をよそに、戎谷は用意されていたコップの水をごくごくと飲み干した。それからにっと笑って恵に言う。
「さ、十一夜も食べてみろよ」
「う、うん……」
恵はぎゅっと目を閉じると、でたらめにフォークを皿めがけて振り下ろし、突き刺さったものを口に運んだ。
「!!!」
「ど、どうれすか?」
優美が訊ねたが、恵は黙ってフォークを置き、それから戎谷の脇腹をぎゅっとつねった。
「いてて! おい、十一夜、やめろって!」
「だって……。淳くんひどい……」
「十一夜……」
恵はぽろぽろと涙をこぼしながら俯いた。慌てて戎谷は恵の肩を抱いて立ち上がった。
「ちょっと失礼。行こう、恵」
「くすん。……うん」
二人は台所を出ていった。目を丸くして見ていた優美は、不意に恵の置いていったフォークを掴むと、奈津江が止める間もなく、たこさんウィンナーを突き刺してぱくんと頬張った。
「あ……」
奈津江は恐る恐る訊ねた。
「優美ちゃん?」
「……もう、もういいれす。優美、やっぱり駄目なんだぁ。うわぁぁーん」
優美はそのまま台所を泣きながら飛び出していった。一瞬置いて、玄関の閉まる音がする。
奈津江は首を傾げながら、一つだけ残っていたたこさんウィンナーを食べてみた。
「……こ、これは……。優美ちゃん……」
彼女は、静かに呟いた。
「これは、テイストブレイカーだわ……」
《続く》

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