喫茶店『Mute』へ 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「菜織ちゃん、コース005マーク24、回避パターンオメガ33、速度は220。……発進!」
「発進っ!!」
菜織ちゃんは素早く“セント・エルシア”の方向を微調整しました。
“セント・エルシア”は、敵に向かって真っ直ぐ突き進んでいきました。って、ええっ!?
すぐに菜織ちゃんもそれに気が付いたみたいです。顔を引きつらせて振り返ります。
「真奈美っ! このコースはっ!?」
「……」
真奈美ちゃんは黙ってスクリーンを見つめています。
また、“セント・エルシア”が大きく揺れました。あっ……。
「バリア消失しました!」
「げっ。次のはまともに食らうってことかよっ! おい、菜織、逃げろっ!」
冴子さんが怒鳴りました。でも、菜織ちゃんは真奈美ちゃんをじっと見ていたかと思うと、前に向き直りました。
「あたしは……真奈美を信じてる」
「お、おいっ、正気か菜織! 正樹、お前も何とか言えよっ!」
「……菜織の言うとおりだ。一か八か、俺は真奈美ちゃんを信じる」
「……畜生っ、勝手にしろっ!」
冴子さんは吐き捨てると正面に向き直りました。
スクリーンに、正面にいる敵が大きく写ります。
「主砲、発射!」
「でぇぇいいっ」
真奈美ちゃんの声と同時に、冴子さんが叫びながら主砲を発射しました。
次の瞬間、スクリーンが真っ白に染まりました。
「わっ」
「きゃぁっ」
「なになに、どしたのっ!?」
一瞬おいて、自動的に光量を調整したスクリーンに、真っ二つに折れた敵の艦が写りました。
「……あれ? なんで、爆発しねぇんだ?」
呟く冴子さん。
真奈美ちゃんは、それには答えずに、菜織ちゃんに声を掛けました。
「菜織ちゃん、あの2つに折れた敵艦の間をすり抜けて」
「無茶……は承知してるわよ」
真奈美ちゃんの言葉に反射的に叫びかけたけど、それを途中で止めると、菜織ちゃんはシートに座り直しました。
「いくわよぉっ!!」
一気に加速した“セント・エルシア”が、敵艦に向かって突っ込みました。
「このぉっ!!」
菜織ちゃんの手がコンソールの上を流れるように走ります。同時に、“セント・エルシア”は、姿勢制御スラスターを噴かして、ぎりぎりで敵艦の間をすり抜けました。
「冴子さんっ、後方に向けてパルスレーザーキャノン、目標は破損している敵艦。発射!」
「お、おうっ!!」
真奈美ちゃんの声に突き動かされるように、冴子さんが後方に向かってレーザー砲を撃ちました。その光が二つに折れていた敵艦に吸い込まれたかと思うと、いきなり大爆発しました。
「わっ! な、なんだっ!?」
「衝撃波来ますっ。3、2、1……」
どぉん、という感じで、“セント・エルシア”が一瞬揺れました。
「乃絵美ちゃん、前方には敵はいるかしら?」
「あっ、はい」
真奈美ちゃんに聞かれて、私はレーダーを見ました。
「前方に敵影無し、針路クリアです」
「よかった。菜織ちゃん、全速で逃げましょう」
「オッケイ」
ぴっと親指を立てると、菜織ちゃんはレバーを押し込みました。
「後方から追撃してくる艦は……ありません。さっきの爆発でこちらに来られなくなってるみたいです」
私がレーダーを見て言うと、ブリッジの中にほっとした空気が流れました。
真奈美ちゃんは、艦長席に腰を下ろすと、言いました。
「戦闘配置を解除、通常体勢に戻してください」
「りょーかいっ」
ミャーコさんが笑顔で頷くと、インカムに向かってしゃべりました。
「こっちらブリッジだよ。とりあえずピンチは脱出! 戦闘体勢は解除して、通常体勢に戻っても大丈夫だよん」
……本当にああいうしゃべり方、いいんでしょうか?
ブリッジのとなりにある作戦室。本当は上級士官が会議をするための部屋だそうです。
敵の包囲を突破する事が出来た私たちは、これからどうするかを決めるために、その部屋に集まっていました。
そこで、まず最初に話題になったのが、真奈美ちゃんの艦長資格、という話だったのです。やっぱり、軍人さんっていうのは何かと面倒なようです。
冴子さんが腕組みをして言いました。
「とりあえず、今は正式な資格がどうこう言ってる場合じゃねぇけど、やっぱりいきなり飛び込んできたヤツが艦長だっていうのは問題あると思うけどな」
「サエちゃん、頭固いんだからぁ」
「てめ、ミャーコっ!」
ごつん
「いったぁーーいっ! サエちゃんがぶったぁ〜っ」
「お前は小学生かっ!」
「もう、二人とも、喧嘩しちゃ駄目ですよっ」
当の真奈美ちゃんが止めに入るのを、お兄ちゃんと菜織ちゃんがさらに止めました。
「やめとけよ、真奈美ちゃん」
「そうそう。あの二人にとっちゃレクレーションみたいなものなんだから」
「そうなの? でも、やっぱり私のせいで喧嘩なんて……」
「それよりも、真奈美。あたし聞きたいんだけど……」
菜織ちゃんが真面目な顔になって、真奈美ちゃんに尋ねます。
「さっきの指揮、とても素人には見えなかったわ。どういうことなの?」
「……ごめんね、菜織ちゃん、正樹くん。私、まだ話してなかったんだけど……」
真奈美ちゃんは襟元からペンダントを引っ張り出しました。
「これ……」
「へぇ、変わったペンダントねぇ」
「綺麗なもんだな。俺にはよくわからないけど……」
「えっ? あっ、違うの、これじゃなくて……」
「なになに、ペンダントって?」
慌ててしまおうとするところをミャーコさんが覗き込みました。
「わっ、真奈美ちゃんって意外におっきいねぇ。菜織ちゃんよりもおっきいよ」
「えっ? きゃっ!」
慌てて胸元を押さえてしゃがみ込む真奈美ちゃん。
「ええと、それはその……、な、菜織ちゃぁん」
真奈美ちゃんは真っ赤になって菜織ちゃんに助けを求めました。その菜織ちゃんは、真奈美ちゃんを無視してミャーコさんに訊ねます。
「……ミャーコ、今の、マジ?」
「うん。菜織ちゃんより5センチは大きいとみたっ」
「……あたしに真奈美なんて友達はいないわ」
明後日の方をみて言う菜織ちゃん。
ミャーコさんはにゃははっと笑いました。
「うっそぴょん。どっちもおんなじくらいだよっ」
「……冴子、あんたの気持ちがよっくわかったわ」
拳をぷるぷると振るわせながら言う菜織ちゃん。
お兄ちゃんが呆れたように言います。
「おいおい、俺にも判るように説明してくれないか?」
「……氷川流十徳封神剣っ!!」
ああっ、お兄ちゃんがっ!
私は慌てて、菜織ちゃんに殴られて壁までふっとんじゃったお兄ちゃんの所まで駆け寄りました。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ。てめ、菜織っ! なにもいきなりぶん殴ることないだろうっ!」
「うるさいわねっ!」
「あ、あの、喧嘩はよくないと……」
胸元を押さえながら立ち上がった真奈美ちゃんがおずおずと声を掛けます。菜織ちゃんはため息を付いて、真奈美ちゃんに向き直りました。
「第一真奈美がいきなりペンダントなんか見せるからでしょ? で、あのペンダントがどうしたのよ?」
「ううん、違うの。見せたかったのは、こっち」
そう言って、今度は金属の小さなプレートを取り出しました。細い鎖で首から下げていたみたいです。
と、ミャーコさんがそれを見て声を上げます。
「それ、もしかして、認識票?」
「う、うん……」
おずおずと頷く真奈美ちゃん。
後でお兄ちゃんに教えてもらったんですけど、認識票っていうのは、軍人さんは必ず持っている、言ってみれば証明書みたいなものなんだそうです。私は軍人じゃないから持ってなかったんですけど。
ミャーコさんは真奈美ちゃんの認識票を覗き込んで、声を上げました。
「うひょ」
「なんだよ、ミャーコ。認識票くらいあたい達だって持ってるじゃねぇか」
そう言いながら、冴子さんは同じように覗き込んで、同じように固まりました。
「げ……」
「なによ、二人とも」
今度は菜織ちゃんが覗き込み、そして目を丸くすると、その認識票を手にしてお兄ちゃんを呼びます。
「ちょっと正樹っ!」
「なんだよ、一体。……サンキュ、乃絵美」
「あっ、うん……」
ぽっ。ちょっとだけ幸せ、かも。
私が浸っている間に、お兄ちゃんは菜織ちゃんのところに駆け寄りました。菜織ちゃんは認識票をそのままお兄ちゃんに見せます。お兄ちゃんは、そこに刻印されている文字を読み上げました。
「姓名、鳴瀬真奈美。所属、連合宇宙軍。階級、中佐……。へ?」
「えへへっ」
照れたように笑う真奈美ちゃんを、みんなが目を丸くして見つめています。
一体どうしたのかな?
私はお兄ちゃんの所に駆け寄って、服の裾を引っ張りました。
「お兄ちゃん、それに、みんなも、どうしたの?」
「あ、ああ。ちょっとびっくりしてただけ。……それにしても、真奈美ちゃん、これって……」
「しっ、失礼しましたぁっ!!」
いきなり冴子さんが大声を上げて、びしっと敬礼しました。
「存じ上げなかったとは言え、非礼の数々、まことに申し訳有りませんでしたっ」
「……サエちゃん、変」
「変なのはおめーだ、ミャーコっ! ほら、お前も謝れっ!」
慌ててミャーコさんの頭を掴んで下げさせる冴子さん。
「あっ、そ、そんなことしなくても……。えっと、……菜織ちゃぁん」
止めようとして、どうしていいのか判らなくなったみたいで、真奈美ちゃんは菜織ちゃんに助けを求めています。
菜織ちゃんは、「そっか」と頷きました。
「いくら佐官でも、真奈美は真奈美だもんね」
「うん、私は、私だよ」
嬉しそうに頷くと、真奈美ちゃんはお兄ちゃんに視線を向けました。
「だから、正樹くんも、他のみんなも、普通に接してくれた方が嬉しいよ」
……なんで、お兄ちゃんの名前が最初に?
「そうだな」
お兄ちゃんはにっこりと笑いました。
「それじゃ、今まで通りで。冴子もミャーコちゃんも、それでいいよな?」
「あたしはおっけーだよん」
「……ま、まぁ、中佐がそれでよろしいのなら……」
「冴子さん……」
真奈美ちゃんが悲しそうな顔をしたので、冴子さんは慌てて言い直しました。
「もといっ。真奈美がそれでいいなら、そう呼ばせてもらうぜっ」
「うんっ」
笑顔で頷く真奈美ちゃん。
お兄ちゃんが冴子さんに声をかけた。
「冴子、これで真奈美ちゃんが艦長やっても問題ないな?」
「そうだな、中佐なら戦艦クラスの艦長やっても全然問題ねぇし。な、ミャーコ」
「ぶ〜。サエちゃんしか文句言ってないよ〜」
「げっ、この裏切り者ぉっ」
拳を振り上げる冴子さんと、きゃーきゃーと悲鳴を上げて真奈美ちゃんの後ろに隠れるミャーコさん。
「助けてぇ、真奈美ちゃん! サエがいじめるよぉ」
「えっ? あ、あの、えっと……」
「もう、二人ともいい加減にしなさいっ」
菜織ちゃんが声を上げて、それから真奈美ちゃんに尋ねたの。
「で、真奈美。これからどうするの?」
「うん……。“セント・エルシア”の被害状況は?」
「あっ、ごめんなさい。すぐに調べてきます」
私は慌てて頭を下げて、ブリッジに向かって駆け出しました。
「あ、乃絵美、俺も行くから」
「えっ、お兄ちゃん、でも……」
「いいからいいから。ほら、行くぞっ」
お兄ちゃんは、私の背中を押して部屋から出ました。
ピピッ、ピッ
「状況確認開始……と」
コンピュータにお願いして、“セント・エルシア”を調べてもらっている間、する事が無くなってしまいました。
そうだ。さっきのこと、聞いてみようかな。
「……お兄ちゃん」
「ん、なんだい、乃絵美?」
私の隣の席で、背もたれを倒して目を閉じていたお兄ちゃんは、私の声に目を開けました。
「あ、休んでいたの? ごめんなさい……」
「いや、いいって。それよりどうした?」
「あ、うん。えっとね、さっきのことなんだけど……、真奈美ちゃんが中佐って、どういうことなのかよく判らなくて……」
「ああ、そうか。そうだよな。乃絵美は軍の事なんてわからないもんな」
お兄ちゃんは笑って説明してくれました。
「軍っていうのは、いくつも階級があるんだけど、俺達は、まぁまだ卒業してないから正式じゃないけど、一応准尉扱いなんだ。で、その上が少尉、中尉、大尉といて、さらにその上が少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将、元帥とランクアップしていくんだ。つまり、俺達准尉から見れば、中佐は6ランク上の位ってことになるな」
「それじゃ、偉いっていうことなんだ」
「判りやすく言えばね。少佐、中佐、大佐をまとめて佐官って呼ぶんだけど、普通はこの佐官クラスの人が艦の艦長をすることになってるんだ。今までは、場合が場合だったんで、特別に俺達がやってたわけだけどね」
「うーっ、よく判らないよ、お兄ちゃん」
「ま、あんまり判らなくてもいいって」
お兄ちゃんはそう言って私の頭を撫でてくれました。あ、気持ちいい……。
『状況確認を完了しました。データパッドへの転送完了』
コンピュータの声がして、私ははっと気付いて、慌てて立ち上がりました。
「あっ、わ、私真奈美ちゃんに報告してくるねっ!」
「あ、おい、乃絵美っ」
そのままブリッジを飛び出した私は、ドアを背にして、ほっぺたに手を当てました。
きっと、今の私、真っ赤になってる……。
と、いきなりそのドアが開きました。
「おい、乃絵美、忘れ……おっと」
「きゃんっ」
そのまま倒れかかったところを、お兄ちゃんが抱き留めてくれました。
「おっ、お兄ちゃん……」
「まったく、妙なところでそそっかしいんだからなぁ。ほら、忘れ物」
そう言って、お兄ちゃんは私をちゃんと立たせると、データパッドを渡してくれました。
「えっ?」
「それがないと、真奈美ちゃんに報告できないだろ? ほら、真奈美ちゃん待ってるぜ」
「あっ、うん。ありがとう、お兄ちゃん」
私はデータパッドを抱きかかえて、足早に歩き出しました。
振り返ることもなく。
だって、振り返ったら、きっとそのまま……。
「……かなり壊れてるわね……」
真奈美ちゃんは、私の持ってきたデータパッドを覗き込んで、眉をしかめました。
「ご、ごめんなさい」
「あっ、乃絵美ちゃんのせいじゃないわ。ごめんね、私こそ」
「はいはい、二人で謝りあってないの」
菜織ちゃんに呆れたような口調で言われて、私たちは思わず顔を見合わせてくすっと笑ってしまいました。
作戦室に今いるのは、私と真奈美ちゃんと菜織ちゃんだけ。
なんだか、お兄ちゃんと一緒のときとは別の意味で、安心できます。
真奈美ちゃんは真面目な顔に戻って呟きました。
「“セント・エルシア”の自動修復装置をフル稼働させれば、24時間でなんとか戦闘可能なところまで修理できるけど、それにはコンピュータシステムを起動させないといけないし」
「え?」
私と菜織ちゃんは顔を見合わせました。それから、菜織ちゃんが真奈美ちゃんに言いました。
「何言ってんのよ、真奈美。もうとっくにコンピュータは動いてるでしょ? でないとそもそも“セント・エルシア”は今頃動いてないはずよ」
「ううん」
真奈美ちゃんは首を振りました。
「今動いているのはサブシステムよ。メインのコンピュータシステムはまだ動いていないの」
「……乃絵美、それ本当なの?」
菜織ちゃんに訊かれて、私はぶんぶんと首を振ります。
「私、知らないです……」
「一番ここのコンピュータに詳しい乃絵美も知らないことを、真奈美がなんで知ってんのよ?」
振り返って真奈美ちゃんに訊ねる菜織ちゃん。
真奈美ちゃんは曖昧な笑みを浮かべていました。
「ごめんね、菜織ちゃん。それはちょっと……」
「……ま、そうか。真奈美は中佐さんだもんね」
一瞬、菜織ちゃんは寂しそうに微笑みました。そして、真奈美ちゃんも。
「……ごめんね」
「ううん。それよりも、どうやればそのメインのコンピュータシステムとやらは動くの?」
「そこまでは、私も……。でも、今はまだそのシステムが動いていないことだけは間違いないよ」
真奈美ちゃんは言い切りました。
菜織ちゃんは、うーんと腕組みして考えてから、私に視線を向けました。
「乃絵美は、何か心当たりない?」
「えっ? べ、別に……」
そう言いかけて、ふと思い出しました。
「あ、そういえば、初めて起動させたとき、見たことないアイコンがあったよ」
「見たことないアイコン?」
「うん。うっかり触って変なことになったら大変だから、そのままにしておいたんだけど」
「きっとそれよ」
真奈美ちゃんが言って、菜織ちゃんも頷きました。
「そうね。乃絵美、それ、見せてくれる?」
「あ、はい」
「じゃ、ブリッジに行きましょうか」
私たちはブリッジに向かいました。
あとがき
宇宙戦艦セント・エルシア その7 00/9/29 Up