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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
第
話 沙希ちゃんデートに悩む

火曜日の朝。
あたしが教室で、鞄から教科書を出してたら、後ろの方でドダァンってすごい音がしたの。
何事!? って思って振り向いたら、教室の後ろのドアが、半分外れかかってた。
なぜかって? そりゃ、いま誰かさんが、すごい勢いでドアを開けたからで……。
「沙希っ!」
その誰かさんが、ドアには目もくれずに、あたしの方にずかずかと歩いてくる。
「……ひなちゃん、おはよう」
「おはよう、じゃないっしょ!!」
叫びかけて、注目浴びてるのに気がついたひなちゃん、あたしの手首を掴んだ。
「ちょっと、来てくんない?」
「う、うん……」
ひなちゃんは、あたしを引っ張って、図書室の前までやってきた。
「ひなちゃん、あの、ちょっと……」
「ここならいいかな?」
きょろきょろ辺りを見回してから、ひなちゃんはあたしに向き直った。
あ、謝らなくちゃ。昨日のこと。
「あのね、ひなちゃん、……あのね……」
「沙希、戎谷のやつとデートの約束したってマジポン?」
「へぇ? どうして知ってるの?」
ひなちゃんは、腕組みして、顎に手を当てて呟いた。
「ってことは、ホントだったのね。あんにゃろ、あたしがちょこっと目を離した隙にぃ。このままじゃ、やっばいなぁ」
「へ、なにがやばいの?」
あたしが聞き返すと、慌てて手を振る。
「なーんもない。それよか、止めといた方がいいよぉ」
「どーしてよ?」
「だって、ねっ?」
ねっ、って言われても、よくわからないよ。
「ちゃんと理由を説明しなさいよ」
「うーん。と、とにかくやめときなよっ!」
ひなちゃん、そう言い残して走っていった。
どういうことだろ。
でも、なんとなく、仲直りできたみたい。よかったぁ。
胸をなで下ろしてたら、チャイムが鳴ってるのが聞こえた。ああーっ! ひなちゃんそれで走っていったんだ!
……やられたぁ。
お昼休み。
あたしは、チャイムが鳴り終わると同時に、ひなちゃんのクラスまで走っていった。
「ひなちゃん!!」
「あ、やばっ!」
慌てて立ち上がるひなちゃんの制服を掴む。
「うふふ。逃がさないわよぉ。さっきはよくもはめてくれたわねっ! この、ぐぅりぐぅり」
「痛い痛い、やめれぇぇ」
「ぐ〜りぐ〜りぃ〜」
「やめてぇぇ」
「You're crazy! 莫迦な事してるんじゃないの!」
後ろから何か棒みたいなので叩かれちゃったの。振り向いてみたら、絵筆を持った彩ちゃんだった。
「あ、彩ちゃん。お昼、どうするの?」
「Sorry,ごめんね。I'm poor あたし、今月びんぼーなの」
「彩子ぉ。それあたしのセリフじゃないのぉ」
ひなちゃんが恨めしげに言う。
それをきっかけに、あたし達、大笑いしちゃった。
あー、なんだか、すっきりしちゃったな。笑うのは健康にいいってよく聞くけど、ほんとだねっ!
彩ちゃんの説明によると、今月、高い絵の具を買い込みすぎて、お金が足りなくなったんだって。
ホントに、彩ちゃんって絵のことになると何も考えないでお金使うんだもんね。
「しょうがないなぁ。食堂に行こっか。パンくらい、おごってあげるわよ」
「さすが沙希様。恩に着ます」
「……ひなちゃんにはおごってあげるなんて言ってないのよ」
「……沙希のけちぃ。そんな事いうんなら、ロッ○リアの超バ○ラシェーキを飲ませるわよ!」
「わ、わかったわ。おごってあげるから、それだけは勘弁ね」
食堂で、パンを食べてた彩ちゃんが不意に言った。
「そういえば、……何て言ったっけ、ビールみたいな名前の人」
「……もしかして、戎谷くんのこと?」
「そうそう、そのヱビスタニよ。彼があたしをデートに誘ってきたんだけど……」
「ええーっ!?」
あたし、思わず立ち上がっちゃった。
ひなちゃんが興味津々って顔で聞く。
「でっ? どうしたの?」
「Of curse もちろん断ったわ」
「どうして?」
「だって、彼、あたしをプールに誘うんですもの」
むっとした顔をして、彩ちゃんは言った。
顔を見合わせるあたしとひなちゃん。
「プールってそんなにダサイスポットじゃないっしょ?」
「あたしも、そう思うけど……」
「Non Non プールとか、海なんてのは、最低のスポットなのよ。やっぱり、カラオケよね」
彩ちゃんはパンを頬張りながら力説した。
ひなちゃんがコホンと咳払いする。
「とにかく、沙希、戎谷がしょうもない奴ってことはわかったっしょ? やめとき、やめとき」
「ん。でも、せっかく誘ってくれたのに、悪いじゃないの」
「そんなこといってたら、誘ってくる男全員とデートしなきゃならなくなるでしょうが。い〜い? こっちにも選ぶ権利ってものはあるんだよ」
ひなちゃんはテーブルを叩いた。
「でも……」
「でももへちまもらっこもこあらもないの! とにかく、ことわりんさい」
「……夕子」
紙パックのコーヒー牛乳のストローをくわえた彩ちゃんが、ひなちゃんの顔をじとぉーっと見た。
「な、なによ?」
「How much? いくら賭けてるの?」
「え゛」
彩ちゃん?
「夕子が、そこまでちょっかいかけるってことは、誰かと賭けでもしてるとしか考えられないんだけどね」
「ばれたかぁ〜」
ひなちゃんはほっぺたをポリポリと掻いた。
「じつはさぁ、戎谷とちょっと賭けたのよ」
「どういう?」
「……沙希、ちょっと目がマジになってるわよ」
と、彩ちゃん。
当たり前じゃないの! 乙女の純情をなんだと思ってんのよぉ!
「あはは、怒らない怒らない」
「……正直にゆえ」
あたしはぼそっと言った。
「あたしが次に誰とデートするか、賭けてるんですって?」
「そ。話の弾みでさぁ、戎谷の奴がね、次に沙希とデートするのは俺だ、って言い張るからさぁ」
「で、夕子は誰に賭けてるわけ?」
「それは、内緒」
と言いかけて、ひなちゃんはあたしの表情を見て、慌てて付け足す。
「わかったわよぉ。あたしは主人くんに賭けたの」
「主人くん!?」
「あらぁ? 夕子って、主人くん嫌いじゃなかったっけ?」
彩ちゃんが訊ねた。ひなちゃんは肩をすくめる。
「今も嫌いだけどね。でも、沙希って純情だし一途だし不器用だから、ほいほいデートの相手を変えるようには見えないっしょ?」
「そうね。根性純愛一直線だもんねぇ」
ちょっとぉ、本人を前にそんな話することないでしょ?
ひなちゃんが、ポンとあたしの肩を叩いた。
「というわけなのよ。あたしのお財布のためにも、主人くんとデートしちゃってくださいませ」
「なによ、それぇ。……あ」
あたし、大事なことを思い出した。
「ダメよ……。あたし、主人くんに嫌われちゃったんだもの……」
《続く》

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